【恋と魔法のコンチェルン】のオープニングが流れる。
「ほう、小娘とライサンダー……、モンテッソの小僧も映っているな」
イザベラはオープニングにて、自身が知っている人物の名を呟く。
「わらわじゃ!」
オープニングが進むとイザベラが登場する。
「わらわがテレビというものに映ったぞ!!」
画面の向こうに自分の姿が映り、イザベラが反応する。
オープニングが終わると、ゲームの画面に切り替わる。
スタート、コンティニュー、セッティング、ギャラリーと選択肢が並ぶ。
「どれを選択すればよいのじゃ?」
イザベラがフェリックスに問う。
【恋と魔法のコンチェルン】は一つのエンディングを見るために約十時間はかかるゲーム。
イザベラとじっくりプレイするとなると、周回ボーナスがあったとしても三倍の時間は覚悟しておいた方がいい。
(明日、ゲームの制作者に会うんだから……、ストーリーだけ知っていた方がいいよな)
明日の予定を思い浮かべたフェリックスは、イザベラにギャラリーを選ばせる。
「一から遊ぶのは大変なゲームだから、話だけ観ようか」
「そ、そうか……」
イザベラは残念そうな表情を浮かべたものの、フェリックスの指示に従い、ギャラリーを選択する。
「一番上のものを選択して」
プロローグを選択させ、少しするとクリスティーナのモノローグが始まった。
「イザベラは一番下に流れている文字は読める?」
フェリックスは日本語とゲーム世界の言語を読み取れるが、イザベラはどうなのだろうか。
「全く読めぬ。じゃが、クリスティーナとやらの言葉は理解できるぞ」
言葉は理解できるが、現代の文字は読めないようだ。
この状態では乙女ゲームをプレイさせるのは難しい。
幸い【恋と魔法のコンチェルン】のストーリーはフルボイスのため、文字が読めないイザベラでも内容を把握できる。
ギャラリーを選ばせて正解だったとフェリックスは思った。
「おっ、リドリーじゃな」
イザベラはゲームに没入してゆく。
(ゲームのイザベラは国民の慈悲を聞かず、気に入らない人間はすぐに処刑をする悪の女王として描かれてる)
フェリックスはゲームでのイザベラの扱いを見て、当人が怒らないか不安になる。
そう考えている内にプロローグが終了し、メニュー画面に戻った。
イザベラはフェリックスの説明を聞かずに、続きのストーリーを再生している。
ゲームの操作にもう慣れたみたいだ。
「わらわはいつ登場するのじゃ?」
フェリックスの懸念と裏腹にイザベラは自分がゲームに登場することを心待ちにしていた。
☆
それから時間が経ち、夕方。
休憩を挟みつつ、フェリックスとイザベラは【恋と魔法のコンチェルン】のストーリーを視聴していた。
ヴィクトル、レオナール、アルフォンス、ライサンダーと続き、次は問題のエリオットルートだ。
そしてフェリックスが懸念していたイザベラがゲームで登場する。
始めは物語として楽しんでいたイザベラだったが、自分の扱いに苛立っていた。
「わらわはこんなことで民の首を撥ねたりしない!!」
案の定、イザベラは自身のゲームでの扱いに文句を言い始め、不満たらたらである。
「こ、これはゲームでのイザベラの役割だから。僕はイザベラが国民を大切にしていることを知ってるよ」
「そうじゃな……、これは物語でのわらわ。小娘も数々の悪事をクリスティーナに行い、チェルンスター魔法学園を退学しておるしのう」
フェリックスはゲームでのイザベラは現実の彼女と違うことを説く。
イザベラはフェリックスの言葉に耳を傾け、悪役令嬢役であるミランダもゲームで散々な目に遭っていることを思い出し、納得していた。
二人が話していると、エリオットがイザベラの罪を糾弾するシーンが訪れた。
『お前は女王の権力欲しさに夫と息子に毒を盛った、悪女だ!!』とエリオットがイザベラに告げるシーン。
(僕はこれを信じているわけだけど、イザベラは本当に皇帝に毒を――)
フェリックスはイザベラの反応を見守る。
イザベラはエリオットのセリフを聞いた途端、ポーズのボタンを押し、ストーリーを静止させた。
「……フェリックス、もうこのゲームを終えたい」
問題のシーンを見たイザベラは『冤罪だ』と怒るのではなく、顔が真っ青になっていた。
イザベラはフェリックスに密着する。
本心で言っているのだと分かったフェリックスはコントローラを操作し、ゲームを終える。
「この後、わらわはどうなるのじゃ?」
イザベラはこの先の展開をフェリックスに問う。
フェリックスは少しの沈黙の後、イザベラに告げる。
「エリオットが所属する革命軍に追い詰められて、イザベラは王国を追い出される。最悪、国民の前で処刑される」
「革命が成功するわけか」
「うん。ゲームではね」
「昨日、フェリックスは『ゲームの通りに出来事が起こっている』と申していた。であれば、わらわは革命を阻止できず、民を守れず死んでゆく未来なのじゃな」
「……いいや、僕はその未来を回避するために動いてきた。クリスティーナはエリオットではなくレオナールと結ばれた。だから、革命は起こらない」
フェリックスは訪れるかもしれない未来に怯えるイザベラを強く抱きしめた。
「僕が起こさせない。君を絶対に守る」
「……フェリックス」
「イザベラ」
フェリックスとイザベラは互いに見合う。
キスをしたいと、イザベラに顔を近づけるフェリックス。
唇が触れる直前に、イザベラの唇が動く。
「フェリックスはエリオットが申したことを信じているのか?」
革命が起きぬよう、エリオットルートを回避してきた。
だが、”イザベラが皇帝と息子を毒殺した”という疑念は晴れていない。
その迷いでフェリックスはピタッと止まった。
「信じているのじゃな」
「……うん」
イザベラから顔を離し、フェリックスは頷いた。
「違うっ」
イザベラは自身にかかっている疑惑を必死に否定する。
「わらわは……、私はあの人を殺していない!」
イザベラはフェリックスに身の上と事件の真実を語り始めた。