クリスティーナが現れたことについて、はじめ、フェリックスは幻覚なのではないかと思った。
しかし少女にもクリスティーナが見えていることから、現実なのだと理解する。
「フェリックス先生から離れろ!!」
クリスティーナは少女に叫びながら、火球を放った。
少女はひょいと攻撃魔法をかわす。
クリスティーナの攻撃魔法はドンっという衝撃音と共に壁が抉れ、地下室が揺れた。
「ちっ」
クリスティーナは舌打ちする。
少女は乱入してきたクリスティーナに警戒する。
「フェリックス先生、大丈夫ですか!?」
クリスティーナが駆け寄ってきた。
フェリックスの足と出血を見たクリスティーナは、制服のリボンを解き、フェリックスの右足の付け根にきつく結ぶ。
「酷い……、なんてことを!!」
フェリックスの怪我の状態を見たクリスティーナは、彼を傷つけたであろう少女を睨む。
クリスティーナは、フェリックスの周りに水の膜を作り、彼を少女から守る。
杖を少女に向けたまま移動し、床に落ちていたフェリックスの杖を拾った。
「フェリックス先生、戦ってください!!」
クリスティーナは、フェリックスの杖を投げた。
だが、フェリックスは受け取らず、杖は彼の傍に落ちる。
「……もう、いいんだ」
「えっ」
「ミランダがいない世界なんて……、生きてる価値がない」
フェリックスがクリスティーナに呟くと、彼女はフェリックスの発言に眉を吊り上げ、怒っていた。
「フェリックスもそう言ってる。だから殺していい?」
「ふざけたこと言わないでよ!!」
少女はクリスティーナに首をかしげる。
クリスティーナはフェリックスと少女の発言に対して叫び、再度フェリックスの傍に寄る。
パチンっ。
そして、フェリックスの頬を強く叩いた。
「ミランダ先輩は頑張ってるのに!!」
「え……」
叩かれた頬を押さえつつ、フェリックスはミランダの方へ顔を動かした。
(ミランダはもう――)
ミランダは少女によって殺された。
フェリックスはそう思い込んでいた。
「フェリックス……」
かすかにミランダの声が聞こえた。
ぐったりとしていたミランダの顔が動いた。
ミランダの青い瞳がフェリックスをとらえる。
「ミランダ、ミランダ!!」
ミランダは生きていた。
フェリックスはミランダの名を必死に呼ぶ。
ミランダは首筋の出血を氷魔法で止めていた。
気を抜いたら魔法が解けてしまうため、ミランダはこれ以上出血しないよう必死に耐えていた。
「クリスティーナ、確かに僕は馬鹿だ。大馬鹿だ」
フェリックスの胸に希望が満ち、活力が戻ってきた。
クリスティーナが投げてくれた杖を拾い、フェリックスは少女に杖を向ける。
「ありえない……! ワタシ、ちゃんと女の首を切り裂いたのに!!」
「あんたがミランダ先輩を傷つけたのか!!」
「ひっ」
クリスティーナはミランダを瀕死の状態にした元凶である少女に激怒した。
形勢が悪くなった少女は魔法で自身の姿を消す。
「絶対、許さないんだから!!」
クリスティーナはフェリックスを護っていた水の防御魔法を解除し、杖に四属性の魔力を込める。
「フラッシュ!」
そして、光魔法を放った。
地下室全体が眩い光に包まれる。
フラッシュは対象の防御魔法や補助魔法を打ち消す効果のある、眩い光を放つ光魔法。
「っ!?」
眩い光を浴び、強制的に魔法を打ち消された少女は、なにが起こったのかと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「ど、どうしよ……」
予想外のことが起き、少女は慌てふためく。
「失敗だ」
少女は敗北の言葉を口にすると、刃を捨て、地下室から逃げ出した。
階段を駆け上がる音が聞こえる。
逃がした、とフェリックスは焦るも、クリスティーナは余裕の表情を浮かべていた。
「外にはリドリー先生とライサンダー先生がいます」
クリスティーナの言葉の後、雷のような音が上から轟く。
雷魔法を扱うリドリーが、逃げる少女に向けて攻撃魔法を放ったのだろう。
☆
立つこともままならないフェリックスは床をはいずり、ミランダのもとへ向かう。
ミランダが拘束されている椅子を支えに、左足で立ち上がる。
「ウィンドカッター」
フェリックスは風魔法の威力を弱め、ミランダの手足を縛っている縄を切り、自由になったミランダを強く抱きしめた。
「ごめん、一人にさせてごめん!! ミランダの気持ちを知らないで……、自分のことばかり考えてた」
フェリックスは涙を流しながら、ミランダに謝った。
ミランダはフェリックスを弱い力でぎゅっと抱きしめる。
「わたくし……、フェリックスと――」
ミランダの声が途切れる。
氷魔法で塞いでいた血がだらだらと流れ、ミランダの身体が段々と冷たくなってゆく。
「ミランダ、ミランダ!!」
フェリックスはミランダの首筋を抑え、自身の魔力で出血を抑えようとするも、止まらない。
「頼む、生きてくれ! 僕を一人にしないでくれ!!」
フェリックスは必死にミランダに声をかけ続けるも、願いは届かない。
ミランダの瞳はフェリックスをじっと見つめているも、意識が遠のき死に近づいているのが感じ取れる。
「ミランダ先輩!!」
クリスティーナも声をかけるも、ミランダにはもう届かない。
「だめ、死んじゃだめぇぇぇ!!」
クリスティーナが叫ぶと同時に、暖かい光がミランダとフェリックスを包み込む。
クリスティーナが光魔法を二人にかけたのだ。
「あ……」
クリスティーナは自身の魔法に切に願う。
ミランダとフェリックスが共に幸せに暮らせるようにと。
クリスティーナの強い想いが新たな光魔法を生み出し、二人の傷を全快まで癒した。