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第120話 僕は父親になる

 シャドウがチェルンスター魔法学園から退却し、指導者を失った革命軍は勢いを失ってゆく。

 イザベラはエリオットとの再会を喜んだのも束の間、軍部に向かい、己の帰還と残党の討伐に全力を尽くす。

 リドリーは学園に残り、生徒たちのケアをしていた。

 フェリックスはイザベラと共に軍部へ戻り、ミランダの元へ向かう。


「う、ううっ」


 ミランダは赤子の出産に必死だった。


「頭が見えてきたよ!!」

 出産を手伝っている中年の女性がミランダを励ましている。


「ミランダ、戻ってきた」


 フェリックスはミランダの手を繋ぐ。


「フェリックス、無事でよかった」

「ミランダ、あともう少し頑張って」

「んんっ」


 少し会話をすると、ミランダは再び力む。

 強く手を握られ、ミランダの必死さを肌で感じる。


(僕はミランダに声をかけることしかできない……)


 フェリックスはミランダの必死な顔を見て自身の無力さを感じた。


「頭が出てきた! 産まれるよ」


 女性は赤子の頭を掴み、ミランダが力むタイミングに合わせて引っ張る。

 赤子の身体と足が出た。


「ああ……、産まれた」


 フェリックスの呟きと同時に赤子が泣いた。

 女性たちが赤子を産湯にいれ、清潔な布で身体を拭いてくれた。


「男の子だ」


 フェリックスは布にくるまれた赤子を抱える。


「ミランダ……、産まれたよ。男の子だ」


 フェリックスは赤子をミランダに近づける。

 ミランダは赤子の小さな手に触れる。


「はじめまして、ハルト」


 ミランダは赤子の名を呼ぶ。

 フェリックスとミランダの第一子、ハルトが誕生し、二人は父親、母親として新たな人生を歩みだすのだった。



 革命軍の襲撃を受け、一か月が経過した。

 町とチェルンスター魔法学園の被害は甚大で、民間人と生徒に多くの死傷者が出る結果となった。

 建物も全壊・半壊しているところがあり、完全な修復には二年かかるだろう。


「黙祷」


 チェルンスター魔法学園では死亡した生徒の追悼式が行われていた。

 死者は五名。その中にはドナトルの名もあった。


「ドナトル」

「なんであんたが……」


 仲が良かったヴィクトルと仲間のマインが泣いている。

 マインの傍にはルイゾンが寄り添っていた。

 フェリックスはその様子を見て、胸が締め付けられる思いだった。


 告別式が終わり、フェリックスとミカエラは応接間へ呼ばれる。


「失礼します」


 二人が応接間に入ると、イザベラとエリオットがいた。

 イザベラはエリオットを抱きしめ、よしよしと頭を撫でている。

 エリオットは顔を赤らめながらもされるがままになっていた。


「二人とも、座るがよい」


 フェリックスとミカエラは向かいのソファに座る。


「イザベラ、コルン城はどうだい?」

「わらわが戻ってきたことで臣下たちが落ち着きを取り戻しておる」


 イザベラは一時コルン城へ戻り、自身の帰還とエリオルの生存を発表した。

 だが、エリオルは公の場に出ておらず、イザベラのハッタリではないかと噂が流れているのが現状だ。

 エリオルの存在を発表してから革命軍の動きは鈍っており、大規模な戦いはしばらく起こらないだろうと言われている。

 コルン城でのいざこざが収まったところで、イザベラはチェルンスター魔法学園に来たのだ。


「母ちゃん、フェリックス先生が来たからくっつくのやめてくれないかな」


 周りを気にしたエリオットは、イザベラに離れるようお願いするも彼女はベタベタしている。


「一か月ぶりに会えたのじゃ。息子に甘えるのは当然じゃろう」


 イザベラはエリオットの要求を拒否した。


「小さい頃はわらわに似るのかと思ったら、フォルクスに似てきたのう」

「あの……、僕はまだエリオットがエリオルだということが信じられない」


 フェリックスは親子の会話に割り込み、疑問をイザベラにぶつける。


「エリオルは成長したら六歳でしょ? だけど、エリオットは十六歳で同一人物とは――」

「その話をするためにフェリックスとミカエラを呼んだのじゃ」

「あたしが関係するってことは……、嫌な予感がする」


 フェリックスは至極当然の理由を指摘する。

 エリオルとエリオットの年齢が一致しないことだ。

