女性陣の一大イベントを終え、披露宴を迎える。
ミランダはウェディングドレスから青のカラードレスに着替え、フェリックスと共に参加者から祝いの言葉を受けていた。
(これでも招待客が少ないほう……、対応するの疲れるなあ)
有名貴族同士の結婚のため、貴族の参加が多かった。
フェリックスとミランダは彼らの対応をするのが精いっぱいで、参加者の席を周ることが出来ないでいる。
貴族たちはフェリックスたちの挨拶が終わると、女王イザベラにすり寄っている。
遠目から見ると、イザベラは彼らに接待されているようでご機嫌のようだった。
「フェリックス、ミランダ、結婚おめでとう」
「アルフォンス先生」
フェリックスとミランダの前にアルフォンスが現れる。
ミランダは副担任だったアルフォンスに声をかける。
「オルチャック公爵も」
アルフォンスの隣には中年の男性がいた。
背はアルフォンス程で、背筋がピンとしている。
だが、杖をついており脚が悪いみたいだ。
白髪が混じったブラウン色の髪を後ろに一つに結わえている。薄毛なのか、前髪が後方気味だ。
吊り上がった目元で、堅い表情をしていた。
ミランダがその男性の事をオルチャック公爵と呼んだ。
(この人がオルチャック公爵)
オルチャック。派閥の話になるとよく名が挙がる。
教育界で幅を利かせている貴族である。
「お二方、ご結婚おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
オルチャック公爵は祝福の言葉と共にフェリックスとミランダに深々と頭を下げる。
低音の声は聴き心地が良く、フェリックスに言葉を送る際は、吊り上がっていた目じりが下がり、厳しい雰囲気から優しいものへと変わる。
(いい人そうだな……)
フェリックスはオルチャック公爵の良い印象を抱く。
「傍にいる女の子は……、娘さんですか?」
フェリックスはオルチャック公爵の傍にいる、細身の女の子について問う。
黒髪のショートヘアに、バイオレットの瞳。
女の子はドレス、髪飾り、装飾品で着飾っているというのに、無表情で不思議な雰囲気を纏っている。
「きさ……、いや、フェリックス。オルチャック公爵の子供たちは自治領を統治している。この子は養子だ」
「養子……」
「私は脚が悪くてね、細々したことはこの子に頼んでいるのだよ」
フェリックスの問いにアルフォンスが答えた。
続いてオルチャック公爵が答える。
杖をついていたのはお洒落ではなく、不自由な片足を支えるために使っていたようだ。
少女はぺこりとフェリックスに頭を下げる。
緊張しているのか、言葉が出ないみたいだ。
「招待してくれてありがとう。では――」
オルチャック公爵はアルフォンスや少女と共に席に戻る。
杖をつきゆっくり歩くオルチャック公爵が転ばぬよう、少女が支えている。
「フェリックス、オルチャック公爵に気を遣わせて」
「ご、ごめん」
「招待客リストにも書いてあったでしょ?」
「うん、そうだったね。今度から気を付けるよ」
ミランダに注意され、フェリックスがしゅんとする。
フェリックスが無知なばかりに、オルチャック公爵に自身の脚の事を説明させてしまった。
(あの女の子……、身長の割にやせ細っていたから)
フェリックスが気になったのは、オルチャック公爵の隣にいた、少女の存在だった。
恰好は貴族の令嬢そのものだったが、頬は痩せこけ、手足が異様に細かったのだ。
貴族の養女であれ、充分な食事が摂れているのか心配だった。
祝いの場でそのような疑問をミランダに話しても、彼女を困らせるだけ。疑問は自身の胸の内に秘めようとフェリックスは思った。
「フェリックス先生、ミランダ先輩!! ご結婚おめでとうございます」
貴族たちの挨拶が終わったようで、クリスティーナとヴィクトルの番が回ってきた。
