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第82話 先輩は暗殺者に名を与える

 軍部に軟禁され三日後、アルフォンスはチェルンスター魔法学園の教員復帰を許された。

 長期学園を休んでいたアルフォンスの復帰に、同僚の教師たちが喜んでいた。


「……おはようございます。アルフォンス君」


 事情を知る、一部の教師を除いては。

 リドリーと彼女の後ろにいるライサンダーは冷ややかな目でアルフォンスを見ていた。

 ミランダの誘拐事件は軍部の極秘情報となっており、一般人には知られていない。今後も公にするつもりはないと説明を受けた。

 アルフォンスに都合の良いことになっているのは、全てフェリックスが軍部とイザベラに働きかけてくれたからだろう。


「おはようございます」


 アルフォンスは空いていたデスクに荷物を置き、席についた。

 リドリーと向かいの席でとてもきまずい。


「おっはよーございます! リドリー先輩」


 リドリーが何かを話そうと口を開いたところで、ミカエラが元気良い挨拶と共に、リドリーの隣の席に座った。


「え、ミカエラさん!?」

「アルフォンス君、復帰したんだ!!」


 アルフォンスはこの場にミカエラがいることに驚く。


「あたし、魔法研究所を辞めて魔法薬の教師になったんだあ」


 ミカエラは空笑いしながらアルフォンスに経緯を語る。


「魔法薬の授業は校長とミカエラさんの二人で受け持っていました。今後については何か説明を受けましたか?」


 淡々とリドリーは現状を説明し、アルフォンスに問う。

 その声は冷たく、アルフォンスが職場復帰していることに不満を覚えているようだった。


(リドリー先輩の信頼を回復させるのは……、時間がかかりそうだな)


 アルフォンスはリドリーの様子をみて、そう思った。


「校長からは復帰前のように魔法薬の授業に専念するようにと言われました」

「なら、ミカエラさんを補助教員として、授業内容の指導をお願いします。また、ミカエラさんは私のクラスの副担任ですので、授業変更がありましたら私にも報告してください」

「わかりました」

「よろしくね~」


 リドリーは淡々とアルフォンスに説明し、朝のホームルームに向かうため職員室から出て行った。

 ミカエラもリドリーの後ろをついて行く。


「フェリックス先輩、ホームルームに行きましょう」


 ライサンダーもフェリックスと共に職員室を出ていく。

 フェリックスは一年D組の担任をしているらしく、ライサンダーが副担任なのだとか。

 職員室を出る直前、フェリックスがちらりとこちらを見ていた。


(……あいつに心配されるなんてな)


 アルフォンスはため息をつき、気分を切り替えて魔法薬の授業準備をする。



 仕事を終えたアルフォンスは、業務日誌を閉じる。


「終わりましたか?」

「ああ」


 アルフォンスは目の前で腕を組んでいるライサンダーに返事をする。


「では、鞄の中身を確認します」


 ライサンダーはアルフォンスの鞄の中身を確認する。

 脱出する道具を入れていないか確認するためだ。


「中身は外出時と変わりないようですね。では、杖を預かります」


 アルフォンスは自身の杖をライサンダーに差し出す。

 受け取ったライサンダーはそれを腰のホルダーにしまう。


「それでは、行きましょうか」


 アルフォンスはライサンダーと共にチェルンスター魔法学園を出る。

 職場復帰したものの、すべてが許されたわけではない。

 ライサンダー、リドリー、フェリックスの三名がアルフォンスの監視役として、行動を制限されている。

 仕事を終えたら、軍部の支部にある独房へ連行され、翌朝の出勤日まで出ることを許されない。


(だが、甘いな)


 アルフォンスは背後にいるライサンダーについて評価する。

 相手の杖を奪ったことで油断しており、隙だらけ。

 アルフォンスが反撃することを想定して動いていない。

 ライサンダーの父親である、ソーンクラウン公爵なら常に警戒しているだろう。


(でも、一年この生活を続けたら、独房から出れる。溜まった給料で家を借りて、新生活を始めるのもいいな)


 アルフォンスは一年後の自分を思い浮かべることで気を紛らわせた。


「支部に到着。アルフォンス、荷物を彼に渡してください」


 軍部の支部に到着すると、ライサンダーがアルフォンスに指示をする。

 アルフォンスは軍部の人間に鞄を渡し、衣服を全て脱ぎ、ボディチェックを受ける。


(同性とはいえ、毎日裸を見られるのは、つらいな)


 アルフォンスの身体はシャドウに打たれた鞭の跡などの古傷が沢山ある。

 ライサンダーを含む軍部の人々の顔が引きつっている。


「衣服も問題なし。汗を流してこい」


 ボディチェックも終わり、アルフォンスは軍部の監視の元、シャワーを浴びる。

 支給された服を着たら、独房に入るのだ。

 独房に入ったアルフォンスは息をついた。


「今日は授業準備が出来なかったら、ミカエラさんに説明しながら――」


 独房にいる間、アルフォンスは明日の授業の予定、ミカエラへの指導内容を紙に綴る。

 やることがあると、嫌なことを考えずに済む。

 書き終えたらベッドに横になり、翌朝まで眠る。

 これを一年間繰り返す。

 それが、アルフォンスの罰なのだ。


(さて、寝よう)


 書き終え、ペンを置いた時だった。


「アルフォンス、出ろ」


 看守の一人が独房の扉を開いた。

 アルフォンスは命令通り、独房から出た。


「ついてこい」


 アルフォンスは看守についてゆく。


(模範的な生活を送っていたはずなのに、何故看守に呼ばれたのだろうか)


