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第79話 暗殺者は僕を絶望の淵へと突き落とす

 フェリックスは一通の手紙を頼りに、ミランダが捕まっているという場所を目指している。


「はあ、はあ……」


 フェリックスは走るのをやめ、肩を上下させながら呼吸を整える。

 着いたのは、貧困層が住む地区にある石造りの古びた家だった。

 貧困層は透明と判別された人たちが多く住んでおり、彼らは建築や農業、介護など魔法を使わない肉体労働を強いられている。

 辛い仕事が多い割に賃金が安いため、イザベラに不満を持っているものが多い。

 革命軍の大半は、この層だと言われている。


(ミランダがここに――)


 フェリックスは行方不明のミランダに会いたい気持ちでいっぱい。

 そのため、手紙の内容を警戒などせず信じ込み、一人で指定された場所に来てしまったことも気にせず、家の扉に触れる。


「開いてる……」


 ドアノブを押すとカギが開いており、キイィと軋む音を立てて、扉が開かれた。

 息を呑み、フェリックスは家の中に入る。

 空き家のようで、歩くたびにホコリが舞い、壁にはクモの巣が張っている。

 人の気配は全く感じられない。


「ミランダ! ミランダ!!」


 フェリックスはミランダを呼びながら歩く。


「――め」


 かすかに声が聞こえた。

 フェリックスは立ち止まる。

 声がした方へゆっくりと歩を進めると、一部の床板が剥がされているのを見つけた。

 床板が剥がされている部分を覗くと、大人一人が入れそうな細い下り階段を見つけた。


(……隠し部屋か?)


 フェリックスはここが怪しいと判断し、火魔法で照らしながら階段を一歩ずつゆっくりと降りる。

 階段が終わると、細い通路の先にぼんやりと明かりが灯った部屋があった。

 そこには――。


「ミランダ!!」


 椅子に拘束されたミランダの姿があった。

 フェリックスはミランダが生きていたことに喜び、彼女の元へ駆ける。

 感動の再会だというのに、ミランダは険しい表情を浮かべていた。


「だめ! フェリックス!!」


 ミランダはフェリックスに何かを訴えようとしていたが、彼には届かなかった。


「これは罠よ!!」


 部屋に入り、ミランダが『罠』と告げるまでは。


「ミランダ、生きててよかっ――」


 フェリックスがミランダに手を伸ばしたその時。


「えっ……」


 フェリックスが絶句する光景が目の前に広がった。

 ミランダの首筋から突如、血が噴き出たのだ。

 フェリックスはこの光景を一度、目撃している。

 学園祭。リリカ・カブイセンが姿の見えぬスレイブの少女に殺害されたときと同じ。


「ミラ……、ンダ?」


 フェリックスは目の前で起こった光景が受け入れられなかった。


「いい顔してる」


 首からダラダラと血が流れ、ぐったりとしているミランダの前に一人の少女が突然現れた。


「あっ……」


 少女の声、姿、フェリックスには覚えがある。

 声は学園祭で聞き、姿はフェリックスとミランダの披露宴で見た。

 ボサボサの黒髪に淡い紫色の瞳、そしてガリガリに痩せ細った身体の少女。


「フェリックス・マクシミリアン。あなたを殺しにきた」


 少女は殺意に満ちた眼差しをフェリックスに向ける。


「僕を殺しに……?」


 フェリックスは激情のままに杖を少女に向ける。


「なら、僕だけを殺せばいいじゃないか!」


 少女に激昂したフェリックスは、攻撃魔法の詠唱をする。

 それを少女に放とうとしたが、彼女の姿が一瞬にして消え、ミランダが息絶えている姿がフェリックスの瞳に映る。


「ミランダ……」


 フェリックスの攻撃魔法は不発に終わる。

 少女と戦ってもミランダはフェリックスの元へ戻らない。


(なら、いっそ――、ミランダの元へ行きたい)


 無気力になったフェリックスは自身の杖を床に捨て、絶望に打ちひしがれる。

 そしてフェリックスは、死を選択した。


「ターゲットの前に家族を殺すと、皆、あなたみたいな顔になる。ワタシ、その顔を見ると……、ゾクゾクするの」


 少女は再び姿を現し、恍惚な笑みを浮かべ、一歩一歩フェリックスに近づく。彼女の声は弾んでおり、人を殺した罪悪感など全くなく、逆に快楽を感じているようだった。

 フェリックスの傍へ寄ると、少女は血の付いたナイフを見せつける。

 ミランダの首筋をかき切った刃。付着しているのはミランダの血。


(これは……、ミランダの気持ちを無視して、自分勝手にしていた僕の罰だ)


 無力なフェリックスは抵抗せず、その場にペタンと座り込んだ。

 そして、少女のことなど見ておらず、自分たちがこうなったのは己の身勝手な行動や言動のせいだとフェリックスは強い後悔に襲われていた。


「っ!!」


 少女は刃をフェリックスの右太ももに深く突き刺した。

 フェリックスは激痛に声にならない叫びをあげた。


「フェリックスは簡単に殺さないよ。ターゲットだもん」


 少女は弾んだ声でフェリックスに話しかける。

 深く突き刺さった刃が左右に動き、フェリックスに更なる苦痛を与えた。


「イザベラみたいな殺し方をしろって主さまに命令されたから、生きたまま身体をバラバラにして~、イザベラの前に突き出すの!」


 少女は満面の笑みを浮かべており、人を切り刻むことを楽しんでいる様だった。


(苦しんで死ねってことか……、天国でミランダに会えるのならなんだっていい)


 ある時を境に、身体の痛みを感じなくなった。

 この時、己の死が近づいているのだとフェリックスは感じた。

 フェリックスの脳内にミランダとの思い出がぼんやりと浮かぶ。


(僕は……、ミランダの声がASMR声優と同じって理由で気になってたんだよな)


 フェリックスはミランダとの出会いを振り返る。

 彼がミランダの事を知ったのは、転生前にプレイした【恋と魔法のコンチェルン】である。

 ミランダの声を推しのASMR声優が担当することをきっかけにこのゲームを始めた。

 ゲームの世界に転生し、フェリックスは教師としてミランダと出会った。

 始め、ミランダは他者に心を開くことのない、冷徹な性格だった。

 接してゆくうちに、ミランダは次第に心を開くようになり、時折見せる笑みに、フェリックスは胸を打たれる。

 そして、ミランダとフェリックスは両想いになった。

 周年の集いでパートナーとして踊り、両家の両親やイザベラを説得して結婚して、幸せの絶頂だった。

 それなのに――。


『わたくし、フェリックスとの赤ちゃんが欲しい』


 ミランダが学生の頃、フェリックスに告げた言葉。

 あの生活が続いていれば、ミランダは妊娠し、望み通り二人の子供が誕生したかもしれない。


(ミランダ、ごめん、ごめんよお……)


 フェリックスは心の中でミランダに謝った。

 もし、奇跡が起こるなら、あの幸せな生活に戻りたい――。

 フェリックスが奇跡を願ったその時だった。


「フェリックス先生! 諦めないで!!」


 地下室にクリスティーナが現れ、絶望の淵にいるフェリックスを踏み留まらせた。

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