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第64話 僕は悪役令嬢の父に挨拶をする

 フェリックスとミランダは商店街、住宅街と慣れた道を歩き、ソーンクラウン公爵が待っているミランダの自宅に着いた。

 ミランダの自宅は一軒家で、彼女がチェルンスター魔法学園の入学が決まった際に買われたものだ。

 話によると、ミランダの身の回りの世話をするメイドが二人、用務員として働いているライサンダーが同居しているとか。


(ソーンクラウン公爵に会うんだ)


 フェリックスの緊張で心臓がバクバクとする。

 仕事中のソーンクラウン公爵は厳しい人間のように思えた。

 大事な娘の恋人がやってきて、彼女と結婚したいと申し入れたら、どんな態度とられるのだろうか。


(僕はレオナールとの婚約を破棄させた張本人だもんな。絶対、怒ってるよ)


 ソーンクラウン公爵はフェリックスに対して激怒しているのではないかと考えている。

 婚約の話が進んでいた中、突然フェリックスが現れ、破談となったのだ。

 ソーンクラウン公爵家とレオナールの実家のモンテッソ侯爵家の間に亀裂が入っただろう。

 元凶であるフェリックスに対して怒りを感じているはずだ。


「フェリックス、行きましょう」


 ミランダがフェリックスの腕を引っ張る。


「……うん」


 ミランダに促され、フェリックスは家の中に入った。


「おかえりなさいませ、ミランダ様」


 入るなり、二人のメイドが出迎えてくれた。

 外見は他の住宅街と変わらなかったが、内装はフェリックスの実家のような貴族が住む部屋そのものだった。

 真っ白な壁紙に、白い高級家具、そして絨毯も白ときた。

 花瓶に生けられた花や壁に飾られている絵画には色があり、際立っていた。


(天国があるとすれば、こういう部屋なんだろうなあ)


 フェリックスは部屋の内装を見つつ、そう思った。


「お父様はいる?」

「主人は、リビングにおります。そちらの御仁は?」

「……わたくしの夫になる方よ。失礼のないように」


 メイドにフェリックスのことを尋ねられる。

 ミランダはフェリックスのことを将来の夫と堂々と告げた。

 その発言を聞いても、メイドたちは表情を崩さずに「上着をお預かりします」とフェリックスが脱いで腕にかけていたコートを持ってくれた。


「リビングに行くわ。お茶とお菓子をお願い」

「かしこまりました」


 ミランダはメイドに指示を送る。

 メイドたちは深々とミランダに頭を下げ、別室へ向かった。


「ねえ、ミランダ……、この家寒くない?」


 フェリックスは身体をさすりながら、ミランダに訊く。

 外よりは暖かいものの、室内は白い吐息が見えるほどに冷えている。

 ミランダやメイドたちが表情一つ変えなかったため、二人きりのときに訊ねたのだ。


「わたくしやお兄様、お父様にとっては心地よいのですが……」

「えっ、も、もしかしてリビングに暖房は――」

「暖炉はありますが、火が付くことはありませんわね」

「……そっか」


 この地域の冷え込みはピークを迎えており、上着やマフラーをしていないと出掛けられないほどに寒い。

 前からミランダは寒さに強いと言っていたが、それはソーンクラウン公爵家の遺伝なのだろう。


「その……、寒いのでしたら暖炉に火をつけましょうか」

「いいや、魔法でどうにかするよ」


 ミランダが申し訳なさそうな顔をしていた。

 本当は暖房をつけて欲しかったが、フェリックスは強がった。


「ファイアオーラ」


 フェリックスは自身の身体に火の魔力を纏わせる。

 魔力がじわじわと減ってゆくが、フェリックスの魔力量なら数時間はもつだろう。


「ソーンクラウン公爵に会いに行こう」

「ええ」


 フェリックスはミランダの案内の元、リビングへ向かう。


「お父様」


 リビングのソファにソーンクラウン公爵が足を組んで座って、フェリックスたちを待っていた。


「ミランダ……、大事な話とはなんだね?」


 ミランダは呼吸を整えた後、ソーンクラウン公爵に告げる。


「以前お話していた”わたくしの大切な人”をお父様に紹介したいのです」


 ソーンクラウン公爵はソファから立ち、ミランダの隣にいたフェリックスに注目する。


「ソーンクラウン公爵、面識はあると思いますが、僕はフェリックス・マクシミリアンです。ミランダさんと交際していて……、娘さんと結婚したいと思っています」


 フェリックスはソーンクラウン公爵に挨拶し、ミランダの恋人であること、結婚をしたい意思を伝えた。


「よりにもよって、マクシミリアンの倅か」

「お父様?」


 ソーンクラウン公爵はフェリックスに対して難色を示す。


(もしかして、僕の家とミランダの家は仇敵だったとか……?)


 フェリックスはソーンクラウン公爵の反応から、互いの家の仲が悪いのではないかと勘繰る。

 だが、ミランダからそのような話が出たことはないし、父親のマクシミリアン公爵もそのようなことは言ってなかった。


(両家の関係が悪かろうが、僕はミランダと結婚したい!)


