敵襲を知らせる男の声がした。テントの外が騒がしくなりつつあり、拓真は共に眠っていたコウテツに揺り起こされる。
「タクマ、起きろ! ほれ、坊ちゃんも!」
オーマは声をかけられてからすぐに起き、剣を手にテントから出て行った。ロダンの言葉に不安を覚え、途切れつつの睡眠ばかりだった拓真も腰に刀を携え、オーマを追うようにテントから出る。
「タクマ!」
そこへ、ちょうどロザリンもやってくる。その後ろには、険しい表情のロダンもいた。
ふと空を見上げてみる。空はちょうど白み始め、夜明けを迎えたばかりのようだった。しかし空へ映る鳥の影は集団で飛び交い、冷える空気はどこか嫌な雰囲気を纏っており、清々しい朝とは言えない。
バタバタと傭兵たちが走り抜けていく中、ロダンは静かに告げる。
「魔獣のような魔力の塊が複数、迫ってきておる。タクマ殿にはアルバ殿率いる傭兵部隊と共に、前線を守っていただきたい」
「わかったけど……魔獣のような、っていうのは? 魔獣じゃないかもしれないっていうのか?」
「それが、わからぬのだ。実際にこの目で、確かめてみないことには……」
「きたぞー!」
そうして会話をしている中で、一人の男の声が聞こえた。
「とにかく……魔獣だろうとなんだろうと、敵なら俺が退けるよ」
拓真は急ぎ、声の聞こえた方へと駆けだす。その後ろをオーマも追い、さらにロザリンとロダン、コウテツも走り出す。
声は、ガリオン家の方角へ繋がる森の方から聞こえてきた。メファールの村人を転送した魔法陣がいまだに残る、畑のあるところだ。たどり着いた拓真は、自分の目を疑った。
「な、なんだこいつらっ……⁉」
それは、魔獣ではない。人のようで、人ではない者。その身体は、肉が溶けているかのように爛れており、ところどころ骨が丸見えになっている。目は白く濁り、生気を感じさせない。そして、肉体は継ぎ接ぎされているのか、首がいくつもついている者、手足が足りない者と様々な形をしていた。
その姿は、時々テレビでやっていた映画に出てきていたゾンビなる存在を、拓真の脳裏に思い浮かばせた。
「くそっ、ニオイもひどいな……」
見た目通り、肉が腐っているような不快感のある臭いが漂ってきていた。鼻を袖で隠しつつ、拓真は目の前の存在―人ならざる者―の動向を伺う。拓真よりも前に出ているアルバと傭兵も初めて見る存在に警戒しつつ、剣を向けていた。
「こいつら、武器を持っていないぞ……ただ気味の悪い見た目をしているだけだ」
「それならこっちから仕掛けるぞ! 行動される前にやれ!」
アルバの一声で、傭兵たちは目の前の存在に斬りかかる。動きが遅い人ならざる者は、あっけなく斬られては倒れていった。
「はっ! なんだ、こんなものか……」
そう言って倒れた者を覗き込んだ一人の傭兵を見て、アルバは叫ぶ。
「デイロ! そこを離れ……」
「え? ……うわああっ!」
倒れたはずの人ならざる者は斬られたままの状態で、傭兵の一人の足にしがみつく。それに気を取られているうちに、別の方角からやってきた者が、彼の首筋へと嚙みついた。
「ぎゃああああ!」
「デイロっ……くそっ!」
あっという間に傭兵に群がった人ならざる者は、口元を赤く染めながらアルバを見る。他の傭兵たちは仲間の凄惨な最期を看取り、足を引かせていた。
拓真にとって、いつかテレビで見たような光景が、目の前で繰り広げられている。しかし斬られても倒れず、生者の肉を食らう存在であれば、急所は思い当たる節があった。
「狼狽えるな! せめて撤退の準備ができるまでは、ここで時間を稼ぐ! 不用意に近づかず、斬ったらすぐに退け!」
再びアルバの声で、傭兵たちは人ならざる者への戦いに挑む。同時に、拓真も傭兵たちと並んで前へと出た。
「タクマ! お前はあまり前へ出なくていい、俺たちの仕事だ!」
「あれの倒し方に、心当たりがあるんです!」
アルバの静止を止めず、拓真は人ならざる者と対峙する。指がかけた手のひらを伸ばし、それは拓真へとふらつきながらも迫ってきた。
「面っ!」
振りかぶった刀を、思いっきり迫る死肉の塊の頭に叩き落とす。剣道でやっていた動きはやはり馴染みがあり、自分の力を思いっきり発揮できているような気がした。
拓真の刀をもろに顔面に食らった人ならざる者はその場で静止し、刀が離れると、顔面をへこませたままその場に崩れ落ちた。先ほど食われてしまった傭兵を思い出し、拓真は足元を警戒するが、頭を潰された人ならざる者は動く気配がない。
「やっぱり、頭が弱点なのか! みんな! 頭を狙うんだ! 頭を潰せば、こいつらは倒せる!」
「聞いたかお前ら! タクマに続けぇ!」
拓真の声を聞いてアルバは双剣を手に持ち、どんどん人ならざる者の頭を潰していった。大きな体格に似合わない素早い動きだが、誰よりも速く、そして多く死肉の山を作り上げていく。
弱点がわかったおかげで少しずつではあるが、人ならざる者の数は目に見えて減っていった。だが、次第に傭兵たちは膝をつき始める。
