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第116話 僕は二度目の結婚をする

 純白のドレスに身を包んだイザベラはとても美しかった。

 サイドの髪を三つ編みに結わえ、イザベラの顔をはっきりを見えるようにしている。

 歩くたびに艶のある金髪が揺れ、白い花の飾りがついたベールがイザベラを神秘的にさせている。


(女神のようだ……)


 フェリックスは素直にそう思った。


「お客様?」

「あ、す、すみません。見惚れてしまって」

「分かります。新婦さまとてもお美しいですものね」


 女性のカメラマンに声をかけられ、はっとしたフェリックスは呆けていた理由を述べた。

 ”見惚れる”という単語に反応して、女性カメラマンがイザベラの美しさに同意する。


「お二人が並ぶととても絵になりますね!」


 フェリックスとイザベラが並ぶと、女性カメラマンのテンションが上がる。


「お主もカッコいい」


 イザベラがフェリックスにぼそっと呟く。彼女の頬がほんのり赤く染まっていた。


 その後、二人は様々なセットで写真を撮った。

 カメラマンに確認で写真を見せてもらうと、イザベラは大喜びしていた。


「フェリックスと結婚式がしたいと思っていたから、写真だけでも夢が叶って嬉しい」


 イザベラはセットへの移動中、フェリックスに本音を話してくれた。


「……このまま、フェリックスを独り占めできたらいいのに」


 イザベラは甘ったるい声でフェリックスを誘惑する。

 現代にフェリックスたちが来てしまった原因は、イザベラがフェリックスを独占したいと思ったからである。

 始めは妻のミランダと引き離され、不機嫌なフェリックスだったが、この世界で過ごしてゆくうちにイザベラのことが分かった気がする。

 イザベラはフェリックスの意思を尊重し、ミランダとの結婚を許してくれた。

 『二番目でよい』という言葉をフェリックスはそのまま信じていたが、イザベラはフェリックスに甘えることを我慢していただけだったのだ。

 イザベラの寂しい横顔を見たフェリックスは、ある決断をする。


「イザベラ」


 フェリックスはイザベラに声をかける。


「撮影が終わったら……、話がある」

「うむ」


 その後、写真を撮り終えた二人は大翔と清良に合流する。

 ウェディングドレス姿の清良はとても綺麗で、フェリックスのテンションが上がる。


「はあ……、フェリックスさまの正装姿。最高だわ」


 清良はフェリックスのタキシード姿を見て興奮していた。

 フェリックスの傍に寄り、舐め回すように見ている。


「複雑な気分だ……」


 清良の様子を見た大翔は顔をしかめている。


「カメラマンの人にお願いして、二時間セットを使えるようにしたの。だから――」


 清良はフェリックスの腕をがっと掴む。


「時間ギリギリまでお付き合いお願いしますね!」

「……がんばれ」


 清良に引っ張られ、フェリックスは再び撮影に入る。

 すれ違う際、大翔から声援を受けた。

 この状態の清良は誰にも止められない。

 フェリックスはくたくたになるまで、清良に付き合った。


 スタジオでの撮影と着替えが終わった。

 写真のデータは翌日届き、アルバムは一週間後に届くそうだ。


「フェリックス、話とはなんじゃ?」


 マンションに帰宅した直後、イザベラが問う。

 フェリックスはイザベラを見つめる。


「イザベラ……、結婚しよう」

「っ!?」


 フェリックスはイザベラに告白する。


「私……、その言葉をずっと待っていたの」


 イザベラははっとした表情を浮かべ、目元には涙を浮かべている。


「僕は『二番目でいい』という君の言葉に甘えていた。僕がミランダと君を平等に愛していたら、君は僕を独占しようとは思わなかったよね」

「……うん」


 イザベラは頷いた。


「私、小娘……、ミランダが羨ましかった。もし、私がフェリックスとの子供を妊娠したら、私をミランダのように愛してるかなって期待してたの」


 フェリックスはイザベラを優しく抱きしめた。


「向こうの世界での妻はミランダ、それは変えられない。でも、この世界なら僕と君が結婚した証を残せる」

「フェリックス……」


 フェリックスとイザベラは互いを見つめ合い、唇を重ね合わせた。

 イザベラとの約束から一週間後、アルバムが届いた日にマンションの一室で小さな結婚式が行われる。



 リビングは大翔と清良が飾りつけを行い、式場のような雰囲気にした。

 イザベラとフェリックスは互いにフォーマルな衣装を身に着け、イザベラの顔は白いショールで隠されている。

