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第二部

第68話 僕と妻の幸せな生活

 夫婦になったミランダと一夜を迎えてから数日が経った。

 フェリックスとミランダはマクシミリアン領を出て、チェルンスター魔法学園のある町まで戻ってきた。

 ミランダが通学に使っていた一軒家を新居として使う。

 内装や家具はそのままで、ライサンダーの私室のみが空になっているという。


「フェリックスさま、今日からお世話になります」


 変わることとすれば、ミランダがマクシミリアン公爵家に嫁いだため、専属のメイドがセラフィに変更になったこと。

 フェリックスは、一番仲の良いセラフィが身の回りの世話をしてくれて助かるのだが、ミランダはマクシミリアン公爵邸でのやり取りがあったため、セラフィを毛嫌いしている。


「貴方の部屋はそこ。引継ぎ内容は部屋の中に残しているだろうから、探してちょうだい」

「……かしこまりました」


 ミランダはセラフィに命令する。

 その声音は冷たく、フェリックスと話すそれとは大違いだ。

 セラフィも新たな主人に苦手意識があるようで、返事がワンテンポ遅かった。


「あなた、気も利かないし、返事も遅いのね。それでよくマクシミリアン公爵家のメイドが務まったものだわ」

「……」

「ミランダ、言い過ぎだよ」


 ミランダが追い打ちをかけるようなことをいう。セラフィはなにも言い返さなかったが、嫌な気持ちになったに違いない。

 フェリックスはミランダに注意をした。


「……言い過ぎましたわね。ごめんあそばせ」


 注意されたミランダは、セラフィに謝る。

 だが、それは表面上で、フェリックスに注意されたからだ。


(そう、ミランダは悪役令嬢。クリスティーナの時はたまたまうまくいっただけで、元々はこういう性格だったな)


 フェリックスはミランダとセラフィのやり取りをみて、ミランダが悪役令嬢であることを思い出す。


(僕が仕事に行ってる間、家にはミランダとセラフィの二人きりになる)


 ミランダとクリスティーナが先輩・後輩として上手く行ったのは二人がチェルンスター魔法学園の生徒だったから。対等な立場の時に関係を築いたからである。

 しかし、ミランダとセラフィは主従関係であり、対等な立場ではない。

 ミランダがやりたい放題しても、セラフィは逆らうことは出来ないのだ。


(二人きりにして大丈夫かなあ)


 フェリックスは二人の相性が悪いことに不安を覚えた。


「ミランダ、持ってきた荷物の確認をお願い」

「ええ、フェリックス」


 ミランダはフェリックスの頼みを快く引き受けてくれた。

 ミランダがリビングへ向かい、セラフィと二人きりとなったことを確認してから、フェリックスはセラフィに話しかける。


「僕がいない間、ミランダが君にきつく当たるかもしれない。理不尽なことがあったり、辛いことがあったら、僕に遠慮なく相談してくれ」

「フェリックスさま……」


 セラフィは何度も瞬きをしていた。


「……お心遣いありがとうございます」


 セラフィはフェリックスに感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げる。


「私は、フェリックスさまのメイドとしてお側に仕えられて……、本望です」


 セラフィがフェリックスの胸の中におさまる、


「一年、あの屋敷でフェリックスさまの帰りをお待ちしていたのをもどかしく思っておりました」

「セラフィ……」


 フェリックスはセラフィの行動と言葉に動揺していた。

 今日のセラフィは積極的だ。

 フェリックスと離れていたのが寂しく、新生活により再び傍で仕えられることが本当に嬉しいのだろう。


(セラフィの気持ちは嬉しいけど……)


 トンッ。

 フェリックスはセラフィを押し、彼女から離れた。


「気持ちは嬉しいけど……、僕にベタベタ触らないでほしい」


 フェリックスは突き放すような言葉をセラフィに言った。

 セラフィは「えっ」と絶句している。


(きっと、転生前のフェリックスはセラフィに甘えていたのかもしれない)


 セラフィの行動から、フェリックスは悟る。


(辛いけど……、はっきりさせないと)


