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第115話 僕と女王は結婚写真を撮る

「僕が……、予知夢を?」


 フェリックスは江湖山の言葉を反芻する。

 そして首を傾げた。


「予知夢はコンチェルン家の男児が体得する特殊能力だ」

 首をひねるフェリックスに大翔が解説してくれた。


「入れ替わりが完全なものとなっているなら、君が予知夢を観ることが可能なのでは?」


 セラフィが清良に転生し、大翔と結婚したことで互いの魂は定着した可能性がある。

 現に、フェリックスは水属性と土属性の魔法を使いこなし、四属性を扱えるようになった。そして限定的ではあるが光魔法を体得した。

 ならば、予知夢だって体得できるのではないのかというのが江湖山の推測だ。


「予知夢を使いこなせば、あの世界に戻る方法を夢で視るかもしれないってことですか?」

「そうそう。予知夢が覚醒する条件は人による。僕は王位を継いだ翌日だ」

「俺はセラフィを庇って毒を飲んだときだ」


 江湖山と大翔の覚醒条件はそれぞれ違う。

 フェリックスは何をしたら覚醒するのだろうか。


(深い眠りにつけたらかなあ?)


 二人の話を聞いてもピンと来ない。


「……そろそろ面会時間が終わるね」

「江湖山さん、教えてくださりありがとうございます」

「僕は大したことをやっていない。だが、イザベラに再会できてよかった」

「……わらわもじゃ」


 約束していた面会時間が終わる。

 江湖山がぼやくと清良はお礼の言葉を告げた。

 江湖山はじっとイザベラを見つめている。


「僕の代わりに帝国をまとめてくれていた。夢でしかみていないが、君の統治は僕よりも上手だ」


 江湖山にべた褒めされたイザベラはそっぽ向くも照れている。


「君に話さなきゃいけないことがある。それは資料整理しながらかな」

「うむ」


 江湖山とイザベラの会話を最後に面会時間が過ぎる。

 フェリックスたちは席を立ち、江湖山と共に会議室を出る。


「話を付けておくから、イザベラとフェリックスは明日からオフィスに来てくれ」


 簡単な約束を取り付け、江湖山との面会が終わった。



 翌日、フェリックスとイザベラは電車とバスを乗り継ぎ、ゲーム制作会社へやってきた。


「昨日よりもしんどいのう」


 通勤が初めてのイザベラは会社へ着いてすぐ弱音を吐いた。


「知らぬ男に尻を撫でられたりして散々じゃ」


 イザベラはため息をつく。


(満員電車に乗って早々、痴漢に遭うなんて……)


 フェリックスはイザベラの恰好を見る。

 イザベラは黒のパンツスーツ姿で白のワイシャツを身に着けている。

 満員電車の中、このメリハリのあるボディが目の前にあったら痴漢に遭うかもしれないという想像力が足りなかった。

 フェリックスはイザベラに不快な思いをさせてしまったと反省する。


「江湖山さんに頼んで、出勤する時間を遅くしてもらおう」


 女性専用車両に乗る方法もあるが、不慣れなイザベラを一人にはできない。

 理由とイザベラの姿を見せれば、江湖山も承諾してくれるはずだとフェリックスは思った。


「あのさ……、イザベラは江湖山さんに会えてどう思ったの?」

「どう、とは?」

「フォルクス皇帝と再会できたんだよ。この世界に残って江湖山さんと暮らそうとは考えてないの?」

「……さあな」


 江湖山の仕事場に入る直前、フェリックスは胸の中で引っかかっていたことをイザベラに話す。

 イザベラはフェリックスの問いに答えようとしなかった。

 フェリックスを置いて、いつもより早歩きでビルに入ってゆく。


(これはイザベラと江湖山さんの問題。僕が首を突っ込むものではない)


 フェリックスは余計なことを言ってしまったと後悔しつつ、イザベラの後を追う。

 イザベラは一人でビルに入ったはいいものの、社内のセキュリティを越えられず戸惑っていた。

 フェリックスはイザベラの傍に駆け寄り、江湖山から貰ったカードキーをカードリーダーにタッチする。

 ピッと電子音がしたあと、先へ通れるようになる。


「いこう、イザベラ」


 フェリックスはイザベラと共に江湖山の仕事場へ向かう。

 江湖山は社内ゲームの総合プロデューサーを担当するだけあって、個室があてがわれていた。

 個室に入ったフェリックスは目の前の光景に絶句した。


(足の踏み場もないじゃん)


 江湖山のオフィスは紙が乱雑に置かれており、足の踏み場もない。

 様々のものがデジタル化している今、紙の資料だらけになっているのも珍しい。


「やはりこうなっていたか……」


 イザベラは額に手を当て、ため息をついていた。


「いつも君が資料整理してくれてたからね」


 この散らかり癖はフォルクスだった頃から変わっていないようだ。


(この人、この状態でどうやって仕事してるんだろ)


