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第114話 僕たちはゲームの制作者に会いに行く

 翌朝。

 フェリックスは二日酔いの状態で目覚めた。

 フェリックスの隣には一糸まとわぬ姿のイザベラがすやすやと眠っていた。

 そーっと布団をめくると魅惑的な裸体を拝むことができ、思わずニヤついてしまう。


(昨日の夜は、酒に酔ってたのかイザベラが受け身で最高だったなあ)


 昨夜は立場が逆転しており、違う一面のイザベラを感じたフェリックスはその時のことを思い出しただけで興奮してしまう。


(ギリギリまで休ませてあげよう)


 フェリックスはイザベラに布団を掛け、自分は新しい衣服を身に着けリビングへと向かった。


「おはよう」

「よう」

「おはようございます」


 リビングでは大翔がソファに座り、コーヒーをすすっていた。

 テレビには異世界系のアニメが映っており、大翔が観ているなんて意外だとフェリックスは思った。

 清良はキッチンにいて、調理器具の後片付けをしていた。

 テーブルには二人前の朝食が置かれており、大翔と清良は先に朝食を摂っていたみたいだ。


「昨日は激しかったな」

「……まあね」


 大翔から昨夜の感想を貰い、フェリックスは顔を真っ赤にする。


「出発はいつ?」


 イザベラとの夜について話を広げられたくなかったフェリックスは大翔に別の話題を振る。


「十一時。イザベラはもう少し寝かせても大丈夫だ」


 現在は八時。

 シャワーを浴び、着飾り、化粧をするなどの用意があったとしても、あと一時間は眠れるだろう。

 イザベラを起こすまでの間、フェリックスは清良が用意した朝食を食べ、シャワーを浴びる。

 髪を乾かし、さっぱりしたところで大翔の隣に座った。

 大翔は異世界系のアニメを見終わり、日常系のアニメへ移っていた。


「君がアニメを観るなんて――」

「意外か?」


 大翔のことだからニュースやドラマを観ているものだとフェリックスは思っていた。


「俺が観てたのは清良が声優をやっているものだ」


 大翔はスマホを操作し、キャスト一覧をフェリックスに見せる。

 異世界系はヒロイン役、日常系では主人公役で出演しており清良の仕事は順調のようだ。


「深夜に放送されるアニメだから、録画して休日にまとめて視聴してるんだ」

「へえ」


 大翔の話を聞いた後、フェリックスはアニメに没入する。

 よくある展開だったが、キャラクターの一人に清良の声が当てられていると思うと楽しめた。


「さて、イザベラを起こしてくるよ」

「イザベラにこれを着せて、浴室に連れてきてください。シャワーは私がやります」

「うん、わかった」


 フェリックスはソファから立ち、清良からイザベラ用のガウンを受け取った。

 そして、深い眠りについているイザベラを起こす。



 二日酔いのイザベラを車に乗せ、フェリックスたちは大翔の運転で【恋と魔法のコンチェルン】の製作者が所属するゲーム制作会社へ向かう。


「わあ……」


 神奈川県にあるゲーム制作会社の自社ビルに到着した一行。

 受付嬢に用を話し、入館証を貰う。

 そして四人は受付嬢の案内で応接室に着いた。


「入るぞ」


 代表して大翔がドアをノックする。


「どうぞ」


 部屋の中から渋い男性の声が聞こえた。

 ドアを開けると、声の主がフェリックスたちを待っていた。


「っ!?」


 男はフェリックスたちが入室すると驚いた表情をしていたが、すぐに平静に戻った。


「江湖山さん、お久しぶりです」

「やあ、セイラさん。アニメの収録お疲れさま」


 清良が男と握手をする。

 男の名は江湖山一輝えごやまかずき。【恋と魔法のコンチェルン】の原作者兼総合プロデューサーだ。

 背は平均的で、白髪混じりの黒髪を整髪剤で固め、顎髭を切り揃えたスーツが似合う中年男性だった。

 この面会が実現したのは清良がミランダ役として出演していたからのようだ。


「紹介します。夫の大翔と夫の知り合いのフェリックスとイザベラです」


 清良がフェリックスたちを紹介する。


「……なるほどねえ」


 江湖山はまじまじとイザベラを見つめ、独り言を呟いた。

 イザベラは見知らぬ男性にじろじろと見られ、眉をしかめている。


「立ち話もなんだ、座ってくれ」


 江湖山は席に座るよう促す。

 フェリックスたちは空いている席に座った。

 少しすると女性が入ってきて、五人分のペットボトルの水が配られる。


「さて、セイラさん。話はなんだい?」

「あの……、信じがたい話なのですが」


 清良は江湖山に前世の記憶を持った状態で産まれたこと、その前世が江湖山の制作したゲームに激似であることを説明した。

 清良の話が終わると大翔も同様の記憶を保持しており、それが縁で清良と結婚した旨を江湖山に伝える。


「それが本当であれば、運命的な出会いだね」


 清良と大翔の話を聞いた江湖山はそのような感想を述べる。


「江湖山さんはあのゲームのお話をどのように思いついたのかお聞きしたくて」

「……なるほど」


 前置きをし、清良は本題を江湖山に告げる。

 【恋と魔法のコンチェルン】の本編はどうやって思いついたのかと。

 江湖山は手を顎にあて「うーん」とうなりながら当時の事を思い出している様子。


「とぼけなくてもよい」


 黙っていたイザベラが江湖山に話しかける。

 その口調は高圧的で教えて貰う立場の話し方ではない。


「お主の予知夢であろう、我が夫フォルクスよ」

「イザベラ……、もう少し演技に付き合ってくれてもよかったのに」


 イザベラは原案を思いついた理由と江湖山の正体を述べる。

