「待って、ロザリンちゃん!」
「ロザリン嬢、落ち着くんだ!」
王都アダルテが陥落した後のドルミナの町では、ロザリンがランディと剣術協会の一人であり医療協会会長、リリーによって取り押さえられていた。
風の精霊スーロによって戻ってきたオークスが、皆に王都で何があったのかを説明した。女王であり剣術協会会長であったミルフェムトの最期と、エルヴァントの支配者であるアキヒトが大怪我を負っていること。そして、拓真が独断で敵の本拠地であるエルヴァントへ向かったこと。
これらを話し終えると、ロザリンは何も言わずに立ち上がり、何も持たずに出て行こうとしたのだ。
「離して! タクマを助けに行かなきゃ!」
「助けに行くと言っても、どうやって!」
「わからない、けど……行かなくちゃ!」
「だめよロザリンちゃん。私たちは今の会長さんの、指示を聞かないと……」
リリーに言われ、ロザリンはハッと気が付いた。二人の手を振り払うと、ロザリンは疲れ果ててしまっているオークスに駆け寄り、その前に跪いた。
「オークスさ……いえ、会長! お願いします! 今すぐエルヴァントへ行く許可をください! できることなら、みんなで行かないと! タクマ一人に、戦わせるつもりですか!」
「……それは、許可できない」
「どうして!」
「俺たちが行っても、足手まといになるだけだ」
静かに突きつけられるオークスの言葉にショックを受けるが、それでもとロザリンは引き下がらない。
「オークスさんは一緒に戦っていたんですよね⁉ ミルフェムト様と一緒に、タクマと……」
「違う」
オークスは、ようやくロザリンと目を合わせた。悲しげな瞳に、ロザリンも言葉を失う。
「俺とミルフェムト様が二人で戦っても敵わなかったところを、タクマ・イトーが戦って傷を負わせたのだ。だが、その代償とでも言おうか……あれはもう、我々の知っているタクマ・イトーではなくなってしまった。怒りと憎悪に塗れ、道を外れようとしている。そんな彼と、どうして肩を並べて戦えると思う?」
「そん、なの……」
「ロザリン・ライトフィールズ。鏡を見たか? なぜお前は剣を握っていない。そんなお前が、どうしてタクマ・イトーを追いかけられると思うんだ?」
「オークス殿!」
顔面蒼白になるロザリンの肩を支え、ランディは牽制する。オークスもさすがに言い過ぎたと思ったのか、首を左右に振り、立ち上がる。
「すまない……だが、俺は考えを改めんぞ。タクマ・イトーは追いかけない。奴はミルフェムト様と約束したのだ、必ずやエルヴァントの支配者を討つと。それを信じて、待つしかない。我々には我々の、やるべきことがあるのだからな……」
それだけ言って、オークスは用意された宿屋の部屋へと向かってしまった。主君を失ったオークスを責める者はおらず、その場は重苦しい雰囲気に飲まれていく。
そこを、ランディと共に、リリーもロザリンの肩を支えた。
「ロザリンちゃん……私は、知ってるわ。ロザリンちゃんが、頑張っていたのを……」
「ああ、オレも知ってる。メファールの村で、一緒に頑張ったもんな!」
後方で話を聞いていたジオも前に出て、出来る限りの慰めの言葉をかける。だが、どれもこれも、ロザリンの心には響かなかった。
「……見て」
ロザリンは、自身の経験値パネルを出した。そこには剣のレベルが示されているが、「17」となっている。
拓真と出会った頃は「15」だった。あれから様々なことがあったはずなのに、ロザリンの数字は大して変わっていない。それは、ロザリンに剣の適性がないことを示していた。
「オークスさんの、言う通りよ……剣も持てない私が、タクマと一緒に戦えるはずなんて、なかったんだわ……」
ここまでの数字を見せつけられては、ランディも何も言えない。こっそりと確認すると、ランディの剣のレベルは「70」だったのだ。
どうにかして励まそうと、言葉を探す。それでも、ランディの口は空気を吐くばかりだった。
雰囲気はどんどんと悪くなっていき、その場から離れる人が他にも出てきた。ロザリンの周りから人々がいなくなる中、ついにその両の目からは涙が溢れ出す。
「どうして……父さんは王都認定騎士なのに……なんで娘の私は、剣の才能がないの……これじゃあ、誰とも一緒に戦えな……」
「いいや、戦えるさ」
その時、多くの人にとって聞きなれない女性の声がした。しかしロザリンだけは、幼い頃に聞いた微かな記憶がある。
「ま、待ってくださいライラ様……この老いぼれにゃあ、ついていくのが精一杯ですって」
さらに続けて聞こえてきたのは、ランディも聞き覚えのある声。
「コ、コウテツ殿! どうやってこちらに……それと、そちらの方は?」
ロザリンの周りが、にわかにざわつく。コウテツと、その隣に経つ堂々とした佇まいの女性が、周囲の注目を集めていた。
高い位置で一本にまとめ上げた、艶のある赤褐色の髪。同じ色の瞳は力強く、厚い化粧が良く似合っている。年齢をそれなりに重ねている様子ではあるが、美しく、そして気高さを感じさせた。
ロザリンは涙を流しながら、女性を見つめていた。
「ライラ……叔母様……」
名を呼ばれた女性は、不敵に微笑む。
「ロザリン、あんたもカスタルスの血を引く女だ。やりたいことは、貫き通しな!」
そう言って、ライラは背中にかけてあった槍を取り、地面を叩くのだった。
* * *
人々の住まう世界とは、違う空間。そこに、三つの光があった。
『タクマを、とめられなかった……』
風を纏う小さな光が、弱々しく言った。
『人間側も、彼を止められる者がいない……これでは力と力の衝突が起きて、大変なことになる』
水を纏う大きな光が、悩ましく唸った。
『ですが、外界の魂であるがゆえに、私たちにはどうすることもできません。事の行方を、見守るしか……』
土煙を纏う柔らかい光が言ったところで、眩い光が現れた。それは女性の姿をしており、三つの光を優しく抱き寄せた。
『ウェルファーナ! からだを、とりもどせたの?』
小さな光の言葉に、女神は頷いた。
『彼があの者の腕を切り落としたおかげです。今の
『……何をするつもりなんだ?』
女神は、大きな光をいたずらにつつく。
『私は、私のやるべきことをこなすだけです』
柔らかい光が、焦るように言う。
『……まさか……ウェルファーナ、いけません。考え直してください』
『そもそも彼らを招き入れたのが、私の間違いでした。この過ちを正すには、私がやるしかありません。まだあの者は、私とあなたたちの力を持ってはいますが、弱っているはず』
女神の身体は、より強く輝く。何者にも、負けないほどに。
『タクマなる者の力が完全に暴走する前に、私がアキヒトなる者の魂を封じ込めます。それにて、この戦いの連鎖を断ち切りましょう』