目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第81話 僕は先輩とぶつかる

 暖かい光が消えたと同時に、クリスティーナが倒れる。

 床に倒れる直前で、フェリックスが抱きかかえた。


「ありがとうクリスティーナ。君がいなかったら僕とミランダは命を失っていた」


 フェリックスは腕の中ですやすやと眠るクリスティーナに感謝の言葉を述べる。

 ミランダの首筋の切り傷は無くなっており、彼女の頬に血色が戻ってきている。

 フェリックスの右太ももの傷も癒えており、両足で立って歩けるまでに回復していた。


(あれはライトオーラ。対象の傷を驚異的に回復させる光魔法)


 会わない間に、クリスティーナは二つの光魔法を体得しており、成長を感じる。


「……ここを出よう」


 フェリックスは風魔法でミランダとクリスティーナの体重を軽くし、二人を地下室から運び出す。

 階段を上り切ったところで、リドリーと鉢合わせした。


「フェリックス君!」


 フェリックスを見つけるなり、リドリーは涙を潤ませる。


「クリスティーナさんとミランダさんも!! 三人とも……」


 リドリーはミランダとフェリックスの衣服に付着している血を見て、不安げな表情になる。


「無事です。クリスティーナが魔法を使って、僕とミランダの傷を癒してくれたんです」

「魔法で傷を癒す? まあ、それは今考えることではありませんね」


 フェリックスの元気な様子をみて、リドリーはほっとする。


「クリスティーナさんは私が預かります。外に出て、ライサンダーとイザベラさまに合流しましょう」

「あ、はい」


 フェリックスはクリスティーナをリドリーに預け、ミランダを抱えたまま室内を出た。

 外にはリドリーの言う通り、ライサンダーとイザベラ、そして複数の軍部の人間がいた。

 イザベラは軍部の人たちに指示を送り、ライサンダーはそれに従っている。


「フェリックス!!」


 フェリックスと目が合うと、イザベラは笑みを浮かべ、こちらに歩み寄ってきた。


「小娘も無事じゃ」

「ミランダをおまけのように言わないで……」


 イザベラはフェリックスが抱えているミランダを見て、声のトーンが下がる。

 あからさまな態度にフェリックスは苦笑した。


「まず――」


 イザベラはすうっと息を深く吸う。


「馬鹿者!」


 フェリックスに罵倒の言葉を浴びせた。


「小娘の情報を得たからと一人で突っ走る愚か者めが!!」

「す、すみません……」

「罠に突っ込むようなものじゃ。次からはリドリーを呼ぶなりして対策を練れ」

「はい」


 イザベラに説教されたフェリックスはしゅんと気を落とす。


「今回はクリスティーナという生徒がおぬしの傍にいたから対応できたが……、いつもそうであるとは限らぬ」


 イザベラの話によると、フェリックスの様子が変だと思ったクリスティーナがリドリーやミカエラに相談したから早く動けたのだとか。


「まあ、説教はこのくらいにしとくかの」

「……心配をかけました」


 フェリックスはこの場にいる、イザベラ、ライサンダー、リドリーに謝る。


「あの……、僕たちを襲った女の子はどうなりましたか?」


 フェリックスは少女の行方を問う。


「私の拘束魔法で捕らえました。身柄は軍部へ引き渡してます」


 リドリーが少女の行く末を話す。


「きっと後から知ることになると思うのでお話しますが……」


 リドリーは暗い顔をしつつ、フェリックスに告げる。


「実は……、アルフォンス君も捕らえました」

「えっ」


 フェリックスはリドリーの発言に耳を疑う。


「アルフォンス先輩はオルチャック公爵の元にいたんじゃ――」


 フェリックスの記憶だと、アルフォンスは無期限の休暇を取り、シャドウクラウン家の実態が明らかになるまでオルチャック公爵の元に保護されていたはず。


「そやつが、オルチャックが黒幕じゃった」


 イザベラが会話に割り込み、フェリックスに真実を告げる。


「黒幕……」


 オルチャック公爵が黒幕?

