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第107話 僕と女王は大喧嘩をする

 イザベラの発言にフェリックスは驚愕する。

 二人が会話している間にも軍部の人間がフェリックスの荷物をこの家に運び入れている。

 自宅に帰すつもりはないようだ。


「イザベラ、強引すぎないか」


 突然のことにフェリックスはイザベラに抗議する。

 ミランダの出産が近づいている大事な時期に、彼女と引き離されるのが嫌だったからだ。


「革命軍との全面衝突を避けるためじゃ」


 イザベラはこのような強硬手段をとった理由をフェリックスに語る。

 理由は革命軍。

 革命軍はイザベラの統治下では弱体化しているものの、本拠地のオルチャック公爵領では勢力を増しているらしい。

 あそこはシャドウによって占領されており、オルチャック公爵とは連絡が取れていない。

 亡き者にされていると考えたほうがいいだろう。


「だったら、妊娠したとはったりをかけてもいいのでは?」

「それで革命軍を辞める輩もおるじゃろう」


 革命軍が発足した要因は、正当な世継ぎではないイザベラが女王として政権を握っていること。

 フェリックスとの子供を欲しがっているのは愛情の他に政治的な理由もある。

 妊娠初期であれば、宣言しただけでは嘘かどうかわからない。

 フェリックスがそれをイザベラに提案すると、彼女は難しい顔をした。


「……わらわは小娘のようにフェリックスとの子供を愛でたいのじゃ」


 イザベラは甘い声で本心を告げる。

 その言葉にフェリックスはくらっときた。


「そのためにもっとフェリックスと愛し合う時間が欲しい。小娘の様子はライサンダーを通じてお主に報告させる。出産の際は小娘のところへ行くことを許可する」

「……わかった」


 ミランダの出産の立ち合いは許す。

 それがイザベラの譲歩だろう。

 説得を続けてもこれ以上の譲歩は得られないだろうと感じたフェリックスは、イザベラの要求を受け入れ、彼女との同棲生活を始める。


 フェリックスとイザベラの同棲生活が始まって一か月。

 イザベラとの生活は起床から就寝まで細かく決められており、フェリックスがそれを少しでも破れば彼女に叱られるという窮屈な生活を送っていた。

 唯一、教師の仕事は好きにできるため、フェリックスにとって出勤と昼休憩にミカエラに愚痴をこぼすことが息抜きになっていた。

 そして今日はイザベラの妊娠検査の日。


「どうして、どうしてじゃ!」


 イザベラの妊娠検査の結果は陰性。

 ちなみにこの世界の妊娠検査は魔力の流れを医師が調べることで判明する。


(来月も同じ生活を強いられるのか……。ミランダに会えないなんて、寂しいよ)


 イザベラの妊娠結果を聞いたフェリックスは明日も縛られた生活が続くのかと絶望した。

 フェリックスがこの生活を続けている間、ミランダの腹の中にいる子供は成長している。

 ライサンダー曰く、ミランダは突然フェリックスが不在になったことで不安になっているらしい。

 学園を訪問することも考えたようだが、家の周辺には軍部の人間が常駐しており、抜け出すこともままならない。

 手紙も軍部の人間が没収し、破棄してしまうのだとか。

 連絡手段はライサンダーを通じてしか得られないのだ。


「イザベラ……、一度、自宅に帰りたい」

「帰宅は許さぬ。お主はわらわと共にいるのじゃ」

「頼む、ミランダに会わせてくれ。ミランダの声が聞きたいんだ」


 精神の限界に達していたフェリックスはイザベラに懇願する。

 少しの間だけでいいから、妻のミランダに会って話がしたいと。


「駄目じゃ」


 イザベラは帰宅の許可を出してくれない。


「もう……、限界なんだよ! 僕の身体をくまなく調べたり、食生活や睡眠時間を管理したとしても子供は授かるもの! 運なんだよ!! ミランダに少し会うだけでそう変わったりはしない!」


 フェリックスは心の内をイザベラに叫んだ。

 イザベラにきっと睨まれる。


「口を開けば小娘、小娘!! ここにはわらわしかおらぬというのに!」


 イザベラが不満をフェリックスにぶつけはじめた。


「”二番目”でよいと言ったがな、わらわを小娘と同等にするでない。わらわは女王ぞ。気が変わればそなたを小娘から奪うことだってできるのじゃぞ」

「……今がそうだろ。僕をこの家に縛り付けて」

「不満か? ならば、教師の仕事を辞めさせ、そなたをソーンクラウン公爵領に連れて行く」

「僕からミランダを引き離すのか?」

「うむ。嫌であれば、わらわの望みを素直に聞いていればよい」

「……くそっ」


 フェリックスはイザベラに悪態をついた。

 壁を強く殴り、いらだちをものにぶつけた。

 それ以降、フェリックスは怒りでイザベラと口をきかなくなった。


☆   


 言い争いのあと、フェリックスの態度は明らかに変わった。

 イザベラと口を利かなくなり、夜も義務的に務めを果たしているようで、前のような情熱的な夜は訪れない。


(わらわは悪くない。絶対、謝るものか)