「二人とも、来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お二人の結婚式に招待してくださり、ありがとうございます」
ヴィクトルはグレーの礼服を着ており、礼儀正しい。
クリスティーナはオレンジのドレスを着ており、ミランダとの会話に夢中だ。
「フェリックス先生と結婚したから、ミランダ先輩は学園の近くで生活するんですよね!?」
「ええ。わたくしが通学に使っていた家を新居にする予定よ」
「わあ!! お家に行ってもいいですか?」
「色々買い揃えないといけないから、落ち着いたら招待するわ」
「やったあ。ヴィクトル君も一緒に行こうね!!」
「うん」
クリスティーナはミランダが学園の近くで新生活を送ることをとても喜んでいた。
「その時は、僕も一緒に行くよ。ミランダ」
「……あなた、よく来たわね」
ミランダの表情がこわばる。
クリスティーナの隣に突如、レオナールが現れたからだ。
「僕の家族はもちろん欠席さ。君に婚約破棄されたんだからね」
レオナールの家族、モンテッソ侯爵一家は彼を除き、皆、欠席だ。
婚約破棄した相手の家の結婚式など参加するはずもないが、レオナールだけは違った。
「僕はクリスティーナのドレス姿が拝めるから、披露宴に来ただけ」
「……式場にいなかったからほっとしてたんですけど、披露宴が始まったら急に現れて」
「僕たちの結婚式も、沢山の招待客を呼んで賑やかなものにしようね!」
「勝手に私を結婚させないでよ!!」
レオナールは相変わらずクリスティーナにしか眼中にないようで、彼の妄想ではクリスティーナと結婚したことになっている。
クリスティーナはレオナールの妄想に怒っていた。
「妹の大事な招待客を怒らせるのはいただけない」
「ライサンダー」
クリスティーナとレオナールの漫才のような言い合いにライサンダーが割り込む。
ライサンダーは軍服を着ていた。
独身女性たちの視線はライサンダーに向いており、アプローチしようと虎視眈々と機会をうかがっている。
「レオナール、この際だからはっきりさせよう」
ライサンダーはレオナールに告げる。
「自分はクリスティーナ殿を妻に迎えたいと思っている」
「へっ!?」
「お兄様!?」
ライサンダーの衝撃発言にプロポーズされたクリスティーナと、妹のミランダが驚愕する。
(へえ、ここでライサンダーがライバル宣言か。面白くなってきたなあ)
レオナールとライサンダーがクリスティーナの攻略対象キャラたちであることを知っているフェリックスは、驚かず、面白い展開になったとワクワクしていた。
「父上も自分もクリスティーナ殿のおかげで変われた。君がいなければ、妹との関係は冷え切ったままだっただろう」
ライサンダーはクリスティーナに惹かれた理由をつらつらと述べる。
ソーンクラウン親子がミランダに対して態度が変わったのは、クリスティーナの『言葉にしないと伝わらない!』という一言である。
「クリスティーナ殿は妹の良き理解者だ。自分の理想の女性ともいえる」
「……」
クリスティーナは唖然とした表情をする。
「私……、ミランダ先輩のこと大好きですし、大人になっても一緒に居たいなあと思っていました。でも――」
クリスティーナはぽつりぽつりと自分の想いを言葉にする。
「私は平民で、ミランダ先輩は公爵貴族。私がチェルンスター魔法学園を卒業したら、会う回数も少なくなって、そのうち忘れられちゃうんだろうって、夢のまた夢だって諦めてたんです」
クリスティーナのミランダに対する想いは人一倍強い。
ゲームではヒロインと悪役令嬢という敵対する関係なのに、今は先輩・後輩として良い関係を築いている。
「でも、ライサンダーさんと結婚したら、ミランダ先輩と家族になるんですよね!!」
(クリスティーナ……、ミランダガチ勢になってる)
ミランダと家族になれる。
その方法を知ったクリスティーナの目はぎらついていた。
(これはライサンダーの方が一歩有利なのかな?)
