「ミランダが行方不明!?」
ライサンダーの言葉が信じられなかったフェリックスは自宅へ駆けこむ。
エントランスで今か今かとフェリックスの帰りを待っているミランダが――。
「おかえりなさいませ……、フェリックスさま」
エントランスにはミランダではなく、憔悴しきったセラフィがいた。
「セラフィ!! ミランダはどこへ行った!」
フェリックスはセラフィの両肩を強く掴み、彼女にミランダの行方を訊く。
「わかりません。わからないのです……」
セラフィは首を横にふり、震える声でフェリックスの問いに答えた。
「フェリックス殿、ミランダの行方は五日分かっていません」
「っ!?」
振り返るとライサンダーとイザベラがいた。
ライサンダはフェリックスに残酷な現実を突きつける。
「うそ……、嘘だっ」
「フェリックスさま、落ち着いてください」
フェリックスはセラフィから離れ、怒りをライサンダーへぶつけようとする。
背後からセラフィに強く抱きしめられ、動きを封じられてしまう。
「離してくれ、セラフィ」
フェリックスはセラフィから離れようともがく。しかし、セラフィはフェリックスにしがみついたまま離れない。
「……メイドの言う通り、落ち着くがよい」
暴れるフェリックスをイザベラが泥魔法を使い、身動きを止める。
背後からセラフィのすすり泣きが聞こえた。
「ここで騒いだら近所迷惑じゃ。フェリックス、お邪魔するぞ」
「……」
「ライサンダー、状況を説明せよ」
「はっ」
「メイド、泣き止んだら紅茶の用意を」
「……かしこまりました」
「フェリックス、そなたは怒りを静め、ライサンダーの話に耳を傾けよ」
イザベラが皆にテキパキと指示を送る。
怒りを静めろと言われたものの、それは難しかった。
ライサンダーとセラフィが移動した後も、イザベラは泥魔法を解除せず、じっとフェリックスを見ていた。
「ライサンダーを殴っても、メイドをしかりつけても小娘は戻らない。やるだけ無駄なこと」
イザベラはフェリックスに説く。
「その怒りは犯人にぶつけるものじゃ」
「うん」
「ライサンダーが今から状況を説明する。その話からなにか分かることがあるやもしれぬ」
「うん……」
「さあ、共にリビングへ向かおう」
イザベラは泥魔法を解き、フェリックスを自由にする。
フェリックスはその場に座り込む。
イザベラはフェリックスに近づき、その場にしゃがみ込み、絶望の表情を浮かべているフェリックスをぎゅっと抱きしめた。
「どうして、どうしてミランダが――」
「わらわの胸の中でたくさん泣くとよい。大丈夫。小娘はわらわの配下が必ず見つけ出す」
「う、うう……」
フェリックスはイザベラの胸の中でミランダがいない悲しみを吐き出した。
☆
泣き止んだフェリックスは、ライサンダーから話を聞く。
ミランダの行方はチェルンスター魔法学園で警備員と会話をしたきり、分かっていない。
クリスティーナと待ち合わせをしていたらしく、彼女に外泊許可を取らせていた。
セラフィが気を利かせて、クリスティーナを家に招き、お泊り会を開いたらどうかと提案したからだ。
ミランダと待ち合わせをしていたクリスティーナが通報し、事件が発覚した。
以降、警備隊や軍部がミランダの行方を追っているも手がかりがつかめていない。
「最近流行っている、人さらいではないか?」
ライサンダーの話を聞いたイザベラが一つの結論を出す。
「人さらい……、学園でも注意喚起されていましたね」
フェリックスも町で人さらいが頻発していることを学園で耳にしており、夕方のホームルームで注意喚起もした。
最近、若い女性が忽然と姿を消すという事件が多発している。
被害に遭っている女性は見目麗しい容姿で評判だったり、貴族だったりする。
そのため、チェルンスター魔法学園の女生徒は狙われる可能性があるため、町の外へ外出する際は一人で行動しないようにと話した。
ミランダは見目麗しい容姿の他、珍しいプラチナブロンド、公爵貴族と人さらいに狙われる要素が多い。
「そういう悪事は大抵、革命軍が関与しておる」
「自分たちも革命軍の関与を疑っていて、そっちの方向で捜索をしています」
「シャドウクラウンが協力しているなら、誘拐された女たちは隣国に売られているかもしれぬ」
シャドウクラウン家であったイザベラは、さらわれた少女の利用方法について淡々と話した。
「隣国に……」
「あくまで可能性の一つじゃ。人さらいではなく、フェリックスを困らせたくてただ家出をしている可能性だってある」
「そうだといいのですが……」
