目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第127話 元最強の魔術師は元相棒に別れを告げる

 リドリーの雷魔法ですべての敵を倒した。

 フェリックスたちは敵陣だった場所を細心の注意を払いながら歩く。

 火の魔法で黒焦げになったアンデットはともかく、雷で感電したアンデットは起き上がり、襲い掛かってくるかもしれないからだ。


「きっと他の隊もアンデットの軍勢に遭遇しているでしょう」

「シャドウがトラヴィスのような偉人たちの遺体を回収していたのは……、アンデットとして蘇らせ、戦力として利用するため」


 リドリーは他の部隊も自分たちと同様にアンデットの軍勢を相手にしているだろうと呟いた。その中にはトラヴィスのような実力者も含まれ、苦戦を強いられているはずだ。

 シャドウが裏で墓荒らしをしていたのは、最終決戦に備えてのことだったのだろう。


「僕たちも、ヴィクトルがいなければ……」

「そうですね。あの人は私に弱点を教えてくれませんでしたから」


 トラヴィスの弱点は、かつて相棒だったリドリーも知らない情報だったようで、彼の甥であるヴィクトルがいなければ、勝てなかった。

 フェリックスは最悪の場合を想像し、ぞっとする。

 リドリーはトラヴィスの事を呟くたびに、悲しい表情を浮かべている。

 フェリックスはそれが気にかかった。


「リドリー先輩、一つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょう」

「リドリー先輩はトラヴィスさんと……、恋人だったんですか」


 フェリックスはリドリーとトラヴィスの関係について訊く。

 その質問を受け、リドリーは眉をしかめたのち、ため息をついた。


「……トラヴィスは私の婚約者でした」


 ぽつぽつとリドリーはトラヴィスとの関係をフェリックスに語る。


「彼はとても穏やかな人でして、シャドウクラウン討伐戦を終えたら軍を辞め、チェルンスター魔法学園の教師となり、私と……」


 リドリーの言葉が詰まる。

 リドリーの瞳には涙が流れていた。


「私と結婚する約束をしていました」

「……」


 シャドウクラウン討伐戦。

 そこでトラヴィスは戦死したのだろう。

 フェリックスはリドリーにかける言葉を見つけられず、ただ、黙っていた。


「あの学園で私が教師をしているのは……、トラヴィスの夢を継ぎたかったからなんです」


 リドリーが”最強の魔術師”という肩書を捨て、リディアという本名を捨て、チェルンスター魔法学園の教師をしてるのは、亡き婚約者の影を追いかけていたから。

 悲しい話を聞き、フェリックスの胸がきゅっと締め付けられる。


「……ディア」


 会話の最中、声が聞こえた。

 一番反応したのはリドリーだ。

 声を聞くなり、リドリーはきょろきょろと辺りを探している。


「リディア」


 今度ははっきり聞こえた。

 リドリーは声のほうへ駆ける。

 そこにはうつ伏せに倒れていた男性がいた。

 男性はリドリーの雷魔法で身体が麻痺しているのか、満足に動かせず、腕を動かすのがやっとの様子だった。


「トラヴィス!」


 リドリーは男性の手を握る。


「ああ……、リディアだ」

「そう、私よ。リディアよ」


 他のアンデットは朽ちていたり、欠損しているものが多かったが、トラヴィスはとても状態がよかった。

 防御魔法を扱えるようにするため、シャドウが魔法薬でトラヴィスの肉体を修復していたのかもしれない。

 フェリックスはトラヴィスの身体を起こすのを手伝い、彼をその場に座らせる。


(リドリー先輩の一撃で、洗脳が解けたのだろうか)