 もし、エリオットが民衆の前に現れたらフェリックスと同様の疑問を抱く者がほとんどだろう。

 イザベラは年齢が一致しない理由を知っている。

 ミカエラを呼び出したことから彼女に関係すること、魔法薬が関わるのだろうと察しが付く。

 当の本人は嫌な予感がすると顔をしかめている。


「エリオルはシャドウに誘拐され、奴らが改造した”成長薬”を飲まされたのじゃ」

「成長薬……、そっかー、それかあ」


 イザベラの口から真実が話されると、ミカエラは額に手を当て天井を仰いだ。


「家畜の成長を促す魔法薬だったのに、人に使っちゃったかあ」


 ミカエラは独り言をぼやく。


「それって強化薬みたいにあたしのせいになるんですか?」


 そしてイザベラに責任は開発した自分にあるのかを問う。

 イザベラは首を横に振った。


「そなたの責任にはならない。すべてシャドウのせいにする」


 イザベラの答えを聞き、ミカエラは安堵する。


「ミカエラ、そなたにはエリオルの体調管理をお願いしたいのじゃ」

「承知しました」


 エリオルは成長薬で十歳も急激に成長した。

 二年経って身体に異常は出ていないが、急に副作用が発生するかもしれない。

 イザベラはエリオットの体調管理を成長薬を開発したミカエラに頼むため、彼女をこの場に呼んだのだ。

 ミカエラはイザベラの頼みを聞きいれる。


「エリオルはチェルンスター魔法学園を卒業するまで公に出さない」

「それだと、不満が出るんじゃ――」

「一部の貴族には顔合わせを済ませておる。それに、卒業までと希望を出したのはエリオルなのじゃ」


 エリオットは騒動のあと、度々軍部に顔を出していた。

 その時に有力貴族と顔合わせしていたのだろう。

 卒業するまで正体を隠したいと申し出たのはエリオットで、イザベラは息子の意見を尊重したみたいだ。


「俺はエリオットとして三年間ここで魔法を学びたいんです」

「それは建前で、学園に好きなおなごがいるようなのじゃ」

「そ、それはフェリックス先生に言わないって約束したのに……」

「ああ、フローラのことですね」

「先生!?」


 フェリックスはエリオットが気になっている女生徒の名を挙げる。

 図星だったエリオットは「ふ、フローラのことなんか……」と誤魔化し始めた。


「ほう、モンテッソの愛娘か」


 イザベラはフローラのことを認識しており、照れているエリオットの胸をツンツンと突いた。


「エリオルだと正体を明かせば、モンテッソの愛娘などすぐに手に入れられるというのに」


 イザベラの言う通り、第一皇子のエリオルだと正体を明かせば、王命でフローラを第一王妃にすることができるだろう。

 だが、エリオットはそれをせず在学中に自力でフローラと恋人になろうとしている。


「……フローラにはありのままの俺を好きになってもらいたいんだ」

「ふむ。自分の魅力で勝負したいとな」


 エリオルは本心をぼそっと告げる。

 イザベラはふーんという表情を浮かべた。


「フェリックス、今のところ勝率はどうじゃ?」


 イザベラは現状のエリオットとフローラの関係をフェリックスに訊く。


「そうですねえ……」


 フェリックスは言葉を濁す。

 フローラはアルフォンスに片想いしており、いずれ婚約したいと思っている。

 そこにエリオットが付入る隙はないため、酷なことを当人に告げたくなかったのだ。


「ゼロですよ~。フローラちゃん、アルフォンス先生しか見てないですから」

「ミカエラ! それは言っちゃダメだって」


 誤魔化そうとしていたのに、ミカエラが口を滑らせてしまう。


「アルフォンス……、あの教師か」

「学園祭に告ってフラれたときにそうかなあって思ってたけど……、マジかよ」


 イザベラは呟き、エリオットは頭を抱えた。


「安心せい。あやつは――」

「イザベラ」

「わ、悪い。つい口が滑りそうになった」


 イザベラはエリオットに優しい言葉をかける。

 フェリックスとイザベラは現代から持ち帰ったゲームの原案にて、アルフォンスの相手が誰か分かっている。

 その相手がフローラではないことも。

 フォルクス皇帝の予知夢は絶対らしいが、関係者に話したら未来がずれてしまうかもしれない。

 フェリックスはイザベラをとがめ、彼女は途中で黙った。


「フローラを振り向かせるのは大変だと思うけど、頑張ってね」

「うっす」


 フェリックスはエリオットの片想いを見守ることにした。

 イザベラはミカエラを見つめる。