 それを聞いた江湖山は深いため息をついた後、意味深なことを呟いた。


「えっ!? フォルクスって――」


 フェリックスはその名前に反応する。

 コホンと江湖山は咳払いをする。


「我の前世の名はフォルクス・バン・コンチェルン。コンチェルン帝国の皇帝なり」


 江湖山は威厳のある声で自身の前世を明かした後「今はしがない会社員だけどね」といつもの調子に戻る。


「ええ!? 皇帝も転生しちゃったんですか?」


 事実を聞いたフェリックスは驚愕する。

 だが、驚いていたのはフェリックスだけで他三人は納得していた。


「予知夢といえば叔父上だからな」

「私も転生できましたし、フォルクス皇帝が転生しても驚きません」


 大翔と清良がそれぞれ驚かない理由を述べる。


「そうそう、目が覚めたらこの身体になっててさあ! びっくりしちゃった」


 江湖山は豪快に笑っていた。

 江湖山の姿を見たフェリックスは生前のフォルクス皇帝は愉快な人だったのかもしれないと思った。


「イザベラ、君が現れたときは心臓が止まるかと思った」

「ああ、本当にフォルクスなのね……」


 イザベラは愛した夫と再会できたことを喜んでいた。


「フェリックスもこの世界に迷い込んでしまうとは……」

「あ、えーっと、僕は……」


 江湖山がフェリックスに同情する。

 しかし、江湖山の知るフェリックスは自分の隣に座っている大翔である。

 それを説明しようと試みるも上手くいかない。


「フェリックスは俺だ。俺とこいつは身体が入れ替わっている」

「入れ替わり……、そういうパターンもあるのか」


 説明に困るフェリックスの代わりに大翔が江湖山に話してくれた。

 大翔の簡潔な説明に江湖山は納得する。


「僕はゲームにとてもよく似ている世界の”フェリックス・マクシミリアン”として転生し、ゲームのストーリーを元に事件を解決していました。でも、現実はゲームと異なる事件が起こっていて――」


 フェリックスは事件の内容をぽつぽつと江湖山に説明する。

 全てを聞き終えた江湖山は「そうなるよね」とぼやいた。


「ゲームのお話は僕の予知夢を元に、三人のシナリオライターが創作したものだから。原案は……、僕の仕事部屋のどこかに転がってるんじゃないかな」


 ゲームの内容と事実が異なっていた原因は、創作が混じっていたからのようだ。

 江湖山が書き記した原案、予知夢の内容は仕事部屋のどこかにあるという。

 物語は終盤に差し掛かり、ゲームの内容や夢日記では救えない事件が起こるかもしれない。その時に備えて江湖山が書いた原案を手に入れておきたい。


「それはわらわが探す。こやつは目を離すとすぐに部屋を散らかすでのう」

「僕もイザベラがいなくて困っていたよ。ここにいる間、部屋の掃除をしてくれるかい?」

「うむ」


 江湖山の性格を知り尽くしているイザベラはため息をつく。


「ただ、僕の予知夢は絶対だからねえ。最悪な結末も書いてあるかもしれないよ」


 江湖山は試すようなことをフェリックスに言う。

 フェリックスは言葉に詰まる。


「けどね、入れ替わったフェリックス君。僕は君のことを予知夢で視てない。イレギュラーな君がいたら未来が大きく変わるかもしれないね」

「ほ、ほんとですか!?」


 江湖山にとってフェリックスはイレギュラーな存在。

 フェリックスの行動によって最悪の運命を変えられるかもしれないと希望をもらう。


「じゃあ、革命が失敗してイザベラが助かることも――」

「さあ、それはどうだろう。君たちは僕の目の前にいるからね。もう一つの結末”行方不明”になるのでは?」


 ゲームにはイザベラが帝国から追い出されるエンディングもある。

 江湖山はその結末を迎えたのではないかとフェリックスに告げる。


「君たちがあの世界からここに来て二日。イザベラが行方不明になり混乱した政権。その情報を嗅ぎつけた革命軍は全勢力をけしかけ、政権を奪おうとするだろうね」

「革命が起こる……」

「まあ、ソーンクラウンもいるし、リディアもいる。そう簡単には勝てないだろう」


 江湖山は革命が起こったとしてもソーンクラウンの統率があれば時間は稼げるだろうと述べる。


「リディア……?」


 フェリックスは聞き覚えのない名を訊き、首をかしげる。


「お主の仕事先の先輩、リドリーじゃ」

「リドリー先輩!?」

「今は偽名を使ってたんだっけ」

「うむ。リディアは現役の頃、千人の敵兵を一撃で屠る最強の魔術師だったのじゃ」

「あのリドリー先輩が……?」


 フェリックスは江湖山とイザベラの言葉を信じられなかった。

 何故、最強の魔術師が軍を退役し教師をやっているのか。

 理由を聞きたいが、それは今ではないだろうと思い。フェリックスは疑問を飲み込む。


「その二人がいたとしても……、革命は成功するんですか?」

「僕の予知夢ではね。そのあとはシャドウクラウンの思うがままさ」


 江湖山の余地では革命が成功し混沌の時代が訪れるという。

 シャドウクラウンが政権を手に入れ、独裁政治が始まる。

 フェリックスはその結末を一部知っている。バッドエンドの内容で。


「兄上に帝国を奪われてしまう」


 結末を知ったイザベラはわなわなと震えている。


「フェリックスとイザベラを元の世界に戻す方法はないのですか?」


 大翔が江湖山に問う。

 江湖山は少し考え、答えた。


「一つ、可能性はあるかな」


 江湖山は胸ポケットにしまっていたペンを取り出し、それでフェリックスを指す。


「フェリックスが予知夢に目覚めれば、元の世界に戻る方法が分かるかもね」


 江湖山は一つの可能性を示した。



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