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第75話 親友が決めたこと

 教師二年目のフェリックスの仕事は多忙をきわめていた。

 まず、一年D組の担任。

 朝のホームルームと帰りのホームルームがあり、空いた時間はなるべく一年D組へ向かい、生徒の様子を日報に記録しないといけない。

 フェリックスの見立てでは、エリオット、フローラが中心人物となっている。

 エリオットの周りにいる男子生徒は明るく活発なのはいいが、目立たない男子生徒を過剰にからかったりする傾向がある。虐めに発展する可能性があるため、時折指導が必要になるだろう。

 フローラは分け隔てなく生徒たちに優しい。そのため、一部の女生徒から嫉妬の視線を受けていることが多々ある。こちらは虐めに発展しないよう注意を払う必要があるだろう。


「フェリックス、またお前宛に手紙が来てるぞ」

「……モンテッソ侯爵ですよね」


 先輩教師がフェリックスに声をかける。

 手紙の送り主は決まっており、フェリックスが名を告げると、先輩教師は苦い顔をして頷いた。


「はー、面倒くさい!!」


 フェリックスは席に着き、手紙の封を開ける。

 手紙にはフローラが学園の授業について行けているか、クラスメイトと仲良くしているかなどの質問がびっしり書かれていた。


「こんなのフローラに直接きけばいいじゃん! なんで僕がいちいち返信しないといけないわけ!?」


 フェリックスは文句を大声で発散させる。

 モンテッソ侯爵の手紙は毎日のように届き、担任であるフェリックスはそれに返信していかないといけないのである。

 現代でいうモンスターペアレンツだ。


「フローラ殿が進路を変えたことで、モンテッソ侯爵の監視の目が行き届かなくなったからでしょう」


 隣の席のライサンダーが要因を告げる。


「モンテッソ侯爵は末娘のフローラ殿を溺愛してましたから……」

「たしかに、フローラは可愛いけど! 変な男に捕まりそうなふわふわした性格だけども!!」

「モンテッソ侯爵はそこを心配しているのですよ」

「はあ……」


 ライサンダーに鋭いところを指摘され、フェリックスは項垂れる。

 モンテッソ侯爵に共感できるところはある。

 将来のフェリックスも自身の子供のことを心配し、彼と同様の事をする可能性があるからだ。

 ミランダに似た美しい娘が生まれたら、さぞ溺愛するに違いない。


「僕は一年生の属性魔法の授業準備をしなきゃいけないのに……」

「一学年は座学のみですから。リドリー先輩からもらった資料もありますし」


 始めリドリーは何も手伝わないつもりだったようだが、モンテッソ侯爵の手紙がほぼ毎日届くようになってからは、去年の授業資料をフェリックスに渡したりと手助けをしてくれるようになった。


「君の日報もチェックしないといけないし……」

「フェリックス殿の手間をかけないよう、日報の精度をあげます」


 他に、後輩ライサンダーの日報チェックをする仕事もある。

 ライサンダーの日報は丁寧な文字、分かりやすく簡潔な文章でよいのだが、内容を確認するためにスポーツの教師に話を聞きにいかなくてはいけないことが多々ある。


「フローラ殿とモンテッソ侯爵のことは……、属性魔法同好会に度々レオナールが顔を出しているので、奴から聞いたらいいでしょう」

「え、レオナールがそっちに顔出してるの!?」

「レオナールはチェルンスター魔法大学に入学しました。学園とは目と鼻の先ですので、クリスティーナに会いに来ているのかと……」

「そ、そう」


 ライサンダーの言う通り、レオナールはチェルンスター魔法大学に入学した。

 大学は学園と同じ敷地内にあり、許可を取れば在校生に限り、学園に出入りすることが可能だ。

 レオナールはその権利を使い、度々クリスティーナに会いに来ているという。


「その……、レオナールとクリスティーナは付き合ってるのかな?」


 ガタッ。

 好奇心でフェリックスが質問すると、常に冷静なライサンダーが机に脚をぶつけ、動揺している。


「フェリックス先輩はどう思います?」


 不安そうな顔をしてライサンダーがフェリックスに問う。

 クリスティーナが三学年になると、好感度が高いキャラクターたちが彼女に告白するイベントが乱立する。

 それを受け入れると個別ルートに入り、ハッピーエンドを迎えるのだ。


(確か、レオナールの場合は同棲するんだったな……)