 呼び出される理由がわからず、アルフォンスは首をひねる。


「入れ」


 アルフォンスは部屋に入る。


「ふむ。こやつがアルフォンスか」

「……女王様」


 先客にイザベラがいた。

 イザベラは脚を組み、堂々としている。

 アルフォンスの目線は豊満な胸元とドレスからちらりと見える肉感のある太ももに向いていた。


「父上に育成されたのに、躾けのなってない男よのう」

「……」

「座れ」


 イザベラは目を細め、軽蔑した視線をアルフォンスに向ける。

 イザベラがシャドウクラウン家の人間だということを思い出し、アルフォンスは気を引き締め、彼女の向かいの席に座った。


「さて、本題に入ろう」


 イザベラはアルフォンスを呼び出した理由を話す。


「おぬしと共に拘束した娘のことじゃ」


 話題はアルフォンスと共に拘束された少女についてだった。

 少女はアルフォンスと対照的に現在も反抗的な態度を取っている。食事や水を摂っておらず、栄養剤で延命している状態。


「あやつは直近までオルチャックに化けた兄上と共にいた。シャドウに関する有力な情報が得られるかもと生かしておるが、このままでは……、処刑するしかなくての」


 話を聞くに、イザベラたちは少女の扱いに困っているようだ。

 アルフォンスは”処刑”という言葉に、反応する。


(俺は校長やフェリックスがいたから、今の自分がいるが……。あの子はシャドウに支配されたまま)


 少女が処刑される。

 その事実にアルフォンスの表情がかげる。


「おぬしもスレイブであったろう。あやつから聞き出す方法はないかえ?」

(そういうことか)


 イザベラがアルフォンスを呼び出したのは、同じ境遇にいたアルフォンスなら少女から情報を聞き出す方法を知っているのではないかと考えたから。

 イザベラの企みを知ったアルフォンスは、少女と自分を重ねる。

 シャドウによって自由を奪われ、彼の目的達成のために生かされている存在。

 思考や反抗心を捨てさせるため、肉体や精神を極限まで痛めつけられ、シャドウに依存させる異常な教育がなされる。

 教育の間に死んでいった仲間もいた。無謀な任務に向かわされ、帰ってこなかった仲間もいた。


「あの子は……、十年前の俺と同じです」


 アルフォンスは自身の過去をイザベラに語る。

 十年前、アルフォンスのグループは危険分子の暗殺を完遂したものの、その帰り、予期しない事態に襲われた。

 その際、仲間たちはアルフォンスを囮にして逃走した。

 囮にされたものの、アルフォンスは生き延び、弱り切ったところを校長に拾われた。

 それがアルフォンスの過去。


「シャドウはあの子にフェリックスの暗殺を命令し、失敗した。昔であれば捨て駒として放っておくと思います」

「昔であれば?」

「陛下がスレイブを解体した今は、あの子のような人材は貴重です。いずれシャドウが取り戻しに来る可能性があるかと」

「ほう。わらわには貴重だとは思わんがのう」

「陛下はあの子が透明な姿になれることはご存じでしょうか」

「うむ」


 少女がリリカ・カブイセンを殺害した現場をイザベラは目撃している。


「あれは……、未知の魔法で、現代魔法では解明できないのです」

「そ、そうなのか!?」


 アルフォンスはフェリックス暗殺計画を遂行中、少女と行動を共にしていた。

 姿を透明にする魔法。

 何度か見たが、アルフォンスが再現することは出来なかった。

 四属性を操るリドリーやクリスティーナでも再現は不可能だろう。

 少女は特殊な魔法を扱うことができる、特別な子なのだ。


「しかも、あの子は杖を使わずに行使できます」

「な!? そんなのありえん!!」

「だから、貴重なのです」


 そして、少女は杖を使わない。

 即戦力にするため、シャドウが魔法教育よりも暗殺技術を優先させたからだろう。

 アルフォンスの話を聞いたイザベラは、信じられないと言いたげな表情を浮かべていた。


「生かしておけば、兄上をおびき寄せる餌になると」


 イザベラの言葉にアルフォンスは頷いた。


「じゃが、このままでは衰弱死するぞ」


 イザベラは少女の現状を思い出し、難しい顔をする。


「……考えがあります」


 アルフォンスは自身の考えをイザベラに告げた。



 アルフォンスはイザベラの許可を貰い、拘束されている少女に近づく。

 少女は暴れるため四肢を拘束され、自害しないよう口にも拘束具を付けられている。

 アルフォンスさえも敵と認識しており、フーフーと威嚇している。


(昔の俺もきっとこんな目をしていたのだろう)


 アルフォンスは十年前の自分と少女を重ね、保護してくれた校長のように少女の頭を優しく撫でた。


「今日から、俺がお前を育てる」


 そして、校長からかけられた言葉をそのまま少女に告げる。


「俺が、お前の家族になる」

「……」


 警戒していた少女の目が緩む。


「今日からお前の名は……、カトリーナだ」


 アルフォンスは少女に名を与えた。

 名を与えられた少女は目をキラキラさせていた。

 アルフォンスは少女に装着されていた拘束具をすべて解く。


「カト……、リーナ」


 少女は手足が自由になると、アルフォンスをぎゅっと抱きしめた。


「二人で生きよう。人を殺した罪を償っていこう」

「うん」


 アルフォンスは自分と同じ境遇のカトリーナを自分の手で育てることを決意する。

 それがイザベラに伝えた考えだった。


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