「ミカエラ、席を外してはくれぬか」

「はい! 失礼しました」


 ミカエラはソファから立ち上がり、応接間から出て行った。

 バタンとドアが閉まり、しばらくしたところでイザベラが口を開く。


「フェリックス、エリオル、大事な話があるの」


 イザベラの口調が素に戻り、声が弾んでいる。


「コルン城で判ったの」


 イザベラは自身の腹部に触れ、優しく撫でる。

 その仕草はミランダと重なる。


「私、フェリックスの子を妊娠した」


 イザベラはフェリックスとエリオットに妊娠の報告をする。

 フェリックスは「おめでとう」と素直に祝いの言葉をかけたが、エリオットは「えっ?」と耳を疑い、フェリックスとイザベラを何度も見ていた。


「母ちゃんがフェリックスと男女の関係だってシャドウから聞いていたけど……、マジだったの?」

「しばらくしたら弟か妹が産まれるるわ」

「そ、そう……」


 イザベラが喜んでいる傍ら、エリオットは複雑な表情を浮かべている。


「発表する前に、二人に新しい家族が産まれると話したかったの」

「よかったね」

「ええ。エリオルの発表を遅らせても、私にはフェリックスの血を継いだこの子がいる。革命軍の――、兄上の牽制になるわ」


 イザベラがエリオットの我儘を受け入れたのも、フェリックスの子を妊娠したことによる余裕があったからのようだ。


「フェリックス先生が義理の父親になったのか……」

「フローラのことで行き詰ったら、フェリックスに相談しなさい。いいわね」


 エリオットからすれば、突然、担任の教師が義理の父親になったようなものだ。

 受け入れるのにも時間がかかるだろう。


「私はコルン城へ帰り、女王として皆をまとめないといけないから」


 イザベラはエリオットの頭を撫で、寂しそうな表情を浮かべる。

 二人はコルン城、チェルンスター魔法学園と離ればなれで生活することになる。

 イザベラとしてはエリオットと片時も離れたくないが、女王としての立場上、離れなくてはいけなく切ない思いをしているに違いない。


「母ちゃんからみて、俺はまだ六歳の子供でなんだろうけどさ」


 エリオットはイザベラの手を優しく包み込む。彼の手はイザベラのものより大きく、少年の手だ。


「この学園でいっぱい強い魔法を覚えて、母ちゃんみたいに強くなって、立派な皇帝になるから」


 エリオットは真摯な表情で、イザベラに宣言する。

 イザベラはその言葉を聞き、感動の涙を流していた。


「卒業するまでの二年間……、コルン城で待っててほしい」

「ええ。待っているわ」


 エリオットはイザベラをぎゅっと抱きしめる。

 フェリックスはその様子を黙って見ていた。



 イザベラとの面会が終わり、フェリックスとエリオットは応接間を出た。


「エリオット、エリオルだった頃の記憶は残っているのかい?」


 フェリックスはこの場に二人だけしかいないことを確認し、エリオットに問う。

 エリオットは「誰にも言わないでくださいね」と念を押し、照れながら当時のことを話してくれた。


「細かいことは覚えてないっす。でも――」

「でも?」

「怖い夢を見たとき、転んでひざを擦りむいて泣いていると、母ちゃんがすぐに俺を優しく抱きしめてくれたことは覚えてます。イザベラさまの声が母ちゃんと同じだって気づいたのは、学園が襲撃されたあの時でした」

「そっか」

「俺はフローラちゃんを攫うまで、革命軍の活動は正しいものだとシャドウに信じ込まされていた。そのせいで、フローラちゃんの心に深い傷を負わせてしまった」


 エリオットはフローラに負い目を感じている。

 フローラのことを気にするがあまり、それが次第に好意に変わっていったのだろう。


「だから俺……、強くなりたい。フェリックス先生が顧問をしている属性魔法同好会で魔法を極めたいんだ」


 エリオットはフェリックスに頭を下げる。


「フェリックス先生、革命軍と戦えるように、俺に魔法を教えてください。お願いします」


 フェリックスはエリオットの頭にポンと手を置く。


「同好会でビシバシ鍛えるから、覚悟しておいてね」

「はいっ」


 フェリックスはエリオットの覚悟を受け入れる。

 エリオットは顔を上げ、返事をする。

 こうして、属性魔法同好会にエリオットが新たに加わることとなった。


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