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第109話 僕は推しと対面する

 大翔が車を運転している間、フェリックスはこの世界に来てしまった経緯を説明する。


「イザベラが使った魔道具でこの世界にやってきてしまったと」


 フェリックスの説明を聞き、大翔は状況を理解する。


「まさか、イザベラと愛人関係になってるとな」

「それは……、政治的な問題で」

「イザベラが現政権を保つにはそれしかないだろう」


 フェリックスとイザベラの関係を知っても大翔は驚きもせず、受け入れていた。


「さあ、家に着くぞ」

「……え?」


 大翔は高層マンションの駐車場に入る。

 場所は都内の一等地。価値として億越えだろう。

 大翔の新居にフェリックスは絶句する。


(いやいやいや、一介の高校教師が新居としてこんな高級マンション購入できるわけ――)


 フェリックスは動揺している間、大翔は車を留め、イザベラを降ろしていた。


「なにしている? 早く降りろ」

「あのさ、僕の前の家は?」


 フェリックスはシートベルトを外し、車を降りた。

 ピッと車のロックがかかり、三人は大翔の新居へと向かう。


「引っ越した。この家はセラフィの家族から新婚祝いに買って貰ったんだ」

「新婚祝いでマンションが貰えるの……?」

「セラフィの日頃の行いが良かったんだろうな。かなり良い家に転生したみたいだ」


 どうやらセラフィは新婚祝いに都内の高層マンションの一室をポンとプレゼントできる財力の家庭に転生したらしい。

 現代だと大翔とセラフィの身分は逆転しているようだ。


「先ほど塔のような建物をみたが、ハルトの家まで階段で登るのか?」


 イザベラが素朴な質問をする。

 大翔がエントランスでロックを解除し、上に登るエレベーターのボタンを押す。


「いいや、この乗り物に乗って上まで登るんだ」

「乗っているだけでよいのか?」


 イザベラはもちろんエレベーターの存在も知らない。

 少ししてエレベーターの扉が開かれると、当たり前のように乗るフェリックスと大翔と違って、イザベラは恐る恐る乗車する。

 大翔は四八階のボタンを押した。

 エレベーターが上昇する。

 ガタンと動き出したさい、イザベラは「きゃっ」と可愛らしい悲鳴をあげ、フェリックスの腕にしがみつく。

 同時に柔らかいイザベラの柔らかい胸の感触がして、フェリックスの鼻の下が伸びる。

 大翔もイザベラの胸の谷間を凝視していた。

 チンと到着した音が鳴り、エレベーターが静止する。

 そこでイザベラの胸に意識が向いていた二人がはっとした。

 三人がエレベーターを降りると、大翔が歩き出す。彼は4803の部屋の扉を開けた。


「おかえりなさい。大翔」


 高級感あふれるエントランスで一人の清楚な女性が帰りを待っていた。

 背まである黒髪を切り揃えた美女で、ふんわりとしたトップスとタイトなスカートで着飾っており、左薬指には結婚指輪をしている。


(この心地よい声……、聞いたことあるな)


 フェリックスは女性には会ったことがないが、声にとても聞き馴染みがある。


「フェリックスさまと陛下もいらっしゃい」


 女性はニコリと微笑み、フェリックスとイザベラを歓迎する。


「紹介する」


 大翔が靴を脱ぎ、女性の隣に立ち、彼女の肩を抱く。


「朝比奈清良。セラフィだ」

「セラフィ!?」

「フェリックスさま、ご心配をおかけしました。私、無事に転生を果たしまして、大翔と結婚しました」

「よかったあ。君の願いは叶ったんだね」


 清良から事情を聞き、フェリックスは二人の運命の再会を心から喜んだ。


「フェリックスさま、心より感謝しております」


 清良はフェリックスに近づき、つま先立ちになり、フェリックスの耳元で囁いた。


「あっ!!」

「うふふ」


 フェリックスは清良の正体に気づいた。

 前世で推していたASMR声優、セイラだ。

 フェリックスがはっとした表情をしたあと、清良が笑う。


「せせせせ……、セイラさん?」


 フェリックスは推しを目の前にして動揺する。


「はい。今は声優事務所に所属し、声優を本業にしております」


 その答えを聞いたフェリックスは思わず清良の手を握る。


「ずっとファンでした! 会えて感激です!」


 思いの丈を清良に伝える。


「私も……、王子様に会えて嬉しい」

(王子様!?)


