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第117話 女王は息子の生存を知る

「……エリオルは今も生きている」


 フォルクスは重々しい口調でイザベラの問いに答えた。


「なら、エリオルはどこにいるの!?」

「今はエリオットと名乗っている」

「エリオット……?」


 イザベラはその名に聞き覚えがある。

 【恋と魔法のコンチェルン】に登場するキャラクターで「イザベラは皇帝を毒殺した」と糾弾する少年だ。原案には登場しておらず、ゲームのために創られた人物なのだとイザベラは思い込んでいた。


「あのゲームに登場するエリオットが、エリオルなの?」

「ああ。我らの息子は革命軍の手中にある」

「そんなの、ありえないわ」


 イザベラはフォルクスの主張を否定する。


「エリオルは生きていたら五歳の幼児よ。二年で十五歳の少年に成長するなんてありえないわ」

「不可能を可能にする魔法薬がある」


 フォルクスは動揺するイザベラの肩を掴み、エリオルがエリオットとなった経緯を説明する。


「”成長薬”だ。ミカエラ研究員がチェルンスター魔法大学で開発した、家畜の生育を早める魔法薬」


 四年前に新薬としてミカエラという研究員が学会にて発表した魔法薬。

 その後、彼女は魔法薬の分野で一目置かれ、魔法研究所の研究員となった。


「シャドウクラウンはそれを改造し、人の成長スピードを速める危険な魔法薬を開発した。そしてエリオルに飲ませたんだ」

「なんてことを……」

「我は死の間際、エリオルがエリオットとなり、イザベラにありもしない罪を糾弾する光景を予知夢で視たのだ」


 事実を聞き、イザベラの表情が青ざめる。


「私は……、エリオットに殺されるのね」


 息子に殺される未来。

 フォルクスが最後まで話さなかったのは、エリオットがイザベラにとって邪魔な存在だと思っていたから。

 イザベラが一国の主になる強い意志をフォルクスに見せなかったら、彼はエリオットのことを語らなかっただろう。


「希望はある」


 フォルクスはイザベラの左手を掴み、結婚指輪を撫でる。


「フェリックスとの絆だ」

「フェリックス……」

「原案を手にしたなら分かるだろうが、元々ミランダ・ソーンクラウンは三学年の時点で退学する運命だった。だが、あのフェリックスはそれを覆した」

「フェリックスだけがフォルクスの予知夢を変えられる」

「そう。フェリックスなら君を救えるかもしれない」


 フォルクスはイザベラの両肩を抱きしめる。


「だからお願いだイザベラ」


 フォルクスはイザベラに願いを託す。


「フェリックスと協力してエリオルをシャドウの手から奪い返してほしい。そして、生き残ってコンチェルン帝国を統べてくれ、イザベラ」


 フォルクスの願いに、イザベラは「うむ」と強く頷いた。



「入ってくれ」


 イザベラと江湖山の会話が終わり、フェリックスたちはオフィスの中に戻る。


「フェリックス君、元の世界へ戻る方法を教えてくれないか?」

「わかりました」


 フェリックスは予知夢で視た内容を皆に伝える。


「【恋と魔法のコンチェルン】を起動してください」


 フェリックスは江湖山に指示をする。

 江湖山のデータは細かくセーブされており、フェリックスはその中の一つを選択した。

 それはクリスティーナがアルフォンスと共に町で買い物デートしているシーン。

 クリスティーナとアルフォンスのスチルが消え、町の背景画のみになったところで一時停止させる。


「この町の背景、僕とイザベラが住んでいる家があります」


 フェリックスは背景画に写り込む一軒家を指す。

 それはフェリックスとイザベラが暮らしている家だ。


「この画面に入れば、僕たちは向こうの世界に戻れる」


 フェリックスは画面に手を伸ばす。彼の手は液晶を通過した。


「なるほど……、このシーンが向こうの世界とつながっているんだね」


 江湖山はフェリックスの手法に感心する。

 フェリックスは伸ばした手を戻し、江湖山に向き合う。


「僕はどうしてこの世界と向こうの世界が繋がったか、僕と朝比奈大翔の魂が入れ替わったか、セラフィが清良に転生できたのか考えていました」


 別れる前にフェリックスは江湖山に自身の考えを話す。


「”コード”という猛毒が関係あるのではないでしょうか」

「……ふむ」

「フォルクス皇帝は毒が塗られたナイフで刺殺、フェリックスは毒入りのワインを口にして毒殺、セラフィは毒入りの紅茶を飲んで毒殺。三件の毒にはすべて”コード”が使われています。そして、この世界ではコードは”記号”という意味を成します」


 ゲームは”コード”の集まりで作られている。


「フォルクス皇帝の予知夢を元にして作られた【恋と魔法のコンチェルン】のプログラムコードが影響し、甥であるフェリックスの魂を呼び寄せたのではないでしょうか」


 フォルクスが江湖山に転生し、その彼が予知夢の内容を”ゲーム”という形で発表したから、現代と向こうの世界との繋がりが出来たのではないかとフェリックスは自論を述べる。


「実に面白い考えだ」


 江湖山はフェリックスの話に感心していた。


「フェリックスはセラフィとこの世界で結ばれたいと願って、清良さんをこの世界に引き寄せた。だとすれば――」


 江湖山はイザベラを見つめる。


「僕はもう一度イザベラに会いたいと願ったから、君と再会できたのかな」

「フォルクス……」

(そうなると僕は巻き添えじゃん)


