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第74話 次のターゲットは?

 夕暮れにも関わらず、明かりがついていない暗い部屋に長身の細身の男と、ガリガリに痩せた少女がいた。

 男は杖をついており、不自由な片足を支えている。


「イザベラは保身のためにソーンクラウン領へ拠点を移したか」


 男は低い声でイザベラの行方について呟いた。

 男の言う通り、イザベラは拠点をコルン城からソーンクラウン領の屋敷へ拠点を移した。

 革命軍にシャドウクラウン家が加担しているとイザベラが知り、彼女はコルン城内ではなく、信頼する領地の屋敷へと移した方が良いと判断したのだろう。


「ソーンクラウン領であれば、フェリックス・マクシミリアンと接触するのも容易い」


 密偵の話では、イザベラは反乱軍の不満の一つである正統な世継ぎ問題を解決するため、皇帝の甥であるフェリックス・マクシミリアンと接触しているという。

 フェリックスとの子を孕み、その子供を世継ぎとして担ぎ上げるのが目的だろう。大人になるまでイザベラが摂政として国を統治する大義名分が生まれてしまう。


「女に関心がなかったから見逃していたものの、フェリックス・マクシミリアン……、邪魔だな」


 男はフェリックスの存在をうっとおしく思っていた。

 男が知るフェリックスは女性が見惚れるほどの完璧な容姿で、頭脳明晰、運動神経抜群、魔法の扱いに長けているなど、非の打ち所がない完璧人間だ。

 だが、フェリックスは見合い話をことごとく破談にしており、同性愛者なのではないかと囁かれていたほど、女に興味がないことで有名だった。

 異性と結婚し、子孫を残すつもりがないのであればと男はフェリックスについて意識していなかった。

 フェリックスがミランダ・ソーンクラウンと結婚するまでは。


(フェリックスの性格が大きく変わったことが影響しているのだろうか)


 ここ一年、フェリックスはチェルンスター魔法学園の教師をしていた。そこでの彼は、平民や下級貴族にも優しく接し、一般業務もそつなくこなしていたらしい。

 完璧人間であり、プライドが高かったあのフェリックスが、格下の人間に優しく接し、一般社会に溶け込み、更にミランダと結婚したのは驚きだった。


「次のターゲットは?」


 少女は男の服を引っ張る。無垢な瞳で男を見つめている。

 この間はイザベラを脅すために、女生徒を派手に殺させた。


「そうだな……」


 男はイザベラ暗殺の策を頭の中で考えるも、現在のイザベラの暗殺の成功確率は極めて低いと判断する。

 昔であれば、少女をソーンクラウン領へ潜入させ、捨て駒としてイザベラの暗殺を命令しただろう。

 だが、少女は男にとって貴重な戦力であり収入源。無駄な犠牲にはしたくない。


「イザベラ?」

「違う」


 少女は男が憎んでいるイザベラの名前を出す。

 男はすぐに否定した。

 少女は男の身体に寄り添い、男に甘える。


 「汚らわしい、離れろっ」


 男は少女の行動に激昂し、少女を振り払った。

 少女は床に転び、潤んだ瞳で男を見つめている。


「憐れむような目で我を見るな!!」


 男は杖をドンと強く床に叩きつけ、少女に不快感を表す。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 少女は音に怯え、男の怒りを収めるため必死に謝っていた。


「いっぱい殺すから! シャドウさま!!」

「その名前は出すなと言っただろう!!」


 少女の失言で男の怒りは更に増す。

 男は杖を振り上げ、それを少女に振り下ろした。

 怒りに任せて杖で何度も少女をぶつ。


「痛いっ、や、やっ」


 少女は身体を丸め、痛みに耐えていた。男に杖でぶつのをやめるよう、必死に訴える。

 少しすると、男は我に返った。


「ああ、ごめんね」


 男は杖を投げ捨て、少女を優しく抱きしめる。


「叩き過ぎたね、痛かっただろう」


 男は自身でやったにも関わらず、他人事のような発言をした。


「――さまは悪くない。悪いのはワタシ」


 少女は男に抱きしめられ、満足げな表情を浮かべる。



「シャドウさま……」


 偶然、男と少女の会話を聞いてしまったアルフォンスは、真っ青な表情を浮かべた。

 シャドウ。

 それはスレイブを統べる主の名前。シャドウクラウン家当主が名乗るものである。

 シャドウクラウン家の生き残りがいるという話は校長やフェリックスから聞いていたが、このような場所で当人と再会するとは。

 だが、声音は当時のシャドウのものより若い。


(主の隣で俺をあざ笑ってた、あの男だろうか)


 当時の声音と違っても、アルフォンスには心当たりがあった。

 意にそぐわない行動をし、体罰を加えられていた当時のアルフォンスの様子をシャドウの隣であざ笑っていた貴族の少年。

 彼がそのまま成長したなら、アルフォンスと同じ年頃になっている。

 生き残ったのは――。


「聞いていたな」

「っ!?」


 男に見つかり、アルフォンスは強く動揺する。


「……オルチャック公爵に化けていたのですか?」


 男の正体はオルチャック公爵だった。

 アルフォンスは恐る恐る男に訊ねる。


「ああ。その通りだよ。アルフォンス」


 オルチャック公爵の顔が崩れる。

 顔の皺がなくなり、肌ツヤが若返ってゆく。

 瞳の色が青くなり、ふさふさとしたブロンドの髪が現れる。


「十年ぶりで久しいな。お前が名を与えられ、生き残っていたとは思わなかったぞ」

「あ、ああ……」


 やはり、あの男だ。

 シャドウクラウン家の生き残りは存在した。

 彼がシャドウとしてスレイブを束ねていたのだ。

 声を聞くと、アルフォンスは十年前、いつ死ぬのかと絶望しか考えられなかった当時を思い出してしまう。


「父上に出来損ないと他の奴らよりも躾けていたのを思い出す」


 シャドウの手はアルフォンスの頬に触れ、首元、そして胸元へと移る。


「あの棒切れのようだった貴様が、いい男に成長するとは思わなかった」

「……」


 男に身体を触れられ、アルフォンスの身体は恐怖で硬直する。


「貴様は早死にすると思ったが、他の奴らよりも長く生き延びたな」

「俺は――」


 アルフォンスは抵抗しようとするも、長年抱えていた恐怖からは逃れられなかった。


「正体を知った者は殺さなくてはならないが……、アルフォンス、貴様だけは特別だ」


 暴力と罵倒しかされてこなかったアルフォンスは、シャドウの優しい言動に警戒していた。


「次の仕事をこなせたら、貴様は自由だ。好きに生きるといい」

「自由に……?」


 アルフォンスは男の言葉に疑問を持った。

 スレイブは死ぬまでシャドウに奴隷として扱われる存在で、自由など決して望んではいけないと躾けられてきたからだ。


「次のターゲットはフェリックス・マクシミリアン。奴を殺せたらな」


 シャドウはアルフォンスにフェリックスの暗殺を命じた。


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