 フェリックスたちを油断させる罠かと警戒したが、トラヴィスは婚約者のリドリーに幸せそうな笑みを浮かべているのを見て、黒幕の魔法が解けかけているのだと悟る。


「最期に君に逢えるなんて……、僕は幸運だ」

「私と貴方は別行動だったから」

「……僕は皆を守れたのかな」

「ええ。貴方の防御魔法のおかげで部下は全員無事よ」


 リドリーが当時のことを口にする。

 二人は別々の部隊で戦い、死に別れた。

 トラヴィスの意識は戦死した直後のものなのだろう。


「リディア……、僕はあの戦いで戦死したんだね」


 トラヴィスは自身の死を認識していた。

 リドリーはトラヴィスから視線を逸らす。


「結婚の約束を果たせなかった、そうなんだろう?」


 何も言わずとも、リドリーの仕草でトラヴィスは自身の死を悟っていた。


「でも、君が幸せになっていてよかった」


 トラヴィスはフェリックスを見て安堵していた。

 フェリックスのことをリドリーの恋人だと勘違いしたのだろう。


「ち、違うわ。この人は――」

「リディアさんの同僚です。リディアさんは、チェルンスター魔法学園にて教師をしています」

「教師……」


 フェリックスは自身とリドリーの関係をトラヴィスに話した。

 トラヴィスはリドリーが教師をしていると聞くと、悲しい表情を浮かべた。


「リディア、僕のこと……、引きずっているのかい?」

「……ええ、そうよ」

「どうか僕のことを忘れて幸せになってほしい」

「何度も別の恋を見つけようともがいたわ。でも、最後は貴方と比べてしまう」


 リドリーは泣きながらトルディスに告げる。


「僕が君にとって最高の男だということだね。それは光栄なことだ」


 悲しむリドリーと対照的にトルディスは笑っていた。


「君には家庭を持って幸せになって欲しい」


 この発言をした直後、トルディスはゴホゴホと激しく咳き込む。

 トルディスは黒い血を吐血し、致命傷となったであろう心臓付近から黒い血が滲み出ていた。

 魔法が解けようとしているのだろう。


「もう、時間のようだ」

「やだ、トルディス……」

「リディア、僕はそれを天国で見守っているから」

「いかないで」

「じゃあね、僕の愛しい人」


 トルディスはリディアに最期の言葉を告げ、幸せそうな顔をして二度目の死を迎えた。


(安らかに眠らんことを――)


 リドリーが声をあげて大泣きする中、フェリックスはトルディスの安眠を願っていた。



 一方、アルフォンスとカトリーナはオルチャック公爵領の中心街に潜んでいた。

 二人は先行してオルチャック公爵領に入っていた。

 オルチャック公爵領に潜んでいるシャドウを暗殺するためだ。


(領地はアンデットがうろついていて、生存者はもういない)


 アンデットは屋外をうろついており、室内のドアを閉めていれば入ることはない。

 また、カトリーナの姿を透明にする能力を生かし、安全なルートを選んで進んできたため、アルフォンスとカトリーナはアンデットたちと大きな戦闘になることなく、中心街までたどり着いた。


「アルフォンス……」


 領地に入って一週間になる。

 民家の中で適度な休憩はとっていたものの、久々の任務は精神に堪えるものがある。

 カトリーナは疲れ切っており、笑顔をみせなくなっていた。 


「少し休もう」


 アルフォンスはカトリーナの頭を撫で、休憩を提案した。


「ベッドがある。少し、眠るといい」

「……アルフォンスも一緒?」


 アルフォンスはカトリーナに仮眠を取るよう提案する。

 カトリーナはアルフォンスをぎゅっと抱きしめ、共に眠りたいと甘える。


「いいや」

「なら、このまま」

「カトリーナ……」


 アルフォンスも極限状態でベッドに横になれば、すぐに深い眠りについてしまうだろう。

 敵地で二人眠るのは危険だと考えたアルフォンスは、カトリーナの誘いを断る。

 アルフォンスが断るとカトリーナはベッドで眠ることを拒否した。


「ここは敵地だ。引っ付くな」


 アルフォンスはカトリーナを引き離す。

 だが、カトリーナはすぐにアルフォンスを抱きしめる。


(最近、カトリーナが俺の言う事を聞いてくれない)


