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第128話 元暗殺者は己の出生を知る

 カトリーナは、シャドウの拠点であるオルチャック公爵邸に連れて行かれた。

 豪華な一室に着いたところで、カトリーナはゴーレムの拘束から解かれる。


「シャドウ……!」


 拘束を解かれたカトリーナはすぐさまシャドウに飛びつき、風魔法で作り出した短剣を彼の首元に突き付けた。


「風魔法か……」

「シャドウとお話することはない!」


 カトリーナは魔法の短剣でシャドウの首元を切り裂く。

 だが、シャドウは土魔法で首元を守られ、攻撃を防がれた。


「本当に学校で沢山のことを学んだね」


 シャドウはカトリーナの杖を取り上げ、彼女をぎゅっと抱きしめた。


「魔法も勉強も優秀な成績だったと聞いているよ」

「やっ、離れて!」

「背も髪も伸びて……、お母さんに似てきたね」


 カトリーナはシャドウの腕の中から離れようともがくも、彼は離してくれなかった。

 カトリーナの耳元にシャドウの優しい声が響く。


「お母さん……?」


 気になることを耳にし、カトリーナは暴れるのをやめる。


「ああ。妻にそっくりだ」

「シャドウの奥さんが、カトリーナのお母さん……?」


 大人しくなったところで、シャドウとの抱擁が解かれる。

 シャドウは目を細め、優しい顔でカトリーナを見つめていた。


(この顔……、アルフォンスみたい)


 アルフォンスにとってカトリーナは大切な存在。

 今のシャドウにも、アルフォンスと似たような感情を向けられているとカトリーナは感じた。

 それは――。


「シャドウはカトリーナの……、お父さん?」

「ああ、そうだ! ようやく思い出してくれた」


 カトリーナは今までの会話で得た事実をシャドウに告げる。


「リタ、リタ……」


 シャドウは涙を流し、カトリーナのことを"リタ"と呼ぶ。


「リタ……」


 その名を呟いた直後、カトリーナは酷い頭痛に襲われる。

 黒髪の女の人とシャドウがこちらを見ている光景が浮かんだ。

 その場にうずくまる前に、シャドウがカトリーナを支え、ソファに座らせた。


「なにか思い出した?」


 シャドウに聞かれ、カトリーナはふるふると首を振り、嘘をつく。


(……カトリーナはシャドウクラウンの人間。アルフォンスを傷つけた一家の人間)


 カトリーナはあの光景から、自身がシャドウの娘であることを思い出していた。だが、それは自分がシャドウクラウンの人間であり、アルフォンスの肉体と精神を傷つけた一家の人間であることを認めることになる。

 カトリーナはそれが嫌だった。


「長い旅で服も身体も汚れているだろう。湯を用意しているから、そこでキレイにしよう」

「……うん」


 カトリーナはシャドウに脱衣所へ連れていかれ、その先にある浴室で身体と髪を清めた。

 浴室から出ると、肌着と白いワンピースがあり、カトリーナは渋々それを身に付けた。

 濡れた髪をタオルで乾かし、脱衣所を出ると、シャドウがいた。


「リタ、おいで」


 シャドウはカトリーナをある部屋に連れて行く。

 部屋の中は淡いピンク色で統一されたもので、天蓋付きの大きなベッド、キャビネット、ソファやテーブルなどが置いてあった。

 一目見て、お姫様の部屋のようだと思った。


「リタの部屋だよ」


 シャドウはここをカトリーナの部屋だと言った。


「洋服や靴もリタのために用意したんだ」


 シャドウが開いたクローゼットには、女性ものの洋服が沢山入っていた。

 靴も上等なものが並んでいる。


「……ずっとここにいなきゃいけないの?」

「うん。この戦いが終わるまではね」


 この部屋に監禁されるのかとカトリーナが問うと、シャドウは彼女の頭を撫でながら答えてくれた。


「外に出てはいけないよ。アンデットは君を襲わないが、危険が沢山あるからね」


 シャドウの言う通り、カトリーナはこの領地へくるまでアンデットに襲われたことはない。

 ひやりとする場面もあったものの、アンデットがカトリーナを無視していた。


「カ――、リタはシャドウクラウンの人間だから?」

「そう。アンデットはシャドウクラウンの人間を襲わない」

「アンデットはシャドウが魔法で作ったの?」


 カトリーナはシャドウに次々と質問をする。


(シャドウが知っていて、カトリーナが知らないこと、全部聞いて、それを皆に知らせるんだ)

