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―第七十章 女王と支配者―

「ランディ! ロザリンたちのところへ戻って、今の話を伝えてくれ! 俺はミルフェムトのところへ行く!」


 返事も聞かずに、拓真は走り出す。途中で馬屋を見つけ、そこに残っていた馬に飛び乗り、城を目指した。

 先ほど感じた圧は、ガリオン家の屋敷でも感じた魔力の圧。遠かったせいか動けないほどではないにしろ、何か大きな魔法が使われたことは容易に想像がついた。


「ミルフェムト……無事でいてくれよ!」


 襲い来る魔獣を避けつつ、拓真は走る。城はさらに崩れており、そこからは薄い青色の球体が見えるのだった。


  *   *   *


 ミルフェムトは、アルバとロダンに魔獣の駆除を指示し、己のみで城内へと入っていた。向かう先は、王の間。通常時に、ミルフェムトがいるべき場所だ。

 ミルフェムトはガリオン家へ向かう前に、王都兵団長であるオークスに城の守りを任せていた。他の剣術協会の人員である商人のヴィーチェと、医療協会会長のリリーには、メファールの村の一件で避難してきていた人々の援助を任せている。城へ辿り着く前にざっと町を見た様子では、二人もそれぞれの役割を果たしているのだと、ミルフェムトは安心していた。

 問題は城だ。門の守衛は魔獣に食い殺され、城の至るところに魔獣が我が物顔で存在している。ほとんどの兵士が死んでいると見て、間違いない様子だった。

 それでもミルフェムトは、王の間の守りだけは絶対であると信じていた。なぜなら彼女の側近でもあるオークスは、類を見ないほどの防御魔法の使い手であり、片手剣の使い手なのだから。

 しかし、その希望を打ち砕くのは、エルヴァントの支配者であるアキヒトだった。


「オークス!」


 王の間の扉を開け、ミルフェムトは叫ぶ。黒髪の男の目の前でオークスが膝をつき、その足元に血だまりを作っていたのだ。


「お帰り、女王様。旅行は楽しかったかな?」


 オークスの前に立つ男―アキヒト―は、軽やかで良い返事を期待しているかのような声色で、ミルフェムトに語りかけた。

 ミルフェムトは、大量の魔法で作られたクリスタルの剣の雨によって、返事とした。

 オークスを抱え、剣の雨に包まれたアキヒトから距離を離す。壁際にオークスを下ろし、ミルフェムトはすぐに傷の具合を見た。


「ミルフェムト様……ごふっ……すぐに、お逃げを……」

「喋るな。簡易的にだが、傷を塞ぐ」


 回復魔法を施しながら、よく死ななかったな、とミルフェムトは思う。否、死なないように調整されていたのだと、察した。オークスの傷はひどく多かったが、どれも深すぎないものだった。防御魔法に優れているというのは、対峙してすぐに知られたのだろう。魔法によって身を守っていた形跡がいくつか残っており、そのせいで簡単に絶命できなくなっている、といっても過言ではない状態だった。


「性格の悪い男め……」

「俺なんかのために、魔力を使いすぎないよう……あの男は、まだ……」

「わかっておる。だが、お前に死なれては困るのだ」


 その時、アキヒトを包んでいたミルフェムトの剣の雨が爆ぜた。ガラスよりも軽いものが砕ける音がして、アキヒトは欠伸をして見せる。


「どう? 治った?」


 次にその顔面に向けて放たれたのは、ミルフェムトの本物の大剣だった。それはアキヒトの口を貫通することなく、ほんのわずかな隙間を残してその場に停止していた。


「危ないなあ。女王様はやっていいことと悪いことの区別も、つかないんだね」


 アキヒトの背後に回ったミルフェムトは、煽り文句を聞きながら魔法で作り出した剣を突き出した。しかしそれは、王の間の崩れた瓦礫を利用して作られた壁によって阻まれる。


「くっ……」

「次の一手を探す暇なんて、ないんじゃない?」


 気付けばアキヒトは、天井から真っ逆さまに降ってきたかのような体勢で、ミルフェムトの頭の上にいた。


「炎魔法、“炎の柱フレイ・ラピル”」


 真っすぐに伸びる炎が、ミルフェムトを頭上から飲みこもうと迫りくる。だがミルフェムトは大剣でそれを跳ねのけ、炎は王の間の壁を破壊した。熱波と飛び散る破片から身を護るため、オークスはさほど大きくない防御魔法の半球体を作りだす。