 アルフォンスはカトリーナのことが分からなくなっていた。


「カトリーナ……、遠くの大学に行きたくない」


 突然、カトリーナは進路の話を始めた。


「なんで急にそんな話を――」

「アルフォンスと離れ離れになりたくない」

「っ!?」


 カトリーナがやっと首都の大学の推薦を受けたくない理由をアルフォンスに話してくれた。


「チェルンスター魔法大学だったら、ちょっと我慢するだけでいいから、そっちがいい」


 カトリーナはアルフォンスの胸の中で幸せそうな笑みを浮かべている。

 アルフォンスはカトリーナを強引に引き剥がした。


「……そんな理由で、推薦を蹴るのか」


 アルフォンスはカトリーナの本心を聞いても納得できなかった。


「首都の大学を卒業したら、どんな職にも就けるんだぞ。お前の美貌なら在学中に貴族と恋仲になれるかも――」


 アルフォンスはカトリーナの幸せを願っていた。

 いい大学を卒業し、高給な定職に就き、素敵な相手を見つけ、結婚して欲しい。

 首都の魔法大学への進学は、カトリーナが幸せな人生を歩むための一歩。


「いらない!」


 カトリーナはその場に立ち上がり、大声を出した。


「アルフォンス以外、カトリーナに必要ない!」

「カトリーナ、大声を出すな。アンデットが――」


 声を抑えるよう注意するも、カトリーナはアルフォンスから離れ、言うことを聞かない。


「カトリーナはアルフォンスと一緒がいい!」


 カトリーナは大声でアルフォンスに抗議する。

 アンデットたちがカトリーナの大きな声に反応し、こちらに近づいてくる。

 普通のものであればそれだけで済むが、中に攻撃魔法を扱うものが紛れており、建物を破壊される可能性もある。


「カトリーナは――」


 カトリーナの主張は、攻撃魔法に遮られる。

 家屋を破壊され、アンデットたちが生者であるカトリーナとアルフォンスに向かって集まりだした。


「ほう、貴様らここに潜んでいたのか」


 アンデットに紛れた生者の声。

 アルフォンスはカトリーナに手を伸ばすも、二人の間にゴーレムが現れ、引き裂かれる。


「カトリーナ!」


 ゴーレムはカトリーナを捕え、主の元へ運ぶ。


「ああ、カトリーナ。しばらく見ぬ間に美しくなった」


 ゴーレムを操っているシャドウは、カトリーナの頬に触れ、撫でていた。


「シャドウ……」


 ゴーレムに捕まり、身動きが取れないカトリーナは嫌な顔をするしか抵抗できなかった。


「カトリーナを返せ!」


 アルフォンスは水魔法をシャドウに放つも、シャドウを庇ったアンデットに直撃した。


「返せ? それはこちらのセリフだ」


 シャドウはアルフォンスに反論する。


「いずれ、カトリーナを連れ戻すと言ったであろう」


 以前、シャドウはそう言い残して退散したことをフェリックスから聞いたことがある。

 シャドウがカトリーナを求めるのは、スレイブとして暗殺をさせるためだ。


「カトリーナ、もう、人殺しはやらない! アルフォンスと一緒にいるの」


 カトリーナも同じことを考えており、シャドウに抗議する。

 シャドウはゴーレムを操り、カトリーナの口を塞ぐ。


「もう、暗殺はしなくていいんだ」


 シャドウはカトリーナを愛おしげに撫でる。

 カトリーナは目を見開き、シャドウの対応に驚いていた。


「さあ、帰ろう」


 シャドウはカトリーナを拘束したゴーレムを連れ、この場を去る。

 カトリーナはアルフォンスをじっと見つめ、助けを求めていた。


「待て!」


 アルフォンスはシャドウからカトリーナを救出しようと水と土魔法を放つも、アンデットたちがアルフォンスに行く手を阻む。


「カトリーナ! カトリーナ!!」


 アルフォンスは悲痛な声でシャドウに連れ去られたカトリーナの名を叫んでいた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?