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第112話 女王は生い立ちを語る

 イザベラは高級娼館に捨てられた子供である。

 実母はとても美しく、平民でありながら何人もの大貴族に寵愛された存在だった。

 シャドウクラウン伯爵もイザベラの実母を愛したその一人だったとか。

 だが、実母はイザベラを出産した後、彼女を置いて高級娼館から去っていった。

 残された赤子のイザベラはシャドウクラウン伯爵家の実の娘として育てられた。

 実母の容姿を受け継いだイザベラは幼少期から浮世離れした美しさで周りを魅了した。

 それに嫉妬したのか、兄や姉からは「娼婦の子供」と虐められ、シャドウクラウン夫人からは「父親が誰か分からない醜い子供」として酷い扱いを受けた。



「イザベラ、姿勢が悪い!」


 イザベラが七歳になると五人のマナー講師が付き、朝から晩まで教育を詰め込まれた。

 食事や歩き方はもちろん、言葉遣いと雑学などを叩きこまれた。

 教育の合間、椅子に座って休憩をしていたイザベラは一人の講師に注意され、椅子を思い切り蹴られた。

 不意に蹴られたため受け身が取れず、イザベラは床に強く叩きつけられた。


「うう……」


 イザベラは痛みでなかなか起き上がれない。


「ウォーキングの時間だ。立て!」

「……」


 イザベラは身体を丸め、講師の命令を無視する。


「いたいっ」


 講師がイザベラの腕を掴み、強く引っ張る。

 引っ張られ、講師に持ち上げられたイザベラは腕が痛いと訴えた。

 強制的に立たされたイザベラは講師が用意した踵の高い靴に履き替える。

 つま先がきつく、立っているだけで踵が痛い。


「さあ、歩け」


 イザベラは講師の前でウォーキングをする。

 しかし、講師は黙ったままでイザベラはずっと歩かされる。


(痛い、もう疲れた……)


 靴擦れを起こしているイザベラは正しい姿勢で歩くことが辛くなっていた。

 だが、ここでウォーキングのフォームを崩せば講師に怒られる。

 評価を下げればシャドウクラウン伯爵の耳に入り、食事を抜かれる。

 酷い時は長文の反省文を書かされ、睡眠時間を削られた。

 絶対に評価を落としてはいけない。

 イザベラは歯を食いしばり、ウォーキングの授業を耐えた。


「そこまで」


 イザベラは講師の言葉に安堵する。


「だが、授業前に姿勢が崩れていたことは伯爵に報告する」

「っ!?」

「どこにいても誰かに見られていると思え」


 講師はそのような評価を下すと、部屋を出て行った。

 一人になったイザベラは大粒の涙を流した。


「つらい、つらいよお」


 イザベラは声を抑えて自分の気持ちを吐き出す。

 泣いているのが分かれば、部屋の外から誰かが入って来てイザベラを罵倒するからだ。


「誰か助けて……」


 イザベラは小声で助けを呼ぶ。

 だが、捨て子のイザベラはシャドウクラウン伯爵に養われることでしか生きていけない。

 味方のいない過酷な環境で生き残るしかなかった。



 月日が経ち、イザベラは十五歳になった。

 過酷な環境にいたものの、イザベラはスタイル抜群の美女に成長した。

 イザベラはドレスとアクセサリーで着飾り、育ての親であるシャドウクラウン伯爵と共にコルン城にいた。


「イザベラ、お前はこのために育てたんだ」

「はい……、お父様」


 待っている間、シャドウクラウン伯爵はイザベラに声をかける。

 イザベラを拾い、彼女に詰め込み教育を強要した理由。

 それはイザベラを皇帝の第三王妃にするためである。


(選ばれなかったら……、私は期待の子から一気にいらない子になる)


 シャドウクラウン伯爵に期待の言葉をかけられ、イザベラは最悪の状況を想像する。

 体の震えが止まらない。

 ガチャ。

 ドアが開き、護衛の騎士と共に皇帝が現れた。

 イザベラとシャドウクラウン伯爵は深々と頭を下げる。


「頭を上げよ」


 皇帝の声で二人は顔を上げた。


「して、シャドウクラウンよ。何度も縁談の手紙を貰っているが、我には二人の妻がいて――」


 皇帝はイザベラとの結婚に否定的だった。

 理由としては二人の妻で十分。三人目はいらないという単純なもの。

 書面で何度も縁談を断っていたらしいが、シャドウクラウン伯爵は諦めなかったようだ。


「陛下、ですので実際に会って判断してもらおうと思い、イザベラを連れてまいりました」

「……」


 シャドウクラウン伯爵はイザベラの背を押し、前に出させる。

 皇帝はイザベラをまじまじと見つめる。


(お願い、私を選んで!)


