校長から紹介を受けたミカエラは元気よくフェリックスたちに挨拶をする。
軽い口調でこれから教師になるとは思えない。
「ミカエラ嬢はフェリックス同様、この学園の卒業生じゃ。魔法薬に精通しており、この間までは国立魔法研究所の研究員じゃった」
校長がミカエラについて軽く説明をする。
この学園の卒業生とあって、長年いる教師はミカエラのことを知っているようだ。
一部の教師たちが苦い表情を浮かべているから。
ミカエラは学生時代、問題児だったことがうかがえる。
「将来、すごい魔法薬を作る生徒を育てたいと思いまーす!! 先輩方、よろしくお願いします」
元気なのはいいことだが、ミカエラの口調とノリが軽く感じてしまい、彼女が教師として生徒にちゃんと指導ができるのか、フェリックスは不安になった。
「もう一人は、前年用務員として働いていたライサンダー君じゃ。働いている間に教員資格を取得し、今年から教師として共に働くことになった」
校長はライサンダーについて軽く紹介する。
ライサンダーのことは皆、知っている。
驚くとすれば、退勤後に試験勉強をし、教員資格を取得してしまうライサンダーの優秀さにあるだろう。
(ライサンダーならお義父さんのコネで、教員資格ぐらい試験を受けずとも簡単に取れただろうに……)
公爵貴族の特権を使うことなく、一般の教師と同じ試験を受けて資格を得る真面目さがライサンダーらしい。
(今年は天才と秀才が同時に入ってきたってこと?)
校長の紹介が終わり、フェリックスはミカエラとライサンダーの仲間入りについて、ふとそう思った。
他の教師はぽかんとした表情で二人を見ている。フェリックスと同様のことを考えているのかもしれない。
「この二名を加えたクラスの振り分けを行う」
ミカエラとライサンダーの紹介が終わり、校長はクラスの担任の振り分けをする。
☆
振り分けの結果、リドリーは三年B組の担任。フェリックスは一年D組の担任となった。
(おお、二年目でクラスの担任を受け持つなんて!!)
フェリックスは心の中でクラス担任を任されることを喜んでいた。
去年のフェリックスの働きをよく評価されたのだ。
(リドリー先輩のクラスには……、クリスティーナがいる)
フェリックスは昨日読んだ、夢日記での記憶を辿る。
クリスティーナは三年B組になり、ヴィクトルとは別のクラスになる。
(そして、僕のクラスには……)
一年D組。
フェリックスが担当するクラスには、五人目の攻略キャラクター、エリオット・テロクメイがいる。
エリオットは革命軍に通ずる生徒。
親に貴族や官僚、商人をもつ生徒たちが多い、チェルンスター魔法学園に入学し、現政権に疑問をもつ生徒たちを集め、革命軍に加えてゆく危険人物。
(エリオットはルックスもさることながら、人を先導するカリスマ性も持ってる)
エリオットは赤髪に青い瞳の少年。
ルックスは完璧で、成績優秀、そして人を引っ張ってゆくリーダーシップも兼ね備えている。
(イザベラに好かれてるから、革命軍エンドだけは避けたい……)
イザベラと仲が良いフェリックスにとって革命軍エンドは何としてでも避けたい。
(エリオットとクリスティーナの接触は何としてでも避けたい)
革命軍エンドを避けることがフェリックスにとって当面の目標だ。
方法としては、エリオットとクリスティーナの接触を妨害することだろう。
「さて、クラス担任の振り分けが済んだところで、リドリーの方にミカエラをフェリックスにライサンダーを副担任として付ける」
「えっ!?」
「そなたたちは義理の兄弟じゃろう? ライサンダーのこと、頼むぞ」
「は、はい……」
「そなたの場合は逆かもしれぬがの」
校長が軽い冗談を言い、周りに笑いが生まれた。
☆
クラスの振り分けが終わったところで、教師間の席替えが行われる。
「ではフェリックス君、何か困ったことがあったら相談に乗りますよ」
一年間席が隣だったリドリーは、三学年の担任が固まる席へ移動し、フェリックスと席が離れる。
フェリックスは荷物を新しい席に運ぶ。
一学年の担任はベテランと中堅の教師たちで固まっており、フェリックスが一番下だ。
「フェリックス君、よろしく」
「よろしくお願いします」
「本当はアルフォンス君が担当する予定だったんだろうけど……、休みに入っちゃったからね」
ベテランの教師が独り言をこぼす。
フェリックスが二年目で担任を任せられたのは、アルフォンスがいなかったからだと理解する。
