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第63話 僕は悪役令嬢との思い出を作る

 周年の集い。

 一学年から三学年の生徒が、年度末無事に進級あるいは卒業できると祝うものである。

 会場は学園外の催事場を貸し切る。

 ダンスホールの他、ダンスの曲を演奏する一名の指揮者と二十名の奏者がいる演奏所、会食とおしゃべりが出来る場所があり、とても広い。

 三学年はドレスコードで参加。一、二年はパートナーがいる場合ドレスコード、一人の場合は制服と決まりがある。

 クリスティーナはレオナールと共に踊ることとなった。

 ちなみにヴィクトルは学級委員長のため、裏方に回っている。


「ミランダ、行こうか」

「はい。フェリックス」


 ヴァイオレットのタキシードに身を包んだフェリックスは、淡いピンクのドレスに身を包んだミランダと並んで歩く。

 ミランダのサラサラとしたプラチナブロンドが揺れる。

 ピアスとネックレスの真っ赤な宝石が、真っ白なミランダの外見と、淡いピンクのドレスを際立たせていた。


(ああ……、綺麗だなあ)


 フェリックスは並んで歩きながら、ミランダのドレス姿に見惚れていた。


「おい、あれみろよ」


 ダンスホールに立ち止まったところで、ドレスコードに身を包んだ男女の生徒たちがフェリックスとミランダに注目する。


「ミランダの相手……、フェリックス先生だぞ」

「噂はマジだったんだな」


 こちらを見ながらひそひそと話している。

 生徒だけならまだしも、監督している事情を知らない教師たちも眉をひそめている。

 教師と生徒の恋愛はご法度。

 噂の段階で留まっていたから誰も追求しなかったものの、堂々とフェリックスがミランダと共にダンスホールに現れたら、もう言い逃れはできないぞと教師陣の視線は厳しい。


「フェリックス、これはどういうことじゃ?」


 ざわついている場をおさめるため、校長ダンスホールに入り、フェリックスに何故、タキシード姿で生徒のミランダと並んでいるのか問う。


「クリスティーナさんの決闘に負けたので、ミランダさんと踊ることになりました」


 フェリックスは堂々と答えた。

 これは決闘の勝者であるクリスティーナが望んだことだと。


(これはパフォーマンス)


 フェリックスは知っている。

 校長は知らないフリをして、事情を知らない、生徒や教師たちのために説明する場を設けたのだと。


「決闘の勝者の言葉は絶対。なら、仕方ないのう」

「はい。そういうことです」


 校長はあっさりと引き下がる。

 チェルンスター魔法学園において、決闘の勝者の言葉は絶対。

 それは、この場にいる全員が分かっている。


「決闘なら仕方ないな」

「てか、クリスティーナって奴、フェリックス先生に決闘で勝ったの!?」

「それって……、学園祭のトーナメントで準優勝してた子?」

「確か、二年生のクリスティーナ・ベルンだっけ?」


 皆の話題はフェリックスたちのものから、クリスティーナへと変わる。

 教師に生徒が決闘で勝利することは滅多にない。伝説としてしばらく語られるだろう。 


「……結婚式に呼んておくれ」


 校長はフェリックスのそばで囁く。

 結婚式という単語を耳にしたフェリックスは動揺する。

 舌を出し、お茶目な表情を浮かべる校長に「からかうな」という文句を口にしようとするも、校長はすぐにダンスホールを抜け、教頭から乾杯のグラスを受け取っていた。


「さて、今年は学園祭初日に革命軍の襲撃に遭うなど大変な一年じゃった。ここにいる皆はそれをよく乗り越えた」


 校長は今年の大事件について振り返る。

 一番はやはり、革命軍の襲撃だろう。

 革命軍と聞くと、そばにいた女生徒が恐怖に震えており、それをパートナーの男子生徒が支えている。

 革命軍はチェルンスター魔法学園の生徒たちを恐怖に陥れた。許されざるゲリラ集団だ。


「本日の周年の集い、それぞれに良い思い出となるように願っておる。それでは――、乾杯」


 校長がグラスを掲げる。

 周年の集いが始まった。


「ミランダ、一緒にダンスを踊ってくれますか?」


 フェリックスは頭を軽く下げ、ミランダに手を差し出す。

 この世界では一曲目に男性が女性にダンスの承諾を貰うのが、マナーらしい。

 公爵貴族として、場数を踏んでいるフェリックスの仕草は洗練されており、完璧だった。


(ワルツの動きも身体が覚えてるだろうから、大丈夫……)