 イザベラも意地をはっており、二人の仲は壊れたまま同棲生活は続いた。


 数日が経ち、思い悩むようになったのはイザベラだった。

 イザベラは気分転換のため、フェリックスが仕事の間、泥魔法で別人に変装し護衛を付けず外出していた。

 イザベラはミランダが住む家の前で立ち止まる。


「通せ」


 ミランダの家の前で見張りをしている軍部の人間に声をかけ、イザベラは庭に入る。

 数歩進めば家の中に入れる距離だったが、イザベラはその場に立ち止まった。


「どなたですか?」

「っ!?」


 立ち去ろうとしたその時、声をかけられた。

 声をかけたのはミランダで、彼女はガーデンチェアに座っていた。

 ミランダの腹部は大きく膨れており、もうじき子供が産まれそうだ。


(わらわもあのような腹になっていたときがあったな)


 イザベラはミランダの腹部を見て、昔を懐かしむ。

 いつも傍には息子の誕生を待ちわびていた亡き夫がいた。


「イザベラ女王のメイドです」


 ミランダに問われ、イザベラは嘘をついた。

 ミランダは立ち上がり、イザベラにゆっくり近づく。


「ねえ、フェリックスはいつ戻ってくるの? ずっとでなくていいから、一日だけでも彼に会いたいの」


 ミランダはイザベラに懇願する。


「申し訳ございません、こちらに立ち寄りましたのはフェリックスさまの忘れ物を取りに来ただけですので」


 イザベラは更に嘘をついた。

 ミランダがフェリックスに愛され、彼の子供を妊娠していることに嫉妬したからである。


「夫の忘れ物なんて……、あるわけないでしょ! 全部、あの女が奪っていったんだから」


 イザベラの嘘を聞き、ミランダが激怒する。

 ミランダの言う通り、フェリックスの私物はない。全て運び出すようイザベラが部下に命令したのだから。


「そうですか」


 ミランダが怒っている様子を見て、イザベラは少し気分が良くなった。

 たとえフェリックスの態度が悪くなろうとも、彼をイザベラが独占しているから。

 そうすることでミランダの気分を悪くすることができるのだと分かったから。


「では、イザベラ女王にそう伝えます。ミランダさま、ごきげんよう」

「まって!」


 立ち去る前にミランダに引き留められる。


「これをフェリックスに渡してほしいの」


 ミランダから手紙を受け取った。


「大事な手紙。私たちの子供の名前が書いてある。生まれる前にはっきりさせたいの」

「……」


 イザベラは無言で手紙を受け取った。


(わらわはフェリックスとの子供が欲しくて仕方がないのに……)


 ポケットで手紙を強く握りしめる。

 ミランダはイザベラが欲しいもの全てを得ている。

 それが悔しくて仕方がなかった。


「お願い! あなただけが頼りなの」


 ミランダは頼んでいる人物がイザベラ本人だとわかっていない。

 必死な願いも、イザベラにとっては心を抉るものだった。

 イザベラはミランダを振り払い、彼女の家を出て行った。


「陛下、その手紙は――」

「わらわが預かる。任務に戻れ」

「はっ」


 軍部の一人がイザベラに問う。

 フェリックス宛の手紙は全て処分しろと命令していたからである。

 イザベラはこの手紙を自身が預かると言い、この場を去る。



「小娘の家など行かねばよかった」


 町の繁華街を歩くイザベラは独り言を呟いた。


「お嬢さん、悩みがあるようだね」


 繁華街の一角、骨董を商いにしているだろう老人がイザベラに声をかけてきた。

 いつもなら通り過ぎるのだが、フェリックスのことで本当に悩みがあったイザベラは老人の店の前で立ち止まる。


「……」

「お嬢さんはある男性を独り占めしたい。けれど、その男には恋人……、あるいは妻がいる、といったところか」

「ど、どうしてそれを!?」


 老人が情報もなしにイザベラの悩みを言い当てたことに、彼女は大層驚いた。


「ワシはお嬢さんの悩みを解決させる方法がある」

「金ならある。商人よ、教えてくれぬか?」


 骨董商を信用したイザベラは金貨一枚を彼に渡す。


「おお、こんなところで金貨をみるとは……」


 大金を見た骨董商は、金貨を素早く懐に入れた。

 彼は広げていた商品の中から、布にくるまれたものをイザベラに渡した。


「これは魔法の手鏡でな、お嬢さんと愛する人を映すと永遠の愛を得られるという品じゃ」

「それは……、相手が妻帯者でも効果があるのか?」

「お嬢さんが愛する人であれば、相手がどんな立場の者でも効果が出るじゃろう」

「……ありがとう。試してみる」

「布は映す際に外すのじゃ。手鏡の効果が薄れてしまうからな」


 イザベラは骨董商から手鏡を受け取った。

 そして、手鏡を使えばフェリックスを独占できると胸が弾んだ。



 そして夕方、フェリックスが仕事から帰ってきた。


「おかえり、フェリックス」


 エントランスでイザベラが出迎えても、フェリックスは無視である。

 言い争いをしてからずっとこの調子だ。


(早速、あの手鏡を試そう)


 イザベラは後ろ手で手鏡の布を外し、フェリックスにぎゅっと抱き着いた。


「イザベラ、離れてくれ」


 冷たい声でフェリックスに拒否される。


(わらわは小娘からフェリックスを奪いたい)


 イザベラは骨董商の言う通り、手鏡に自分とフェリックスの姿を映した。


「イザベラ、何の真似――」


 イザベラが持っていた手鏡が床に落ちた衝撃でパリンと割れた。

 以降、二人の姿は消え、行方が分からなくなった。




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