フェリックスとイザベラは広い建物の外にいた。
町よりも人通りが多く、若い男女や家族連れが多い。
(ここ……、どこ?)
フェリックスは辺りを見渡す。
ほとんどの通行人は有名キャラクターの耳がデザインされたカチューシャを身に着けており、皆、現代の服装をしている。
少しして、フェリックスは視線の先にある大きな建物を見上げた。
大きな白い城のモニュメント。
これはフェリックスが良く知る、現代で有名なテーマパークのランドマーク。
通称、夢の国。
「うそだろ……」
見覚えのある建物を見て、フェリックスは絶句した。
以前、現代に戻ってきたことはある。
それは、入れ替わっていた朝比奈大翔とフェリックス・マクシミリアンの魂が元に戻ったとき。
最終的には互いに魂を入れ替えた状態に戻り、それぞれの生活に戻ることを受け入れた。
それなのに、今度は――。
「わあっ、おうじさまとおひめさまだ」
一人の幼女がフェリックスとイザベラを指す。
(僕の身体が現代に来ちゃった。それもイザベラと一緒に)
イザベラは「なんじゃ? 見慣れぬ衣じゃのう」と疑問を口にしながらも幼女とその家族との写真撮影に応じる。
撮影する際のポーズも様になっており、美貌と豪華なドレスも相まって、キャストと間違われてもおかしくない。
「フェリックス、ここはどこじゃ?」
幼女を見送ったイザベラに現在地を問われる。
突然のことで、フェリックスもイザベラと喧嘩中であることを忘れてしまった。
「TSL。東京シャイニーランドだよ」
イザベラの問いに素直に答えた。
☆
フェリックスとイザベラはTSLを少し歩き、ベンチに座った。
フェリックスは高級服を身に着けた青年に見えるが、イザベラのドレスはキャストの仮装にしか見えない。現れた場所がゲームに似た建物が並ぶTSLでよかったとフェリックスは安堵する。
隣に座っているイザベラは見知らぬ場所に飛ばされ、動揺している。
(まずはフェリックス……、いや、朝比奈大翔を頼らないと)
所持金がないため、まずは現代に生活している朝比奈大翔を頼るほかないとフェリックスは考え、行動に出た。
まず、フェリックスはパーク内を歩いているキャストに「スマホを落とした」と相談する。
フェリックスの言葉がキャストに通じるか不安だったが、キャストには流暢な日本語に聞こえているようで眉をしかめられることはなかった。
その後、フェリックスはイザベラと共に別室へ通される。
フェリックスは「知り合いに連絡がしたい」と言い、電話を借りることに成功した。
(あとは電話が繋がることを祈るだけ……)
フェリックスは朝比奈大翔のスマホに電話をかける。
プルルルと呼び出し音が鳴る。
一回、二回、三回――。
「はい」
「大翔だね!? 僕だ、フェリックスだ!」
電話がつながった。
フェリックスはつながった喜びから声がうわずる。
「……いたずらか? きる――」
「いたずらじゃない! 頼むから切らないでくれ、君だけが頼りなんだ」
電話先の大翔はいたずら電話ではないかと疑っていた。
切られる前にフェリックスは必死で大翔に訴える。
「わかった。で、お前はどこにいる」
「TSL」
「パーク内か。どうせ、金もないんだよな」
「うん……、だから迎えに来て欲しい」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
カタンと大翔がスマホを置く音が聞こえる。女性と会話しているような声も。
(え!? もしかして彼女できたの?)
