オルチャック公爵領へ進軍して一週間が経つ。
イザベラ率いる本隊はアンデットを対処しつつ、オルチャック公爵領の中心街まで進んだ。
(皆、アンデットの始末に慣れた)
被害はあったものの、最小限に留められている。
だが、アンデットに対する恐怖と、疲弊で軍の士気は下がっている。
早々にオルチャック公爵邸へ向かい、黒幕を仕留めなければとイザベラは焦っていた。
「歴戦の猛者を蘇らせたのに、よくここまできたな」
中心街の広間まで進軍したさい、聞き覚えのある男の声を耳にする。
「兄上に墓を荒らされた人物を調べたおかげでの」
イザベラたちの前に現れたのは、シャドウだった。
アンデットたちは生者であるシャドウを攻撃しない。
(やはりこのアンデットの集団はシャドウが生み出したものだろうか……)
イザベラはそう推測する。
トラヴィスの一件から、イザベラは戦いの前に帝国中の墓を調べ、シャドウが盗んだ遺体をリスト化していた。彼らの得意な魔法や弱点を調べていたため、強敵のアンデットが登場してもすぐに対処できた。
「シャドウ! ここでぜってえ倒す!」
先に攻撃に出たのはエリオットだった。
エリオットは水の中級攻撃魔法をシャドウに向けて放つ。
だが、エリオットの攻撃魔法はシャドウに庇ったアンデットに当たり、アンデットの身体が抉られる。
「ほう、一年の間に威力が増したな」
シャドウはエリオットの攻撃魔法に感心していた。その様子はとても余裕がある。
「お前を倒すために俺は強くなったんだ!」
「皆のもの、エリオット殿に続け!」
同行していたライサンダーが、皆を焚き付ける。
ライサンダーは杖に氷の刃を生み出し、アンデットの集団に立ち向かう。
魔法が得意ではない兵士たちは、剣を持ちライサンダーに続く。
魔法兵はライサンダーたちの後方で詠唱し、彼らを援護する。
これまで被害を最小限に留められたのは、ライサンダーの活躍もある。
公爵貴族である彼が前線に出て、引っ張ることで皆が懸命に戦ってくれる。
イザベラも泥魔法で劣勢な場所をカバーする。
連携でシャドウを取り囲んでいたアンデットの軍勢が一掃されてゆく。
「兄上、そなたの陰謀もここで終わりじゃ!」
イザベラはシャドウに泥魔法を一撃打ち込む。
シャドウは杖を軽く振った。
すると、イザベラの魔法が一瞬にして消えた。
「っ!?」
「陛下の泥魔法が消失しただと!?」
イザベラは見知らぬ魔法をシャドウが扱ったことに動揺する。
シャドウは土魔法が得意な魔術師。
イザベラが浮かぶ土魔法の中で、魔法を消滅させるものはない。
(これが”悪魔から得た力”か?)
イザベラはすぐに平静になり、シャドウがいま使った魔法はイザベラたちを脅かす魔法なのだろうかと考える。
(いいや、それは目の前にいるアンデット。シャドウが魔法でアンデットを起こさないのは、奴の魔法ではないから)
イザベラは自身の考えをすぐに否定する。
脅威となっているのはアンデットの集団。
もし、シャドウがアンデットを操っているのであれば、すぐに彼らを起こすだろう。
(フェリックスの考えは当たっていたみたいね)
黒幕はシャドウではなく、他にいる。
(なら、シャドウはここで倒せる)
そう確信したイザベラはぎゅっと杖を強く握り、再び攻撃魔法を唱えた。
「物覚えの悪い女だな」
シャドウは先ほどと同様にイザベラの魔法を消し去る。
「ふん、追い詰められておるのによく強気でいる」
「追い詰められている?」
イザベラはシャドウを挑発する。
シャドウはイザベラの言葉を聞き、高笑いしていた。
「そうか、数で押しているから勝っていると思い込んでいるんだな」
シャドウは魔力を込め、杖を大きく振った。
「なっ」
「お前たちを倒すため、新しい力を授かったのだ。その気になれば、魔法だけではなく兵士も消すことができる」
途端にライサンダーを含む、周りの兵士たちが一瞬でいなくなり、この場にいるのはイザベラとエリオットのみとなった。
「エリオル!」
突然、戦況が変わり、イザベラは前戦にいたエリオルを呼ぶ。
味方がいなくなったエリオルは、アンデットに囲まれていた。
(助けたいけれど、あの距離では私の魔法で助けられない)
イザベラはエリオットを失うのではないかとひやひやしていた。
「先ほどの威勢はどうした。やはりお前は息子のことになると途端に弱くなるな」
おろおろしているイザベラをシャドウは笑っている。
エリオットを魔法で消さなかったのは、イザベラが慌てている様子を見たかったからなのだろう。
「なめんなよ」
エリオットがシャドウを一瞥する。
「ウォータ タイダルウェーブ」
エリオットが水の上級攻撃魔法を唱えた。