「ミ、ミルフェムト様……」


 応急処置をしてもらったといえど、オークスはまだ満足に動けない。ただただ主君が戦っている様を、見守っているしかなかった。

 ミルフェムトとアキヒトの攻防は続く。王の間は天井が高く、剣を振るって飛び回れるほどには広い。アキヒトは魔法のみで戦い、ミルフェムトは得物である大剣と魔法を駆使して戦っていた。


(こやつ……これほど魔法を使っているというのに、全く疲労を抱えているようには見えない……)


 ミルフェムトも、エルヴァントの支配者は相当な魔力を有しているという話は聞いていた。女神から神託を受けたと、普通では奇人の戯言だと思われるようなことを言って信用を得たのも、この莫大な魔力を持っていたからだと言われている。

 ミルフェムトも、自身の魔力量には自信があった。生まれながらの魔力ステータスの最大値が高く、これまでの訓練にもよって底上げをしてきた。魔法協会会長のロダンに並ぶ魔力を持っていると自負し、剣を複合しての戦いは我ながら強いだろうと自惚れていた。

 ところがどうだ。エルヴァントの支配者は、どれだけ魔法を撃っても涼しい顔をしている。通常であれば、魔法を使えば疲弊し、魔力も減っていきだんだんと魔法を使えなくなる。なのに、彼は好きなだけ魔法を放っているのだ。


(これ以上は、私も魔力を使えない……しかし、剣だけでこやつを打ち倒すことは……!)

「戦っているのに考え事だなんて、余裕があるんだねえ」


 ミルフェムトの隙を見抜いたアキヒトは、右手の銃のような形にし、人差し指をミルフェムトの肩に向けた。


「風魔法、“風の弾丸ウィン・レバート”」


 唱えられた瞬間、目にも止まらぬ速さで風が突き抜け、ミルフェムトの肩を貫いた。


「ぅああっ!」

「ミルフェムト様ぁ!」


 オークスは叫ぶが、そこへ駆け寄ることはできない。身体の傷が、場を支配している魔力の圧が、それを許さなかった。

 宙に浮いていたところを撃ち抜かれ、ミルフェムトは王の間の地面へと落ちる。急いで回復魔法で若干傷を塞ぐが、すぐに追い打ちの魔法が放たれた。


「土魔法、“波立つ土イル・ウェイブ”」


 瓦礫の波がミルフェムトへと襲い掛かるが、間一髪のところでその場から離れる。しかし反撃に転じることはできず、ただ距離をとるだけとなってしまった。


「氷魔法、“氷の罠アイ・ラプト”」


 アキヒトがそう唱えると、その足元から氷が広がっていく。ミルフェムトが氷を踏むと、その場の地面が鋭い針となり、足元から天井へ向かって伸びた。


「くっ……なんと厄介な……!」


 迂闊に踏めない氷の上を歩くより、飛んだ方が早い。そんなミルフェムトの考えを読んでいたかのように、宙に浮いたミルフェムトの頭上に、巨大な瓦礫の塊が現れた。


「っ……!」

「捕まえた」


 瓦礫もろとも、ミルフェムトは氷の上へ落ちていく。

 オークスは、その瞬間、世界がゆっくりと進んでいくように見えた。そして、色の落ちた世界で、自分へ向けて腕を伸ばすミルフェムトの姿だけが、色鮮やかに見える。


「やっと着いた! ミルフェム……ト」


 急いでここまで走ってきたのだろう。拓真は、ぜえぜえと息を切らしながらも、王の間へと飛び込んだ。

 その目に映ったのは、地面から突き出した氷の針の上に、瓦礫に圧し潰されながら落ちていくミルフェムトの姿だった。

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