フェリックスはミランダの行方が分からないことにひどく落ち込む。
「警備隊や軍部の捜査にも限界がある。じゃが、わらわの権限ですべての家の捜索許可を出させる。捜索範囲も広げよう。予定より早いが、革命軍の拠点と思わしき施設も叩こう」
「イザベラ……」
「小娘はわらわが必ず見つけ出す。じゃから安心しておくれ、フェリックス」
落ち込むフェリックスをイザベラが励ます。
「……ソーンクラウン領へ戻るのは、この事件が終わってからにしようかの」
フェリックスの様子をみて、イザベラがぼやく。
「各地で人さらいが頻発しており、国民の不満が出ておる。女王として、この問題は早急に対処せねばならぬ」
「イザベラ……」
イザベラはソーンクラウン領へ戻らず、町に残り、ミランダの失踪事件について本格的に捜査することを宣言した。
それはフェリックスを救うのと同時に、この町で頻発している人さらいの事件を解決しようとしている。
フェリックスはイザベラたちを信じ、ミランダが無事であることを祈る。
☆
ミランダが行方不明になり、六日目。
フェリックスはチェルンスター魔法学園へ出勤し、職場に復帰する。
職場でもミランダが行方不明になった話は広まっており、フェリックスが暗い顔で職員室に入っても、ミランダの話題をださぬよう気を遣ってくれていた。
「フェリックス先輩、おはようございます」
「おはよう」
フェリックスは先に出勤していたライサンダーに挨拶を返す。
昨日は気づかなかったが、ライサンダーの目元には深い隈が出来ており、安眠できていないことがうかがえる。
「先輩が休暇を取られている間の仕事は、リドリー先輩の指導の下、自分が片づけました」
「ありがとう」
モンテッソ侯爵の手紙もライサンダーが代筆してくれたということか。
「おはようございます、フェリックス君」
リドリーがフェリックスに挨拶をする。彼女は心配そうな表情をしていた。
「帰ってきたばかりなのと、プライベートで大変だと思いますので……、一年生の授業はしばらく私が受け持ちます。フェリックス君は補助をお願いします」
「わ、分かりました」
リドリーは不安でいっぱいなフェリックスの仕事を軽減するために、一年生の授業も受け持つと申し出てくれた。
「辛いときは、補助も休んでもらって構いません」
「気遣ってくださりありがとうございます」
「いいえ。私ができることはこれくらいしか出来ませんから」
感謝の言葉を告げると、リドリーは辛そうな表情を浮かべている。
フェリックスたちの間に重い空気が流れていた。
☆
フェリックスはなんとか仕事をこなし、放課後になった。
夕方のホームルームを終え、ライサンダーと共に職員室へ戻ろうとしていたその時―――。
「フェリックス先生」
廊下でクリスティーナがフェリックスを待っていた。
「自分は先に職員室へ戻っていますね」
場の空気を読んだライサンダーは、一人、職員室へ向かう。
「ごめんなさい」
クリスティーナは涙を浮かべながら、フェリックスに謝る。
「私が早く待ち合わせ場所に行ってたら、こんなことにはならなかったのに……」
「クリスティーナさん」
「学園の外に人さらいがいるから気を付けろって先生たちが注意してたのに」
後悔の言葉を連ねたクリスティーナは、とうとう泣き出してしまう。
フェリックスはクリスティーナに寄り添い、励ましの言葉をかけ続けた。
「私のせいです、私のせいでミランダ先輩が!!」
「クリスティーナさんのせいではありません。悪いのはミランダをさらった誘拐犯です」
クリスティーナが泣き止むまで、フェリックスは彼女の頭を優しく撫でた。
少し経ち、クリスティーナが落ち着いたところで、フェリックスは彼女を職員室へ誘導する。
職員室に入ると、ライサンダーの姿はなかった。
フェリックスの机にライサンダーのメモが置いてあり、メモには日報のチェックはリドリーが代わりにやったので、軍部の仕事を手伝ってくると書いてあった。
「どうぞ」
クリスティーナをライサンダーの席に座らせ、彼女の話を聞きながら仕事をこなす。
フェリックスの机には二通の封筒が置かれていた。
一通はモンテッソ侯爵であり、もう一通は分からない。
フェリックスは分からない手紙の封を切る。
「っ!?」
フェリックスは手紙の内容に驚愕する。
――ミランダを取り戻したいなら、一人で来い。
ミランダへ繋がる唯一の手掛かり。
「ごめん、クリスティーナ。僕、行かなきゃ」
「えっ、フェリックス先生……?」
フェリックスはその手紙を握りしめ、困惑するクリスティーナを置いて職員室を駆けだした。