 愉快に笑っている江湖山を見て、フェリックスは彼の仕事ぶりが気になった。


「【恋と魔法のコンチェルン】とやらの仕事に取りかかっていたときのことを思い出せんのか?」

「うーん、企画からだと五年前のことだからねえ……」

「五年前か」


 江湖山の答えからイザベラは資料の山をかき分ける。


「フェリックス、ここの資料の山から片付けよう」


 フェリックスはイザベラの動きを真似して、そこにたどり着く。

 適当に資料を一枚拾うと【恋と魔法のコンチェルン】という一文を見つけた。


「ゲームのタイトルが書いてある……。この周辺に原案があるはず」


 フェリックスは紙束を作り、それを一つずつチェックしてゆく。


「凄いよイザベラ、一発で引き当てるなんて」

「……フォルクスとは三年、夫婦として過ごしたからな」


 イザベラは紙束を手に取り、難しい表情を浮かべる。


「文字が全く分からぬ」


 前の世界ではスムーズにいっていたものの、現代は言葉の壁がある。


「文字は僕が全部読むよ」


 言語の問題はフェリックスがカバーすることにした。

 イザベラにはこの世界の数字を教え、ページ数通りに並べてもらうことにした。


「ゲームの企画書、進行資料、先方からのメールは三年前のものであれば処分してもらって構わない。他に僕の手書きのメモみたいなのは残してほしい」

「わかりました」


 江湖山は捨ててもよいものと残してほしいものをフェリックスに指示する。


「うむ」


 江湖山のメモ書きであれば、文字が読めないイザベラもあらかたの判断はつくだろう。


「メモの内容は……、そこのプリンタでデータスキャンして僕のクラウドにまとめて」

「ぷりんた、でーたすきゃん、くらうど……」


 フェリックスはその指示だけで理解できるものの、イザベラは聞き慣れない用語に首をかしげる。


「じゃあ、あとよろしく」


 江湖山はノートパソコンを手にオフィスを出てゆく。

 会議か別の場所で仕事をするつもりだ。


「片づけない性格は相変わらずじゃな」


 オフィスを出て行ったあと、イザベラが江湖山に対してそう評する。


「やるしかないよね」


 フェリックスはスーツの上着を脱ぎ、シャツをまくる。

 終わりの見えない途方もない作業が始まった。



 江湖山の書類整理を始めて五日が経過した。

 【恋と魔法のコンチェルン】の原案らしきものが断片的に発掘されるも、序盤・中盤の内容であり、フェリックスが欲しい情報は得られていない。

 予知夢については、睡眠の質を上げようと様々な手段をとっていたが成果は出ていなかった。

 明日は週末。

 書類整理も週明けにしか出来ない。


(大翔にお金を貰って、イザベラと出掛けようかな)


 仕事を終え、マンションに帰宅したフェリックスは明日の予定をぼんやり考えていた。


「フェリックスさま、イザベラおかえりなさい」


 清良が先に帰宅しており、夕食の支度をしていた。

 イザベラは「何を作っておるのじゃ?」と清良に近づき話しかける。

 この五日でイザベラと清良の仲は深まり、互いに友人として接している。

 フェリックスはその二人の様子を微笑ましく眺めていた。

 調理が終わり、テーブルに料理を並べ始めたところで清良がフェリックスに声をかける。


「明日、大翔とウェディングフォトを撮りに行くのですが、お二人も一緒に来ませんか?」

「えっ、邪魔じゃない?」

「いいえ!」


 清良の誘いにフェリックスは戸惑う。

 大翔と清良の大事な用事に自分とイザベラが同行したら邪魔ではないかと。


「私がフェリックスさまと並んで写真を撮りたいのです!」

「そ、そう……」


 清良に迫られ、フェリックスは照れてしまう。

 フェリックスにとっては推しとのツーショット、清良にとっては前世の願いが叶う。

 互いにメリットしかない提案である。


「それなら一緒に行くよ」


 フェリックスは清良の提案を受け入れた。


「ありがとうございます。明日がとても楽しみです!」

(メインは大翔のはずなんだけどなあ……)


 フェリックスの返事を聞き、清良がご機嫌になっている。


「のう、ウェディングフォトというのはなんじゃ?」


 話が一段落すると、イザベラが分からないことをフェリックスに質問する。


「写真屋さんに行って、ウェディングドレスを借りて、用意されたスタジオで写真を撮ることだよ」

「式の前にドレスを着てもよいのか?」

「僕たちの世界ではいいことになってるんだ」

「写真というのは、清良が小さな箱にでーたとして入っているものよな」

「うん」

「……それ、わらわも出来るか?」


 説明してゆくと、イザベラがウェディングフォトに興味を示す。


「向こうの予定が空いていればできるかもしれない。連絡してみる」


 二人の会話を聞いていた清良が割り込み、すぐにスタジオ会社に電話で確認をとる。

 数分後、会話が終わった。


「もう一組対応できるそうだから、お願いしたわ」

「やった」


 先方から前向きな返事が貰えたようだ。

 イザベラは小さく喜んでいた。


 翌日、フェリックスたちは撮影スタジオに着いた。

 用意されたタキシードを身に着けたフェリックスは撮影スタジオにいた。

 大翔と清良は別のスタジオから撮影するそうで、彼らは別室にいる。

 大きな部屋に何パターンものセットが並べられており、どれも本格的だ。


(ここで、イザベラとウェディングフォトを撮るのか)


 フェリックスはスタジオ内をうろつきながらイザベラを待つ。


(ミランダの時は真っ白な天使みたいで綺麗だったけど、イザベラはどうかな)


 現代服姿、パンツスーツ姿と様々なイザベラを見てきた。

 どれも素敵だったため、ウェディングドレス姿のイザベラに期待が高まる。


「お客様、新婦さまの衣装が整いました」


 かなりの時間を要し、ウェディングドレスを着たイザベラがフェリックスの前に現れる。


「綺麗だ……」


 フェリックスから率直な感想が漏れた。




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