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第73話 昔のフェリックスはもういない

「アサヒナハルト……」


 ミカエラは名前を反芻する。

 その名前を呼ばれたのは一年ぶりだ。


「君はいつからフェリックス君の中に入っちゃったの?」

「僕はコルン城で行われたパーティでミカエラと初めて会った」


 フェリックスはミカエラと出会った時のことを話す。

 ミカエラと初めて出会ったのはフェリックス・マクシミリアンに転生してすぐのこと。


「ああ、やっぱりあの時から君になってたんだね」


 ミカエラはフェリックスの話をすんなり受け入れている。彼女なりに引っ掛かりがあったのだろう。


「ミカエラはどうして僕がフェリックスじゃないって気づいたの?」


 フェリックスはミカエラに問う。

 ミカエラはその問いを聞き、笑い出した。


「色々あるよ」


 笑いが止まったミカエラは、フェリックスの問いに答える。


「本物のフェリックス・マクシミリアンはね、プライドがめっちゃ高くて負けず嫌いなの。平民や格下の貴族にへらへらしない上級貴族なんだから」


 ミカエラは転生前のフェリックスについて語る。

 現在のフェリックスは公爵貴族ではなくただの教師として生徒と接している。家柄で威張ることはなかった。


「あと、”僕”じゃなくて”俺”だったし、得意属性はあたしとおなじ水だった」

「っ!?」


 ミカエラの話を聞き、フェリックスは驚愕した。

 転生して性格や一人称が変わるのはともかく、得意属性まで変わってしまうとは。


(転生前のフェリックスの得意属性が水ってことは……、そのまま学園に来てたらアルフォンスとの決闘で詰んでるじゃん)


 アルフォンスは防御魔法のスペシャリストであり、水属性の魔法は全て封じられてしまう。

 もし、転生前のフェリックスがアルフォンスと決闘していたら勝ち目はなかった。


「でも、得意属性が変化することって……、あるの? 僕が学生だった頃のことを知ってる校長や教頭とかは不思議に思わなかったのかな?」

「あー、それは――」


 ミカエラは天を仰ぐ。

 心辺りはあるが、何処から話そうかと考えている様子。


「記憶喪失になったり、多重人格だったりすると、得意属性が変化することがあるんだ。これは魔法研究所の論文にもある」

「へえ」

「君の場合は何らかの原因で魂が変化したから、得意属性が水から火に変わったんじゃないかな」

「なるほど」


 フェリックスはミカエラの説明に納得する。

 要するに得意属性が変化したのは、転生したからなのだと。


「あたしたちの事を知っている先生たちが君の変化について気にしなかったのは……、二年前、フェリックス君が何者かに毒を盛られて、数か月意識不明の状態にあってさ、その影響でいろいろ変わったんだと思われてるかと」

「えっ!? 僕、毒を盛られてたの!?」

「うん。手紙でのやり取りでしかないけど、それ以降、不思議な夢を見るようになって日記として書き溜めていたらしいね」


 ミカエラが淡々と転生前のフェリックスの状況を語る。

 フェリックスが不思議な夢を見るようになった要因は、毒の副作用だったようだ。


(だとすると、僕が転生したタイミングで、フェリックス・マクシミリアンも死んじゃったのかな?)