 この身体であれば、社交ダンスもミランダのリードもできるだろう。


「はい、お願いします」


 不安なフェリックスの手を、ミランダが取る。

 ミランダはフェリックスの腰に手を添え、身体を密着させる。


「はうっ」


 フェリックスは宝石などの装飾品に身を包んだ華やかなミランダのドレス姿を間近に見て、再度ときめいてしまい、思わず声が漏れてしまった。


(今日のミランダ、きらきらしてて眩しすぎる)


 フェリックスはミランダが美少女だということを改めて再確認する。


「これがフェリックス先生と初めてのダンス」


 ミランダの口元は緩んでおり、いつもの大人びた冷静な表情ではなく、十八歳の少女の笑みだった。


「フェリックス先生との初めてが、どんどん増えていって幸せだわ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 密着しているおかげで、フェリックスとミランダは互いにしか聞こえない小さな声で会話をする。周りもパートナー同士で楽しそうに会話をしているため、聞き耳を立てている生徒はいないだろう。

 ダンスの曲の演奏が始まり、ダンスホールにいる皆がそれに合わせて動き出した。

 フェリックスとミランダも曲に合わせて踊る。


(うん、ダンスの動きは身体が覚えてる。ミランダに恥をかかせることはないみたいだ)


 足さばきも、リードも完璧。

 ミランダが楽しそうに踊っていることから、間違ってないようだ。


「あ、クリスティーナだね」


 余裕のあるフェリックスはダンスホールの中からクリスティーナとレオナールを見つけた。

 平民で、社交ダンスなど授業でしかやったことがないクリスティーナは他の生徒たちと比べると動きがぎこちなく、危なっかしい踊りをしていた。

 クリスティーナのパートナーであるレオナールは、涼しい顔でクリスティーナをフォローしている。


(レオナールエンドの内容は、ヴィクトルエンドとほとんど同じなんだけど、この周年の集い以降、乙女ゲーム特有の甘々なセリフでクリスティーナを骨抜きにしていくから、女性ユーザーに人気なんだよな)


 クリスティーナとレオナールが踊っている姿をみて、フェリックスは唐突にレオナールエンドの内容が浮かんできた。

 レオナールエンドはヴィクトル同様、卒業したクリスティーナと結婚するだけなのだが、レオナールの場合は、クリスティーナが三学年になってから甘々な乙女ゲームぽいイベントが目白押しになる。

 そのため、レオナールエンドは乙女ゲームユーザーに人気という評価をフェリックスは攻略サイトで見た。


「そうですわね」

(えっ、急にミランダが不機嫌になった)


 クリスティーナの話をしただけなのに、ミランダは不満そうな声音でフェリックスに呟く。

 大好きな後輩とはいえ、彼女のパートナーが、会う度に口喧嘩をしているレオナールだからだろうか。


「フェリックス」


 ミランダは”先生”をつけず、密会をしている時のようにフェリックスを呼ぶ。


「今は……、わたくしだけをみて」


 ミランダは自身の気持ちをフェリックスにぶつける。


(デレデレのミランダ、可愛すぎる)