「それはリタが知らなくていいことだよ」


 核心を突こうとしたが、シャドウに軽くあしらわれてしまった。


「リタはこの部屋で俺の帰りを待っていればいいんだ」


 シャドウはカトリーナをドレッサーに座らせ、古い宝石箱を持ってきた。

 その中にはカトリーナの瞳と同じ、バイオレット色の宝石が並んでいた。


「これはリタのお母さんが大事にしていたもの、形見だ」


 シャドウは小さな花が三つ並んでいるネックレスをカトリーナに付ける。

 髪に触れられたとき、カトリーナはぞくっとした。


「お母さんは?」

「もうこの世にはいない。イザベラに殺された」


 母のことを問うと、シャドウは淡々と答えた。

 肩を強く掴まれ、カトリーナは顔をしかめる。


「ああ、ごめん。痛かったね」


 カトリーナが顔をしかめたことに気づき、シャドウはすぐに謝った。


「戦力が足りなかったとはいえ、リタをスレイブとして育てたくはなかった……」


 シャドウはカトリーナに本心を語る。

 自身を思い出す前、カトリーナの記憶はシャドウから厳しい指導を受けていたことが新しい。

 建物に忍び込む方法、錠前を開ける方法、そして人を殺す方法。

 物覚えが悪ければ、シャドウが持っている杖で何度も殴られたが、シャドウはカトリーナを殴った直後は何度も謝っていた。


「成長薬を飲ませることだって……、俺は反対したんだ」

「成長薬……?」


 カトリーナは聞き慣れない単語に首を傾げた。


「リタは魔法薬で十歳大きくなったんだよ」


 シャドウはカトリーナの黒髪を一束掴み、大事そうに撫でる。


「薬を飲まずに成長すれば、リタは七歳の女の子だった。もし、そうだったらスレイブにさせなかったのに」


 シャドウの話を聞き、カトリーナは自身の身体を見る。

 身長や体つきは十七歳の少女そのもの。

 近所に住む七歳の子供と同じだとは考えられない。


「どうしてリタはその薬を飲まなきゃいけなかったの?」


 カトリーナは疑問をシャドウにぶつける。


「……非検体として、上手くいくかどうかエリオットの前に試さないといけなかった」

「エリオットの前……、エリオットってリタが通っている学園にいるあのエリオット?」

「ああ。あいつもリタと同じ薬を飲んで、十七歳の身体になっているんだよ」

「リタはエリオットと一緒なんだ……」

「ああ、ごめんよリタ」


 シャドウはカトリーナの身体を包み込むように抱きしめる。


「無能な革命軍も全てアンデットに変わった。あとはイザベラの軍をせん滅するだけさ」

「……」

「俺はリタに酷いことをした。だが、これからは父親として、君を大事にしたい」


 カトリーナはシャドウの腕に触れる。


「この戦いに勝ったら、リタは帝国のお姫さまだ。君の望みはなんでも叶えられる」

「なんでも――」


 カトリーナはシャドウの甘い言葉に意思が揺らぐ。

 この戦いにシャドウが勝利すれば、カトリーナの望みはなんでも叶う。


「アルフォンスと離ればなれになりたくない」


 カトリーナは望みを口にする。


「リタはあの男が欲しいんだな」

「うんっ」

「なら、あの男をアンデットにすればいい。そうすればずっとリタのものだよ」

「アルフォンスがずっとリタのもの」


 シャドウの言葉にカトリーナはうっとりしていた。


(アルフォンスがアンデットになったら、進路について言い争うこともない)

「一度、アルフォンスを殺さないといけないね」


 シャドウは杖と自身の短剣をカトリーナに渡す。


「あいつは少ししたら、この屋敷に着く。それまでは俺と父上と共に過ごそう」

「うん、”お父さん”」


 カトリーナはシャドウに満面の笑みを向けた。



 アルフォンスは命からがらアンデットの包囲を抜け出し、カトリーナが連れ去られたであろう公爵邸にたどり着いた。

 アルフォンスは必死にカトリーナを探す。

 カトリーナがシャドウに攫われてから三日経過している。


(大丈夫、カトリーナはこの屋敷にいるはず)


 カトリーナがシャドウの手に戻れば、彼女はまた暗殺者の道を歩むことになる。

 やっと普通の女の子としての生活を手にしたのに、それを失わせたくない。


(あの時、俺がカトリーナを突き放さなかったら――)


 アルフォンスはカトリーナと別れ際、口論になってしまったことを後悔していた。

 もし、あの時、本音を告げてくれたカトリーナに感謝の気持ちを述べ、希望通りの進路にしようと言っていたら、彼女をシャドウから守れたかもしれないのにと。

 公爵邸は魔法を扱うアンデットたちの厳重な警備があったものの、アルフォンスはそれをかいくぐり、公爵邸内に侵入することに成功した。

 アルフォンスが侵入できたのは公爵邸の庭園から。

 少し歩くと、食堂室に着く。

 ここではシャドウが食事をとっていたはず。

 空の食器を使用人たちが回収していた。

 彼らは数少ない生者であり、オルチャック公爵領の数少ない生き残りだろう。


(三人前の食器……)


 アルフォンスは彼らが回収した食器の数に疑問を覚えた。

 内二人はシャドウとカトリーナだと思うが、あと一つは誰のものなのだろうか。


「アルフォンス!」


 考え事をしながら屋敷内を捜索していると、背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。


「カトリーナ、無事だったか」

「うん」


 カトリーナは真っ黒なドレスを身に着けていた。

 首元にはヴァイオレットの花が三つ連なったネックレスを付けており、身なりは貴族の娘のようだった。

 カトリーナが大事に扱われていたことに、アルフォンスは安堵する。


「ずっと、待ってた」


 カトリーナはアルフォンスに駆け寄る。

 いつものように抱き着いてくるのだと、カトリーナを受け止める体勢になったアルフォンスだが、彼女を受け止める寸前、短剣が見えたため、直前で避けた。

 カトリーナは即座に短剣を振るい、アルフォンスに攻撃する。


「カトリーナ、どうして俺を攻撃するんだ」

「お父さんが言ってたの。アルフォンスを殺して、お爺ちゃんの魔法でアンデットにしたら、カトリーナだけのアルフォンスになってくれるって」

(何を言ってるんだ?)


