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第69話 二人の新任教師

 新生活が始まって一週間が経った。

 その間、フェリックスとミランダは持ってきた荷物を所定の場所へ片づけたり、町の商店街へ二人で出掛け、新居で新調したいものを買っていた。

 あれもこれもと購入してゆくうちに、内装が変わってゆく。

 真っ白だった家具は、木の自然な色味を使ったものに代わってゆく。

 ミランダが望んでいた夫婦用のマグカップは、並べると持ち手がハートマークになる。

 フェリックスは赤色、ミランダは水色とそれぞれ防御魔石の色だ。

 ベッドもキングサイズに新調し、二人並んで眠っても余裕ができた。

 その夜、フェリックスは眠れず、寝転び、ミランダの寝顔を見つめていた。

 ミランダはすやすやと眠っていて、左手には結婚指輪が輝いている。


(新婚生活が幸せ過ぎて、仕事に行きたくない……)


 明日からチェルンスター魔法学園の仕事が再開する。

 新学期に向けて準備が始まるのだ。

 フェリックスは仕事が始まり、ミランダと共に過ごす時間が減ってしまうのが嫌になり、仕事を放棄したいと考えていた。


(だめだ。あの学園の教師の仕事は今年まで続けないと……)


 フェリックスは首を振り、気持ちを切り替える。彼には教師を辞められない理由があるからだ。

 教師を辞められない理由。それは、乙女ゲーム【恋と魔法のコンチェルン】のヒロイン、クリスティーナの成長を見守り、彼女を光魔法の使い手にしなければいけないから。

 光魔法は悪魔に対抗する唯一の術。

 それがなければ、悪魔にこの国が支配され、ミランダとの幸せな結婚生活を失ってしまう。

 悪魔の存在を知っているのは、【恋と魔法のコンチェルン】を百時間プレイし、全ルートを制覇した状態で転生した朝比奈大翔、今のフェリックス・マクシミリアンだけ。

 フェリックスはゲームの知識を活用して、この国に迫る危険を退けようとしているのだ。


(……寝よう)


 フェリックスは目を閉じる。



 次に目を開けた時は、朝だった。


「フェリックス、起きて!!」


 耳元でミランダの声が聞こえる。

 身体が揺さぶられる。

 目を開けると、必死な顔のミランダとセラフィがいた。


「もう出掛ける時間よ!」

「こちら、フェリックスさまのお召し物です」


 身体を起こし、重い瞼をこすっているとミランダが慌てた様子でフェリックスに訴える。

 ミランダの近くにいたセラフィはフェリックスの仕事着を持っていた。


「時間……」

「本日、チェルンスター魔法学園の出勤日でございます」

「あっ!!」

「朝食の時間はございません」


 セラフィがフェリックスの予定を告げたことで、意識がはっきりとする。

 フェリックスは時間ギリギリまで眠っていたみたいだ。


「ミランダさま、フェリックスのお召し物をかえますので……」

「それは妻であるわたくしの仕事よ」


 ミランダはセラフィが持っているフェリックスの着替えを奪った。


「あなたは寝室から出て行って」

「……失礼いたします」


 ミランダに言われ、セラフィは少し間をおいて返事をしてから、寝室から去った。


「フェリックス」


 ミランダはパンツ一丁のフェリックスに服を着せてゆく。

 フェリックスはミランダが差し出した衣服に袖を通す。

 シャツのボタンは一つ一つミランダが閉めてくれた。

 フェリックスはベッドから立ち上がり、ミランダから貰ったズボンを履き、ベルトを締めた。


「ネクタイはこれを付けて」


 四本の中から、ミランダは水色の生地のものを選んだ。

 ネクタイを受け取るとフェリックスはそれを首に巻く。


「わたくしが結ぶ」


 ネクタイを結わえようとすると、ミランダに止められる。

 ミランダは慣れた手つきで、フェリックスのネクタイを結わえた。


(これから毎日、ミランダがネクタイを結わえてくれるんだ)


