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第86話 元暗殺者は制服を身にまとう

「おかえりなさい、フェリックス」


 フローラを学生寮へ送ったフェリックスは自宅へ帰る。

 エントランスにはミランダがおり、制服を着たままだ。

 ミランダがフェリックスに近づき、胸の中に納まる。


「……続きがしたいの」


 ミランダが妊娠してからは、そういったムードはなかった。

 じっと見つめるミランダにフェリックスはキスを落とす。


「一緒にお風呂に入りましょう」


 二人はそのまま、脱衣所へ向かう。

 フェリックスはミランダの青いリボンを外す。


「フェリックスはわたくしの卒業まで待っていてくれた」

「……我慢できなくなりそうなときもあったけどね」


 二人は熱いキスを続けながら、互いの衣服を脱がせてゆく。

 ミランダのスカート、フェリックスの上着とシャツ、ベルトにズボン、そして二人の肌着と下着が床に落ちる。

 いちゃいちゃしながら互いの身体を清め、湯船に浸かる。

 ミランダはフェリックスを背もたれにし、彼の腕の中に納まる。

 フェリックスはミランダを抱きしめ、彼女の柔らかい腹部に触れる。


「ミランダ、カトリーナのことなんだけど――」


 互いにリラックスしたところで、フェリックスはカトリーナについて触れる。


「カトリーナは……、君を傷つけた子だ」


 フェリックスはミランダに真実を告げた。

 カトリーナはミランダの首筋を切り裂いた女の子だと。


「……そう」


 少し間が空き、ミランダが返事をした。

 ミランダの身体が震えている。あの時の事を思い出したのだろう。


「アルフォンスとカトリーナには酷いことをしなきゃいけない環境にいて、それを抜け出そうと頑張っている所なんだ。もう、ミランダを傷つけたりしない」

「フェリックスはどう思った?」


 ミランダはフェリックスに問う。


「……今もアルフォンスとカトリーナがやったことは許せない。あのことを思い出すと腹が立つ」

「そうじゃなかったら困るわ」


 ミランダは体勢を変え、フェリックスと向き合う。


「誘拐されたわたくしの世話はカトリーナがしていたの。だから、あの子のことは少し知ってる」


 ミランダはフェリックスの胸に耳を当て、鼓動の音を聞く。


「斬られる前までは、幼い女の子だった。誰かに命令されたからわたくしを斬ったのよね」

「うん。カトリーナに命令した人が悪いんだ」


 ミランダはカトリーナの本質を知っていた。


「カトリーナは普通の女の子として生活しようとしている。それを邪魔してはいけないわね」

「……理解してくれてありがとう」


 ミランダはカトリーナを受け入れる。

 フェリックスの場合、誰かが諭してくれなければできなかったことを、ミランダは一人で乗り越えた。


「制服はわたくしが直接カトリーナに渡したい」

「……」


 ミランダの提案にフェリックスは迷った。


「いいよ。カトリーナに会いに行こう」

「うん」


 会話が終わり、身体が温まった二人は湯船から上がり、寝間着に着替える。

 寝室に入り、ミランダはフェリックスをベッドへ誘う。


「ごめん、ちょっと授業の予習をしたいんだ。先に寝ててくれるかな」

「ええ、わかったわ」


 ミランダの誘いを断ると、彼女は少し残念そうな表情を浮かべる。


「それが終わったら、僕も寝るから」

「……うん」

「おやすみ」


 フェリックスはミランダにおやすみのキスをする。

 キスを終えると、ミランダはにこりと微笑み一人、ベッドに横になる。


「さて……」


 フェリックスは寝室を出て、隣にある仕事部屋へ移る。

 仕事部屋といっても、フェリックスが一人になりたいとき使っている部屋で、数冊の参考書と机、書き物しか置いていない。

 将来は子供部屋になる予定だ。

 フェリックスは明かりをつけ、参考書の山から夢日記を取り出す。

 これを開くのは久々だ。


(ミランダの運命を変えたから、もう必要ないと思っていたけど……)


 夢日記を確認していなかったのは、婚約破棄・学園退学の運命にあったミランダの悲惨な人生を変えたから。

 ミランダと結婚し、彼女を幸せにしたとフェリックスが満足していたからだ。


(カトリーナのこともあったし、手がかりがあるんだったら未然に防ぎたい)


 ゲームの主人公であるクリスティーナに関わってゆく限り、フェリックスは事件に巻き込まれてゆく。それは妻のミランダにも影響することが今回の事件で痛感した。


(僕が警戒するべきは……、革命軍エンド)