 耳を疑う発言があったが、それをカトリーナに訊く余裕はない。

 アルフォンスに対する殺意がある。

 今はそれだけ理解すればよかった。


「ロック バインド」


 アルフォンスはカトリーナの動きを止めるため、彼女の足元に土魔法を放った。

 だが、カトリーナは拘束魔法を軽々と避け、直後に姿を透明にした。

 アルフォンスは集中してカトリーナの足音を聞きとる。


(くそ、あいつ、風魔法で宙を浮いてるな……)


 一向にカトリーナの足音は聞こえない。

 アルフォンスは自身の周りを土壁で覆い、彼女から身を守る。


「カトリーナ、お前の気持ちに気づいてやれなくてすまなかった」


 そしてアルフォンスは、カトリーナを説得する方法をとる。


「首都の大学に進学しなくてもいい。お前の望み通り、チェルンスター魔法大学にしよう」


 カトリーナがいない三日間、アルフォンスは考えた。

 首都の大学で一流の教育を受けて欲しかったが、チェルンスター魔法大学もそこそこの教育を受けられる。

 アルフォンスは妥協したのだ。


「カトリーナ、本当は進学もしたくない!」


 カトリーナの風魔法がアルフォンスの土壁を破る。

 アルフォンスは破られた方に身体を向け、手を伸ばした。


(掴んだ!)


 アルフォンスはカトリーナの腕を掴む。

 だが、カトリーナの力は強く、アルフォンスは彼女に押し倒されてしまった。


「今のアルフォンスにカトリーナの気持ちなんて分からないよ!」


 透明な姿を解いたカトリーナは、アルフォンスの腹部に馬乗りになり、彼の胸に短剣を突き立てる。

 短剣の切っ先がアルフォンスの胸を突き刺すのに一瞬の間が生まれた。

 アルフォンスはその隙に土魔法で短剣の刃を錆びさせた。

 錆びた短剣がトンとアルフォンスの胸に落ちる。


「カトリーナはアルフォンスを独り占めしたい」


 アルフォンスの頬にカトリーナの涙が落ちる。


「アルフォンスが学園にいるからカトリーナは学園に行くの。本当はリドリーやフローラとも話してほしくない。一緒に居られるフェリックスが憎い」


 カトリーナの本当の気持ち。

 それは日に日に増してゆく、アルフォンスに対する独占欲だった。

 アルフォンスはカトリーナの腰をトントンと叩き、どくように要求する。

 カトリーナは素直に従い、アルフォンスはその場に座り込んだ。


「カトリーナ、お前の望みは叶えられない」


 アルフォンスは指でカトリーナの涙をぬぐう。


「俺が学園で働いているのは……、お前が綺麗な洋服を着て、お腹いっぱいご飯を食べて、暖かい家で過ごしてもらうためだ」


 アルフォンスはカトリーナの頬に触れる。


「可愛いカトリーナ、お前がいるから俺は仕事を頑張れるんだ」


 アルフォンスはカトリーナのおでこにちゅっとキスをした。


「俺はもうカトリーナなしでは生きていられない。すでに俺は、お前のものだよ」


 アルフォンスが恥じらいながら告白すると、カトリーナは「ほんとう!?」と大喜びしていた。


「……カトリーナ知ってる。アルフォンスが毎夜『可愛い』って言って、眠ってるカトリーナのおでこにキスしてくれるの」

「秘密にしてたんだが……」


 アルフォンスとカトリーナは互いに笑い合った。

 カトリーナはアルフォンスをぎゅっと抱きしめる。


「カトリーナ、アルフォンスのこと大好き」

「知ってる」

「だから、フェリックスとミランダみたいに……、夫婦になりたい」

「……そうか」

「アルフォンスとカトリーナたちの子供と一緒に日々を過ごしたいの」


 それがカトリーナの望み。

 アルフォンスは大学進学をカトリーナに押し付けていただけだった。


「本当の家族になろう」

「うん」


 アルフォンスはカトリーナとの抱擁を解き、真摯な顔でカトリーナに告げる。

 アルフォンスの提案にカトリーナは頬を赤らめながら頷いた。


「カトリーナ」

「アルフォンス」


 アルフォンスはカトリーナに顔を近づけ、彼女の唇に自分のものを重ねた。

 カトリーナはアルフォンスに身をゆだね、彼の愛を感じていた。

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