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―八十二章 動き出すとき―

 ライラへ向かって落ちていくロザリンは、まるで空から降り注ぐ星のようだった。強い意志を纏った刃を向けられ、それを受け止めようとライラも槍を構えるが、その瞬間、悟った。


(貫かれる……!)


 あまりにも真っすぐな青い瞳に、ライラは僅かにたじろいだ。すると、二人の間に青い半球体が生まれる。


「オークス殿!」


 隣にいたが二人の間に割って入った男の名を、ランディは叫ぶ。オークスの発動した防御魔法とロザリンの槍の刃先がぶつかりあい、空気が震えた。

 防がれたとしても、ロザリンは止まらない。さらに力を加え、ぐっと槍を押し込んでいく。槍は防御魔法を突き破り、その刃先が侵入した。青い半球体に、どんどんひび割れが広がっていく。

 あと一歩のところで防御魔法が突き破られそうになると、ランディも駆け寄り、その槍を剣ではじき出した。

 弾かれたロザリンは練習場の端まで吹っ飛んでしまい、土煙が上がる。


「ロザリン嬢!」


 ランディは剣を戻すと、ロザリンへと駆け寄る。ロザリンはすでに自分で立ち上がり、土煙に咳き込んでいた。


「けほっ、けほっ……大丈夫よ、ランディ……私は平気」


 手のひらを見せ、駆け寄られるのを止めると、ロザリンは改めて槍を構え直した。その先には、ライラとオークスの二人が並んで立っている。


「会長……やはりタクマの元へ行くのは、許していただけませんか」


 強い眼差しでオークスを見つめ、ロザリンは問う。オークスはしばらくロザリンを見つめた。目を細め、眉間の溝を深め、そして剣を納めた。それから、ライラへと視線を移す。


「……一人で戦わせるには不安だが、皆と戦うのなら十分だとあたしは思うけどね」


 肩をすくめ、オークスの言葉無き問いに答えるライラ。その返答に瞳を伏せ、もう一度開くとオークスはロザリンを見据えた。


「ロザリン・ライトフィールズ。お前の意見を聞き入れよう」


 オークスの言葉に、ロザリンはランディと顔を合わせ、一気に綻ばせた。


「だが」


 しかし、その表情はすぐに曇ることとなる。


「どうやってエルヴァントまで行く? どのようにしてタクマ・イトーの元へ行く? タクマ・イトーは王都で別れた後、一人で行ってしまった。どうやって向こうへ渡ったのか、そもそも渡れたかどうかもわからない」


 たしかに、とランディは頷いた。


「正面から行くとしても、絶対に守りは固められているはずだ。僕たちロストリア大陸の人間が入るのは、簡単には許してもらえないだろう」

「そうだねえ、船で行くのも難しい話だ。あいつらは船も持っているから、海上にも見張りは大勢いるはずだよ」


 続いてライラも意見を出す。そこでロザリンは、空を見上げた。相変わらず空は暗雲に包まれているが、先ほどよりどこか禍々しさを感じさせている。


「精霊様……風の精霊様に頼れば……」

「儂も意見を一つ、よろしいですかな」


 悩ましい会話が続く中、姿を現したのは魔法協会会長のロダンだった。


「ロダン・モダン。良い、話せ」

「では会長の許可も貰ったところで……。皆は覚えておるか。メファール村で使われていた、魔法陣のことを」


 メファール村では、村の人々がガリオン家長男、エリオットによってどこかへ送られている魔法陣が存在していた。それはロダンが用いるような魔法陣ではなかったので、解明が進められていたのだ。


「あの魔法陣について……なにかわかったのか」

「いいや、結局作業を中断させられたのでな、全てがわかっているわけではないが……魔力を流し、精霊様に解読してもらえないかと思ったのだ。これは儂の予想ではあるが、おそらく行き先はエルヴァントのどこか……魔獣の材料に人を使うのだ、魔獣を生み出すようなところへ、連れていかれるのではないだろうかと」

『そういうことなら、きょうりょくさせてもらうよ。ろすとりあが、なんとかしてくれるとおもう』


 そこへ、風の精霊スーロが姿を現す。


「おお、精霊様。ありがたきお言葉……では会長。タクマ殿の元へロザリンたちを行かせるのであれば、早速部隊を組まなくては……」

『そのまえに……みんなに、つたえなくちゃいけないことがある』


 幼い口調にしては重々しい声色に、その場の皆がなにかがあったことを悟る。

 そしてこの世界の女神は、異世界からやってきた男によって堕ちたと、伝えられるのだった。




 時を同じくして、拓真を乗せた人攫いの馬車はある海岸へとたどり着いた。人攫いたちは、ここで各地から集めた人々を船に乗せ、エルヴァントへと運んでいるようだった。


「よーし、お前ら! とっとと馬車から降り……」


 馬車の後ろの幌を捲った男は、突然何かに殴られ、そのまま後ろへ転倒して気を失った。


「なっ⁉ 生意気な奴隷めっ……ぐわっ⁉」

「な、なにが起きているんだ? おい、誰か灯りを! 敵襲! てきしゅ……ぎゃあ!」


 手から灯りを落としながら、人攫いたちは次々に倒れていく。海岸で作業をしていた人攫いたちも襲いかかる何かに対応しようとしても、あまりにも素早い動き加え、暗雲立ち込める暗闇の中では姿を捉えることができなかった。