 レオナールの告白を受け入れると、彼が借りている一軒家に同棲することになる。

 クリスティーナが帰省する際、レオナールが付いてきたら確定だ。


「クリスティーナと会ってないですからね……。文通しているミランダの方が詳しいかも」

「なるほど。妹に訊けばいいのか。フェリックス殿、今日、家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「う、うん……、多分」


 フェリックスは曖昧な返事をライサンダーに返した。

 ライサンダーは実兄だから、ミランダに確認をとらなくても大丈夫だろうと判断したからである。


「フェリックス君~」

「ミカエラ」

「ちょっと話したいことあるんだけど、時間ある?」


 ミカエラがフェリックスの両肩を掴み、背後から声をかけてきた。


(頭に柔らかいものが密着してるような……)


 フェリックスの後頭部に柔らかい感触がした。

 ミカエラが背後にいるということは、柔らかい感触は彼女の大きな胸ではないかと鼻息が荒くなる。


「あ、あるよ!! 丁度、気分転換しようかなと思ってたんだ!!」

「鼻の下が伸びてるよ」

「あっ、えっと、これは……」


 ニヤついた顔でミカエラに指摘され、フェリックスは顔が真っ赤になる。


「それはミカエラ殿の胸が――」

「行こうミカエラ!!」


 ライサンダーが指摘する前に、フェリックスは席から立ち上がり、ミカエラを連れて職員室を出た。



 ミカエラは鍵が結わえられた紐を指でくるくると回しながら、フェリックスを誘導する。

 フェリックスが連れて来られたのは、生徒指導室だった。

 ミカエラは生徒指導室のカギを開け、フェリックスを中へ導く。


「秘密の話をしたいんだったら、ここですればよかった~」


 ドアを閉じたミカエラは、フェリックスに言う。

 生徒指導室にミカエラと二人きり。

 フェリックスは先ほどの柔らかい感触が忘れられず、ミカエラの大きな胸に視線がゆく。


「エッチ」


 ミカエラはフェリックスの視線が自身の胸に向いていることに気づいたのか、さっと上着で胸を隠した。


「美人でスタイル抜群な奥さんがいいるのに、あたしの胸が気になるの?」

「ご、ごめん……、それは男として抗えない」


 フェリックスはミカエラとここにはいないミランダに謝る。

 ミカエラは、フェリックスの反応を見てケラケラと笑っている。


「エッチなことになるかもって期待してるんだったら、ごめんね! あたし、君の優しいところとか頑張り屋なところとか大好きなんだけどー、フェリックス君の完璧すぎる顔、苦手なんだよね」

「……」


 告白されたのか、振られたのかよく分からないミカエラの発言にフェリックスは戸惑う。


「ここに呼んだのはフェリックス君と秘密の話がしたかったからなの」

「そう」


 ミカエラが本題を切り出す。


「色々考えてね……、あたし、ハルト君のサポートをすることにした」

「サポート……?」

「君は前のフェリックス君のことなーんにも知らないでしょ? 今まではのらりくらりやってたんだろうけど、そろそろ誤魔化すのも大変なんじゃないかなと思ってさ」


 ミカエラは転生によって欠けている記憶を補う手伝いをしてくれるらしい。

 今まではリドリーやアルフォンスなど昔のフェリックスを知らない人たちと関わっていたため、問題なかったが、ミカエラのようにフェリックスの昔をよく知る人物が現れて、鋭い質問をしてくるかもしれない。