 清良に耳元で王子様と囁かれ、フェリックスは歓喜した。


「本当の王子さまは私の夫ですけど」


 フェリックスから離れた清良はひそひそ声で告げる。

 そこでフェリックスは、清良と大翔が前世の幼少期から”大人になったら王子様が迎えに来る”という約束を守り続けていたことを思い出した。

 フェリックスの完璧なスタイルはセラフィの理想の王子様を体現することだったことも。


「盛り上がっているところすまぬが、わらわには全く話が見えんのじゃ」

「す、すみません! 慣れない場所に突然飛ばされて、さぞお疲れですよね」


 腕を組み、イザベラは退屈そうな表情を浮かべていた。

 三人が盛り上がっている中、イザベラは仲間外れだったからである。

 清良は不機嫌なイザベラに謝り、二人分の来客用のスリッパを手早く用意した。


「陛下、靴を脱いでこちらに履き替えてください」

「うむ」


 イザベラは清良に従い、通路をすたすたと進んでゆく。


「ここがハルトとセイラの家なのか?」


 イザベラは通路先にあるドアを開けた。


「おおおおお!」


 ドアを開けた先、目の前に広がる夜景にイザベラは驚嘆していた。


「そなたたちは天空に暮らしておるのか!?」


 夜景を目にしたイザベラは素直な感想を大翔と清良に話す。


「天空……、イザベラの例えは斜め上だな」


 イザベラの例えを聞いた大翔は腹を抱えて笑っていた。

 フェリックスは夜景に見とれているイザベラの傍に近づき、説明する。

 一等地に建てられていることもあり、ここから東京タワーが見える。

 フェリックスは東京タワーを指し、ここよりも高い建物があることをイザベラに教える。

 イザベラはフェリックスの説明に耳を傾け「すごい、すごい」と文明の力に感動していた。


「そろそろいいか?」


 大翔がフェリックスたちに声をかける。


「満足じゃ」


 イザベラが答え、二人は大翔と清良に向き合う形で座った。

 テーブルには人数分の紅茶と各自の焼き菓子が用意してあった。


「さて、話をしようか」


 大翔の一言を皮切りに、長い話が始まった。



 まず、フェリックスと大翔はイザベラに真実を話す。

 イザベラの暮らす世界は乙女ゲーム【恋と魔法のコンチェルン】そのままで、フェリックスと大翔の魂はある日を境に入れ替わったのだと。

 そして、清良はフェリックス専属のメイドという前世の記憶を持った状態で転生した女性だということも。

 イザベラは信じられないといった表情をしていたが、自身の手の甲をつねって痛みを感じ、現実であることを受け入れていた。


「イザベラ、魔法具を買った露天商に元の世界へ戻る方法を聞いたか?」


 すべてを話し終えた後、大翔がイザベラに問う。


「使い方だけしか教わらなかった」


 イザベラは首を横に振り、元の世界へ戻る手段がないことを正直に告げる。


「そうか……」


 大翔は腕を組み、考え込んでいた。


「ミランダの出産が近づいているんだ。なるべく早く帰りたいんだけど……」


 フェリックスはゲーム世界に早く戻りたい理由を述べる。

 現代とゲーム世界の時間はリンクしている。

 ここで一日滞在すれば、向こうの世界でも一日経過しているのだ。


「元の世界に戻る方法は俺にも分からん」


 大翔は結論を出す。

 フェリックスとイザベラは落胆していた。


「だが、手がかりを見つける方法ならあるぞ」

「えっ、本当!?」


 続けて大翔はフェリックスたちを期待させるようなことを言う。

 その手段とは――。


「【恋と魔法のコンチェルン】の制作者に会いに行かないか?」


 乙女ゲームを制作した人物に会いに行くことだった。



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