チェルンスター魔法学園がシャドウ率いる革命軍に襲撃を受けてから一年後。
フェリックスがチェルンスター魔法学園の教師として四年目を迎える。
エリオットは三学年に進級し、クリスティーナは――。
「ミランダ先輩、ニーナをお願いします」
フェリックスの自宅のエントランスではミランダとクリスティーナが話している。
クリスティーナの腕の中には彼女の娘、ニーナがすやすやと眠っている。
クリスティーナはニーナを起こさないよう、そーっとミランダに渡す。
「ニーナは大人しくて可愛いわね」
ニーナはクリスティーナと同じ髪色と瞳の色を持って生まれた。
「少しはレオナールに似て欲しかったですが……」
クリスティーナは髪を掻きながら空笑いする。
その手には結婚指輪がついており、それをみたミランダは微笑む。
「今日から大学生活が始まるのね」
「はい。大学生になります」
ミランダはクリスティーナが身に着けているコートをみて呟く。
そのコートはチェルンスター魔法大学の生徒を示すもので、クリスティーナは大学一年生になる。
クリスティーナはチェルンスター魔法学園を卒業後、ニーナの出産と育児のため一年休んだ。
生後半年のニーナはまだ乳飲み子のため、ミランダが乳母として世話をすることになったのだ。
「う、うえ……」
目覚めたニーナはクリスティーナに手を伸ばす。
「お母さんは学校だから、今日はわたくしと一緒に遊ぼうね」
ミランダは優しい声でニーナに話しかける。
「授業が終わったらすぐに迎えにくるから」
クリスティーナはニーナの手に触れる。
泣きそうだったニーナがニカッと笑う。
「ミランダ先輩に迷惑かけないか心配です」
「気にしないで。ニーナが来るとハルトが大人しくなってわたくしも助かるわ」
ドタドタと誰かが駆けてくる足音がする。
「ニー!」
エントランスに現れたのはフェリックスとミランダの息子、ハルトだった。
一歳になったハルトは、家中を駆け回るようになり、活発に成長している。
「こら、ハルト! まだご飯の時間でしょ」
フェリックスはスプーンを持ったままハルトを追いかける。エントランスを出たところでミランダとクリスティーナが会話していることに気づく。
「あっ、クリスティーナ」
恥ずかしい姿を見られたと、フェリックスはスプーンを後ろに隠し、大人しくなる。
「おはようございます。フェリックス先生」
「二人で話してるところだったのに、ハルトが――」
「わあ、ハルト君、大きくなったね」
クリスティーナはその場にしゃがみ、ハルトを見つめる。
ハルトはミランダの脚にしがみつき、彼女の後ろに隠れる。
ハルトはサラサラしたプラチナブロンドと碧眼を持って産まれた。
ミランダ譲りの真っ白な肌も相まって、白い妖精のようだ。
「ママ、二ー、二ー」
「ミランダ先輩、『二ー』というのは……」
「ニーナのことよ」
一歳になったハルトは言葉を話すようになった。
ママ、パパに続いて覚えた言葉は”ニーナ”だ。
それほどにハルトはニーナのことが大好き。
「将来はニーナと結婚するのかな。わあー、楽しみだなあ」
「そうね」
二人の母親は、将来ハルトとニーナが結婚するのを心待ちにしている。
(ミランダとクリスティーナはずっと仲良しなんだろうなあ)
フェリックスはミランダとクリスティーナの様子を微笑ましく見つめていた。
「クリスティーナ、出産して半年で大学に入学して大丈夫なの?」
フェリックスはクリスティーナに声をかける。
ミランダの時はハルトの世話で疲れ、眠ることが多かった。
クリスティーナも同様で疲労で授業がままならないのではとフェリックスは思っていた。
「レオナールにも同じことを言われましたが、私は早く大学に通いたかったので」
ニーナはまだ生後半年。母親の手を離れるにはまだ早い時期だ。
フェリックスと同様、夫のレオナールにも同じことを言われたようだが、クリスティーナは『早く大学に通いたい』という意思を押し通した。
「また、大きな戦いが起こるかもしれない。その時のために私は大学で光魔法を磨き、多くの人を救えるようになりたいんです」
クリスティーナは自身の覚悟をフェリックスに語る。
一年前、チェルンスター魔法学園の襲撃で同学年のドナトルが亡くなった。
クリスティーナはそのことで光魔法について深く考えるようになったみたいだ。
(クリスティーナは本来光魔法に目覚めることはない)
フェリックスは光魔法と訊いて、フォルクスの原案を思い出した。
原案だとクリスティーナは”透明”と判定されたあと、自身の才能に気づくことなくチェルンスター魔法学園を卒業してしまう可哀そうな運命を迎えることになっていた。
だが、当時のフェリックスはゲームの内容が史実だと思っていたため、気づかずにクリスティーナの運命を変えていた。
(ニーナを妊娠した時はどうしようかと焦ったけど、クリスティーナが光魔法を使えるようになったのは心強い)
フェリックスにとってクリスティーナは心強い味方だ。
「素敵な目標ね。わたくしも応援するわ」
「ありがとうございます。では、行ってきます」
クリスティーナはフェリックスたちに手を振り、大学へ向かった。
ニーナは母親がいなくなったことで不安になったのか、ミランダの腕の中でもがいており、泣きだしそうだ。
「お留守番さびしいね。今日はハルトと一緒に遊びましょう」
ミランダはポンポンとニーナの肩を叩きながらあやす。
「少し前のハルトをみてるみたいだ」
「子供の成長はあっという間ね」
半年前、ハルトもミランダの腕の中で甘えていた。
今はだっこよりも歩くのが好きなようで、町を散歩するのが一番の楽しみらしい。
ミランダは積極的にハルトの子育てをしており、メイドも驚いている。
「パパ、ママ、ニー」
「ハルト、リビングに戻りましょう」
ミランダが声をかけると、よちよちとハルトが後ろからついてくる。
ミランダはリビングに戻ると、ニーナをベビーベッドに寝かせる。
ハルトがベッドをよじ登ろうとするので、フェリックスがハルトを抱えベッドに入れる。
「本当に大人しくなるね」
「ええ。すぐに一緒に寝るわ」
ミランダの言う通り、ハルトはニーナと共に横になっている。
フェリックスは上着を羽織り、仕事用のバックを持つ。
フェリックスはハルトの世話のため朝会議と朝のホームルームは免除され、出勤時間を遅くしてもらっている。
ハルトに朝食を与えたら、仕事へ出掛けるのだ。
「もう、ご飯はいらないかな」
「ハルトの好き嫌いは困ったものね。あとで食べさせるわ」
「おねがい」
フェリックスは学園へ出かける前にもう一度ハルトをみる。
ハルトはニーナを抱きしめ、すやすやと眠っていた。
(将来はハルトの王子様になるのかな)
フェリックスはハルトの将来を考えながらエントランスへ向かう。
「いってくる」
エントランスの前でフェリックスはミランダと向き合う。
「いってらっしゃい」
フェリックスとミランダはキスをし、仕事へ出掛ける。
フェリックスにとって幸せな日々が続いていた。