 フェリックスははっきり告げる。


「君は僕とミランダのメイドだ。それ以上の感情はもうない」


 セラフィに恋愛感情を抱くことはないと。

 これはセラフィをミランダの嫉妬から守るため。ミランダの嫌がらせが起こらないようにするため。

 フェリックスは自身にそう言い聞かせる。


「……わかりました」

「僕が仕事の間、ミランダのことお願いね」

「はい」


 セラフィはフェリックスに頭を下げる。

 顔を上げたときには、平常時のセラフィだった。


「では、私は部屋にある引き継ぎを読みます」


 セラフィはフェリックスに背を向け、彼女の部屋に入った。

 フェリックスは見逃していた。

 背を向けたさい、セラフィが悲しい表情を浮かべていたことに。



「荷物の仕分けはどうだい?」


 フェリックスはリビングに入り、先に荷物の仕分けをしていたミランダに声をかける。


「フェリックス!?」


 フェリックスの声を聞くなりミランダは慌てた様子で荷物のフタをしめる。


「えっと、あちらがフェリックスの荷物。こっちがわたくしの荷物よ」


 フェリックスがセラフィと話している間、ミランダはテキパキと荷物の仕分けをしていたみたいだ。

 フェリックスはマクシミリアン公爵邸から、洋服、ネクタイ、バッグのほか、私物を持ってきた。その数はミランダよりも少ないため、荷解きはすぐに終わりそうだ。

 対するミランダは、フェリックスの三倍荷物がある。


「生活用品はわたくしとお兄様が使っていたものがあるから、急いで買い足すことはないわ」

「そう、じゃあ新学期までのんびりできそうだなあ」

「……フェリックス、あのね」


 ミランダはフェリックスにぎゅっと抱きつく。


「明日はフェリックスとデートしたい」

「っ!?」


 ミランダのデートの誘いに、フェリックスは高揚する。


「フェリックスとお揃いのカップが欲しいし……、二人で眠るならベッドも広くしたいわ」


 ミランダは町でお買い物デートがしたいみたいだ。

 二人の寝室は、ミランダの私室をそのまま使う。

 ミランダはクイーンサイズのベッドを使用していたが、フェリックスと共に眠ると狭くなる。

 ライサンダーが使っていたシングルベッドをつなげてしのごうかと思っていたが、この際、新調するのもいいかもしれない。


「うん、いいね。一緒に行こう」


 フェリックスは喜ぶミランダの頬にキスをする。


「結婚前は、デートしてなかったもんね」

「これからはフェリックスといっぱいデートしたい」


 結婚前、フェリックスとミランダは皆に内緒で交際していた。そのため、明日が初デートになる。

 ミランダはフェリックスの唇にキスを返す。


(ああ、これが甘々な新婚生活)


 フェリックスは甘えてくるミランダにメロメロだった。

 その気になったフェリックスはミランダの背に腕を回し、自身に引き寄せる。

 ちゅっ、ちゅっとフェリックスとミランダは何度もキスをする。


「だめっ、まだ日が明るいわ」


 フェリックスがミランダの服を引っ張ると、彼女はぱしっとフェリックスの手を叩く。


「……だめ?」


 フェリックスはミランダをじっと見つめる。

 ミランダは頬を赤らめ、何度も瞬きをしている。


「……少しだけよ」


 ミランダがフェリックスの誘いを受け入れる。


「じゃあ、ベッドにいこう!!」


 フェリックスはミランダを抱き上げ、寝室へ直行する。

 二人はセラフィが夕食の準備が出来たと告げに来るまで、愛し合った。



 夕食を食べ終え、それぞれ汗を流したフェリックスとミランダは、再び寝室のベッドに横になる。


「荷解き……、終わらなかったね」

「少しだけって言ったのに、フェリックスが何度もわたくしを求めるから……」


 荷物は寝室の衣装クローゼットへ適当に詰め込んだ。

 明日はミランダとのデートだから、荷解きは先延ばしになるだろう。


(新学期までに終ればいいし)


 フェリックスは楽観的に捉えている。


「明日、身体が痛くなったらフェリックスのせいよ」

「だから、夜は抑えただろ?」

「……」


 ミランダはぷくっと頬を膨らませて怒っていたが、先ほどまでのフェリックスとの行為を思い出したのか、掛布で顔を隠す。


(ミランダの仕草、全部可愛い)


 フェリックスはミランダの頭を撫で、愛でる。


「ねえ、フェリックス……」


 掛布から、ひょっこりミランダの青い瞳が垣間見えた。


「イザベラさまとも……、ああやって愛し合ったの?」

「……」


 ミランダの無邪気な問いに、フェリックスは顔をしかめる。

 結婚式の翌日、イザベラと愛し合った夜のことを思い出してしまったからだ。


「そうしないと、子供を授かれないからね」

「……ごめんなさい。何も知らないわたくしがイザベラさまと約束してしまったばかりに」


 フェリックスはミランダの質問に正直に答える。

 フェリックスの答えを聞いたミランダは、謝罪の言葉と共に、過去の自分を悔いていた。


「ミランダが承諾してくれなかったら、僕たちは夫婦になれなかった。仕方ないよ」


 フェリックスはミランダをぎゅっと抱きしめる。


「……次は、いつイザベラさまと会うの?」


 ミランダの身体が震えている。

 フェリックスの心がイザベラに向いてしまわないか、怯えているのだ。


「わたしくしは”その日“を知りたい」


 ミランダはフェリックスの胸に触れる。


「フェリックスはわたくしを傷つけないように『学園の出張』って嘘つくでしょ」

「うっ……」


 フェリックスの考えがミランダに読まれてる。


「……一ヶ月後、イザベラさまがソーンクラウン公爵領に来るから、そこで……、する」


 フェリックスはイザベラとの予定を告げる。

 イザベラは一ヶ月後、コルン城からソーンクラウン公爵領に拠点を移す。

 城内では、警戒する人物が多いため、最も信頼しているソーンクラウン公爵の元で過ごすことにしたらしい。

 フェリックスは一ヶ月後に訪れる長い休暇が訪れたら、ソーンクラウン領へ向かい、イザベラと夜を共に過ごすことと命令されている。


「話してくれてありがとう」

「僕はミランダが一番だから」

「わたくしはフェリックスを信じているわ。前に、貴方がわたくしを信じてくれたように」


 ミランダはフェリックスに全幅の信頼を置いてくれている。

 だが、フェリックスはミランダに隠していることがあった。


(ミランダより経験豊富なイザベラとの夜のほうが気持ちよかったのは……、絶対秘密にしなきゃ)


 フェリックスはイザベラとの濃密な夜を思い出し、ミランダから視線を逸らした。 






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