「な、んだっ……これはっ……ぐっ……」
「くる、しいっ……た、たいちょ、おっ……!」
目や鼻から血を出し、ついに倒れる者も現れた。異変に気付いたアルバは残る味方に退くように進言し、拓真も合わせて下がる。
「何が起きて……うっ……」
だが、苦しみの連鎖に拓真も飲みこまれてしまった。誰から見てわかるように顔が青ざめ、片膝をついたのだ。
「いかん、あれはステータス異常の”毒”!」
後方から魔法攻撃で支援していたロダンは、拓真に迫っていた人ならざる者へ炎の魔法を浴びせた。魔法を当てられただけでは完全に倒せず、人ならざる者は立ち上がり、前へと進んでくる。
「まさか、あの敵に毒が仕込まれて……⁉ 解毒薬はないの⁉」
ロザリンの呼びかけに、ロダンは眉間を寄せ、申し訳なさそうに頷いた。
「魔獣の襲撃は警戒しておれど、荷物は最低限しか持ってきておらんのだ」
「そんなっ……」
ステータス異常の毒は、体力をじわじわと削っていくもの。解毒薬か毒の回復魔法を使える人がいればなんとでもなるのだが、ロザリンの見る限り、そういった人はいないようだった。
「タクマ殿の英断で急所を見つけるも、毒を付与してくるとは……なんとも厄介な存在よ……」
ロダンも現状の打開策を見つけられないのか、苦しそうな表情で魔法での攻撃を続けていく。下手に急所である頭を潰せなくなった人ならざる存在は、森の奥からさらにやってきて、いよいよ拓真たちを追い詰めていた。
「こんなじっくりいたぶられているようじゃ、足利義輝の“生死之境”も使えない……くそっ……」
せめて倒れる前に、何か状況を変えられそうな糸口でも探さなければ、と拓真は人ならざる存在を見やる。すると、霞む視界の先に、何かが見えた。森の奥からこちらへと向かう、人影が。
「あれ、は……」
森の木々の合間をするりと抜け、姿を現した男。白銀の長髪と髭を蓄えた荘厳な雰囲気のその男は、拓真と目が合うと優雅な礼を見せた。
「流石にしぶといな、アキヒト様に仇なす者よ」
男の姿に、辺りはざわついた。ロザリンとコウテツは目を見開き、ロダンは「やはりか」と呟き、オーマは力が抜けたかのように膝をついた。
「ガ、ガルトール……!」
拓真は苦しくなる胸を抑えつつ、確かに死を見届けたはずの男を見た。ガルトールは地面から少しだけ浮いており、そのまま拓真へと流れるように近づいてきていた。その顔には、恐ろしい微笑みが携えられている。
「タクマ殿、伏せなされ! 炎魔法“
事態を察したロダンは、杖をガルトールへと向けて火球を三つほど放った。だがそれは届かなかった。ガルトールが火球を手のひらで受け止める、握り潰してしまったのだ。
「なんとっ……魔法を消滅させただと⁉」
ガルトールの行動はそれで終わりではなかった。握り潰したと思った手のひらを開くと、そこには三つ分の大きさの火球ができていたのだ。
「これが王都に住む者の挨拶か? ずいぶんと野蛮なものだな」
そう言って、ガルトールは火球を押し出した。大きな勢いをつけて戻ってきた火球は、避けることなどできそうにない。苦肉の策として、ロダンはもう一度炎の魔法をぶつけて相殺することにした。
「ぐうううっ!」
「きゃあああっ!」
火球同士がぶつかりあって消えた衝撃で、後ろにいたロザリンとコウテツが吹っ飛び、ロダンもその場で膝をついてしまう。
「みんなっ……くっ……!」
ガルトールを前に、拓真は刀を構えて再び立ち上がろうとすれども、毒の影響で足に力が入らず、真っすぐに立てなかった。そんな拓真を見て、ガルトールは小馬鹿にしたようにフッ、と鼻で笑う。
「死者の腐肉から与えられた毒は、さぞかしつらかろうな……私の手で、貴様を楽にしてやろう」
「誰がそう簡単にっ……やられるかっ……!」
ガルトールが右手を横に伸ばすと、そこへ触手が伸びていき、剣の形を作り上げていた。肉の剣はやがて刃の部分だけが鋼のように変わり、触手の這う気味の悪い剣へと変わっていく。その切っ先を掲げ、ガルトールは拓真を見据えた。
「アキヒト様のために、死ねぇ!」
アルバがガルトールを止めるため、駆け出すがそれを人ならざる者が行く手を阻む。ロザリンは倒れたまま拓真に向けて手を伸ばし、オーマはへたり込んだまま見守るばかり。誰も、ガルトールの剣を止められそうになかった、その時。
「やめろおおおおおっ!」
馬の駆ける音と共に、聞き覚えのある声がした。拓真が後ろへとふらついた瞬間、その横を馬が駆け抜けた。飛び降りた人物は拓真の前に立ち、ガルトールと対峙する。
「……お前は……!」
「スペシャルスキル“速攻剣技”!」
無数に見える剣先が襲いかかったため、ガルトールはトン、と地面を蹴って仕方なく後退した。拓真は尻もちをつき、自分の前に立ちはだかった人を見上げる。
「間に合ったようでよかったよ……一晩、馬を止めずに駆けてきた甲斐があった」
振り向いたその人の表情は、凛々しく、そして勇ましいものだった。
「……ランディ!」