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第65話 僕は父親に結婚の許可をもらう

 終業式を終え、新学期まで長期休暇を得たフェリックスは、ミランダを連れ、マクシミリアン領の屋敷に帰ってきた。

 実家に帰ってきたのは親が勝手に決めたイザベラとの婚約を解消してもらうため。

 もう一つは、ミランダとの結婚を認めてもらうためだ。


「ここが、フェリックスの屋敷」


 馬車を降り、ミランダは屋敷を見上げる。


「君のところと対して変わらないだろう?」


 フェリックスはミランダに言う。

 二人の家は互いに公爵家と高位な家柄。

 屋敷の程度もそれくらいだろうという気持ちでミランダに告げた。

 ミランダは首を横に振る。


「わたくしの領地はこの時期、雪が積もっているので……。比較的暖かいなと」


 今日のミランダは青色のワンピースを身に着けている。

 いつもはサラサラした長髪のプラチナブロンドそのままにしているが、今日は三つ編みのハーフアップを青色のリボンで結わえている。

 コツコツと石畳を歩くたびに聞こえることから、かかとの高い靴を履いているのだろう。


(制服姿じゃないミランダも綺麗だなあ)


 隣に立っているフェリックスは、ミランダの美しさに惚れ惚れとしていた。


「おかえりなさいませ、フェリックスさま」

「やあ、セラフィ。帰って来たよ」

「教師として一年のお勤めご苦労さまです」


 ミランダとの短い会話を終えると、マクシミリアン公爵家のメイドと使用人たちが馬車の前に集まってきた。

 彼らを代表して、セラフィがフェリックスに挨拶をする。彼女が礼をすると、皆が揃ってフェリックスたちに一礼した。


「主人と夫人がフェリックスさまをお待ちしております」

「うん。そうだね」

「荷物をお持ちいたします」


 セラフィはフェリックスの手荷物を持ち上げる。


「……気の利かないメイドね」


 ミランダがセラフィを睨み、辛辣な言葉を彼女にぶつける。

 セラフィはフェリックスの荷物を持ったまま、呆然としている。

 他の者たちも同様に、ミランダを前にしても動かなかった。

 フェリックスが連れてきた客人だというのに、あからさまに無視をしている。


「あのさ、ミランダの荷物も預かってもらえないかな」

「かしこまりました」


 フェリックスがセラフィに命令して、やっと他の使用人がミランダの荷物を預かってくれた。


「わたくし、歓迎されてないのね」


 庭園を歩く間、ミランダは弱音を吐く。


「大丈夫。絶対、君のことを両親に認めさせるよ」


 フェリックスはミランダを励ます。


(父上と母上には、帰省するときに交際しているミランダを紹介したいって、手紙で連絡したはずなのに)


 内心、フェリックスはミランダ同様、不安だった。

 ソーンクラウン公爵と約束をした後、フェリックスはすぐに父親に手紙を送った。

 その手紙には、交際しているミランダ・ソーンクラウンと結婚したいので、イザベラとの婚約は白紙にして欲しいと、フェリックスの意思をはっきり伝えたはずなのに。

 メイドのセラフィの態度を見るに、フェリックスの帰省は歓迎しているものの、共に連れてきたミランダは歓迎されていない。

 父親、マクシミリアン公爵はフェリックスとミランダの結婚を歓迎していないのだ。


「うん」


 ミランダは力ない声で頷く。

 フェリックスとミランダ、互いに不安な気持ちを抱いたまま、屋敷の中に入った。

 玄関ホールをこえ、広いリビングではマクシミリアン公爵と夫人がいた。

 二人は寄り添い合っており、夫婦仲はとても良さそうだ。


「父上、母上。フェリックス、帰りました」

「おお、フェリックス。久しいな」

「近くに来てちょうだい」


 フェリックスが両親に声をかけると、彼らは変わらず声をかけてくれた。

 二人と軽い抱擁を交わすと、母親はフェリックスの両頬を包むように触れ、じっとフェリックスの顔を観察していた。


「目にクマもない、肌もすべすべ。でも、少しふくよかになったかしら……?」

「そ、そうですかね?」

(服がちょっときつくなったなとは思ってたけど、ハグしただけで僕の体型の変化に気づくわけ!?)


