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第80話 ヒロインは夫婦の幸せを願う

 クリスティーナが現れたことについて、はじめ、フェリックスは幻覚なのではないかと思った。

 しかし少女にもクリスティーナが見えていることから、現実なのだと理解する。


「フェリックス先生から離れろ!!」


 クリスティーナは少女に叫びながら、火球を放った。

 少女はひょいと攻撃魔法をかわす。

 クリスティーナの攻撃魔法はドンっという衝撃音と共に壁が抉れ、地下室が揺れた。


「ちっ」


 クリスティーナは舌打ちする。

 少女は乱入してきたクリスティーナに警戒する。


「フェリックス先生、大丈夫ですか!?」


 クリスティーナが駆け寄ってきた。

 フェリックスの足と出血を見たクリスティーナは、制服のリボンを解き、フェリックスの右足の付け根にきつく結ぶ。


「酷い……、なんてことを!!」


 フェリックスの怪我の状態を見たクリスティーナは、彼を傷つけたであろう少女を睨む。

 クリスティーナは、フェリックスの周りに水の膜を作り、彼を少女から守る。

 杖を少女に向けたまま移動し、床に落ちていたフェリックスの杖を拾った。


「フェリックス先生、戦ってください!!」


 クリスティーナは、フェリックスの杖を投げた。

 だが、フェリックスは受け取らず、杖は彼の傍に落ちる。


「……もう、いいんだ」

「えっ」

「ミランダがいない世界なんて……、生きてる価値がない」


 フェリックスがクリスティーナに呟くと、彼女はフェリックスの発言に眉を吊り上げ、怒っていた。


「フェリックスもそう言ってる。だから殺していい?」

「ふざけたこと言わないでよ!!」


 少女はクリスティーナに首をかしげる。

 クリスティーナはフェリックスと少女の発言に対して叫び、再度フェリックスの傍に寄る。

 パチンっ。

 そして、フェリックスの頬を強く叩いた。


「ミランダ先輩は頑張ってるのに!!」

「え……」


 叩かれた頬を押さえつつ、フェリックスはミランダの方へ顔を動かした。


(ミランダはもう――)


 ミランダは少女によって殺された。

 フェリックスはそう思い込んでいた。


「フェリックス……」


 かすかにミランダの声が聞こえた。

 ぐったりとしていたミランダの顔が動いた。

 ミランダの青い瞳がフェリックスをとらえる。


「ミランダ、ミランダ!!」


 ミランダは生きていた。

 フェリックスはミランダの名を必死に呼ぶ。

 ミランダは首筋の出血を氷魔法で止めていた。

 気を抜いたら魔法が解けてしまうため、ミランダはこれ以上出血しないよう必死に耐えていた。


「クリスティーナ、確かに僕は馬鹿だ。大馬鹿だ」


 フェリックスの胸に希望が満ち、活力が戻ってきた。

 クリスティーナが投げてくれた杖を拾い、フェリックスは少女に杖を向ける。


「ありえない……! ワタシ、ちゃんと女の首を切り裂いたのに!!」

「あんたがミランダ先輩を傷つけたのか!!」

「ひっ」


 クリスティーナはミランダを瀕死の状態にした元凶である少女に激怒した。

 形勢が悪くなった少女は魔法で自身の姿を消す。


「絶対、許さないんだから!!」


 クリスティーナはフェリックスを護っていた水の防御魔法を解除し、杖に四属性の魔力を込める。


「フラッシュ!」


 そして、光魔法を放った。

 地下室全体が眩い光に包まれる。

 フラッシュは対象の防御魔法や補助魔法を打ち消す効果のある、眩い光を放つ光魔法。


「っ!?」


 眩い光を浴び、強制的に魔法を打ち消された少女は、なにが起こったのかと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「ど、どうしよ……」


 予想外のことが起き、少女は慌てふためく。


「失敗だ」


 少女は敗北の言葉を口にすると、刃を捨て、地下室から逃げ出した。

 階段を駆け上がる音が聞こえる。

 逃がした、とフェリックスは焦るも、クリスティーナは余裕の表情を浮かべていた。


「外にはリドリー先生とライサンダー先生がいます」


 クリスティーナの言葉の後、雷のような音が上から轟く。

 雷魔法を扱うリドリーが、逃げる少女に向けて攻撃魔法を放ったのだろう。



 立つこともままならないフェリックスは床をはいずり、ミランダのもとへ向かう。

 ミランダが拘束されている椅子を支えに、左足で立ち上がる。


「ウィンドカッター」


 フェリックスは風魔法の威力を弱め、ミランダの手足を縛っている縄を切り、自由になったミランダを強く抱きしめた。


「ごめん、一人にさせてごめん!! ミランダの気持ちを知らないで……、自分のことばかり考えてた」


 フェリックスは涙を流しながら、ミランダに謝った。

 ミランダはフェリックスを弱い力でぎゅっと抱きしめる。


「わたくし……、フェリックスと――」


 ミランダの声が途切れる。

 氷魔法で塞いでいた血がだらだらと流れ、ミランダの身体が段々と冷たくなってゆく。


「ミランダ、ミランダ!!」


 フェリックスはミランダの首筋を抑え、自身の魔力で出血を抑えようとするも、止まらない。


「頼む、生きてくれ! 僕を一人にしないでくれ!!」


 フェリックスは必死にミランダに声をかけ続けるも、願いは届かない。

 ミランダの瞳はフェリックスをじっと見つめているも、意識が遠のき死に近づいているのが感じ取れる。


「ミランダ先輩!!」


 クリスティーナも声をかけるも、ミランダにはもう届かない。


「だめ、死んじゃだめぇぇぇ!!」


 クリスティーナが叫ぶと同時に、暖かい光がミランダとフェリックスを包み込む。

 クリスティーナが光魔法を二人にかけたのだ。


「あ……」


 クリスティーナは自身の魔法に切に願う。

 ミランダとフェリックスが共に幸せに暮らせるようにと。

 クリスティーナの強い想いが新たな光魔法を生み出し、二人の傷を全快まで癒した。




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