クリスティーナを巡る恋の行方は定まっておらず、彼女が三学年に進級した後も楽しめそうだ。
「思わぬ伏兵がいるとは……」
ライサンダーの発言を聞き、レオナールの笑みが消える。
「ライサンダー殿が相手でも、僕はクリスティーナを諦めませんから」
レオナールはライサンダーをきっと睨む。
「クリスティーナは僕のものだ」
そして、クリスティーナへの独占欲をむき出しにする。
(レオナールの甘々な言葉でクリスティーナが骨抜きにされるかも……、最後まで分からないぞ)
クリスティーナはライサンダーとレオナールどちらとくっつくのか。それは、最後の最後まで分からないだろうとフェリックスは予想するのだった。
☆
結婚式、ブーケトス、披露宴が終わった。
披露宴が終わり、招待客全員がマクシミリアン領の高級ホテルに宿泊した時には日が暮れている。
フェリックスは寝室で一人、ミランダを待っていた。
タキシードを脱ぎ、身を清め、バスローブを羽織っている。
(今夜、僕は――)
フェリックスはドキドキしていた。
教師と生徒という関係も無くなり、今日夫婦になった。
今夜は夫婦になって初めての夜。
「……フェリックス」
寝室にミランダが入ってきた。
ミランダは自身の身体を隠しながら、フェリックスの元へゆっくりとやってきた。
「いつもの寝間着を着ようとしたら、今日は特別な日だからこれを着なさいってお父様が……」
「ミランダ、隠していないで君の身体をみせて」
顔を真っ赤にして恥じらっている。
ミランダのことだ。異性に身体をみられることはなかったのだろう。
「僕たち夫婦になったんだから」
フェリックスが一押しすると、ミランダはこくりと頷き、身体を隠していた手を解いた。
ソーンクラウン公爵がミランダに着せたのは、真っ白なベビードールだった。
レース編みされている胸元は大胆に開かれており、ミランダの胸が強調されている。
ミランダの胸はイザベラほど大きくはないが、触れたら柔らかそうな肉感があった。
胸元以外は、素肌が透けてみえるほどの薄い生地で出来ており、ミランダの腰つきや腹部、そして布面積が少ない真っ白なショーツの形が露わになっている。
ショーツは腰の紐で結わえられていて、それを解けば脱げてしまう。
ミランダが不自然な歩みをしていたのは、このようなショーツを履いたことがないからだろう。
(お義父さん、ありがとう!! ミランダのえっちな姿を拝ませてくれて!)
身体をまじまじとフェリックスに見られ、恥じらっているミランダの傍ら、フェリックスは雰囲気を作ってくれた義父であるソーンクラウン公爵に感謝していた。
「ミランダ」
フェリックスは自身のバスローブを床に脱ぎ捨てる。
「っ!?」
ミランダはフェリックスの生まれたままの姿を見て、両手で顔を隠した。
「ふぇ、フェリックス……」
「僕たちはこれから、夫婦として愛し合うんだよ」
フェリックスはミランダの両肩に手を置く。
ミランダの身体はびくっと反応する。
「キスの先のこと……、ですか?」
「うん」
ミランダの質問に肯定すると、彼女は手を顔から離し、フェリックスを見上げる。
「卒業したら教えてくださる約束でしたものね」
ミランダはフェリックスの身体をぎゅっと抱きしめる。
「わたくしに……、教えてください。フェリックス先生」
「うん。優しく教えるよ。ミランダ」
フェリックスはミランダの肩ひもを外してゆく。
支えを失ったベビードールはすとんと、床に落ちた。
ミランダの真っ白な裸体がフェリックスの眼前に露わになる。
「ミランダ。愛してる」
「わたくしも愛しています。フェリックス」
互いに生まれたままの姿になったフェリックスとミランダは互いを見つめ合い、顔を近づけ、キスをした。
そして、充分にキスをしたあと、フェリックスはミランダをベッドに押し倒す。
結婚指輪がはめられた互いの左手が絡み合う。
この日、二人は心と体を重ね合い、夫婦として初めての夜を迎えた。
☆
翌朝。
フェリックスが目を覚ますと、隣ですやすやとミランダが眠っていた。
(僕たち、本当に結婚したんだ)
寝ぼけているフェリックスは昨夜の幸せな出来事が夢だったのではないかと思った。
傍にミランダがいることで、それが現実だったのだと気づく。
「んっ」
少しするとミランダが目覚める。
閉じられていた瞼が開き、青い瞳にフェリックスの姿が映った。
ミランダがフェリックスをとらえると、ニコリと微笑んだ。
フェリックスはミランダにちゅっとキスを落とす。
「おはよう、フェリックス」
ミランダはフェリックスの耳元で囁いた。