 イザベラは皇帝に強く願った。


「前言撤回。我はこの娘を妻に迎えたい」

「っ!」


 皇帝はイザベラの望む答えを即答した。

 イザベラは内心の喜びを隠しつつ「ありがたき幸せ」と何度も何度も練習した一礼をする。


 その後、十五歳のイザベラは三十五歳の皇帝と結婚し、一年後に皇子のエリオルが誕生した。

 過酷なソーンクラウン伯爵家から離れ、皇帝に愛され、男児を産んだイザベラは幸せの絶頂にいた。

 皇帝はイザベラを他の二人の王妃よりも連れ歩くようになり、イザベラは皇帝から政治を教わるようになる。

 夜会を通じて有力貴族と話す機会も増えた。

 エリオルも大事な世継ぎとしてすくすくと成長してゆく。


 更に三年後、イザベラが十八歳、エリオルが三歳になった。

 イザベラはエリオルと共にソファに座り、来客を待っていた。

 エリオルはイザベラの膝を枕にし、ソファに寝転がっていた。


「ママ……、おそとまだあ?」


 エリオルは退屈しており、関心は外遊びに向いている。

 イザベラはエリオルの頭を優しく撫で「まだよ」と優しく諭す。


「……」


 エリオルの背をトントンと叩いていると、それが心地よかったのかすやすやと寝息を立てている。


「かわいい」


 エリオルの寝顔を目にしたイザベラの表情が柔らかくなる。


「イザベラさま、シャドウクラウン伯爵がまいりました」

「通せ」


 イザベラの傍にいたメイドから訊く。

 来客は育ての親、シャドウクラウン伯爵。

 イザベラを第三王妃に迎えたあと、一切連絡をしてこなかった彼が今更「会いたい」と言い出したのだろうか。


「イザベラ、久しいな」

「お久しぶりです。お父様」

「おお、この子がエリオルか」

「はい」


 簡単な挨拶を交わしたあと、シャドウクラウン伯爵はイザベラの膝で眠っているエリオルに関心を示した。


(狙いはエリオルなのかしら……)


 昔、イザベラにした詰め込み教育をエリオルにするつもりなのだろうか。

 不安な気持ちでいっぱいなイザベラはエリオルを撫でた。


(大事なエリオルにそんなことはさせない)


 イザベラは毅然とした態度で育ての親と向き合う。


「お父様、話とは一体なんでしょうか?」


 イザベラは本題を聞く。

 向かいのソファに座ったシャドウクラウン伯爵はイザベラではなく、彼女の傍にいるメイドやドアの傍にいる兵士へ視線を向けている。

 二人に聞かれたくない話なのだと判断したイザベラは、メイドに「三人だけにして欲しい」と命じ、彼らを部屋の外へ出した。

 部屋にはイザベラとエリオルとシャドウクラウン伯爵の三名だけ。


「イザベラ、お前はよくやった」


 シャドウクラウン伯爵は胸ポケットから小瓶を取り出し、テーブルに置いた。


「皇帝の第三王妃に見初められ、エリオルを産んだ。期待通りの成果だ」


 小瓶の中の液体は赤黒い色をしており、イザベラは嫌な予感がした。


「皇帝もお前を深く愛している。そろそろ次の段階へ移る頃合いだ」

「……」


 次の段階。

 イザベラの幸せな生活はシャドウクラウン伯爵にとって作戦の内。


「これはコードといって、主に暗殺に使われる猛毒」

「っ!?」


 小瓶の中身を聞き、イザベラは息をのんだ。


「これを皇帝の酒に混ぜろ」


 シャドウクラウン伯爵はイザベラに皇帝の毒殺を命じた。


(お父様は私とエリオルを利用して政権を乗っ取るつもりだったんだ)


 ここでイザベラはシャドウクラウン伯爵の真の目的に気づいた。

 皇帝を亡き者にし、幼いエリオルを利用して政権を裏で操る魂胆なのだと。


「……できません」


 イザベラはシャドウクラウン伯爵の命令を断った。


「なんだと?」


 シャドウクラウン伯爵の態度が豹変する。


「捨て子だったお前をここまで立派に育てたのは誰だ? 育ての親を裏切るのか!?」


 シャドウクラウン伯爵がイザベラに激昂した。

 この頃のイザベラは育ての親よりも皇帝と息子を愛していた。

 皇帝は二人目を望んでおり、イザベラはそれに応えようとしていた。


(怖いけど……、弱さを見せてはだめ)


 自身を奮い立たせようとしたが過去のトラウマが蘇り、反論ができない。


(どうしよう、何か言わなきゃ――)