 神父役は大翔が務め、結婚式の文言を述べる。

 フェリックスとイザベラは互いに愛を誓い合い、指輪の交換まで進行する。


「指輪はこちらです」


 清良が二人の指輪を差し出す。

 ジュエリーショップで即購入できるペアリング。

 フェリックスはイザベラの薬指にそれをはめる。


「フェリックス、左手を出して」


 フェリックスの左手にはすでにミランダとの結婚指輪がはめられていた。


「イザベラ……、やっぱり外したほうが――」

「そのままでよい。わらわは二番目なのじゃから」


 この式をやろうと計画した際に、フェリックスはイザベラに何度も確認した。

 イザベラは一貫してミランダの指輪の上に自分の指輪を付けて欲しいとフェリックスに伝えていた。

 イザベラの答えは最後まで変わらない。

 フェリックスの一番はミランダで自分は二番目だと。

 イザベラはフェリックスの指輪を持ち、それをミランダの結婚指輪の上にはめた。

 フェリックスの左薬指には二つの結婚指輪が輝く。そしてフェリックスはイザベラと誓いのキスをする。

 二人の簡易的な結婚式はすぐに終わり、イザベラは頭にかぶっていたショールを脱ぎ、畳んでテーブルに置く。


「じゃあ、ここに名前を書いてくれ」


 大翔は二人の前に婚姻届を差し出す。

 フェリックスとイザベラはそれぞれの箇所に名前を書く。


「役場には提出できないから、俺と清良が大切に保管しておく」


 二人の名前が書かれた婚約届は二つに折りたたまれ、傍に置かれていた木箱の中に入る。


「イザベラ、これをどうぞ」


 清良はイザベラにアルバムを手渡す。

 それを開くと、フェリックスとイザベラが綺麗に映った写真が並んでおり、イザベラは「わあ」と感嘆の声をもらす。


「わらわの宝物じゃ」


 イザベラは指輪を見つめ、アルバムを大事に抱きしめた。


 その夜、フェリックスは不思議な夢を見た。

 フェリックスとイザベラが江湖山のオフィスにある大型テレビをすり抜け、元の世界に戻るものだった。

 それを視たフェリックスは飛び起きた。


「フェリックス……?」


 隣で眠っていたイザベラが目を覚ます。


「イザベラ、元の世界に戻る方法が見つかったよ」

「お主、予知夢を――!?」


 フェリックスはようやく予知夢を視ることに成功したのだった。



 翌朝、フェリックスは大翔と清良に予知夢を視たことを伝える。


「もう、お別れなんだな……」


 それを聞いた大翔はフェリックスとの別れを惜しむ。


「引き留めては駄目よ。向こうには出産を控えたミランダさまがフェリックスさまを待っているんだから」


 清良は大翔をなだめる。


「……江湖山さんのオフィスに向かう前に、帰りの支度をしましょう」


 悲しい声で清良は帰りの支度にとりかかる。


「こちら、お二人が着ていたものです」


 清良はこの世界に来た際に二人が身に着けていた洋服を持ってきた。


「イザベラ、着替えを手伝うわ」

「ありがとう、清良」


 清良はイザベラと共に寝室へと消えてゆく。

 しばらくしてイザベラの着替えが終わった。


「よし……、行くか」


 大翔と清良はそれぞれ大きな荷物を持ち、四人は車で再びゲーム制作会社へ向かう。


 四人が江湖山のオフィスを訪れると、彼はデスクに座り、パソコンを操作していた。

 資料の山で足の踏み場もなかったオフィスも、フェリックスとイザベラが掃除したおかげで掃除ロボが走れるほどに綺麗になった。


「やあ、四人で来たんだね」

「江湖山さん……、元の世界に戻る方法が分かりました」


 江湖山はデスクから立ち上がり、フェリックスを抱きしめる。


「そうか、そうか! 良かったねえ」


 フェリックスの背をポンポンと叩き、自分の事のように喜んでくれた。


「僕とイザベラがこのテレビから元の世界へ戻る夢をみたんです」

「なるほど……。予知夢を使えるようになったんだね」

「おかげさまで」


 抱擁が解かれたフェリックスはオフィス内にある大型テレビを指し、元の世界へ戻る方法を江湖山に伝えた。

 それを聞いた江湖山はフェリックスが予知夢を体得したことを喜ぶ。


「部屋も綺麗になったし、原案も全て手に入れたみたいだからね」


 江湖山のオフィスから【恋と魔法のコンチェルン】の原案は回収してある。


「原案では政権を立て直そうとしていたイザベラがシャドウ率いる革命軍に敗れ、乗っ取られる終わり方でした」


 原案はほとんどゲームと違う内容だった。

 クリスティーナ中心に描くために内容が色々変えられている。

 ただ、ミランダの結末はフェリックスが関与したからか、全く違うものになっていた。

 フェリックスが関われば原案内容を変えられるかもしれない。