「ぐあああっ!」

「いぎゃあ!」


 人攫いたちはあっという間に倒れ、残り一人になったというところで、襲いかかるなにかはようやく動きを止めた。


「ひ! ひいっ!」


 腰をすっかり抜かしてしまった人攫いが灯りを前方へ向けると、そこに浮かぶ上がるのは青年―拓真―の姿だった。


「安心しろ。誰も殺してない。みんな峰打ちだ」


 手に持った鞘に入ったままの刀を腰に戻すと、拓真は屈んで人攫いと視線を合わせた。


「エルヴァントに渡りたいんだ。どうすればいい?」

「はっ、はっ、はっ」


 人攫いはすっかり恐怖に支配されてしまっているのか、震えあがってしまっている。

 ―と思ったのもつかの間。人攫いはナイフを取り出し、拓真へ向けて刃を突き出した。


「……」

「ぎゃあ!」


 拓真はその突きを簡単に避け、人攫いの手首を掴んだ。


「エルヴァントに行きたいだけなんだが……」


 手首にかかる力が、どんどん増していく。やがて人攫いは手からナイフを落とし、痛みを訴えるようになった。


「痛い! やめてくれ!」

「じゃあ、教えてくれないか」

「エ、エルヴァントに行きたいなら、そこの船を使えよ!」

「俺、どうやって行くか知らないんだ。あんたが案内してくれないか?」

「ひっ……ひぃいいっ!」


 覗き込む拓真の瞳と、握り潰されてしまうほどの手首を掴む力に、人攫いはついに気を失ってしまった。

 意識を失ったのを見て、拓真はようやくその手首を離してやった。


「……困ったなあ」


 あまり困っていないような口ぶりでそういうと、拓真は馬車へと戻り、幌を完全にめくり上げた。中では怯えた人々が、身を寄せ合っている。


「この場の人攫いは気を失っている。逃げるなら今のうちだぞ」


 拓真の言葉に、人々は恐る恐る馬車から降り、そして来た方角へと走り去っていった。その中で一人だけ幼い子どもが拓真に振り向いたが、兄弟と思われる少年に手を引かれ、去っていった。

 他の馬車に捕まっていた人々を解放すると、拓真は海に誰かが立っていることに気付いた。


「……アイヴスか?」


 そう問いかけると、海に立つ男―海の精霊アイヴス―は頷いた。


『スーロから話は聞いていたが……想像以上に悪い方向へ強くなったな』


 呆れたように言われるも、拓真は何も答えない。そんな態度に、アイヴスは深くため息をついた。


『それでも、貴様に伝えねばならないことがある』


 アイヴスの口から聞かされたのは、女神ウェルファーナがアキヒトに挑み、敗北したという話だった。

 衝撃的な話であることには変わりないのだが、拓真の表情は相変わらず無を表していた。


「……なんで先走ったんだ?」

『貴様がこれ以上闇に落ちぬように、ウェルファーナは覚悟を決めたのだ。自らが招いた惨事を、自らの手で終わらせると。だが、奴の力は我ら精霊と女神の予想を、遥かに上回っていた……』


 アイヴスは視線を落とし、首を横に振った。拓真は逆に、目を空へと向けた。先ほどより暗く重たくなる雲は、ある一点へと向かって流れているように見える。


「神様ってのは勝手だな。俺にあいつをどうにかしろって託したくせに、今度は自分でなんとかするって? だったら、俺はなんのために呼ばれた」

『時が流れれば、事態も変わる。貴様が闇へ踏み込むなど、思ってもみなかったのだ』

「そうか。まあ、なんでもいいよ。俺がやることは、変わらない」


 これから出会うはずの相手を思い浮かべ、拓真は拳を握りしめる。アイヴスは否定もしなければ、肯定もしなかった。


『奴を止められるのであれば……闇に落ちたとしても、貴様を頼らざるを得まい』


 アイヴスは海の上に小さな船を置き、海岸へと着けた。その目は拓真に、乗れと言っている。


『異世界の者よ、旅人よ、選ばれし魂よ。我が貴様をエルヴァントへと送ろう。貴様の剣で……どうか、奴を止めてくれ』

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