フェリックスは襲ってくる革命軍を魔法で蹴散らしながら軍部へ向かう。
軍部は避難所となっており、民間人の受け入れをしていた。
「フェリックスさま!?」
軍部の一人がフェリックスを見つけ驚愕する。
「しばらく姿を消してすみません! 後で説明しますからミランダに会わせてくれませんか?」
「ミランダさまは避難所にいます。お会いしたらソーンクラウン公爵へイザベラ女王の行方を報告してください」
「わかりました」
フェリックスは軍部の人の話を聞き、避難所へ駆ける。
避難所では大勢の民間人がおり、中には負傷した人もいた。
(ミランダはどこ?)
フェリックスはその中からミランダを探す。
だが、ミランダの姿はなかなか見つからない。
「フェリックスさま!!」
フェリックスの姿を見て、ミランダの傍付のメイドに声をかけられる。
「良かった。君がいるならミランダは無事なんだね」
「はい。ミランダさまは――」
メイドは別室へ視線を移す。
その様子にフェリックスは嫌な予感がした。
ここで傷の手当てをしているのは軽傷の人たち。別室で手当てを受けるのは、重症の人たちだろう。
(まさか、避難をするときに革命軍に襲われて大怪我を――!?)
最悪の場合を想像し、フェリックスの表情が青ざめる。
「予定日が早まったようで……、別室で出産をしています」
「えっ!? 僕の赤ちゃんが産まれるの!?」
メイドの言葉を聞き、フェリックスは自分の子供が産まれようとしている事実を知る。
「案内します。こちらへ」
メイドの案内の元、フェリックスは出産中のミランダに会いに行く。
「ミランダさん、頑張って!」
フェリックスが駆けつけた時には、ミランダは即席の分娩台で力んでいた。
町の女性たちがミランダの出産を手助けしている。
「私はミランダさまの悲痛な声に耐えられず、向こうにいたのです」
力んだ直後、ミランダは「いたいっ」と叫んでいた。
ミランダが激痛で苦しんでいても、誰も肩代わりはできない。彼女の世話や共に生活している者ほど辛くなる。
メイドが別の場所にいたのはそういう理由なのだろう。
フェリックスはメイドに同情する。
「ミランダ」
フェリックスはミランダに近づく。
傍にいる女性たちに「彼女の夫です」と告げると、警戒を解いてくれた。
「フェリックス……、なの?」
ミランダがこちらを見る。
フェリックスは女性から布を貰い、ミランダの額についていた汗を拭う。
「うん、僕だよ」
「ああ、良かった。わたくしフェリックスに会えずに出産を迎えるのが不安で仕方なかった」
フェリックスはミランダの頬に触れる。
「君の手紙、ちゃんと受け取ったよ」
フェリックスが手紙について触れるとミランダが「産まれる前に伝わってよかった」と微笑んだ。
「本当はこのまま君の出産に立ち会いたいけれど……」
「イザベラさまのことでしょう?」
「うん。君のお父さんに伝えなきゃ」
傍でミランダの出産を見守りたいがそうはいかない。
イザベラの行方をソーンクラウン公爵に伝えないといけないからだ。
「傍にいて欲しい……」
ミランダは本心をフェリックスに告げる。
「でも、フェリックスはみんなの力になって。わたくしはここで頑張るから」
「ミランダ、行ってくる」
フェリックスはミランダがいる分娩室を出て、ソーンクラウン公爵がいる指令室へ向かう。
指令室の前では軍部の人間が忙しく動いており、革命軍の対応や住民の避難に追われていた。その流れが止まったところでフェリックスは指令室に入った。
指令室ではソーンクラウン公爵が真摯な表情で町の地図を見つめ、打開策を伝令役に指示していた。
「ソーンクラウン公爵。フェリックス・マクシミリアン、急用の言伝がありまして参りました」
「フェリックス殿、無事であったか!」
フェリックスはソーンクラウン公爵に声をかける。
ソーンクラウン公爵はフェリックスの姿を見るなり、歓喜の声をあげた。
二週間行方不明だった人間が突然目の前に現れたのだ。
革命軍の襲来で疲弊しているソーンクラウン公爵にとっては朗報だろう。
「して、イザベラ女王はどこに?」
「イザベラはチェルンスター魔法学園へ向かいました」
「が、学園ですと!?」
まず、ソーンクラウン公爵はイザベラの行方を問う。
チェルンスター魔法学園だと答えると、ソーンクラウン公爵の顔が真っ青になった。
「あそこは革命軍の主戦力が占拠し、我々が奪還しようと交戦している場所。伝令の報告によると、向こうにシャドウがいて生徒が人質に取られている他、一部の生徒を連れ去ろうとしているとか」
「シャドウが学園に!?」
ソーンクラウン公爵の話を聞き、現状を理解したフェリックスも慌てだす。
「向こうはリドリーが指揮をとっている。フェリックス殿、リドリーと合流してイザベラ女王に加勢してくれぬか」
ソーンクラウン公爵に伝令と加勢を頼まれる。
軍部の人間ではないフェリックスを戦闘員として使うのだ。人員が足りてないのだろう。
「わかりました。僕は学園で指揮を執っているリドリー先輩と合流し、イザベラに加勢します」
フェリックスはソーンクラウン公爵の頼みを受け入れ、伝令役として革命軍が占拠したというチェルンスター魔法学園へ駆ける。
