マクシミリアン公爵家、ソーンクラウン公爵家、両家で結婚の承諾が出た。
フェリックスとミランダの結婚は着々と進み、二週間で当日を迎えることができた。
二週間という短期間で式場、衣裳、披露宴と準備が進んだのは、ソーンクラウン公爵がレオナールとの婚約破棄後も、結婚式の準備を続けていてくれたからだ。
ただ、式場がマクシミリアン領内の催事場になったり、急な結婚のため都合がつかなかった招待客は多かった。
(今日、僕はミランダと結婚するんだ)
新郎の控室。
フェリックスは真っ白なタキシードに身を包み、式が来るのを今か今かと待っていた。
両親は招待客の対応をしており、控室には時間までフェリックス一人である。
コンコン。
「どうぞ」
「……お前、顔が真っ青だぞ」
訪ねてきたのはアルフォンスだった。
アルフォンスは招待客として、礼服を身に着け、髪を整えている。
「その、緊張してて……」
アルフォンスはフェリックスの顔を見て心配そうな表情を浮かべている。
自分の顔を見ずとも、緊張で他人が心配するような顔をしているのはわかっている。
「アルフォンスはどうしてここに?」
アルフォンスを結婚式に招待したのはフェリックスだが、控室に来るとは思わなかった。
「貴様の両親に、一言挨拶したらどうかと言われてな」
心なしか、父親と母親の話をしだしたとき、アルフォンスが疲れた表情を浮かべていた。
両親はアルフォンスが大のお気に入りで、チェルンスター魔法学園に寄付したりと色々施している。
二人は久々にアルフォンスに会えて大喜びだっただろう。
「結婚おめでとう……、フェリックス」
アルフォンスがそっぽ向きつつも、祝いの言葉をフェリックスに告げる。
「ありがとうございます」
「俺は……、貴様とミランダの結婚式を見届けてから、オルチャック公爵の元に行く」
「そうですか……」
「しばらくチェルンスター魔法学園を離れる。けど、貴様には関係ないことだな」
「そんなことないです!」
元スレイブであるアルフォンスは、チェルンスター魔法学園を離れオルチャック公爵の庇護下に入ることになっていた。
アルフォンスは突き放すようなことをフェリックスに言う。
フェリックスはすぐにアルフォンスの言葉を否定した。
「アルフォンス先輩は僕が困った時、手を差し伸べてくれました。五葉のクローバーの店にも誘ってくれたりして……、とても頼りになる先輩です」
思っていることを口にする。
「貴様にそう思われてるとは……、意外だ」
「王都に滞在されるのでしたら、父と母が力になってくれると思います。是非、屋敷に来てください」
「ああ。貴様の両親にも同じようなことを言われた。時間があったら訪ねてみるよ」
「フェリックスさま、お時間です」
会話の途中、セラフィが割り込む。
アルフォンスと会話をしている間に、結婚式の開始時間になったようだ。
「俺は、式場に行くよ」
「アルフォンス先輩、また」
「ああ。またな」
アルフォンスは控室を出てゆく。
式場の参列席へ向かったようだ。
「私たちも行きましょう」
「うん」
フェリックスはセラフィと共に式場へと向かった。
☆
フェリックスは式場に入った。
神父の前に立つと、再び式場の扉が開かれる。
(ミランダ……、純白のドレスを着ると真っ白な妖精みたいだ)
ミランダとソーンクラウン公爵が現れる。
ミランダがソーンクラウン公爵から離れ、フェリックスの方へ向かう。
真っ白なウェディングドレスを着たミランダは、肌や髪色も相まって、幻想的な美しさを醸し出していた。顔はベールに包まれ、彼女の表情は分からない。
ミランダがフェリックスの隣に並ぶ。
結婚式が始まる。
神父が結婚式の文句を告げ、フェリックスとミランダは共に「誓う」ことを宣誓した。
「指輪の交換を」
ミランダが結婚指輪を持ち、フェリックスの左の薬指にはめる。
二人で選んだ、シンプルなデザインの白銀の指輪。
(僕とミランダの指におさまるんだ)
フェリックスは震える手で、ミランダの指輪を持った。
ミランダの左手を持ち、彼女の薬指にそれをはめる。
指輪はすっと入り、彼女の左手で輝いていた。
互いの指輪の交換が済み、二人の結婚式はいよいよクライマックスを迎える。
「誓いのキスを」
神父の言葉に、フェリックスはゴクリと唾を飲み込んだ。
フェリックスはミランダのベールをつまみ、それを取った。
(ああ、ミランダ……)
化粧をしたミランダの顔に、フェリックスは恍惚とする。
薄化粧だがそれでも、普段より綺麗だ。
真っ赤な唇がフェリックスのキスを誘う。
「ミランダ、綺麗だ」
「……フェリックスも素敵です」
フェリックスはミランダにしか聞こえない小さな声で、彼女に言う。
ミランダも照れた様子で、フェリックスのタキシード姿に感想を述べた。
そして、フェリックスはミランダの唇に自分のそれを重ね合わせる。
誓いのキスを終え、この日、フェリックスとミランダは夫婦になった。
☆
結婚式を終え、フェリックスとミランダは一度、式場を出た。
「ミランダ。これからも宜しくね」
「うん。私こそ」
フェリックスとミランダは互いに夫婦になったことを喜んでいた。
「次はブーケトス、それが終わったらミランダは別のドレスに着替えて――」
「忙しいですわね……、わたくしはフェリックスと二人きりで過ごしたいのに」
「それは夜までお預けだね」
フェリックスはこれからの予定をミランダに告げる。
一つの予定が終わっただけで、二人でやることはまだある。
ミランダはフェリックスに寄り添い、余韻に浸りたいと願望を告げたが、それが叶うのは全ての行事を終えた夜になるだろう。
「誰が君のブーケを受け取るだろうね」
「……クリスティーナだったらいいなあ」
フェリックスとミランダは共に次の会場へ向かう。
二人は所定の位置に立つ。
「すごい熱気ですわね……」
二人の前には、ミランダのブーケを受け取ろうとする若い女性たちの熱気で満たされていた。
特に、リドリーはこっちに投げろと言わんばかりの眼差しをミランダに向けている。
(皆、必死だなあ……)
ミランダ同様、フェリックスもその熱気に圧倒されていた。
花嫁のブーケを受け取った者が次の花嫁になるというジンクスがあるため、独身の女性が必死になるのは当然のことである。
「ミランダ、リドリー先輩のほうに投げてくれないか?」
フェリックスはブーケを投げる方向を指示する。
結婚式の招待状を渡したさい、リドリーが『ミランダさんのブーケは私が受け取りますから!!』と言っていたのである。
「わ、わかりました」
幸い、リドリーの傍にクリスティーナが立っている。
ミランダの願いも叶えられそうな位置だ。
「えいっ」
ミランダは持っていたブーケを高く投げた。
フェリックスの要望通り、ブーケはリドリーの方向へ落下する。
「あっ」
最前列の女性たちが手を伸ばし、ミランダが投げたブーケを受け取ったのは――。
「うむ。わらわが受け取るのは当然じゃ」
イザベラだった。
参加者の女性陣の中で長身で、かつ投げた方向にいたため、ひょいと一番にブーケを掴んだのだ。
「ちょっと、フェリックス君!!」
「その……、 ごめんなさい」
フェリックスに約束し、絶対に受け取れると思っていたリドリーは彼に抗議する。
フェリックスはリドリーに素直に謝った。