 江湖山の助言は本当のようだ。


「イザベラ、ここにいれば君は死なない」


 江湖山はイザベラに近づき、彼女の手をぎゅっと握る。


「僕もいるし、大翔と清良もいる」

「フォルクス……」


 イザベラは江湖山を前世の名で呼び、じっと彼の顔を見つめる。

 フォルクスの予知夢ではイザベラは死ぬ。

 未来を知っているからこそ、江湖山はフェリックスに可能性を賭けるよりも、安全な場所で一生を過ごそうとイザベラに提案をするのかもしれない。


「ここに残って、僕と一緒に生きないか?」


 江湖山はイザベラに二度目のプロポーズをする。

 江湖山ほどの財力があれば、イザベラに不自由な生活をさせることはないだろう。


「……ごめんなさい。私は向こうの世界に帰る」


 イザベラは江湖山の提案を断った。

 握った江湖山の手が解かれ、彼の視線はイザベラの左手の薬指に向く。


「それは――」

「向こうの世界に戻ったら私は死ぬかもしれない。それでも……、わらわはコンチェルン帝国の女王。向こうの世界に帰還し、フェリックスと共にフォルクスの愛した国を守りたい」

「ああ――」


 イザベラはフェリックスに寄り添い、江湖山に本心を告げる。

 イザベラの主張に江湖山の目に涙がこぼれる。


「君はなんて素晴らしい女性なんだ」


 江湖山が涙を流したのは悲しみではなく、イザベラが一人の女性として強く育ったことに対する喜びの涙だった。


「その……、フェリックス、大翔君、清良さん、イザベラと二人きりで話をしたい。オフィスの外で待っていてくれないか」


 涙を洋服の袖で拭った江湖山は、フェリックスたちにオフィスから出るよう要求する。

 きっと、元夫婦として最後の挨拶をするのだろう。


「わかりました」


 フェリックスたちは江湖山の要望通り、オフィスを出た。



 イザベラは江湖山と二人きりになる。


「引き留めても私はあの世界に戻るわ」


 イザベラは江湖山に説得されるのかと思い、自分の意思は固いことを彼に示した。

 江湖山はイザベラの言葉を聞いて笑った。


「違うよ。我の昔話だ」


 口調がフォルクスに戻っている。

 きっと前世に起こった話をするのだろう。


「これからイザベラに話すのは、我の昔話だ。事故に遭い、死を待ち、この世界に転生する前に最期の予知夢を視たのだ」

「それがあの原案ではないの?」

「いや、あれは生前のもの。我がそなたに出会う前のもの」

「えっ」

「そなたを第三王妃に迎えたのは、我がそなたのことを予知夢で視ていたからなのだ」


 イザベラはフォルクスが視た最後の予知夢は【恋と魔法のコンチェルン】の原案なのではないかと思っていた。

 しかし、その原案はイザベラと出会う前から視ていたという事実を聞き、彼女は驚愕する。


「私を常に傍に置いて、政治のやり方を教えてくれていたのは――」

「準備していたのだ。我がいなくなったあと、そなたが国を導く存在になれるように」

「じゃあ……、あなたは命を落とす未来を知っていたの?」


 イザベラはフォルクスに問う。

 フォルクスは黙って頷いた。


「どうして話してくれなかったの!?」

「シャドウクラウンが我の毒殺を目論んでいると君の話を聞いたとき、我はあやつに殺されるのだと判った。それが判ればよかったんだ」

「まさか、馬車の事故は――」

「我が自ら殺害されやすい環境を作ったのだ。エリオルを連れていたのは、イザベラの政治に邪魔だと我が判断したから」

「そんな……」


 エリオルが命を落としたのは未来のため。

 真相を知ったイザベラは絶句する。


「だが……、シャドウクラウンの目的は我の予想とは大きく外れた」

「外れた……?」


 当時のことを思い出したのか、フォルクスは唇を噛み、悔しがっている。


「シャドウクラウンの目的は我とイザベラからエリオルを奪うこと。我の暗殺はおまけだったのだ」


 フォルクスは事故当時の出来事をイザベラに語る。

 シャドウクラウンはスレイブを使い、フォルクスが乗っていた馬車を襲撃した。

 襲撃された際、フォルクスはスレイブの一人に猛毒が付いたナイフで腹を刺され、重傷を負った。

 フォルクスはエリオルも同様に殺すのだろうと思っていた。

 だが、そのスレイブはナイフを捨て、エリオルを抱いて連れ去ったのだ。

 その後はイザベラの知る結末に至る。


「まさか――」


 フォルクスの話を聞いたイザベラはフォルクスに問う。


「エリオルは……、生きているの!?」


 二人の愛する息子、エリオルが生存しているか否かを。


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