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―第七十八章 やるべきこと―

「待って、ロザリンちゃん!」

「ロザリン嬢、落ち着くんだ!」


 王都アダルテが陥落した後のドルミナの町では、ロザリンがランディと剣術協会の一人であり医療協会会長、リリーによって取り押さえられていた。

 風の精霊スーロによって戻ってきたオークスが、皆に王都で何があったのかを説明した。女王であり剣術協会会長であったミルフェムトの最期と、エルヴァントの支配者であるアキヒトが大怪我を負っていること。そして、拓真が独断で敵の本拠地であるエルヴァントへ向かったこと。

 これらを話し終えると、ロザリンは何も言わずに立ち上がり、何も持たずに出て行こうとしたのだ。


「離して! タクマを助けに行かなきゃ!」

「助けに行くと言っても、どうやって!」

「わからない、けど……行かなくちゃ!」

「だめよロザリンちゃん。私たちは今の会長さんの、指示を聞かないと……」


 リリーに言われ、ロザリンはハッと気が付いた。二人の手を振り払うと、ロザリンは疲れ果ててしまっているオークスに駆け寄り、その前に跪いた。


「オークスさ……いえ、会長! お願いします! 今すぐエルヴァントへ行く許可をください! できることなら、みんなで行かないと! タクマ一人に、戦わせるつもりですか!」

「……それは、許可できない」

「どうして!」

「俺たちが行っても、足手まといになるだけだ」


 静かに突きつけられるオークスの言葉にショックを受けるが、それでもとロザリンは引き下がらない。


「オークスさんは一緒に戦っていたんですよね⁉ ミルフェムト様と一緒に、タクマと……」

「違う」


 オークスは、ようやくロザリンと目を合わせた。悲しげな瞳に、ロザリンも言葉を失う。


「俺とミルフェムト様が二人で戦っても敵わなかったところを、タクマ・イトーが戦って傷を負わせたのだ。だが、その代償とでも言おうか……あれはもう、我々の知っているタクマ・イトーではなくなってしまった。怒りと憎悪に塗れ、道を外れようとしている。そんな彼と、どうして肩を並べて戦えると思う?」

「そん、なの……」

「ロザリン・ライトフィールズ。鏡を見たか? なぜお前は剣を握っていない。そんなお前が、どうしてタクマ・イトーを追いかけられると思うんだ?」

「オークス殿!」


 顔面蒼白になるロザリンの肩を支え、ランディは牽制する。オークスもさすがに言い過ぎたと思ったのか、首を左右に振り、立ち上がる。


「すまない……だが、俺は考えを改めんぞ。タクマ・イトーは追いかけない。奴はミルフェムト様と約束したのだ、必ずやエルヴァントの支配者を討つと。それを信じて、待つしかない。我々には我々の、やるべきことがあるのだからな……」


 それだけ言って、オークスは用意された宿屋の部屋へと向かってしまった。主君を失ったオークスを責める者はおらず、その場は重苦しい雰囲気に飲まれていく。

 そこを、ランディと共に、リリーもロザリンの肩を支えた。


「ロザリンちゃん……私は、知ってるわ。ロザリンちゃんが、頑張っていたのを……」

「ああ、オレも知ってる。メファールの村で、一緒に頑張ったもんな!」


 後方で話を聞いていたジオも前に出て、出来る限りの慰めの言葉をかける。だが、どれもこれも、ロザリンの心には響かなかった。


「……見て」


 ロザリンは、自身の経験値パネルを出した。そこには剣のレベルが示されているが、「17」となっている。

 拓真と出会った頃は「15」だった。あれから様々なことがあったはずなのに、ロザリンの数字は大して変わっていない。それは、ロザリンに剣の適性がないことを示していた。


「オークスさんの、言う通りよ……剣も持てない私が、タクマと一緒に戦えるはずなんて、なかったんだわ……」


 ここまでの数字を見せつけられては、ランディも何も言えない。こっそりと確認すると、ランディの剣のレベルは「70」だったのだ。

 どうにかして励まそうと、言葉を探す。それでも、ランディの口は空気を吐くばかりだった。

 雰囲気はどんどんと悪くなっていき、その場から離れる人が他にも出てきた。ロザリンの周りから人々がいなくなる中、ついにその両の目からは涙が溢れ出す。


「どうして……父さんは王都認定騎士なのに……なんで娘の私は、剣の才能がないの……これじゃあ、誰とも一緒に戦えな……」

「いいや、戦えるさ」


 その時、多くの人にとって聞きなれない女性の声がした。しかしロザリンだけは、幼い頃に聞いた微かな記憶がある。


「ま、待ってくださいライラ様……この老いぼれにゃあ、ついていくのが精一杯ですって」


 さらに続けて聞こえてきたのは、ランディも聞き覚えのある声。


「コ、コウテツ殿! どうやってこちらに……それと、そちらの方は?」


 ロザリンの周りが、にわかにざわつく。コウテツと、その隣に経つ堂々とした佇まいの女性が、周囲の注目を集めていた。

 高い位置で一本にまとめ上げた、艶のある赤褐色の髪。同じ色の瞳は力強く、厚い化粧が良く似合っている。年齢をそれなりに重ねている様子ではあるが、美しく、そして気高さを感じさせた。

 ロザリンは涙を流しながら、女性を見つめていた。


「ライラ……叔母様……」


 名を呼ばれた女性は、不敵に微笑む。


「ロザリン、あんたもカスタルスの血を引く女だ。やりたいことは、貫き通しな!」


 そう言って、ライラは背中にかけてあった槍を取り、地面を叩くのだった。



   *  *  *



 人々の住まう世界とは、違う空間。そこに、三つの光があった。


『タクマを、とめられなかった……』


 風を纏う小さな光が、弱々しく言った。


『人間側も、彼を止められる者がいない……これでは力と力の衝突が起きて、大変なことになる』


 水を纏う大きな光が、悩ましく唸った。


『ですが、外界の魂であるがゆえに、私たちにはどうすることもできません。事の行方を、見守るしか……』


 土煙を纏う柔らかい光が言ったところで、眩い光が現れた。それは女性の姿をしており、三つの光を優しく抱き寄せた。


『ウェルファーナ! からだを、とりもどせたの?』


 小さな光の言葉に、女神は頷いた。


『彼があの者の腕を切り落としたおかげです。今のわたくしであれば、少しは女神として役に立てるでしょう』

『……何をするつもりなんだ?』


 女神は、大きな光をいたずらにつつく。


『私は、私のやるべきことをこなすだけです』


 柔らかい光が、焦るように言う。


『……まさか……ウェルファーナ、いけません。考え直してください』

『そもそも彼らを招き入れたのが、私の間違いでした。この過ちを正すには、私がやるしかありません。まだあの者は、私とあなたたちの力を持ってはいますが、弱っているはず』


 女神の身体は、より強く輝く。何者にも、負けないほどに。


『タクマなる者の力が完全に暴走する前に、私がアキヒトなる者の魂を封じ込めます。それにて、この戦いの連鎖を断ち切りましょう』

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