 母親はフェリックスの目元や肌の状態を確認したのち、体型について言及した。

 転生して一年で、割れていた腹筋はうっすらと触れるくらいになり、ズボンがきつくなっていた。外見はさして変わらないのだが、前よりもふくよかになったことを見破られ、フェリックスは変化に気づく母親に驚いた。


「食事と睡眠は十分にとれてるみたいだけど……、食事には気をつけなさいね」

「うん」

「体型維持も大事なことよ。貴方には大事な役目があるのですから」

「……」


 はじめ、母親らしくフェリックスのことを心配しているのだと思った。

 でも違った。

 母親はフェリックスの大事な役目、イザベラとの結婚ことについて気にしていた。

 一年前のような男らしい体型を維持しないと、イザベラに嫌われてしまうとそう言いたいのだ。

 母親の一言でフェリックスの表情が凍り付く。


「母上……、僕の大事な役目とはなんでしょうか?」


 フェリックスは怒りの感情を押し殺し、母親に問う。


「なにって、イザベラさまとの結婚よ」


 母親はさも当然といった態度だった。


「そうだぞ。お前は母さんの子なんだから」


 父親も話題に加わる。

 皇帝の血筋は、前皇帝の姉である母親とその息子のフェリックスのみ。

 母親の年齢は四十代後半で、子を望むには体の負担がかかる。

 そのため、皇帝の血筋をつなげていくのであれば、フェリックスが誰かと結婚し、子作りをするしかないのだ。

 その結婚相手はイザベラだと両親は言っている。


「母上、僕は――」


 フェリックスはイザベラと結婚する気はないことを告げようとした。


「また貴方は私たちを困らせるの?」

「また……?」

「前に私たちがいい加減見合いをしなさいと言ったら、『心に決めた相手がいる』といって断ってきたじゃない」

(それは……、僕が転生する前のフェリックスの話か?)


 今のフェリックスは聞いたことのない話だ。

 きっと、母親は転生する前の話をしているのだろう。


「イザベラさまとの政治闘争に負けて、弟の後継者になれないとわかったら『マクシミリアン公爵家は継がない。教師になるんだ』と馬鹿なことを言いだすし」

「教師の件は……、まあいい」

(僕の知らない情報が溢れてて、一体どうなってるんだ!?)


 フェリックスは両親から衝撃の事実を聞き、頭が混乱していた。

 転生前のフェリックスには恋人がいたらしい。

 そして、前皇帝が亡くなった後、イザベラと後継者争いをしたみたいだ。

 結果はイザベラが勝利し、女王として君臨している。

 後継者争いに敗北したのち、フェリックスは突如、公爵家を継がずチェルンスター魔法学園の教師になると両親に反抗し、今に至るというわけだ。


(転生前のフェリックスは、一体、何がしたかったんだ?)


 過去の自分がどうしてそのような行動をしたのかは、記憶がないから全く分からない。


「だが、ソーンクラウンの娘との結婚は許さないからな」


 両親はミランダのことを過去にフェリックスが告げた『心に決めた相手』だと思っている。

 セラフィたちにミランダを無視するように命令したのも、フェリックスの人生を狂わせた女だと両親が勘違いしているからだ。


(どうしよう……、二人の誤解を解くのはまず無理だ)


 過去のフェリックスの発言や行動のせいで、今のフェリックスが苦しめられている。

 この場を切り抜ける方法を見つけられず、フェリックスは険しい表情をしている両親を黙って見ていた。


「マクシミリアン公爵、マクシミリアン公爵夫人、久方ぶりです」


 親子の会話にミランダが割り込む。

 ワンピースの裾を持ち上げ、頭を下げる。令嬢として上品な仕草をしていた。


「わたくし、フェリックスと交際しておりますミランダ・ソーンクラウンと申します。”お義父さま”、”お義母さま”」


 ミランダは二人の事を義理の父と母と呼んだ。


「お二人の話を聞いていましたが……、わたくしがフェリックスに惹かれたのは社交の場ではなく、チェルンスター魔法学園で素敵な授業を受けてからですわ」

「ミランダ嬢、それはまことか?」

「はい。わたくしの間違った認識を変えてくださったり、平民で”透明”の生徒を気遣ったり、わたくしに冤罪がかけられたときは『僕は君を信じているよ』と優しい言葉をかけてくださいました」


 ミランダはフェリックスの良い所を次々と述べる。


「わたくしはそんなフェリックスに惹かれました。愛しているのです」

「そうか……」

「わたくしはフェリックスの妻になりたい。マクシミリアン公爵家の一員になりたいです」


 フェリックスに代わり、ミランダが誤解を解いてくれた。

 そして、フェリックスの愛をマクシミリアン公爵と公爵夫人に語る。


(二人とも、ミランダの言葉に胸を打たれているみたいだ)