 話が呑み込めないフェリックスはイザベラの発言を反芻した。


「わらわの兄がオルチャックに化けておったんじゃ」

「イザベラの兄……、シャドウクラウン家の生き残り」


 皆殺しにしたはずのシャドウクラウン家の生き残りがいた。

 イザベラの自信に満ちた顔が陰る。

 身体の震えを周りの部下に見せぬよう、耐えていた。



 ミランダの誘拐事件が解決し、三日経った。

 フェリックスはミランダを救出して以降、仕事を休んでいる。

 軍部での事情聴取の他、ミランダの看病をしていた。

 ミランダはクリスティーナの光魔法により全快していたが、誘拐されていた五日間、最低限の水と食事しか出されておらずやつれていた。

 三日経過し、ミランダの体調も回復している。


「フェリックス……、話があるの」


 ミランダが真面目な表情で、フェリックスに話しかける。

 毎日、ミランダと会話をしているが、それとは違う真面目な話だろう。

 ミランダの話題はフェリックスも見当がついている。


「うん。寝室に行こうか」


 フェリックスはセラフィから紅茶の入ったポットと色違いのマグカップが置かれたトレーを受け取り、ミランダと共に寝室へ向かう。

 寝室に入り、フェリックスはトレーをテーブルの上に置く。

 二人掛けのソファーに、ミランダと並んで座る。

 フェリックスは二つのマグカップに紅茶を注ぎ、水色のものをミランダに渡す。


「あのね」


 ミランダが口を開く。


「以前、わたくしが『回数を控えて欲しい』と言ったのを覚えてる?」

「うん」

「言葉足らずだと思ったから、もう一度、ちゃんと話し合おうと思って」

「僕もミランダと同じことを考えていたんだ」


 フェリックスは肩をミランダにくっつける。

 ミランダは触れた直後、肩をビクッと震わせたものの、ピタッとフェリックスにくっつく。


「わたくしがああ言ったのは……、もっとフェリックスとこうやってゆっくり話したかったの」


 ミランダはぽつぽつと思いを話してくれた。

 フェリックスが様々な仕事を受け持つようになり、帰りが遅くなっている。

 ミランダは留守の間、フェリックスに話したいことを考えていたとか。

 しかし、いざフェリックスが帰ってきたら、愛し合う時間しか取れず翌朝になり、また仕事へ出掛けてしまう。

 休日になっても、フェリックスは『仕事で疲れたから、家でだらだらしたい』とリラックスしているため、町へデートしたい気持ちを我慢していた。


「わたくし、フェリックスの子供が欲しい。その気持ちは変わってない」


 ミランダは紅茶を一口含み、水色のマグカップをテーブルに置く。


「でも、わたくしは学生のときに出来なかった、恋人がすることをフェリックスといっぱいしたい」


 ミランダは真っすぐな瞳でフェリックスを見つめる。


「だから、あんなことを言ったんだね」

「……怒ってる?」


 ミランダはフェリックスから目を逸らす。

 目線が揺らいでおり、フェリックスを怒らせたのではないかと不安になっている。

 フェリックスはミランダを抱き寄せた。


「ううん。ミランダの気持ちを話してくれてありがとう」


 ミランダはフェリックスの脚の間に座り、胸の中で幸せそうな表情を浮かべていた。


「僕の気持ちを優先させてごめんね。一人で留守番しているミランダのこと考えてなかった」


 フェリックスはミランダの髪を撫でる。

 プラチナブロンドの綺麗な髪が、一部が血でくすんでしまった。

 体調が戻り、頭髪用の洗剤を使って洗えるようになればくすみが取れるらしい。

 そうは分かっていても、ミランダのくすんだ髪を見る度、フェリックスの胸が締め付けられる。


「君がああ言ったあと、僕はその……、愛し方が下手で君を満足させられなかったんじゃないかって不安だったんだ」

「ヘタ?」


 ミランダは不思議そうな表情を浮かべる。彼女には詳しく説明しないと意図が伝わらないみたいだ。


(恥ずかしいから、この話はよそう)