 朝比奈大翔とフェリックス・マクシミリアンは同時刻に偶然死亡したから、今の自分があるのではないか。

 フェリックスはミカエラの話を聞き、仮説を立てた。


「でも、一年かあ……」


 ミカエラは独り言を呟き、心配そうにフェリックスを見つめる。


「身体と魂が一年馴染んじゃったことになる。このままだと定着しちゃって元の身体に戻れなくなるよ」

「元の身体は……、もうない。僕は一度死んでるんだ」


 朝比奈大翔は長時間のゲームと大量の強カフェイン接種によって亡くなった。


「そっか。その魂がフェリックス君の身体に入ってるのだとすると……、あたしの知ってるフェリックス君は――」


 ミカエラの瞳に涙が溜まる。

 その涙は頬をつたり、ぽたぽたと地面に落ちる。


「もう、いないんだ……」


 ミカエラは自身の知っているフェリックス・マクシミリアンがこの世を去ったことを悲しんでいた。



 ミカエラを一人にし、フェリックスは職員室に入る。


「フェリックス君。ミカエラさんとのお話は終わったんですね」

「はい」

「あらら、喧嘩しちゃいました?」

「そうじゃないです」


 フェリックスはリドリーにからかわれるも、話が重かったため、彼女の冗談に付き合う余裕がなかった。

 フェリックスは自身の椅子をリドリーの傍に寄せて座る。


「あの、今年の属性魔法の授業は――」

「今年も方針は同じですね」


 授業内容は一、二、三学年変わらないようだ。


「ただ、一学年の授業はフェリックス君におまかせしたいと考えています」

「っ!?」


 一年生の授業をフェリックスが担当する。それが一年間共にいたリドリーの評価なのだろう。


「ですので授業準備お願いしますね」

「はい!!」


 教師二年目にして、授業を任された。

 フェリックスはリドリーの期待に応えようと張り切る。



 仕事が終わり、日報を書き終えたフェリックスはチェルンスター学園を出た。


(ミランダに会える、ミランダに会える)


 フローラに私念で恨まれていたり、ミカエラに正体を見破られたりしたりしたものの、フェリックスはミランダに会えることに浮かれており、自宅へ帰る足取りも軽く、自然と鼻歌を歌っている。


「ただいまー!!」


 フェリックスは自宅の扉を勢いよく開け、帰宅したことを告げる。

 フロントにはちょこんとミランダが立っていた。

 目が合うと、ミランダの表情がぱあっと明るくなった。


「おかえりなさい、フェリックス」


 フェリックスの胸の中にミランダが飛び込んできた。

 フェリックスはそれを受け止める。


「寂しかった」


 ミランダがぼそっと呟く。

 フェリックスが仕事で家を空けるのはこれが初めて。

 留守番をしているミランダはフェリックスの帰りを今か今かと待っていたのだろう。


「同好会の活動が再開したら、もう少し帰りが遅くなるのに……、ミランダは甘えん坊だなあ」

「わたくしを甘えん坊にさせたのはフェリックスよ。責任をとって」

「うん。一生、ミランダを大事にする」


 フェリックスはミランダの頭を優しく撫で、甘い言葉を彼女にかける。

 びくっとミランダの身体が震え、恥じらった表情でフェリックスを見上げた。


「愛してるよ、ミランダ」


 フェリックスはミランダにちゅっとキスをする。


「う、上着とバックを預かるわ」


 ミランダは顔をそっぽ向け、フェリックスから離れる。

 そしてフェリックスから受け取った上着をハンガーに吊るし、仕事用バックを抱える。


「あのメイドが夕食を用意してくれているわ。それとも、部屋着に着替たい?」


 ミランダは照れ隠しをしつつ、フェリックスに予定を問う。


(僕の妻は最高に可愛いなあ)


 ミランダは妻としての役目をまっとうしようとしている。

 その必死さが可愛いとフェリックスはときめいていた。


「お腹がへったから……、すぐに食べたいな」

「わかったわ。先にいってて」

「うん」


 フェリックスは家用の靴に履き替える。

 ミランダはフェリックスのバックを置きに、寝室へ向かっていた。


「きゃっ」


 靴に履き替えたフェリックスは、ミランダを後ろから抱きしめた。

 不意に抱きしめられたミランダは声を上げて驚いている。


「フェリックス……?」

「夕飯食べたら、一緒にお風呂に入って、ベッドでいちゃいちゃしようね」

「っ!?」


 ドスン。

 フェリックスの仕事用のバックが床に落ちた。


「ミランダ、怪我してない?」

「大丈夫。フェリックスの言葉に驚いてしまっただけ」


 後ろから抱きしめているから、ミランダがどんな顔をしているかフェリックスには分からない。


「……」


 ミランダはフェリックスの一言からしばらく黙り込んでいた。


(僕の言葉……、キモ過ぎたかな)


 結婚後、毎日のようにいちゃついているから、ミランダも慣れたものだとフェリックスは思い込んでいた。

 それに、最近は恥ずかしがりながらも風呂場でフェリックスの身体を洗ってくれるようにもなったから、これくらい言っても大丈夫だと思っていた。

 ミランダに引かれてしまっただろうかと不安な気持ちがフェリックスの胸の中であふれる。


「……はい」


 ために溜めて、ミランダが返事をする。


「わたくしも、フェリックスと触れあいたいですから。楽しみにしていますわ」


 ミランダの発言にフェリックスは呆然とする。

 その隙にミランダはフェリックスの抱擁から離れ、床に落ちたバックを拾い、何事もなかったかのように寝室に入って行った。


(は~!! 僕の嫁最高!!)


 ミランダの返事にフェリックスは興奮した。

 その興奮は夜まで収まらず、フェリックスはミランダが「限界」と言い出すまで愛し合った。




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