 険しい表情をしていた両親だったが、ミランダの説得によって、穏やかな表情に戻っている。

 これでミランダとの結婚を認めてくれるかとフェリックスは思っていたが――、そうは甘くはなかった。


「だが、シャドウクラウン家が革命軍を指揮するとなると……」


 ううむと父親がうなりながら、ソーンクラウン公爵と同様の意見を述べる。


「今まで通りにはいかないのだ。現に、革命軍の力は日に日に強くなっている。軍が敗北する日が訪れるかもしれない」

「僕もミランダの事を愛しています。情勢を理由にして、彼女と別れたくないです」

「それはそれは、困ったのう」

「イザベラさま!?」


 会話の途中、フェリックスたちの前に突如イザベラが現れた。

 ドレスに大胆なスリットを入れた、真っ赤なドレス姿で。

 イザベラが歩くたびに、彼女の太ももがちらちらと見え隠れしていた。


「どうしてここに……?」

「フェリックスを迎えに来たのじゃ」


 イザベラはフェリックスに近づき、抱きしめる。


「コルン城へおいで、フェリックス」


 イザベラはフェリックスの身体をいやらしく撫でる。

 フェリックスの胸板、腹部、太ももを。


「……僕は、コルン城へは行きません」


 フェリックスはイザベラの甘い誘いをきっぱり断った。


「そうか」

「フェリックス、この期に及んでまだ我儘を通すか!!」


 イザベラはあっさりとフェリックスから離れた。

 フェリックスはイザベラから一歩後ろに下がり、距離をおいた。

 フェリックスとイザベラのやりとりを見ていた父親が、不敬だとフェリックスを叱る。


「マクシミリアン、声を荒げるな」

「ですが――」

「フェリックスが断るのは分かっていたこと」


 イザベラがマクシミリアン公爵をなだめる。


「わらわは”二番目”でよい」

「二番目……?」


 イザベラの発言に、マクシミリアン公爵は気になる言葉を反芻する。

 二番目。

 それは学園祭でイザベラがフェリックスに告げた言葉。

 イザベラはこうも言っていた。一番目はあの小娘に譲ってやる、とも。


「わらわはフェリックスと小娘の結婚を認めよう」

「っ!?」

「そ、それでは革命軍との全面衝突になりますぞ!!」

「いいや、そうはさせない」


 イザベラが恋敵であるミランダを助ける行動に出たことにフェリックスは驚いた。

 同時にマクシミリアン公爵は、悪い情勢に傾くことになるとイザベラに進言する。

 イザベラは、慌てるマクシミリアン公爵の顔を見て、彼を安心させるような言葉をかけた。


「革命軍との抗争を収めるのに必要なのは、フェリックス当人ではない」


 イザベラはフェリックスとの距離を詰め、フェリックスの下腹部に触れる。


「正統な世継ぎ。わらわとフェリックスとの子供じゃ」

「であれば、フェリックスと結婚するのが――」

「結婚せずとも、子供は作れるであろう」

「それは、可能ですが……」


 結婚せずとも、子供を授かることが出来る。

 その方法はミランダ以外、知っている。


「今夜……、フェリックスとの身体の相性を試したいのじゃが」


 イザベラの素足がフェリックスの身体に絡みつく。


(身体の相性!? イザベラ、そんな体勢で変なこと言うなよ!!)


 体の密着度が増し、隣にミランダがいるにも関わらず、フェリックスはイザベラとの濃密な夜について妄想してしまった。


「身体の相性……?」


 キスしか愛情表現を知らぬミランダは、皆の話についてゆけずきょとんとした顔をしている。


「”二番目”って仰ったばかりじゃないですか!!」


 フェリックスはイザベラに声を荒げた。


「ふふ、フェリックスはからかいがいがあるのう」


 体勢を解いたイザベラは、フェリックスの顔を見てクスっと笑った。


「その様子だと、恋人だというのに”まだ”なんじゃな」

「イザベラさま、仰っていることがよく分かりませんわ」

「ふむ、ソーンクラウンはそのように育てたか」

「……お父様の教育方針に何か問題でも?」

「いいや、何も問題はない」


 ミランダはイザベラに問う。

 イザベラはミランダの純朴さとそのように育てたソーンクラウン公爵に感服していた。


「ミランダ・ソーンクラウン。わらわはフェリックスとの子供が欲しい。そなたがわらわの要求を許してくれるのなら、フェリックスとの結婚を諦めてもいい」

「そのお言葉……、本当ですか?」

「ああ。神に誓おう」

「……」

(おいおいおい、ミランダは何も知らないんだぞ!!)


 ミランダはイザベラの要求の意図を全く理解していない。

 男女がどうやって子供を授かるか、その方法を父親のソーンクラウン公爵から教わってないから。

 フェリックスが割り込む余地はなく、ミランダは――。


「イザベラさまがフェリックスとの子供を授かることを……、許します」


 将来、後悔するであろう制約を自身に課した。 


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