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第83話 僕は元暗殺者を信じることにした

 アルフォンスが少女をカトリーナと名付けてから翌日。

 チェルンスター魔法学園の職員室ではちょっとした騒ぎが起きていた。


「アルフォンスが子連れで来たぞ」

「もしかして、隠し子か?」


 アルフォンスがカトリーナと共に出勤してきたからだ。

 事情を知らない先輩教師たちは、カトリーナの存在について噂している。


「ミカエラさん、朝のホームルームを頼めますか?」

「はーい!」

「フェリックス君も朝のホームルームを抜けてもらってもいいですか?」

「わかりました」

「ライサンダー君、いいですね?」

「……承知いたしました」


 事情を知っているリドリーは、ピリついたオーラを纏わせ、ミカエラ、フェリックス、ライサンダーに淡々と指示を送る。

 三人はそれぞれ返事をし、ミカエラとライサンダーは朝のホームルームのため、職員室を出た。


「アルフォンス君、話があります。その子を連れて、生徒指導室まで来てください」


 リドリーはアルフォンスに指示をする。


「最近のリドリー、アルフォンスに冷たいよな」

「もしかして、振られたんじゃ――」


 リドリーは声が聞こえたほうへギロリと睨む。

 噂をしていた先輩教師たちは「ひっ」とすくみあがった。


「では、行きましょう」


 リドリーは生徒指導室のカギを持ち、三人をそこへ連れて行く。



 生徒指導室に入った四人。

 フェリックスやアルフォンスにとってなじみのある部屋だが、カトリーナはキョロキョロと視線を動かしている。


(あの子、アルフォンスにべったりだな)


 フェリックスから見たカトリーナは、殺気が消えており、普通の少女のように感じた。

 カトリーナはアルフォンスの服を掴み、傍を離れない。彼にとても懐いている様子。


「アルフォンス君、どうしてその子を学園に連れてきたのですか?」

「カトリーナ!!」


 少女は元気よくリドリーに自分の名前を告げた。


「カトリーナちゃん……、名前ですか?」

「はい。俺が名付けました。スレイブの子供には名前はありませんので」

「そ、そうですか……」


 状況が読めないカトリーナに話題を遮られたリドリーは戸惑う。


「俺はカトリーナを家族として育てようと決めました」


 アルフォンスはカトリーナの頭をポンポンと撫でる。

 カトリーナはとても嬉しそうな表情を浮かべ、されるがままになっている。


「俺の覚悟を伝えたら、カトリーナが心を開いてくれたんです」

「ですが、危険人物を学園に連れて行くのは――」

「カトリーナは俺以外に懐いておらず、支部の独房で留守番をすることが出来なかったので……」


 留守番させようにも、カトリーナは姿を透明にし、アルフォンスについて来てしまうのだという。


「事情は分かりました。なら、カトリーナさん専用クラスを作るしかないですね」

「女王様や校長には話をつけてあります。魔法薬の授業以外はカトリーナの面倒をみようと思います」

「そうですか」

「僕は納得いきません」


 リドリーは納得したが、フェリックスはカトリーナを指す。


「カトリーナはミランダを傷つけた」


 フェリックスはカトリーナが刃物でミランダを瀕死の状態においやったことを忘れていない。

 フェリックスは強い言葉でカトリーナを責める。

 クリスティーナの光魔法がなければミランダは命を落としていた。

 フェリックスに怯えたカトリーナは、アルフォンスの後ろに隠れた。

 アルフォンスが後ろにいるカトリーナに前へ出るよう促す。


 「命令だったの」


 フェリックスの顔色をうかがいながら、カトリーナはアルフォンスの前に出てきた。

 カトリーナはぼそぼそとフェリックスに話す。


「ごめんなさい。もう、フェリックスとミランダを傷つけません」


 カトリーナは深々と頭を下げる。


「僕はともかく、ミランダは死にかけたんだぞ! そんな謝罪で許されると――」


 フェリックスは怒りの感情のまま、カトリーナに拳を振り上げた。


「ひっ」


 顔を上げたカトリーナは、怯え、その場にへたり込む。


「ごめんなさいっ」


 カトリーナは身体を震わせ、謝罪の言葉を何度もつぶやく。

 異常な怯えように、フェリックスは冷静になり拳をおろす。

 アルフォンスはその場にしゃがみ込み、怯えるカトリーナを優しく抱きしめた。


「もう暗殺はさせない。普通の女の子として俺が育てる」


 アルフォンスが抱きしめると、カトリーナの震えが止まり、彼に頬ずりをし、甘えている。


「もし、あの男が現れたら……、俺が決着をつける」


 アルフォンスはフェリックスに自身の覚悟を告げた。


「でも――」

「貴様、前に言ってただろう。俺は、俺と同じ境遇の者たちを更生させるために教師を目指したのではないかと。今がその時だと思うんんだ」

「……」

「フェリックス君」


 フェリックスとアルフォンスの言い合いにリドリーが割り込む。


「カトリーナさんが道を外れたら、アルフォンス君は責任を取る覚悟で彼女をここに連れてきています。一度、彼女を信じてみてはどうでしょう」

「……わかりました」


 最終的にリドリーの説得で、フェリックスはカトリーナの事を一時的に許した。



 アルフォンスがカトリーナを連れ、二か月が経過した。

 カトリーナは”支援学生”としてチェルンスター学園の生徒となり、カトリーナ専用のクラスができた。

 アルフォンスが担任で、魔法薬の授業以外はカトリーナにつきっきりだ。

 カトリーナはアルフォンスによく懐いており、常にアルフォンスの横にくっついている。

 アルフォンスの魔法薬の授業になると、姿を透明にし、アルフォンスの一番近くで授業を聞いているのだとか。

 日報を書き終えたフェリックスは鞄を持ち、職員室を出て帰宅するところだった。


「あっ」


 カトリーナと鉢合う。


「こんばんはっ」


 カトリーナはぺこりと頭を下げ、フェリックスに挨拶をする。


「……アルフォンスかな?」

「うん! 宿題が終わったから答え合わせしてもらうの」

「そっか」


 フェリックスは職員室を覗く。

 職員室にはアルフォンスとミカエラが明日の授業予定について話していた。

 その様子を離れたところでライサンダーが見ている。


「フェリックス、さようなら!」

「カトリーナ」

「ん?」


 フェリックスは職員室に入る直前のカトリーナを引き留めた。


「アルフォンスのこと、好き?」


 フェリックスはついカトリーナに質問する。


「大好き!!」


 カトリーナはフェリックスに無邪気な笑みを向け、答えた。



 フェリックスは学園を出て、寄り道をせず自宅に到着する。


「ただいまー」

「おかえりなさい。フェリックス」


 エントランスでミランダがフェリックスの帰りを待っていた。


(あれ? ミランダの様子がいつもと違うな……)


 帰りを待っているのはいつものことだが、今日のミランダはそわそわしており、話しかけて欲しい様子。


(洋服、髪型はいつも通り。だったら何かの記念日かな……?)


 ミランダの外見に変化はない。

 記念日かと考えるも、フェリックスに思い当たりはない。


「ミランダ、なんかいいことあった?」

「はい」


 フェリックスが訊くと、ミランダは頬を赤らめ、自身の腹部に触れる。


「わたくしのお腹に……、フェリックスの赤ちゃんが出来ました」

「妊娠したの?」


 ミランダはコクリと頷く。


「ああ……、ありがとうミランダ!」


 フェリックスはミランダの告白に感極まり、鞄を放り投げ、彼女を強く抱きしめた。 





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