 献身的な妻の行動に、フェリックスはきゅんと胸がときめいた。


「ああ、わたくしが学園で出会った、フェリックス先生だわ」


 フェリックスが上着を羽織ると、ミランダは恍惚な顔でフェリックスの仕事着姿を喜んでいた。


「……クローゼットの奥にあるわたくしの制服を着たら、フェリックスと一緒に学園に行けるかしら」

「それは無理だよ。君はもう、学園の生徒じゃないんだから」

「……冗談よ。 わたくしはフェリックスの妻ですから」


 もっとミランダに甘えていたいが、遅刻してしまう。

 フェリックスとミランダは寝室を出て、エントランス前にいた。

 そこにはフェリックスの出勤用のバックが置いてあった。

 セラフィが用意してくれたようだ。

 フェリックスは出勤用の靴に履き替える。


「はい」


 ミランダからバックを受け取る。


「あと、こちらも」


 ミランダはフェリックスにシュッと香水を振りかける。以前、プレゼントされた香りだ。


「仕事に行ってくる」

「お仕事頑張ってね」


 フェリックスが声をかけると、ミランダは満面の笑みで励ましの言葉をかけてくれる。この一言で、仕事を全力で頑張ろうと思える。

 フェリックスはミランダを引き寄せ、彼女に軽くキスをした。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 ミランダはフェリックスのキスに照れながら、手を振る。


「……お仕事が終わったらすぐに帰ってきて」


 ドアが閉まる直前、ミランダが自身の願望をぼそっと呟いた。


(こんな可愛いおねだりされたら、すぐに帰ってきちゃうよ!!)


 フェリックスはミランダのおねだりで気持ちが高揚し、スキップしながらチェルンスター魔法学園へ向かった。



 チェルンスター魔法学園。

 新居からの初出勤。


「おはようございます!」


 職員室に入ったフェリックスは先にいた上司たちに挨拶をする。


「おはようございます。フェリックス君」


 リドリーはニコリと微笑み、挨拶を返してくれた。

 フェリックスが上着をかけ、バックをデスクに置き、席につくとリドリーがニヤついた顔で声をかけてきた。


「どうですか? ミランダさんとの新婚生活は」


 リドリーの話題はミランダとの新婚生活についてだった。


「一緒に生活していると、妻の可愛い部分が沢山見えてとっても幸せです!」

「フェリックス君の気持ち、私たちにも伝わってきてますよ。職員室に入ったときのフェリックス君、キラキラしてましたもん」

「そ、そうですかね」


 フェリックスが幸せな気持ちでいっぱいなのは、表情に出てしまっているようだ。


「今日は――、あっ」


 リドリーとの軽い会話を済ませたフェリックスは、今日の予定を訊こうとするも、すぐに気付いた。

 リドリーはもう、フェリックスの副担任ではない。


「そうですよ~、今日、クラス担任の振り分けがあるんですから」


 リドリーはフェリックスに指摘する。


「アルフォンス君は家庭の都合でしばらくお休みされるそうですし……、噂では新しい魔法薬の先生が発表されるそうですよ」


 リドリーは空席になったアルフォンスの席を寂しそうに見ていた。

 アルフォンスが休むことになると、魔法薬の教員が一人減ることになる。それを当たらな教師が補うようだ。


(アルフォンスはきっと今頃、オルチャック公爵の下で魔法薬の研究をしてるんだろうな)


 フェリックスはアルフォンスが休みを取った本当の理由を知っている。彼はシャドウクラウン家の問題が解決しない限り、チェルンスター魔法学園に戻ってこないだろう。

 休んでいる間、アルフォンスはマクシミリアン公爵から貰った資金を使って、新薬の開発をするという。


(アルフォンスが退場するなんて夢日記に書いてなかったけど、状況がアレだから仕方ないよね)


 フェリックスはゲームの内容と大きく乖離していることを心配したが、アルフォンスが置かれている状況を思い出し、すぐにその考えを捨てた。


(ミランダが断罪されずに僕の妻になったし、転生した僕がメインストーリーを弄ったことで物語が大きく変化したのかもしれない)


 ゲームの内容と大きく乖離した部分は他にもある。


「皆、揃ったかの」


 フェリックスが考え事をしている間に他の教師たちが集まり、校長が皆の前に立った。


「新学期の時期がやってきたのう。早速、クラス担任の振り分け……、の前に新任の教師を二人紹介する」


 校長はパンと手を叩き、廊下にいる教師二人に合図を送る。


(二人……?)


 フェリックスはリドリーとの話から、新任の教師は一人だと思っていた。


「っ!?」


 職員室に入ってきた二人の新任教師を見て、フェリックスは驚愕した。


「一人は教員資格を取得した、ライサンダー・ソーンクラウン。もう一人は――」

「やっほー、ミカエラでーす!!」


 新任教師として国立魔法研究員だった、ミカエラがチェルンスター魔法学園に教師としてやってきたのだ。



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