オークスが急ぎ足で城から出ると、城の前の通りのところで拓真は魔獣と戦っていた。
―否、戦うというより、蹂躙と言った方が正しいのかもしれない。そこには何の感情もなく、拓真はただ刀を振るい、そこにいる魔獣たちを斬り倒していた。
「……戻ったのか」
オークスの存在に気付いた拓真は、魔獣に過剰なほどの傷を与えると、振り向いて歩み寄った。魔獣の返り血が、生々しく拓真を彩っている。
「ああ……お前は、その……すまないな、待たせている間に襲われていたとは」
「かまわないよ。こいつら、そんなに強くないから」
そう言って空の向こう側を見やる拓真の横顔に、オークスはゾクリと寒気を覚えた。ここにいる拓真は、すでにオークスの知っている拓真ではない。命を奪うことに疑問を抱いていた、優柔不断な男はどこへ行ってしまったのか。
「俺たちも、一度王都を脱出せねばなるまい。皆はどこへ?」
「ドルミナの町だ。ランディたちもそこにいるはずだよ」
「そうか……では、俺たちも行くとしよう」
「ああ、そうだ。悪いけど、一人で行ってくれないか」
ドルミナの町までの足を探そうと動き始めたオークスは足を止め、拓真を見た。拓真はオークスの目を見ていない。
「……お前は、どこへ行くつもりなのだ」
「エルヴァントに決まってんだろ。今が好機だ、あの馬野郎も一緒に殺してやる」
『まって!』
拓真がオークスの横を通り過ぎようとした時、風の精霊スーロが現れた。
『だめだよ。タクマもまちにいこう』
行く手を阻むように立ちはだかるスーロだったが、拓真は横を通って無視をした。スーロは諦めず、拓真の横に並んで歩いて声をかける。
『タクマ、きづいているよね? きみはいま、ちからにのまれている。そんなじょうたいでいっても、かてるわけがない!』
「やってみなきゃわからないだろ」
「たしかにきみは、あいつのうでをおとした。そのおかげで、またせかいにまりょくがもどった。でも、そのままだとあいつのおもうつぼ……」
「俺は、選ばれし魂なんだろ」
拓真はようやく立ち止まり、スーロを見下ろした。冷たい眼差しではあるが、精霊という身であるスーロは一歩も引かない。
『そうだよ。だからそのままだと、こまるんだ。そのままだと、きみはあいつみたいになる』
「ならない」
『もう、なりかけているんだよ!』
「なってない」
『タクマ!』
「俺は、正義のためにあいつを殺すだけだ!」
大きな声に、スーロは目を見開く。後方で話を聞いていたオークスは、歯痒そうに表情を歪める。
肩を震わせながら、拓真は続けた。
「あんたらが決めたことだろ……あいつを倒すのは、俺だって。俺じゃないと、倒せないって。だからやってんだよ。なのになんだ? 今度はやめろって?」
『ちがうんだ。やめろとはいってない。でも、いまのままはよくないんだよ』
「何が良くないんだ? じゃあ、次は誰が死ぬのを見届ければいい? ロザリンか? ランディか?」
『タクマ、いっかいおちついて……』
「俺の目の前で誰かがあいつに殺されるのは、もううんざりなんだよ!」
興奮し、目を見開き、口の端から勢いあまって唾液が流れ落ちる。それを拭うと、拓真は再び歩き始めた。
「早いところ殺さないと、また誰かが犠牲になる。魔獣にもされちまう。好き勝手させている場合じゃねえだろ」
オークスもスーロと共に拓真を止めようと、腕を伸ばす。だが拓真の言葉に、ミルフェムトが氷の柱に貫かれた瞬間を思い出した。誰も助けられず、助けられてばかりでは拓真を止めることができないと、オークスはそっと腕を下げた。
スーロは小さな竜巻を作り出し、それを使って拓真を捕まえようとした。そしてそのまま、ドルミナの町まで転送してしまおうと。
『タクマ、とまって!』
小さな竜巻がひゅるりと音を立てながら、拓真へと迫る。
だがそれは、拓真を捕まえることはできなかった。瞬時に抜いた刀が、竜巻を斬ってしまったのだ。
『……タクマ!』
「魔法を斬る力を与えてくれたのは、あんたらだぞ。精霊様」
小さな竜巻が消滅し、スーロが次を出さないと見ると、拓真は刀を納めた。スーロはもう一度不意打ちで放とうとも考えたが、やめた。どう出しても、拓真を捉えられるビジョンが見えないのだ。完全に魔力に満ちた世界であれば、スーロでも拓真を止められたかもしれない。だが今は、拓真を止められる者はもうこの場にいなかった。
『……だったら、エルヴァントまでおくっていくよ』
「いらん。あんたの力だったら、そう言って俺をドルミナに送ることだって可能だろ」
言葉で誘うこともできず、スーロはいよいよお手上げだと悟った。オークスもただただ、拓真の背を見送るだけ。
「タクマ・イトー……どうしても、一人で行くのか?」
それでも声をかけると、拓真は頷いた。
「もう……誰かが傷つくところは、見たくない」
『……タクマ』
拓真はもう一度だけ二人に振り向き、それから前を向くと、二度と振り返ることはなかった。道行く際に魔獣が襲いかかってきたが、数体ほど斬り捨てれば周りの魔獣は襲ってこなくなった。拓真の強さに、みな怯えているようだった。
オークスも、スーロすらも声をかけてこなくなった頃。拓真は、王都へ来た時に、ロザリンとランディと歩いた道へ出た。
脳裏によぎる、二人の仲間の笑顔。そこから記憶は繋がって、夜の海辺でロザリンと交わした約束も思い起こされた。
「……ごめんな、ロザリン」
一人でエルヴァントに行くのはやめる。そう言ったのは自分なのに、この足は一人で向かうことを決意した。女性との約束を破るとは最低な男だと、拓真は自嘲する。
だが、今はそうも言っていられない。やらねばならぬのだと拓真は刀を握りしめ、エルヴァントへと一人、向かうのだった。