 フェリックスは革命軍エンドが記述されているページに目を留める。

 クリスティーナがエリオットを通じ、革命軍の思想に共感し、彼らに加担するエンドだ。

 革命軍エンドは二つの分岐ルートがあり、分岐点はイザベラを降伏させるか、倒すかだ。

 イザベラを降伏させた場合、彼女は物語の舞台から降り、生死不明となる。王座に誰も座ることはなく、革命軍を主体とした民主主義が始まる。

 イザベラを倒した場合は、エリオットとクリスティーナが王位を継ぐ。だが、他国に侵略される悲しい未来が待っている。


(今のクリスティーナの実力なら――)


 クリスティーナは光魔法をものにしており、イザベラを倒すことも可能だろう。

 革命軍エンドを避けるには、クリスティーナとエリオットの接触を阻止することが効果的。


(二人が接触するのは……、革命軍にクリスティーナが誘拐されたとき)


 フェリックスは夢日記の文章の一部を指でなぞる。

 エリオットルートはクリスティーナが革命軍に誘拐されたところから始まる。

 誘拐先でクリスティーナは革命軍の一員であるエリオットと出会い、彼に助けられる。

 その後、エリオットがチェルンスター魔法学園の一年生であると知ったクリスティーナは彼のことが気になり、知ってゆくうちに革命軍の考えに賛同、恋仲に発展してゆくのだ。


(人さらい問題も深刻化しているし、そろそろ誘拐イベントが起こるかもしれない)


 この町で問題になっている人さらい。

 誘拐イベントの予兆だとフェリックスは考えていた。


「でも、常にクリスティーナの様子をみることはできないからなあ」


 予兆は分かっていても、未然に防ぐためにはクリスティーナの傍にいなきゃいけない。

 だが、フェリックスがクリスティーナに接触する機会は属性魔法の授業と属性魔法同好会しかない。

 副担任でないのが悔やまれる。


「あっ」


 副担任。そこでフェリックスはひらめいた。

 ミカエラに協力を仰げばいいと。



 翌日、フェリックスはミランダと共にチェルンスター魔法学園へ出勤する。

 ミランダは制服が入った紙袋を大事に抱えている。

 教師陣は卒業生のミランダを歓迎し、彼女の妊娠を祝っていた。


「ミランダちゃん、大人気だね」


 ミカエラはフェリックスに声をかける。


「夫婦出勤なんて……、アツアツだねえ」

「ミランダは用があったから来ただけで」

「用?」

「ミランダが着てた制服をカトリーナにって校長から連絡が来てさ」


 フェリックスはミカエラにミランダが学園に来た理由を説明する。

 ミカエラは「そうなんだー」と返事をした後、フェリックスに耳打ちで――。


「制服姿でいちゃいちゃできなくなるね」


 とんでもないことを囁いた。

 ミカエラの発言に「はあ!?」と声が出てしまう。


「男の人って、そういうの……、好きじゃん?」

「否定はしないけどさ」


 フェリックスはボソッと本音を呟く。


「……昨日楽しんだから充分だよ」


 そして、ミカエラにしか聞こえない小声で話す。それを聞いた彼女はニヤニヤした顔でフェリックスを見ていた。


「貴様ら、なにをコソコソと」

「あ、アルフォンス先輩、おはようございます!!」


 背後からアルフォンスの声がしたフェリックスは、ミカエラとの会話が聞かれていないか気にしつつ挨拶する。


「フェリックス、ミカエラ、おはよ!!」

「おはようカトリーナちゃん。今日も元気だね」


 アルフォンスの傍にはカトリーナがおり、彼の腕にピタッとくっついている。

 ミカエラはアルフォンスと専門分野が同じということで、カトリーナと関わることが多く、フェリックスよりも懐いている。

 カトリーナはアルフォンスから離れ、ミカエラをぎゅっと抱きしめる。


「ミカエラのおっぱい……、柔らかくて好き」


 ミカエラより少し背の高いカトリーナは、膝を曲げた姿勢でミカエラの爆乳に顔を埋める。柔らかい感触がお気に入りのようだ。

 ミカエラは苦笑しつつも、カトリーナの頭をわしわしと撫でる。


(ああ……、ほんと柔らかそう。カトリーナ、羨ましい)