 フェリックスは咳ばらいをして話題を逸らす。


「フェリックスと身体を重ね合わせたり、繋がるとき……、とっても幸せよ」

「ほ、ほんと!?」

「幸せになり過ぎて……、終わったらどっと疲れてしまうの。きっと反動なのでしょうね」

「そうなんだっ」

「……答えになったかしら?」

「うん!」


 ミランダの答えに、フェリックスは満足する。


「わたくし、その……、元気になったから、フェリックスと愛し合いたい」

「ミランダ」

「フェリックス……」


 ミランダは頬を真っ赤に染めながら、フェリックスを誘う。

 その様子が愛らしく、フェリックスの気持ちを高揚させた。

 ミランダがフェリックスを見つめる。

 数秒、見つめ合い、フェリックスはミランダと唇を重ね合わせた。

 その後二人が濃密な夜を過ごしたのは言うまでもない。



 翌朝、フェリックスはミランダを残し、軍部の支部へ出掛けた。

 捕らわれているアルフォンスと面会するためである。


「フェリックス殿、妹の体調はどうだ?」

「……心配なら、見舞いにくればいいのに」

「フェリックス殿が妹との間を取り持ってくれるなら……」

「怒られたのまだ気にしてるんだ」


 支部へ向かうと、軍服姿のライサンダーがフェリックスを出迎えてくれた。

 アルフォンスがいる部屋へ向かう間、ライサンダーからミランダの話題が出る。

 この間、ご立腹なミランダはライサンダーの事を無視し続けた。

 妹に無視されたことがトラウマで、ライサンダーはフェリックスの家を訪ねる勇気が出ないのだ。

 ミランダのことになると、おろおろしてしまうライサンダーに、フェリックスはくすっと笑ってしまった。


「こほん」


 ライサンダーはわざとらしい咳ばらいをし、歩を止める。


「この部屋にアルフォンスがいます」


 部屋の前には軍部の人間が二人立っており、厳重な警備が敷かれているのが分かった。


「杖を没収し、拘束具も付けていますが……、くれぐれも油断しないように」


 ライサンダーがフェリックスに注意した後、警備をしていた一人がドアを開ける。

 フェリックスが部屋に入ると、拘束されたアルフォンスが座っていた。


「……お久しぶりです」

「ああ」


 フェリックスは席につき、アルフォンスをじっと見つめる。


「あの子の作戦に協力し、ミランダを誘拐したのは事実ですか?」


 フェリックスは沈黙を破り、アルフォンスに質問をする。


「そうだ。ミランダを誘拐したのは俺だ」


 アルフォンスは言い訳することもなく、フェリックスの質問に答えた。

 フェリックスは頭に血が上り、目の前にあった机をバンッと力を込めて殴った。

 本当はアルフォンスを殴りたくて仕方がなかったが、そうすると面会を強制終了させられてしまうため、机を代わりにする。


「ミランダは五日間、怖い想いをした。最低限の水と食事しか与えられず衰弱してた。あの子のおかしな性癖のせいで、ミランダが死にかけた。全部……、あんたのせいだ!!」


 フェリックスは胸の内に秘めていた怒りをアルフォンスに爆発させた。

 アルフォンスを怒鳴りつけ、フェリックスが思いつく限りの罵倒の言葉を彼にぶつけた。


「……」


 アルフォンスはフェリックスの怒りを静かに受け止めていた。

 フェリックスの罵倒が止まり、荒い呼吸をした際にアルフォンスは口を開いた。


「すまない。本当にすまなかった」

「謝って済まされることじゃ――」


 アルフォンスはフェリックスに謝罪する。


「怖かったんだ」


 アルフォンスはミランダを誘拐した動機をフェリックスに語る。


「十年間離れていたが、シャドウには逆らえなかった……。あいつに再会した時、足がすくんだ。身体の震えが止まらなかった。命令に従わなければ、なにをされるかとあの時はそれで頭がいっぱいだった」

「……」


 シャドウの事を語り始めると、アルフォンスは真っ青な表情になり、未だに彼に怯えているのだということがわかった。

 アルフォンスの怯えようを目の当たりにしたフェリックスの怒りはすうっと消えていった。


「リドリー先輩に捕まった時、俺は心の底から安心した」

「僕は……、あなたを絶対に許しません」

「もう、俺はお前の前に現れることはない」

「それは……」


 フェリックスはミランダを誘拐したアルフォンスのことは許せない。

 だが、アルフォンスはフェリックスにとって唯一無二の先輩だ。

 遠くから見守ってくれ、フェリックスが困った時は必ず助言をしてくれた。


(アルフォンスの事を許せないけど……、死んでほしくはない)


 フェリックスはアルフォンスの悪い面と良い面が同時に浮かび、感情がぐちゃぐちゃになっていた。


(ああ、僕はどうしたらいいんだろう……)


 ぐちゃぐちゃな感情にどう決着をつけたらいいか、悩んでいたときだった。


「もし、生きるチャンスをもらえるのなら……、あの子を救ってあげたい」

「えっ」


 あの子というのは、フェリックスとミランダを殺害しようとした少女のことだろう。


「あの子は十年前の俺だ。親父のように、あの子を自分の手で更生させたい」


 アルフォンスの一言で、フェリックスははっとする。

 アルフォンスが元スレイブだと告白した時、フェリックスは『アルフォンスが教師の道を目指したのは、自分と同じ境遇の子供を正しい道へ導くためだ』と彼に話したことがある。

 その時、フェリックスの言葉にアルフォンスは感銘を受けていた。

 アルフォンスはあの少女を通じて、自身も更生したいと、教師として生きたいと望んでいる。


「まあ、それは無理だろうがな」


 アルフォンスは希望を口にしたが、すぐに諦めた。


「その言葉に二言はないですか?」


 フェリックスは真摯な眼差しでアルフォンスを見つめる。

 アルフォンスは頷いた。


「もう二度とシャドウの命令はきかないと、僕に誓ってくれますか?」

「……」


 フェリックスはアルフォンスに問う。

 アルフォンスは唇を噛み、黙った。

 再びシャドウに命令されたらと考えているのだろう。


「わかりました。僕がアルフォンス先輩を職場復帰できるよう、イザベラを説得します」

「正気か!? 俺はお前になにも誓わなかったんだぞ!!」

「『誓う』と即答していたら、僕はアルフォンス先輩がその場しのぎで答えていると判断し、この場を去ろうと思っていました」


 フェリックスは胸の内をアルフォンスに語る。


「でも、アルフォンス先輩は悩んだ。それが僕の望む答えです」

「全く意味がわからん」

「”正直”に答えてくれたから。僕はアルフォンス先輩をもう一度信じます」

「……そうか」

「チェルンスター魔法学園でまた会いましょう」


 フェリックスはアルフォンスに再会の約束をし、部屋を出た。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?