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―八十一章 貫く意思―

「はあっ!」


 ライトフィールズ剣術学校の屋外練習場にて、ロザリンは叔母であるライラと手合わせをしていた。

 今まで剣を振るっていたロザリンは、槍を手に持つのは初めてのことだ。しかし、ずっと昔から扱っていたかのように、槍をどのように振ればいいのか、身体がわかっていた。


「まだまだ踏み込みが甘いね! そんなんだと……ほら!」


 ライラの鋭い一手が、ロザリンの頬を掠った。僅かに流れる血を感じながら、ロザリンは強く踏み返し、槍の先をライラに向けて放つ。

 その一撃が入ることはなく、ロザリンの槍はいとも簡単にいなされた。槍を弾かれ、体勢を崩れたその足元を、ライラは見逃さない。

 しかし、ロザリンも剣の扱いが上達しなかったとはいえ、武器を扱う経験は長い。地面を蹴り、軽やかに後方へ距離を取ると、横へ飛んでからライラの脇腹を狙った。


「やあっ!」


 威勢のいい声と共に放たれた槍だったが、素早い反応に負け、柄で抑えられる。


「ふっ、良い動きをするじゃないか!」

「そうでしょ? だって、父さんが教えてくれたんだもの!」


 そして二人の訓練は、続いていく。

 壁に肩を預けてその様子を見ているランディの隣に、新たに剣術協会の会長となったオークスがやってきた。だが、ランディは姿勢を正そうとはしない。


「冷やかしにでも来たんです?」


 そんな嫌味を言うも、オークスは動じないようだった。


「ロザリン・ライトフィールズが、刃を手に入れたと聞いた」

「ええ、ご覧の通りです」


 ランディは、ちらりとオークスを見てから、ロザリンを見た。ライラとの訓練が続き、疲労が溜まってきているのか、動きが悪くなってきている様子が見受けられる。それでも、ロザリンは諦めずに立ち向かっていた。


「あれを見ても、あなたはロザリンにタクマの元へ行くなと言うのですか」

「……」


 ランディの言葉に、オークスは何も言わない。ただその瞳は、ロザリンを見つめていた。


「彼女は剣ではなく、槍を持つことを選んだ……いいえ、ようやく手に合う武器を見つけられたのです」

「……どうやらそのようだ」


 オークスの眼差しの先では、ロザリンがライラに向けて連撃を放っていた。大半はかわされるも、一度だけライラの手元が狂わされる。


「……タクマがどれだけ強くなろうが、僕らの仲間であるには変わりありません。仲間を助けたい、共に戦いたい。そう思うことは、決して間違いではないでしょう?」

「……」


 瞳を伏せ、オークスは俯く。


「無論……俺もわかっている。お前たちが出向くことで、きっとタクマ・イトーの助けにもなるだろう。しかし……剣術協会の会長として、これ以上死者を出すような真似はしたくない。奴の隣に立つことは、あまりにも危険すぎる」


 今度はライラが連撃を放ち、ロザリンを追い詰めていた。慣れないながらも刃先で攻撃を食い止めるも、ロザリンはじりじりと後退を強いられていく。

 だが、諦めようとはしない。


「それに、多くの魔獣がこのロストリア大陸に入り込んでいる。王都が落ちた今、その数はますます増えていくだろう。我々は、これにも対処せねばならん」

「……それでしたら、やはり魔獣を作り出している根源を潰さないと!」

「だから、タクマ・イトーに任せているのだ。ミルフェムト様も、奴に託した。我々はここで今後に備え、我々の戦いをせねば!」


 分からず屋、という言葉をぐっと飲みこむも、ランディにはこれ以上言い返せることがない。ランディもわかっている。敵の本拠地に乗り込むことが、どれほど危険なことなのか。仲間と共に戦いたいという気持ちだけで、やっていけることではないのだと。

 そこに、強い金属音が響き渡った。音の方へ注目すると、追い詰められていたはずのロザリンが、ライラの槍を強く打ち上げていたのだ。


「くっ……やるねえ! でも!」


 ライラは即座に槍先をロザリンへと戻し、突進を仕掛けた。


「ここですぐに首を獲れないようじゃ、この先やっていけないよ!」


 地面を蹴り、前へ跳ねていくライラ。ロザリンは避けようとはせず、真正面から立ち向かう姿勢だ。


「なっ……練度も低いのに、あの勢いのものを受け止めようとするなんて、危険すぎる!」


 思わず前のめりになって戦いの行方を見守るランディだったが、その予想は裏切られることとなる。


「タクマなら、受け止める!」


 その言葉通り、ロザリンはライラの槍を受け止めた。刃先ではなく、細い柄で受け止めたのだ。さすがにこの止め方にはライラも驚いたようで、目を丸くする。


「……!」

「私は、ずっとタクマの戦いを見ていた。いつか、タクマの隣で戦えるように……タクマを助けられるように!」


 ロザリンの持つ槍の刃が、鈍く輝きを纏い出す。空気がロザリンを囲むように、流れていく。


「この雰囲気は……」


 明らかにロザリンの雰囲気が変わり、ランディは生唾を飲みこむ。対面しているライラも、早すぎる成長速度に笑みを隠し切れなかった。


「さすが姉さんとアドルフの娘だよ……そのまま打ち込んできな!」


 今度はライラが受け止めると言わんばかりに、その場から離れると不動の姿勢でロザリンを待った。

 ライラに向けて、ロザリンは駆け出す。


「私は……今度こそ! タクマと共に戦いたい!」


 深く膝を折り曲げ、ロザリンは宙へと舞った。そこから一度捻りを入れ、ライラへと向かって自身ごと槍を放つ。


「スペシャルスキル……“信心貫鉄しんじんかんてつ”!」

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