 フェリックスは悩むのを止めた。


「ミランダさんを僕にください!!」


 フェリックスはソーンクラウン公爵に頭を下げ、ミランダと結婚させてくれと懇願する。


「フェリックス殿、頭を上げてほしい」


 フェリックスが頭を上げると、ソーンクラウンは困った表情を浮かべていた。


「お父様、わたくしからもお願いします。フェリックスとの結婚の許しをください」

「ミランダ、フェリックス殿、まずはソファに座って話そう」


 ソーンクラウン公爵は二人にソファに座るよう促した。

 フェリックスとミランダはソーンクラウン公爵と向かい合う形でソファに座った。


「フェリックス殿、ミランダと結婚したいという気持ちは分かった。だが――」


 ソーンクラウン公爵は二人を感情的にさせぬよう、言葉を選びながら話す。


「フェリックス殿は……、イザベラ様と婚約する計画が進んでいるばずだが」

「えっ!?」


 ソーンクラウン公爵の発言にフェリックスとミランダが驚愕する。

 ミランダが「知ってた?」と言わんばかりの顔で、フェリックスを見つめる。

 フェリックスはミランダに首を横に振り、初耳だと示した。


「どうしてそのような話が勝手に進んでいるのですか?」


 フェリックスは事情を知っているソーンクラウン公爵に問う。


「え……、マクシミリアンから聞いてないのか?」

「はい。全く」


 フェリックスの反応を見たソーンクラウン公爵は唖然としていた。

 女王の婚約者として名前があがった、フェリックス当人が何も聞かされていないのは意外だと思っているのだろう。


「その内、マクシミリアンから聞くだろうが……」


 ソーンクラウン公爵はそうフェリックスに前置きをしつつ、話してくれた。

 フェリックスとイザベラの婚約の話があがったのは、革命軍とシャドウクラウン家が手を組んだ可能性があるから。その対抗策らしい。

 革命軍が現政権と争う理由として、皇帝の血筋でないイザベラが女王として君臨していることがあげられる。

 そのため、皇帝の甥であるフェリックスがイザベラの夫として表舞台に立つことで、革命軍が活動する大義名分が失われ、彼らの士気が削がれるのではないかという意見が貴族界の間であがっているのだ。


「そんな話が……」

「マクシミリアンは周りの意見に流されやすい。おおよそ、フェリックス殿が長期休暇で屋敷に戻ってきた際に話すつもりだったのだろう」

「僕の気持ちを聞かずに勝手に結婚相手を決めるなんて……」


 ソーンクラウン公爵の話を聞きフェリックスは父親に怒りを覚えた。

 フェリックスは拳を強く握り、怒りの感情を抑える。


「フェリックス……」


 ミランダはフェリックスの拳にそっと自身の手を添える。


「他の女性と婚約の話があがっているのに、ミランダと結婚したいと告げに来るとは何事かと思っていたが……、当人が知らぬ間に話が進んでいたのなら仕方がないな」


 フェリックスがミランダとの結婚話を聞き、ソーンクラウン公爵は、結婚相手が決まっている相手に大切に育てた娘を差し出せというのかと、不快に思っていたようだ。

 フェリックスの反応をみて、その誤解は解けたようだが。


「皇族の血筋が途絶えぬよう、皇帝に限って重婚が許されているものの……、イザベラさま相手では、娘が不遇な立場に置かれるのは目に見えている」


 ソーンクラウン公爵はミランダを第二妃にという考えはないようだ。


「……」


 皇帝の子供たちは、皆、不審死を遂げている。

 不審死はイザベラが仕組んだことだと第一王妃と第二王妃は彼女を憎み、反乱を起こす危険な存在として、軟禁されている。

 真偽は確かではないが、フェリックスもイザベラならやりかねないと思っている。

 イザベラは害になる人物は排除する気質。

 ミランダなど、簡単に排除されるだろう。


「その話が無くなれば……、ミランダとの結婚を認めてくださいますか?」


 フェリックスはソーンクラウン公爵に問う。

 イザベラとの婚約の計画が無くなったら、ミランダとの結婚を認めてくれるかと。

 ソーンクラウン公爵はフェリックスの顔をじっと見つめる。

 きっと本気度をうかがっているのだと、フェリックスは感じた。


「……認めよう」

「ありがとうございます。必ずや父上とイザベラさまを説得してみせます」

「娘を手に入れたいというなら、この難題を乗り越えてみせろ」

「はい」


 フェリックスはソーンクラウン公爵へ元気な返事をする。

 条件付きだが、ソーンクラウン公爵からミランダとの結婚の承諾を得た。一歩前進だ。


「ミランダ、その、なんだ……」


 一つの話題が終わり、ソーンクラウン公爵が途端に口がごもる。

 ミランダは小首をかしげ、父親の言葉を待っていた。


「卒業、おめでとう」

「っ!?」


 ソーンクラウン公爵からの祝いの言葉に、ミランダの表情がぱあっと明るくなる。


「今日は休みを取った。だから、家族でディナーでもどうだ?」

「はい、是非……!!」


 ミランダは、父親の誘いに喜んでいた。

 きっと、父親に祝われるのも、食事を囲むことも無かったのだろう。


「では、僕はこれで」


 家族の団らんの邪魔にならぬよう、フェリックスはソファから立ち上がる。


「ミランダ、終業式が終わったら君を迎えに行く」


 別れ際、フェリックスはミランダに声をかける。


「僕の家に来てほしい」

「はい! フェリックスとならどこへでもご一緒します」


 フェリックスの誘いにミランダは共に向かうと即答した。






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