 フェリックスはミランダの気持ちを知り、胸がキュンとときめいていた。


「うん。よそ見してごめんね」


 自身の胸の鼓動がバクバクと早くなり、脳内がミランダのことで忙しいが、その感情を表に出さぬように表情筋を引き締め、彼女に素直に謝る。


「ミランダだけをみてるよ」

「っ」


 ミランダが望む言葉をフェリックスがかけると、ミランダは目を見開き、驚いた表情を見せる。


「うれしい」


 ミランダははにかんだ笑みを浮かべる。

 短い会話の間で、フェリックスとミランダは互いの愛を再確認する。

 ダンスを終えた後も、フェリックスとミランダはパートナーとして周年の集いを楽しんだ。



 周年の集いが終わり、数日後。

 チェルンスター魔法学園の三学年は卒業式を迎える。

 ミランダは無事、チェルンスター魔法学園を卒業した。


「ミランダ先輩~、卒業おめでとうございます」


 校舎では、卒業生と別れを惜しむ在校生が溢れていた。

 クリスティーナも例外ではなく、ミランダを抱きしめるなり、大泣きしていた。


「学校で会えなくなるなんて嫌です……」

「クリスティーナ、わたくしもあなたと属性魔法の特訓が出来なくなるのは寂しいわ」

「もう一年留年して、私と一緒に卒業してください!」

「駄目よ。わたくしは卒業するこの日を待っていたのだから」


 ミランダはクリスティーナの我儘を突っぱねる。


「ミランダ先輩は卒業したら……、ソーンクラウン領へ帰っちゃうんですか?」


 クリスティーナは不安そうな表情を浮かべながら、ミランダの進路を聞く。

 ミランダは進学をしない。

 卒業したらレオナールと結婚し、モンテッソ侯爵家に嫁ぐことが定められていたから。

 だが、レオナールとは婚約破棄し、ミランダは自由のため、実家のソーンクラウン領で過ごすと考えるのが普通だ。

 チェルンスター魔法学園からソーンクラウン領まで、馬車で五日かかる。

 ミランダに会う機会が長期休暇のときのみと、毎日のように会っていたクリスティーナからしたら絶望だ。


「帰るかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 ミランダはクリスティーナの問いに曖昧な返事を返した。


「えっ、学園の近くで暮らすんですか?」

「その答えは……、いずれわかるわ」


 ミランダが学園の近くで新生活を始めるかもしれない。

 ミランダの答えに希望を持ったクリスティーナの表情がぱあっと明るくなる。


「クリスティーナ、ごめんなさい。あなたともっとお話をしたかったけど、お父様を待たせているから」

「そう……、ですか」

「近々、あなたに手紙を送るから。お返事、待ってるわね」

「はい! すぐに届いたらすぐに返事をします!!」

「じゃあね」


 ミランダはクリスティーナと別れ、チェルンスター魔法学園を出た。


「わたくしも卒業か」


 ミランダは校門で立ち止まり、振り向き、チェルンスター魔法学園をみつめる。


「ミランダ」

「フェリックス」


 背後からミランダを呼ぶ声が聞こえた。

 ミランダが振り返ると、高価なグレーの紳士服を身に着けた恋人のフェリックスがいた。


「卒業おめでとう」

「……ありがとう」


 ミランダはフェリックスを抱きしめた。


(わたくしは、もう学園の生徒じゃない)


 生徒と教師の恋愛はご法度。

 フェリックスとの間に阻まれていた障害は、今日、消えたのだ。


(もう、こそこそせずにフェリックスと愛し合える)


 気分が高まったミランダは、背伸びをし、フェリックスの唇を奪った。

 校門の前でのキス。

 勿論、在校生はミランダたちのキスを目撃しており、二人に注目が集まる。

 唇が離れ、キスをされたフェリックスは、ミランダの行動にとても驚いている様子だった。


「ミランダさん、皆が――」

「もう、関係ありません。わたくし、フェリックスの生徒じゃないもの」

「そうだけど……!」

「一年間、ずっと我慢していたのよ。これくらいいいでしょ?」

「……僕の苦労も知らないで。明日、先生たちに怒られちゃうよ」


 フェリックスは深いため息をついた。


「緊張が解れたでしょ?」

「まあ、それは……、うん」


 ミランダはフェリックスの手を握る。

 フェリックスの指の間に、自分の指を絡ませた恋人繋ぎ。


「行きましょう。わたくしの家に」

「……そうだね」


 ミランダは恋人繋ぎで、フェリックスと共に歩き出す。

 生徒たちがいる前で堂々と。


「お父様が待っているわ」


 行く先はミランダの家。

 そこに、ミランダの父親、ソーンクラウン公爵が待っている。



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