アルフォンスはチェルンスター魔法学園の教師として雑用、副担任と三年間務めた。
四年目にして一学年の担任のチャンスが回ってきたというのに、シャドウクラウン家の登場のせいで、アルフォンスは無期限の休暇を取ることとなってしまった。
(担任を持って、教師として生徒を導くのがアルフォンスの夢だったろうに……)
ベテラン教師の独り言を聞き、フェリックスは他人の事ながら悔しがる。
「アルフォンス先輩の分も、頑張ります」
「自分も副担任としてフェリックス殿を支えます」
フェリックスはアルフォンスの分も仕事を頑張ろうと決心する。
フェリックスの隣の席に荷物を置いたライサンダーが続く。
「フェリックス殿、一年間ご指導よろしくお願いします」
「えっ、えっと。こちらこそよろしくね」
ライサンダーはフェリックスに深々と頭を下げる。
たしか、ライサンダーは今年でニ十歳。現在フェリックスよりも四つ年下だ。誕生日が来れば五歳年下になる。
(あれ? 職場でライサンダーのこと、なんて呼べばいいんだろ)
フェリックスの頭に疑問が浮かぶ。
「よろしくおねがいします。ライサンダー……、義兄さん」
とりあえず、フェリックスはライサンダーの事を義理の兄と呼んでみることにした。
ライサンダーはフェリックスから視線をそらし、自身の髪をかく。義理の兄と呼ばれたことに照れているようだった。
「……学園ではライサンダーと呼んで欲しいです」
「わかりましたっ」
ライサンダーはぼそっとフェリックスに要望を告げる。
フェリックスはすぐに、返事を返した。
「フェリックス、お前ミランダと結婚したんだったな」
「卒業式が終わった直後に、生徒たちの前でキスしたんだって?」
「いつから付き合ってたんだ? もう時効なんだから、教えろよ」
フェリックスがライサンダーを”義兄さん”と呼んだことを皮切りに、周りの教師たちから妻のミランダのことを話題に出される。
「自分も妹と結婚することを知った時は驚いた。いつから恋仲になったのですか?」
ライサンダーも興味津々といった表情でフェリックスの答えを待っている。
「その……、学園祭の前くらい、ですね」
観念したフェリックスはミランダと付き合った時期をその場にいる皆に白状した。
「それで、お前たち、どこまでヤッたんだ?」
「それは――」
「卒業式の様子だとキスまではしてたよな」
「……してました」
「その先は?」
ぐいぐいとフェリックスとミランダの話題をついてくる。
フェリックスは冷や汗をかきつつ、ライサンダーをみる。
「学園祭の前!? 同好会の活動が終わった後に逢引してたのか? だとすると、フェリックス殿が妹を家まで送っていた時だろうか」
ライサンダーはぶつぶつと独り言を呟いていた。深刻そうな表情を浮かべている。
(不味いこと言っちゃったかな……)
フェリックスはライサンダーの様子をみて、この場は正直に話さずにはぐらかすべきだったかと、自身の失言を悔いていた。
「なあ、フェリックス、在学中にミランダとヤヤッたのか?」
「それはしてません! 妻とは……、結婚してから、愛し合いました」
この質問ははぐらかしてはいけない。
そう感じたフェリックスは恥じらいながら、ミランダと初めて身体を重ね合わせた日を皆に告白した。
フェリックスの答えに、教師たちは沸き立つ。
「もう、この話はいいでしょう!!」
恥ずかしくなったフェリックスは、強引に話題を断ち切る。
フェリックスとミランダの馴れ初めを聞き、満足した教師たちはニヤついた顔をしており、面白い話を聞かせてもらったと言わんばかりだ。
「フェリックス、一年D組の名簿だ」
「ありがとうございます」
話題が途切れ、フェリックスは先輩の教師から一年D組の名簿を受け取る。
フェリックスは自分の席につき、名簿を眺める。
全四十名。男子二十八名、女子十二名と男子が多いクラスだ。
(エリオット・テロクメイの名前がある……)
名簿にはエリオットの名があり、フェリックスはそこに注視する。
「おっ」
横で名簿を見ていたライサンダーが、一人の生徒に関心をもつ。
「レオナールの妹がいる。チェルンスター魔法学園に入学したのか」
「えっ、レオナールの妹!?」
「この子」
ライサンダーのぼやきにフェリックスが反応する。
ライサンダーが指す。
フローラ・モンテッソ。
一年D組にはエリオットの他にレオナールの妹が入学してきたのだ。