膨大な魔力で生み出した水の塊が巨大な波を生み出し、周りにいたアンデットたちを押し流す。
アンデットたちはエリオットから離れた場所で山積みとなっており、身動きが取れない状態になっていた。
「一年前と同じ手は食わねえよ」
エリオットはイザベラの元に駆け寄り、シャドウに杖を向ける。
「もう、母ちゃんの足手まといにはならねえ」
「エリオル……」
「母ちゃん、一緒にシャドウを倒そう!」
「ええ」
イザベラは息子の成長に涙ぐみながらも、エリオットの言葉に元気づけられた。
☆
その後、イザベラとエリオットはシャドウに向けて様々な攻撃魔法を放った。
だが、すべてシャドウの魔法によって消滅してしまう。
「くそっ、倒せねえのかよ」
エリオットは息切れをしており、魔力も尽きかけそうだ。
(そろそろ決着を付けないと。エリオルが危ないわ)
イザベラは余力を残しつつ、シャドウの魔法の正体を探る。
(物体は複数消せるみたいだけど、魔法は一つずつしか消せない)
シャドウの魔法は大勢の兵士や瓦礫など、人物や物は一瞬で消すことができるようだが、イザベラが泥魔法で造り出したマッドドールのキラーとデコイは一体ずつ消していた。
シャドウの魔法の法則に気づいたイザベラは、戦闘で熱くなっているエリオルに通信魔法で彼の脳内に呼びかけた。
『エリオル、シャドウを倒す方法を思いついたわ。力を貸してちょうだい』
エリオルはイザベラの方を振り返り、うんと頷く。
「ほう、なにか悪だくみを思いついたようだな」
エリオットの仕草でシャドウに気づかれてしまった。
『ご、ごめん。母ちゃん』
エリオットは自身のミスを通信魔法で謝る。
『水魔法で建物を壊してシャドウの気を引いてちょうだい』
『わかった』
エリオットはイザベラの指示通り、杖を建物に向け、建物を破壊する。
「ふん、目くらましか」
瓦礫がシャドウの頭上に落ちるも、彼は余裕の表情でそれを魔法で消す。
「無駄なことを」
瓦礫が消えた直後、イザベラの泥人形がシャドウを襲う。
シャドウはそれをすぐに魔法で消した。
「っ!?」
消した直後、泥人形がいた場所からイザベラが現れる。
イザベラはシャドウが油断した隙に彼との距離を一気に詰めた。
「これでトドメよ!」
イザベラは泥の刃でシャドウの身体を貫いた。
「さようなら、兄上」
イザベラは別れの言葉を告げた後、泥の刃を引き抜き、魔法を解除する。
シャドウは血を吐き出して、その場に倒れた。
「倒した……」
エリオットはシャドウが倒れたのを見て、宿敵を倒したのだと喜んでいた。
シャドウが息絶えたことで、消失していたライサンダーたちが瓦礫と共に姿を現す。
「陛下!」
「シャドウはわらわが倒した」
「では、我々の――」
「いいや、そこのアンデットをみよ」
ライサンダーはイザベラの元へ駆け寄る。
イザベラはシャドウを己の手で倒したことを宣言した。
エリオット、ライサンダー、他の兵士たちは戦いに勝利したのだと喜んだのも束の間、エリオットが水魔法で山積みにしたアンデットたちを見て絶望する。
「まだアンデットは動いておる。操っていたのはシャドウではない」
「で、では誰が――」
パチパチパチ。
ライサンダーがイザベラに問うのと同時に、拍手が聞こえた。
「見事、シャドウを討ち取った。褒めてつかわそう」
拍手をしている当人は、突如イザベラたちの前に姿を現した。
「……父上」
姿を現したのは元シャドウクラウン当主、レヴァンタ・シャドウクラウン。
レヴァンタを目にし、イザベラは目を疑う。
「父上はわらわの手で――」
「ああ、とても痛かった。まさか娘に殺されるとは思わんかった」
レヴァンタは先ほどのシャドウのように、イザベラが心臓を貫いた。
死をこの手で、この目で確認している。
あの状態で生きているはずがない。
「こやつを殺してくれてありがとう」
レヴァンタは杖を振る。
すると、先ほど息絶えたシャドウの身体が動き出した。
「これで我の駒になった」
レヴァンタは実の息子の死を嘆くどころか、アンデットとして操れるようになったと喜んでいた。
「さあ、戦いを続けようじゃないか」
(悪魔は……、父上じゃった)
黒幕の正体が判明した。
「こやつを倒せば、われらの勝利じゃ! 皆の者、レヴァンタを討伐せよ!」
イザベラはこれが最後の戦いだと兵士たちに命令する。
(フェリックス……、あなたが来るまで持ちこたえるから)
だが、イザベラたちだけではレヴァンタを討伐出来ない。
それは前皇帝フォルクスの予知夢で示されている。
イザベラは心の中で、予知夢を破る存在であるフェリックスがこの場に現れることを祈った。