会話は聞き取れなかったが、大翔が女性と会話していることに気づき、彼に恋人ができたのかもしれないとフェリックスはソワソワしていた。
「待たせたな」
「あっ、うん! 気にしてないよ」
大翔の恋人はどんな人なのだろうとフェリックスが妄想している間に、彼が戻ってきた。
「せい――、セラフィの実家がTSLの株主みたいでな、TSLの責任者に事情を話して一日遊び放題にしてくれるそうだ」
「え!? セラフィがそっちにいるの?」
大翔からセラフィの名が出て、フェリックスは驚愕する。
「ああ。俺の隣にいる」
(よかった、セラフィはこの世界に転生したんだ)
セラフィは大翔の世界に転生したいと願い、毒を飲んで絶命した。
その後の結末が分からなかったフェリックスは、セラフィが望み通り転生し、大翔と出会えていることに感激する。
「俺はこれから学校に行かないといけないから……、迎えに行くのは二十時になる」
「どこで待ち合せたらいいかな」
「パークを出たとこにある花畑の前はどうだ?」
「二十時に花畑ね。それまで小学校の修学旅行ぶりのTSLを楽しむよ」
「じゃあ、また夜に」
大翔との電話が切れた。
それから少しして、キャストからスマホをもらった。
電子決済が可能で、パーク内の飲食やお土産の購入ができ、アトラクションを早く乗りたいときは、アプリを見せることで可能だとか。
スマホはパークを出る前に近くのキャストへ返却すればいいらしい。
フェリックスはキャストに礼を言い、イザベラと共に部屋を出た。
そして、近くにあるレストランに入り、食べ物と飲み物を注文して空いている席に座った。
「フェリックス、さきほど独り言をブツブツ呟いていたが……」
電話の存在を知らないイザベラは、心配そうな表情でフェリックスを見つめる。
「……ここで、喧嘩してる場合じゃないよね」
イザベラとは極力会話をしないようにしていたが、現代に飛ばされてしまった今、仲違いをしている場合ではない。
「僕は君がしたことを許してはいない。だけど、今は緊急事態だ」
そう判断したフェリックスはイザベラに真実を告げる。
「僕たちは今、異世界にいる」
フェリックスとイザベラが共に違う世界に飛ばされてしまった事実を。
「さっきの独り言はね、遠くの人と通話していたから。この世界ではね、この箱を使って通話するんだ」
「なんじゃと!? この小さな箱が通信機だというのか?」
「うん。それで知り合いと待ち合わせしたから、時間までここで遊んでろってさ」
「遊ぶ? ここは遊ぶ場所なのか」
イザベラはフェリックスのすべての説明に対して驚いてくれる。
ほとんどの者が知っているTSLだからこそ、何も知らないイザベラの反応は新鮮だ。
「ご飯を食べたら、アトラクションに乗ってみようよ」
「アトラクション……、それは楽しいものなのか?」
「うん! イザベラも気に入るよ」
空腹だったフェリックスは食事に手を付ける。
イザベラは料理を見て「この絵とそっくりな料理じゃのう」と呟きながら、料理を口にする。
「むむっ!? 美味い!」
味わったことのないソースやスパイスを口にし、食事を楽しんでいた。
☆
食事を終えたフェリックスとイザベラはテーマパークを楽しんだ。
閉園まであと数時間ということで、ほとんどの利用者はショーの場所取りに集中しており、アトラクションに乗りやすかった。
乗り物に乗ってパークの世界観を味わう、比較的ゆったりとしたアトラクションから慣らしてゆき、西部風のジェットコースターと急降下すると同時に激しい水しぶきが出るジェットコースターにイザベラを乗せた。
ゆったりとしたアトラクションでは「キラキラした世界じゃな」と楽しむ反面、ジェットコースターになるとイザベラの悲鳴が隣で聞こえた。
「な、なんじゃ!? あの素早い乗り物は?」
ジェットコースターを降りたイザベラは足取りがフラフラで軽く乗り物酔いをしていた。
「ジェットコースターといって、スリルを味わうアトラクションだよ」
「じぇっとこーすたー」
イザベラはフェリックスの言葉を反芻する。
「あともう少しで約束の時間だな……、ショーも始まるし、その前にお土産でも買おうか」
「お土産……」
「さあ、行こう」
フェリックスはイザベラの手を引っ張り、ショップへ歩き出す。
イザベラがフェリックスの腕にぎゅっと抱き着く。
「イザベラ、あのねえ……」
「この間はわらわが言い過ぎた。その……、今日のようにフェリックスを独占したかったんじゃ」
フェリックスは抱き着かれた腕を動かし、離れるようイザベラに促す。
イザベラは離れず、フェリックスに本音を漏らす。
「わらわとフェリックスがこの世界に来たのは……、わらわが骨董商から買った手鏡のせい。お主にとって大事な時期だというのに、小娘に会わせず、束縛して悪かった」
今日のイザベラは素直な反応をフェリックスに見せてくれる。
フェリックスはそんなイザベラにドキッとする。
「それはもういいよ」
現代にやってきてしまった要因はイザベラが購入した魔法具のせい。
だが、その魔法具はイザベラの手にない。