「えっ、うえええええ」


 イザベラが迷っていたところで、突然エリオルが目覚め、泣きだした。


「エリオル、怖い夢をみたの?」

「パパ……、ママ……」

「大丈夫。ママはここにいる」


 イザベラはエリオルを優しく抱きしめ、耳元で優しい言葉をかけた。

 エリオルはイザベラの胸の中にいることが分かると、次第に泣き止み、にこりと笑った。

 その笑みを見たイザベラはエリオルから勇気をもらった。


「お父様」


 イザベラは毅然とした態度でシャドウクラウン伯爵に告げる。


「私は貴方の要求に従えません! それを裏切りと思うのでしたら、そうとらえてもらって構いません」


 要求の拒否とシャドウクラウン伯爵家との決別を。


「ただ、私を育ててくれたことには感謝しています。夫とエリオルに会えて私は幸せです。今までありがとうございました」

「まて、イザベラ! 話はまだ――」


 引き留めようとするシャドウクラウン伯爵を背にイザベラはエリオルを連れて部屋を出た。


 その後、イザベラは皇帝にシャドウクラウン伯爵の思惑を暴露した。

 結果、シャドウクラウン伯爵家は爵位をはく奪され、シャドウクラウン家となり、貴族社会から追放されることとなった。



 二か月後、イザベラ、皇帝、エリオルの三人は現地視察という名の旅行を楽しんでいた。

 だが、イザベラは体調がすぐれないため先にコルン城へ帰ることとなる。

 帰りの馬車の中、イザベラは自身の腹部を大事に撫でていた。

 この体調不良は第二子の兆候ではないかと思っていたからである。


 コルン城へ到着し、イザベラはすぐに妊娠検査を行った。

 結果を待つ間、イザベラは城内の不穏な空気を感じ取る。


「……イザベラさま」

「お主、夫の護衛騎士だったな……、その傷はどうした?」


 イザベラの前に傷だらけの護衛騎士が報告に現れる。

 彼は皇帝とエリオルの護衛にあたっていた騎士だった。

 嫌な予感がする。

 そう思いながらも、イザベラは護衛騎士の状況報告を待った。


「報告します。陛下と殿下を乗せた馬車が何者かに襲撃を受け、崖に落下いたしました」


 護衛騎士の報告を聞き、イザベラの表情は真っ青になる。


「襲撃者の撃退は完了し、現在馬車の捜索を行っております」

「捜索を続けなさい! 早く夫を見つけるのよ!!」

「はっ」


 イザベラはすぐに護衛騎士に命令を送る。

 護衛騎士はイザベラに深く頭を下げ、すぐに行動に移った。


「イザベラさま」


 妊娠検査を終えた女医がイザベラに声をかける。


「検査の結果は……、陰性でした」


 女医は検査結果をイザベラに告げる。


「そう……」


 皇帝と息子が行方不明であること、妊娠結果が陰性であることを告げられ、イザベラは絶望した。


 数日にも渡る捜索で、壊れた馬車と皇帝の遺体を発見した。

 周辺にエリオルの遺体はないが、馬車の惨状から即死だと判別される。

 イザベラはコルン城に運ばれた皇帝の遺体を見て涙する。

 それは第一王妃、第二王妃も同様だった。

 国葬が終わり、一週間、喪に服した後、検証結果がイザベラに伝わる。

 皇帝の死因は刺殺。傍にあったナイフの刃先から”コード”という猛毒が付着していたことが判明した。


(コード……、まさか)


 イザベラは毒の種類を聞き、はっとする。

 コルン城を訪れたシャドウクラウンが同様の毒をイザベラに差し出していたことを思い出したからだ。


「イザベラさま、コンチェルン帝国はこれからどうすれば――」


 大臣の一人が不安を口にする。

 皇帝の死後、彼らはイザベラに相談することが多くなった。

 一番、皇帝の傍にいたのがイザベラだったからである。


「……」

「マグノリア第一皇女とフリージア第二皇女も不審な死を遂げ、世継ぎはもうマクシミリアン公爵の子息、フェリックス殿しか――」


 大臣の口ぶりからフェリックスを皇帝にする案には否定的なのがうかがえる。

 皇帝の甥であるフェリックス・マクシミリアンをチェルンスター魔法大学から呼び寄せる案も検討はされている。

 だが、すぐに実行に起こさないのはフェリックスが他者を寄せ付けない性格で、皇帝の資質ではないと判断されているからだ。

 一国の主が不在の状況が長引けば、政治は不安定となり、隣国が攻め入る隙を与えてしまうだろう。

 国が傾き、国民が不安になる。

 イザベラは考えた末、決心した。


「私が、わらわがコンチェルン帝国を統べる」


 女王として帝国を統べることを。


 女王となったイザベラは最初の仕事として、すべての元凶であるシャドウクラン一家を根絶やしにした。

 育ての両親、義兄姉、その子供たちを強大な泥魔法で皆殺しにしたのだ。





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