 江湖山とイザベラは夫婦の絆で結ばれている。

 だからセラフィのように現代にイザベラを呼び寄せることができたのだろう。

 フェリックスがやってきたのは、イザベラと共に魔法具を使用したから。ただの巻き添えである。


「フェリックス、これを」


 大翔から大きなリュックを受け取る。

 リュックの中にはTSLで購入したお土産、フェリックスが持ってきたバックの他に様々な分野の参考書が詰め込まれていた。


「参考書はお前が翻訳して、内容をミカエラに伝えて欲しい」

「それは……」

「ためらうのは分かる。これをミカエラが理解したら、向こうの世界の文明は一気に進むだろう」


 フェリックスは現代の知識を向こうの世界へ持ってゆくことをためらった。

 知識をミカエラに与えたら、彼女は世界を変える発明をしてしまうだろう。

 だが、それは思いもよらぬ危険を含むかもしれない。

 ためらうフェリックスに、大翔は自身の考えを話す。


「革命軍が生まれたのは、魔力を持たざる者に過酷な労働を押し付けているからだ。文明が進み、農機具や重機の発明、介護サポート器具などの開発が進めば、それをもたらしたイザベラは彼らから絶大な支持を受ける」

「イザベラ政権の後押しになるかもしれないってことか」


 大翔の説明を聞き、納得したフェリックスはリュックを背負う。


(お、おもっ)


 沢山のものが詰め込まれているため、とても重い。

 重さに驚き、バランスを崩すも、フェリックスはすぐに立て直す。


「イザベラ、私からはこれを――」


 清良は向こうの世界でもありそうなトランクをイザベラに渡す。

 トランクの中にはイザベラがTSLで購入した商品、イザベラが着用していた下着が数点、イザベラが欲しがったアニメーションと漫画の技法が書かれた参考書、女性ファッションの歴史と型紙が付いた参考書、月ものに関する衛生商品の品々、ウェディングフォトアルバム、そして四人の思い出を残したアルバムが入っていた。

 イザベラは絵の技法の発展と女性の服装や衛生についての技術を向こうの世界に持ってゆくようだ。


「清良……、短い間じゃったが世話になった」

「イザベラ、あなたと一緒に居られてとても楽しかったわ」


 イザベラは清良を抱きしめ、別れを惜しむ。


「陛下、お元気で」

「清良こそ、大翔と幸せにな」


 二人は互いに健康と幸せの言葉を贈り合う。


「大翔、清良……、いや、フェリックス、セラフィ。二人とも、末永くお幸せに」

「お前たちこそ、向こうで幸せにな」


 フェリックスと大翔は互いに握手を交わす。


「イザベラ……、最後にキスしたいな」

「仕方ないのう」


 イザベラは江湖山の最後の願いに応える。

 江湖山を抱きしめ、頬にキスをしてさっと彼から離れた。


「えっ」


 唇にキスしてくれると思った江湖山は残念な表情を浮かべる。


「わらわはフェリックスと結婚したのじゃ。新しい夫の前で前の夫と口づけは出来ぬ」

「そんなあ」


 ぷいっとイザベラは江湖山にそっぽ向く。

 残念な表情を浮かべている江湖山に、イザベラはちゅとキスを落とす。


「嘘よ。からかっただけ」

「イザベラ……」

「さようなら、フォルクス。あなたとの約束はちゃんと果たすわ」


 イザベラはトランクを持ち、フェリックスの手を取る。


「戻ろう。僕たちの世界へ」

「うむ」


 フェリックスとイザベラは共に液晶を潜り、元の世界へ帰還するのだった。



 ゲームの世界に帰還したフェリックスとイザベラ。

 二人がこの世界から消えて、二週間が経過している。


「え……」


 町に戻ってきた途端、二人の前で革命軍の遺体がドサッと倒れた。

 周囲は剣を打ち合う音や屋と魔法が飛び交い、激しい戦闘が行われているのだと気づく。


「革命軍が襲ってきたのじゃ……」

「革命軍!? ミランダは――」

「小娘は軍部に避難しているじゃろう」


 フェリックスとイザベラは大翔と清良から貰った荷物を自宅の庭に隠す。

 イザベラは荒らされた自宅に入る。

 戻ってきたときには杖と防御魔石を持っていた。

 フェリックスはリュックの中に入っている自分の杖と防御魔石を取り出し、装備する。


「でも、どうして革命軍はこの町を襲撃したんだ?」


 フェリックスは疑問を口にする。

 イザベラ不在の中、革命軍が攻めるべきは混乱に陥っているコルン城だろう。

 なのにどうして革命軍はコルン城からほど遠い、この町を襲っているのだろうかと。


「っ!?」


 イザベラは何かに気づいたようでチェルンスター魔法学園がある方角を見つめる。


「わらわはチェルンスター魔法学園へ向かう」

「えっ」


 イザベラの目的地にフェリックスは驚く。


「そなたに言い忘れていたことがあった」


 イザベラはフェリックスに一通の手紙を渡す。

 封が切れているものの、ミランダの手紙だ。


「小娘から預かっておった」


 フェリックスはミランダからの手紙を読む。


「っ!!」

「ちゃんと渡したからな。そなたは軍部へ着いたら、小娘の無事の確認とわらわが学園へ向かったことをソーンクラウンに報告するのじゃ。頼んだぞ」

「ちょ、イザベラ!!」


 イザベラはフェリックスの制止を聞かず、泥魔法でドレスごと別人に変身するとチェルンスター魔法学園へ駆けて行った。


(イザベラも心配だけど、ミランダが無事か確かめないと)


 急に一人になり戸惑ったものの、ミランダの無事を確認するため、フェリックスは軍部へ向かう。 


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