 二人の様子をフェリックスは羨ましげに見つめていた。

 アルフォンスは頬を赤らめそっぽ向いている。


「アルフォンス先生」


 ミランダはアルフォンスに声をかける。

 カトリーナとミカエラの抱擁が解かれた。

 アルフォンスはこの場にミランダがいるとは思わず、驚いていた。


「ミランダ」


 カトリーナの笑みが消える。

 ミランダはカトリーナに近づき、紙袋を渡した。


「これ、なに?」

「開けてみて」


 カトリーナはビリビリと紙袋を破る。


「わあ! 皆が着てる洋服だ!!」

「制服というのよ」

「せいふく……、制服!!」


 カトリーナは制服を手にし、キラキラとした瞳でそれを見つめる。


「アルフォンス、カトリーナこれ着たい!!」

「……」


 カトリーナはアルフォンスに要求する。

 アルフォンスは苦い顔をしていた。

 きっと、独房ではアルフォンスがカトリーナの服を着替えさせることが日常なのだろう。


「アルフォンス?」

「今は難しいな……」

「やだやだ、いま!!」


 カトリーナは駄々をこねる。

 アルフォンスは困った顔をしていた。


「カトリーナ、制服は一人で着るものなの」


 ミランダがカトリーナに話しかける。


「だから、わたくしが着方を教えてあげる。更衣室へ一緒にゆきましょう」

「うんっ」


 ミランダはカトリーナの手を繋ぎ、職員室を出て、女子更衣室へ向かう。

 二人の姿が見えなくなったところで、アルフォンスがほっと胸を撫でおろす。

 フェリックスはアルフォンスを睨む。


「先輩、カトリーナは女の子なんですから――」

「フェリックス先輩、アルフォンス先輩を責めないで下さい」


 フェリックスがアルフォンスの教育方針について注意しようとするも、ライサンダーが会話に加わる。


「カトリーナは学園では人懐っこい少女ですが、向こうではまだアルフォンスにしか心を開いていなくて……」


 ライサンダーは言葉に気をつけながら、フェリックスに伝える。

 軍部の支部のほうでは、まだアルフォンスにしか心を開いておらず、カトリーナの世話は彼がしないといけないようだ。


「カトリーナは人に甘えたい時期なんだ。それが過ぎたら、少しずつ教える」

「それならいいんですけど」


 ライサンダーとアルフォンスの話を聞き、フェリックスは納得する。


 しばらくして、ミランダとカトリーナが職員室に戻ってきた。

 カトリーナはチェルンスター魔法学園の制服姿で現れる。

 ミランダの制服がカトリーナに受け継がれた瞬間だった。



 フェリックスはセラフィと帰宅するミランダを見送った後、ミカエラを生徒指導室に呼び出した。


「どうしたの? ハルト君」

「ミカエラに頼みたいことがあるんだ」

「私にお願い?」

「……クリスティーナのことなんだけど」


 フェリックスはクリスティーナの動向を気にかけるようミカエラにお願いする。


「なんで?」


 当然、ミカエラはフェリックスに理由を求める。


「前のフェリックスが書いた不思議な日記に、”クリスティーナが誘拐される”と書いてあったんだ。最近、人さらいが起こってるし、クリスティーナがそのターゲットになるんじゃないかって思ってさ」


 フェリックスは理由を告げた。

 ミカエラに誤魔化しは効かないと思い、フェリックスはこの世界がゲーム世界であるということの真実を省いて伝える。


「日記……」


 ミカエラが気になるワードを呟き、難しい表情を浮かべる。


「フェリックス君は”予知夢”を視ることがあるって言ってた。その日記は夢にあったことを書いていたんじゃないかな」

「予知夢!? そんなの僕は――」


 ミカエラは以前フェリックスが呟いていたことを思い出す。

 だが、今のフェリックスにはそんな夢を見たことがない。

 要因があるとすれば、転生したことにあるのだろう。


「予知夢が起こらないのは、魂が変わったからじゃないかな」

「だよね……」


 ミカエラもフェリックスと同じ考えだった。


「ただ……、日記の内容と現実に起こったことにズレがあったりするんだけど、どう思う?」


 フェリックスは夢日記について疑問に思っていたことをミカエラに相談する。

 以前の五葉のクローバー事件がそうだ。クリスティーナに起こるはずだったイベントがミランダに降りかかった。

 そのことをミカエラに説明すると、彼女は腕を組み原因を考える。


「う~ん、分かんないなあ」


 考えても答えが出なかったようだ。


「でもまあ、人さらいが頻発してるから、クリスティーナちゃんが誘拐されるかもしれないっていうハルト君の考えは合ってると思う」

「だから、クリスティーナの様子見てくれないかな」

「それはわかった。でも――」


 ミカエラはフェリックスに告げる。


「誘拐されるのは別の女の子の可能性がある。それは心に留めておいてね」


 誘拐されるのはクリスティーナではない可能性もあると。



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