目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第119話 女王は息子と再会する

 イザベラは目の前でエリオットを傷つけられ、戦意を失う。


(フォルクスは私が帝国を統べるのにエリオルは不要と言っていた。何故あんな酷いことを言ったのか、今なら理解できる)


 何も知らなければ、泥魔法を使ってシャドウを撃退できたかもしれない。

 だが、愛する息子が傷つけられている姿を見て、母親であるイザベラは正気でいられなかった。

 別れる間際まで、フォルクスがイザベラに真実を話すのをためらっていた理由をここで理解できた。

 シャドウはイザベラを見て高笑いをしていた。


「お前のその顔、とても気分がいい」


 シャドウはエリオットの首元に突き付けていた短剣を離し、イザベラへゆっくりと近づく。


「昔のようにただ我に使われていればいいんだ」

「やめて、来ないで」


 シャドウの言葉を聞き、虐げられていた昔の記憶が蘇る。

 イザベラは女王として威厳を保てず、年相応の恐怖に怯える女性になっていた。

 シャドウは短剣でイザベラのドレスを胸元から切り裂いた。


「防御魔石を取り除かないとな」


 シャドウは切り裂かれたドレスから露わになったコルセットに手を突っ込み、強引にイザベラの防御魔石を抜きとる。

 乱暴に胸を触られたイザベラはシャドウから一歩後ろへ離れ、胸元を両腕で隠す。

 切り裂かれたドレスはイザベラの足元にストンと落ち、彼女は下着姿となる。


「その顔……、そそられる」


 シャドウがイザベラに近づく。

 イザベラが逃げようとすると、シャドウは彼女の左腕を強く掴んだ。


「いやっ、離して」

「お前のその顔と身体をみていると、虐めたくなる」

「やめて、触らないで」


 イザベラの抵抗も虚しく、彼女はシャドウに抱きしめられ、首筋を強く吸われる。


「んっ」

「抵抗するな。罰を受けたいのか?」


 シャドウに耳元で囁かれ、イザベラは抵抗をやめた。


「そうだ。我に身体を差し出せ」


 暴れたり、父や兄を満足させられなければイザベラは罰を受ける。

 それが日常だった。

 罰という言葉を耳にし、イザベラの思考はシャドウに支配されてしまう。


「我の女になるのなら、親子共々、生かしてやらんでもない」


 シャドウはイザベラに条件を出す。


(この条件を飲めば、私はエリオルと一緒に――)


 抵抗する意思を失ったイザベラはその条件を飲もうとしていた。


「イザベラさま! そいつの言いなりになっちゃだめだ!!」

(エリオル)


 エリオットがイザベラに向けて叫んだ。

 イザベラはエリオットの声を聞き、我に返る。

 以前も三歳のエリオルに勇気づけられたことを思い出した。


「私は兄上のものにはならない」


 イザベラはシャドウを突き飛ばし、掴まれた腕を払う。

 払った瞬間、フェリックスとの指輪が目に入る。


(私はフェリックスの二番目の妻なんだから)


 イザベラは手を伸ばし、自身の魔力で床に落ちていた杖を引き寄せる。


「マッド――」


 自身の杖を掴み、シャドウに向けて泥魔法を放とうと呪文を口にした直後、激しい痛みに襲われる。


「なら、いらぬ」


 シャドウが短剣でイザベラの心臓を突き刺したのだ。

 短剣は深く刺さり、イザベラは痛みで呼吸が難しくなっていた。

 シャドウがイザベラの身体から短剣を引き抜く。

 血が勢いよくあふれ出し、身体を支えられなくなったイザベラは仰向けに倒れた。


「イザベラさま!」


 エリオットの声が聞こえる。


「エリ――」


 イザベラの意識は遠のき、口を動かすこともままならない。


(私……、死ぬのね)


 イザベラは自身の死を悟る。

 フォルクスの予知夢は覆すことができなかった。

 エリオットをシャドウの手から救うというフォルクスとの約束を果たすこともできず、力尽きるのか。

 イザベラは結婚指輪に視線を落とす。


(フェリックス、私を愛してくれてありがとう)