☆
チェルンスター魔法学園内。
革命軍の精鋭たちが逃げ遅れた生徒たちを人質として拘束していた。
平民や中級階級の人間はいざというときの見せしめとして、伯爵家以上の貴族は身代金目的として連れ去る予定だ。
「カトリーナとアルフォンスは……、逃げたか」
革命軍の中心としてシャドウがいた。
シャドウは拘束した人質から二人を探すも見当たらない。どうやら、彼らは学園の外へ逃げたようだ。
「まあいい、本命がいたからな」
シャドウの目線の先には拘束されたエリオットがいた。
手首を後ろで縛られ、エリオットの傍には逃げられぬよう二人の屈強な男が彼の動向を監視している。
「俺はもうあんたたちに協力しない」
エリオットはそう宣言し、革命軍から離脱したことをシャドウに宣言する。
シャドウはそれを鼻で笑っていた。
「勝手に抜けられては困るんだよ。エリオット」
シャドウはエリオットに近づき、彼の頬を撫でる。
その感触にエリオットはぞっとする。
「貴様を手に入れるため、この町と学園を襲撃したのだから」
イザベラが行方不明になり、政権が混乱している中、シャドウはコルン城を攻略するのではなくチェルンスター魔法学園を襲撃した。
エリオットを誘拐するために。
(こいつは自身の価値を分かっていない)
訳が分からないとエリオットは顔をしかめている。
「あとでお前の両親について話してやろう」
「俺の……、親?」
「エリオットを連れ、退却するぞ」
「はっ」
シャドウは傍にいる男たちに命令する。彼らがエリオットを連れ去ろうとしたその時――。
突如、脱出路が破壊され、瓦礫で閉ざされてしまった。
「兄上!」
脱出路を破壊したのはシャドウの義理の妹、イザベラだった。
☆
チェルンスター魔法学園へ直行したイザベラは泥魔法で壁を突き破り、革命軍を攻撃に特化した泥人形で撃退した。
瀕死の敵にシャドウがいることと彼らの目的を聞き出し、ここまで一人で強行突破してきたのだ。
「相変わらず美しく、危険な女だ」
「そんなあいさつはいらぬ」
「鏡の中でフェリックスと永遠を生きていればよかったのにな」
イザベラはニ年ぶりにシャドウと対峙する。
最後に会ったのはシャドウクラウン家を皆殺しにしたときだ。
「あの鏡は……、お主の仕業だったか!」
イザベラはシャドウの言動から、鏡の魔法具を売った老人は魔法で化けた彼だったことに気づく。
「フェリックスを独り占めできないと悩むお前の顔は滑稽だった」
シャドウは笑っていた。
「……うるさい」
イザベラは杖をシャドウに向ける。
「マッドドール――」
イザベラは戦闘人形を出そうと詠唱をする。
「いいのか? 人形を出せば、お前の大事な国民を殺す」
「この人数であれば、わらわの魔法で救える。侮るでな――」
シャドウは人質にとったチェルンスター魔法学園の生徒をイザベラに見せる。
人質を取られていても、攻守万能である泥魔法であれば圧倒できるとイザベラは攻勢を止めない。
「っ!!」
シャドウの傍で拘束されているエリオットを見るまでは。
エリオットを目にし、イザベラの詠唱が止まる。
「魔法で救うんじゃなかったのか?」
「お前の目的は……、その小僧か」
「知ってどうする」
(エリオルが兄上に捕まってるなんて……)
コルン城から離れたこの町が革命軍の襲撃をうけていることを知り、いやな予感はしていた。
イザベラを魔法具で閉じ込めたのなら、狙いはチェルンスター魔法学園に在学しているエリオットではないかと。
シャドウはイザベラ不在で政権が揺らいでいる今、エリオットを正統な継承者だと祀り上げ、革命の正当性を民衆に主張しようと企んでいたのだ。
(ここでエリオルが連れ去られたら、フォルクスの予知夢通りになってしまう)
最悪の場合を想定し、イザベラはここで決着をつけると固く誓う。
(エリオル……、ママが助けるからね)
イザベラは杖をエリオットに向け、彼を助けようと魔法を唱える。
「ほう……」
シャドウは狙いを自分からエリオットへ変えたことに関心を持つ。
イザベラは防御に特化した泥人形をエリオットの傍に作り出す。
エリオットを守るよう指示するも、シャドウの土魔法に阻止される。
「イザベラ、杖を捨てろ」
「その小僧は絶対に渡さない!」
イザベラはシャドウの要求を断る。
その返答にシャドウは笑っていた。
「ああ……、そうか」
シャドウがパチンッとエリオットの頬に平手打ちをすると、イザベラの表情が崩れた。
「やめて! エリオットを傷つけないで!」
「エリオットの正体を知ったのだな」
イザベラはシャドウに懇願する。
直後、失言をしたとイザベラは苦い表情を浮かべる。
イザベラの反応を見て、弱みを見つけたとシャドウが妖しく微笑む。
シャドウはベルトに付けていた短剣を抜き、刃をエリオットの首元に突き立てる。
エリオットの首元から少量の血が流れた。
「やめて」
エリオットから血が流れているところを目の当たりにし、イザベラはもう冷静では居られなかった。
「杖を捨てるから……、エリオットから剣を離して」
イザベラはエリオットを守るため、杖を捨てた。