調べることが出来ないのなら、深く考える必要はないとフェリックスは判断した。
「今日はイザベラとデート出来て楽しかった」
「わらわもフェリックスと遊べて満足じゃ」
フェリックスとイザベラはショップに入り、会話をしながら商品を選んだ。
イザベラはペアのキーホルダーとキャラクターが描かれた黒いTシャツを選び、フェリックスはネクタイとキャラクターのぬいぐるみと赤ちゃん用のキャラクターの耳が付いた帽子を選んだ。
「ぬいぐるみ?」
「ミランダにプレゼントしたら喜ぶかなって。おもちゃ屋のぬいぐるみコーナーを通ると『小さい頃、買ってもらえなかった』って寂しそうな顔をするから」
「あの小娘が? まあ、ソーンクランは教育に疎いところがあったからのう」
フェリックスの選んだ商品にイザベラが疑問を口にする。
ぬいぐるみを選んだのは産まれてくる子供ではなく、幼少期ぬいぐるみを買ってもらえなかったミランダのためだと説明する。
イザベラもミランダの父親の教育に思うところがあったようで、ミランダに同情していた。
「わらわの家よりはずっとマシだっただろうに」
「イザベラの実家……、シャドウクラウン家だっけ」
「うむ。実家のことはあまり思い出したくないから、口にしないで欲しい」
「ご、ごめん」
フェリックスがイザベラの実家、シャドウクラウンについて口にすると彼女の表情がきつくなる。
触れて欲しくない話題だったのだとフェリックスは察し、イザベラにすぐ謝った。
「そろそろ時間だね、花火を観に行こうか」
土産を購入し、ショップを出たフェリックスとイザベラは、人混みに紛れる。
白い城に映像が映され、音楽に合わせてコロコロ変わる。
「ほお! すごいのう!!」
イザベラは見たことのない光景に釘付けだった。
少しして、花火が打ちあがる。
「空に何か打ちあがったぞ!」
パンッと花火が夜空に弾けると、イザベラは「すごい、綺麗じゃ」と大喜び。
フェリックスは傍でイザベラを見守っていた。
二十時、約束の時間。
ショーが終わり、客がパークから出ていくなか、フェリックスとイザベラは入口近くの花壇で大翔を待っていた。
「よう、フェリックス」
大翔は時間通りにやってきた。
「これはこれは、陛下もご一緒で」
大翔は目の前にフェリックスとイザベラがいることに驚きながらも、貴族のような優雅な一礼をした。
「車を駐車場に置いてきた。ついて来てくれ」
フェリックスたちは大翔についてゆく。
「えっ、車の免許持ってるの!?」
大翔が運転免許証を取得し、車を所持していることにフェリックスは驚いていた。
「ああ。一年前に取ってたぞ。お前、俺の財布見てなかったんだな」
「そ、そうなんだ……」
「車は最近買った。必要になったんでな」
大翔の生活に大きな変化があったようだ。
変化といえば、フェリックスは大翔が結婚指輪をしていることに気づく。
「生活に必要……、大翔、君は――」
「俺、結婚したんだ。セラフィとな」
「そう。おめでとう」
大翔は無事この世界でセラフィと結婚したようだ。
「お前、セラフィに会ったら驚くかもな」
「セラフィは僕の知ってる人に転生したの?」
「ああ、よく知ってる」
大翔と雑談している間に彼の車の前についた。
CMでよく放送されている国産メーカーの黒い高級車だ。
「陛下、こちらへお座りください」
「うむ」
大翔は後部座席を開き、イザベラを招く。
イザベラは大翔のエスコートを当然のように受け取り、車に乗った。
フェリックスは反対側のドアを開け、車に乗り込む。
大翔は運転席に座り、エンジンをかけていた。
「フェリックス、陛下のシートベルトを頼む」
(今は後部座席もシートベルト必須だっけ)
フェリックスは初乗車であるイザベラのため、シートベルトをする。
「な、なんじゃ!? わらわを拘束するのか?」
シートベルトをさせられ、イザベラが動揺する。
ベルトがイザベラの豊満な胸元を強調し、フェリックスはドキリとする。
「これを付けないと大怪我しちゃうから。大人しくして」
「うむ」
フェリックスがそう言うと、イザベラは大人しくなった。
その後、フェリックスもシートベルトを装着する。
「じゃあ、出発するぞ」
大翔はハンドルを握り、運転を始める。
「わっ、動いたぞ!? これもアトラクションか?」
「まあ……、そうなのかな」
「陛下、この世界は我々の世界よりもはるかに文明が進んでいます。滞在中はフェリックスに教わりながら様々なことを体験するといいでしょう」
車が動き出し、イザベラは先ほど乗ったアトラクションと同様なのかと大翔に問う。
経験者である大翔はイザベラにゲームの世界とこの世界は別物なのだと簡潔に説明する。
「そ、そうか……」
イザベラは大翔の説明を素直に受け入れた。
「俺のことはハルトとお呼びください。今後は陛下のことはイザベラと呼び、話し方もフェリックスと同様にします」
「色々、世話になるからな。特別に許す」
「今から向かうのは俺の新居だ。到着まで時間がかかるから、一体何があったのか説明してくれ」
「うん」
フェリックスは大翔にTSLに来た経緯を説明する。