 イザベラが瞳を閉じ、永遠の眠りにつこうとしたその時――。


「だめだ、イザベラ!!」


 フェリックスの声が聞こえ、イザベラは暖かい光に包まれる。



 フェリックスとリドリーが駆けつけると、イザベラが大量の血を流して倒れていた。


「だめだ、イザベラ!!」


 フェリックスは強化薬を口にし、杖に四属性の魔法を同時に発動させる。


「ライトオーラ」


 フェリックスはイザベラに光魔法を唱えた。

 イザベラの傷口が塞がれ、顔色も良くなってゆく。


「フェリックス……」

「よかった、間に合った」


 フェリックスは倒れたイザベラを抱き上げる。

 イザベラは手を伸ばし、フェリックスの頬に触れる。


「泣くでない」


 フェリックスはポタポタと大粒の涙を流していた。


「だって……、君が血溜まりで倒れているから」

「わらわはここで死ぬ運命だったかもしれない。じゃが、フェリックスが変えてくれた」

「イザベラ」


 フェリックスは自分の上着をイザベラに着せ、その場に立たせた。

 二人の視線の先にはリドリーとシャドウがいる。


「くっ、フェリックスか。いつも我の邪魔をする忌々しい奴め」

「それも今日で最後です。観念しなさい、シャドウ!」 


 リドリーが雷魔法を放ち、シャドウが持っていた短剣を弾いた。

 シャドウは後退し、エリオットの傍に寄る。

 シャドウはフェリックスへ恨み節を呟くも、リドリーがすぐに反論する。


「……退却だ」


 シャドウが魔法で巨大なゴーレムを作り出す。

 ゴーレムはフェリックスたちの前に立ちはだかる。


「だめ! エリオットを返して――」


 イザベラは手を伸ばし、エリオットを求める。

 事情は分からないが、イザベラにとってエリオットは大事な存在らしい。


(エリオットのことについてはフォルクス皇帝の原案に書いてなかったけど……、イザベラとフォルクスの最後の会話がエリオットに関わる話だったら――)


 イザベラがエリオットを求める理由にフェリックスは心当たりがある。


(エリオットがシャドウに渡ったら大変なことになる)


 フェリックスは杖をゴーレムに向けた。


「グングニル!」


 フェリックスの放った光の槍はゴーレムの胴体を貫き、その先にいるシャドウたちも貫いた。

 光の槍で貫かれたゴーレムは塵のように消えた。


「なにっ」


 シャドウたちは防御魔石を砕かれるだけに済んだが、フェリックスの未知の攻撃に驚き、動きが止まった。


「エリオット君は返してもらいます」


 リドリーが雷魔法で一気にシャドウたちとの距離を詰め、エリオットを抱え、一瞬でこちらに戻ってきた。


「エリオット!」


 イザベラはエリオットをぎゅっと抱きしめた。


「イザベラさま、えっとその……」


 エリオットはイザベラに当然抱きしめられ、戸惑っている。


(イザベラとエリオットは無事)


 二人の無事を安堵したフェリックスは、視線をシャドウへ向ける。


(こいつを倒せば、フォルクス皇帝の予知夢を変えられる)


 フェリックスはここでシャドウと決着をつけようと、杖を構えた。


「ライトソード」


 杖に光の刃をまとわせ、フェリックスはシャドウへ駆ける。


「うおおおお」


 フェリックスは咆哮を上げ、シャドウの取り巻きを切り裂く。

 防御魔石を失った彼らは、フェリックスの魔法の刃に切られ、血を流して倒れていた。

 シャドウへ刃が届き、彼を倒したと思ったが、パリンッと防御魔石が割れる音がした。

 トドメを刺したと思い、気が緩んでいたフェリックスは限界を迎え、反動でその場に跪く。


「残念だったな。最初に割れたのはイザベラの防御魔石だ」


 シャドウは逃走用のゴーレムを作り出し、壁を破ってフェリックスたちから離れた。


「エリオットを手に入たかったが……、まあいい」

「シャドウ!」

「いずれ決着をつけよう」


 シャドウはこの場から逃げ出した。


「くそっ」


 二度もシャドウを逃したことに、フェリックスは悔しさをあらわにする。


「フェリックス君、貴方は光魔法でイザベラさまとエリオット君を救い、シャドウを追い詰めた。素晴らしい成果です」


 リドリーに背中をポンと叩かれ、励まされる。


「でも……、あの時魔力切れを起こさなければ――」

「反省する点はありますが、それはあとにしましょう」


 リドリーはそう告げると、拘束されていた生徒たちの解放に取りかかっていた。

 フェリックスは人工魔力を注射し、魔力酔いを治す。


(イザベラとエリオットは――)


 フェリックスはイザベラとエリオットの元へ戻る。

 エリオットはイザベラによって拘束を解かれ、彼女に抱きしめられていた。


「あの……」


 エリオットが口を開く。


「どうして俺なんかを助けようとしたんですか?」


 エリオットは疑問をイザベラに問う。


「俺を守ろうとせず、シャドウを攻撃していたら貴方はシャドウに刺されずに済んだかもしれないのに」


 イザベラは抱擁を解き、エリオットの顔を見つめる。彼女の瞳には涙が溜まっていた。


「母親なら、息子を助けようとして当然じゃろう」


 イザベラは両手でエリオットの頬を包み込む。


「エリオル、私とフォルクスの愛の結晶」

「エリオル……? 俺がイザベラさまの……、息子?」

(エリオットがイザベラとフォルクスの息子のエリオルだって!?)


 イザベラの告白にエリオットとフェリックスが驚いていた。

 イザベラは二人の反応を気にせず、再びエリオットを抱きしめる。


「もう、離さない」

「……」


 エリオットはイザベラの抱擁に応じる。

 イザベラは最愛の息子に再会し、とても幸せそうだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?