「例えば、フローラちゃんとお見合いしたことあるの……、知らないよね」

「えっ、そうなの!?」

「ほら。あたしがいないと不便でしょ」


 フェリックスとフローラが見合いで一度会っているなど初耳だ。

 フェリックスの驚いた顔を見て、ミカエラはふふんと自信ありな表情を浮かべる。


「そゆことだから、困ったことがあったらあたしに相談してね、ハルト君」

「ハルトって呼ばれるの……、すごく久しぶりだなあ」

「これは二人だけの秘密。二人きりの時に呼ぶね」

「う、うん」


 ”二人だけの秘密”とミカエラが発言した際、フェリックスの胸はドキッとした。

 ミランダも知らない秘密。

 それをミカエラと共有することになるなんて。


「ハルト君、これからもよろしくね」


 ミカエラはフェリックスに手を差し出す。


「こちらこそよろしく、ミカエラ」


 フェリックスは差し出されたミカエラの手を握った。



 仕事を終えたフェリックスはライサンダーを連れ、自宅へ帰る。


「ただいまー」


 フェリックスはいつものように扉を開けた。


「お、お帰りなさい……」


 そこにはエプロンを身に着け、もじもじと恥じらっているミランダがいた。


(ミランダは料理なんてしないのになんでエプロンを身に着けてるんだ?)


 フェリックスはミランダのエプロン姿に疑問を持つ。

 料理は全てセラフィに任せており、ミランダが料理をする機会などないからだ。

 それにエプロン姿だというのに、ミランダが顔を真っ赤にして恥じらっている。

 そして、いつもより素肌の露出が多い。


「あっ」


 フェリックスはここで気づいた。


(これはエッチなゲームとか動画でしか見たことがない、あの――)


 ミランダがフェリックスを誘惑していると気づき、それに応えようとしたが――。


「ミランダ、久しぶりだな。お前が好きそうなスイーツを――」

「きゃあああああ!!」


 今日は客人のライサンダーを連れてきている。

 兄の突然の登場に、ミランダは悲鳴を上げた。


「な、なんだ?」


 ライサンダーはスイーツが入った箱を渡そうとミランダに近づく。


「お兄様、ち、近づかないで!!」


 ミランダはその場にしゃがみ込み、エプロンを引っ張り、必死に素肌を隠そうとした。


「お前……、どうして裸なんだ?」


 ミランダがしゃがんだことで、彼女の真っ白な背中と寄せた胸元を見たライサンダーが真面目な顔をして、ミランダに指摘する。

 裸にエプロン一枚の姿をライサンダーに見られたミランダの顔は羞恥で真っ赤になった。


「こ、これは……、月ものが終わったからフェリックスを喜ばせようと――」

「そういうのは寝室でやるものだぞ。そう、父上が夜の下着と一緒に入れていた夜伽の本に書いてなかったか?」

「お兄様! お願いだからもう黙って!!」


 ライサンダーは上着をミランダの身体に掛ける。

 そして、フェリックスが知らない出来事をペラペラと話した。

 ミランダはライサンダーの発言に悲嘆する。


「夜の下着と夜伽の本って……?」


 フェリックスが反芻すると、ミランダはライサンダーの上着で顔を隠してしまった。


「お兄様のバカ!!」


 ミランダはライサンダーに吐き捨てるように告げると、彼の上着を羽織り、寝室に駆け込んでしまった。


「フェリックス殿も、その反応だと何も知らないみたいですね」

「ねえ、君のお父さんはミランダに何を送ったのさ!!」

「それは……、妹から聞いてください」


 ライサンダーに訊くも、彼は黙ったまま。

 フェリックスが用意した来客用のスリッパをはくと、彼はリビングの方へすたすたと歩いて行ってしまった。

 フェリックスはミランダが入った寝室の方へ向かう。


「ミランダ、美味しいスイーツを買ってきたから、着替えたらリビングに来て」

「……お兄様が帰ってからではだめですか?」

「ライサンダーはミランダに用があって来たんだ。クリスティーナのことについて訊きたいことがあるって」

「わかりました。後で行きます」

「お願いね」


 フェリックスはドア越しにミランダと会話をしてからリビングへ戻った。


(ライサンダーがいなければ、今頃、ミランダの裸エプロンプレイが愉しめたのになあ……)


 実兄でもちゃんとミランダの許可をもらってから家に招こうとフェリックスはミランダの淫らな姿を思い出しながら、胸に誓うのだった。


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