ミランダの妊娠からフェリックスたちの生活は一変した。
それぞれの両親、チェルンスター魔法学園の教師たちに報告し、沢山の人にミランダの妊娠を祝福される。
フェリックスとミランダは休日になると赤ちゃん用品を販売している雑貨屋へ向かい、必要なものを買いそろえていた。
リビングにはベビーベッドやゆりかごが置かれ、新しい家族が誕生するのを心待ちにしている。
「お医者さんも『経過は順調』って言ってたね」
「ええ。クリスティーナの卒業式頃に産まれるみたい」
訪問医によると、予定日は八か月後、チェルンスター魔法学園では卒業式が行われる。
終業式後は教師もしばらく休みのため、出産の立ち合いや、赤子の世話も手伝えるだろう。
二人で話していると、呼び鈴が鳴った。
「フェリックス先生、ミランダ先輩。お邪魔します」
「三人とも、いらっしゃい」
クリスティーナ、ヴィクトル、ライサンダーの三名が訪れた。
「リビングへどうぞ」
三名はスリッパに履き替え、リビングのチェアに座った。
「これ、ミランダ先輩の妊娠祝いです」
「嬉しいわ。開けてもいいかしら?」
ミランダはクリスティーナからプレゼントをもらう。
リボンを解き、包み紙を開くとワンピースが入っていた。
ゆったりとしたサイズで、お腹が膨らんでも着られそうだ。
「ありがとう。大切にするわ」
ミランダはワンピースをぎゅっと抱きしめ、クリスティーナに感謝の言葉を贈る。
「ミランダ、出産はいつになるんだ?」
「八か月後ですわ。お兄様」
「……昨日も職場で言ったじゃないか」
ライサンダーは暇あるごとに、子供がいつ産まれてくるのかフェリックスに聴いてくる。
「もうじき叔父になるのだとおもうと、気持ちが落ち着かなくて」
「何度聞いても、同じ答えしか返ってこないよ」
ライサンダーがこの様子だとソーンクラウン公爵も同じく初孫の誕生にそわそわしているのだろう。
きっと月に一度、ミランダに手紙を送ってくるに違いない。
「ご馳走の準備が出来ました。用意してもよろしいでしょうか?」
「うん。セラフィ、お願い」
「かしこまりました」
キッチンから美味しそうな匂いがする。
セラフィがフェリックスに声をかけ、出来上がった料理を出してもいいかと訊く。
フェリックスは料理をテーブルに出すよう、セラフィに指示をする。
ミランダはクリスティーナから貰った洋服を持って、リビングへ出た。きっと、寝室の衣装クローゼットへしまいに行ったのだろう。
セラフィの料理がテーブルに置かれた頃に、ミランダがリビングに戻ってくる。
未成年のグラスには果実水を、成人しているフェリックスとライサンダーにはワインが注がれる。
「今日はミランダのために集まってくれてありがとう。乾杯」
フェリックスはグラスを持ちあげ、乾杯の挨拶をする。
五人もそれぞれ乾杯し、宴が始まった。
☆
自宅にクリスティーナたちが訪れ、ミランダの妊娠を祝った翌日。
「フェリックス先生」
朝のホームルームを終えた直後、フローラに呼び止められた。
(フローラ? いつも僕の話を興味なさげに聞いているのに……)
意外な人物に名を呼ばれ、フェリックスは戸惑う。
「どうしたの?」
「あの……、ミランダお姉さまにお会いしたいのですが」
「ああ、ミランダね」
フローラが声をかけてきたのは、姉のように慕っているミランダに会いたいから。
ライサンダー曰く、婚約破棄を期にソーンクラウン公爵家とモンテッソ侯爵家の関係が悪化しているという。
モンテッソ侯爵令嬢のフローラとしては、ミランダと直接連絡を取りづらいのだろう。
「噂で、ミランダお姉さまが妊娠したと聞いたので、お祝いの言葉を贈りたくて……」
「じゃあ、すぐの方がいいかな?」
「はい。寮の外出許可を摂りますので、本日お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……」
フェリックスは少し考える。
以前、事前連絡なしにライサンダーを招いたとき、ミランダは破廉恥な姿でフェリックスを待っており、恥ずかしい思いをした。
その出来事以降、来客の予定は事前に知らせて欲しいとミランダにきつく言い付けられている。
(妊娠してるし……、前みたいなことは起こらないか)
フェリックスはそう結論付け、フローラの訪問を許可した。
「あれ?」
フェリックスはあることに疑問を抱く。
「フローラは寮生なの?」
「はい」
「でも、大学生のレオナールは通生だよね」
兄のレオナールは通学生なのに、何故妹のフローラは寮生なのかと。
フェリックスが質問すると、フローラは嫌な顔をした。
「……お兄様が家に女性を連れ込むので、嫌になったのです」
「ああ」
レオナールが自宅に連れ込んでいる女性はきっとクリスティーナだろう。二人の関係はまだ続いているようだ。
(クリスティーナを自宅に連れ込んでるってことは……、そういうことだよな)
フェリックスが思っていた以上に、二人の仲は進展しているようだ。