「な……んで……お前が……ここに……?」
リザードマンの長バルバル。シマノがこの世界に来て最初に戦った、決して忘れることのできない強敵。部下の手斧で裂かれた腕の痛みも、息を切らして森中を駆けまわった苦しみも、昨日のことのように鮮明に思い出される。
あの時、ユイの雷魔法で確実にとどめを刺したはずだ。HPは0になっていたし、レベルアップに足る経験値を得ることもできた。
「部下に助けられちまッてなァ……いや、もう
どうやら、この世界におけるHP0は死を意味するわけではないようだ。戦闘不能、あるいはいわゆる「瀕死」状態といったところだろうか。
それよりも気になるのはバルバルのその後だ。元部下とやらに助けられた彼が、いったい何故こんなところで捕まっているのか。元部下がなぜ「元」部下なのか。バルバルのいないラケルタの森は今どうなっているのか。
「バ、バルバル……何が、あったんだ?」
リザードマンたちに負わされた恐怖と苦痛を思い出し、バルバルの前に立つとどうしても身体が震えてしまう。それを必死に抑え込みながら、シマノはなるべく毅然として見えるよう背筋を伸ばし、バルバルと正面から相対する。
「何てこたァねェ。俺はお前らに負けた。
なるほど、いかにも荒くれ者の集団らしい掟だ。だが、森を出たからといってここに囚われている理由にはならない。
シマノが疑問を口にしようとすると、バルバルが先に言葉を続けた。
「掟に異存はねェ……が、今のリーダーのやり方には黙ってらんねェ。あいつは一族を支配し、苦しめ、自分の玩具にしてやがる」
「ひょっとして、その今のリーダーってやつのせいでここに?」
シマノが思わず尋ねかけると、バルバルは悔しそうに歯を食いしばり、呻くように頷いた。
「あァそうだ。あいつは……もう昔のあいつじゃねェ。俺を池から助け出したかと思えば、リーダーの座を奪い、一族の者を傷つけ……しまいにゃ掟通り森を出た俺に、いきなりゼノが何だのと言いがかりをつけてきやがった。それで俺はアッという間に王都に引き渡され……このザマだ」
ゼノ、の二文字にシマノとユイは顔を見合わせる。こんなところにまで奴らが絡んでくるとは。
とにかく、バルバルを王家に引き渡した「元部下」とやらの狙いが気になるところだ。ゼノの構成員である可能性も否定できない。奴らなら、邪魔なバルバルを排除し、リザードマンを支配してゼノの戦力に加えるぐらいのことはやってきそうだ。
だとすれば、このままバルバルを見捨てるわけにもいかないだろう。
顔を見合わせていたユイが、シマノの意を汲み取ったのか眉間に皺を寄せる。
「シマノに警告。私たちには彼を助けてやる義理などない。当初の目的通り、王家との接触を優先すべき」
「いや、ゼノと関係あるかもしれないっていうなら、放っておくわけにはいかないだろ?」
「……シマノ。ここに来た目的を忘れては駄目」
ユイの言うことは正しい。ここに来た目的を優先すべきなのはその通りだが、それよりもユイはシマノがバルバルや彼の部下との戦いで怖い思いをしたことを気にかけ、深くかかわらないように引き止めてくれているのだ。
それでも、一度HPを0にして殺してしまったと思い込んでいた負い目もあるからか、シマノはどうしても今困っているバルバルを放っておく気にはなれなかった。
「バルバル、俺たちはこれから王家の真意を確かめる。ゼノと王家が繋がっているかもしれないんだ」
シマノはバルバルに語りかける。その言動を見たユイは何かを言いかけたものの、黙ってぐっと飲み込んだ。そんなユイに罪悪感を刺激されつつも、シマノは自身の信じた行動をとる。
シマノの言葉を聞いたバルバルは目を見開き牢の鉄格子を両手で掴み、今にも身を乗り出さんとする勢いでシマノに迫った。
「なッ、何だとォ……!? じゃァ、あいつも王家も、そのゼノとかいうやつらも全員グルってことか!?」
「っ……そ、その可能性は否定できない」
バルバルの勢いに気圧され、シマノは思わず怯んでしまった。
すると、シマノとは対照的に淡々とした様子のユイが、助太刀に入ってくれた。
「バルバル。もし貴方が望むなら、私たちは貴方をここから出して、森へ連れて行ってあげる。どうする?」
その助太刀に、誰よりも驚いたのがシマノだ。口では反対しつつも、何だかんだシマノの望みに寄り添おうとしてくれたことに、思わず心が暖かくなる。
一方、聞き捨てならないと反対したのは、ムルだ。
「待て。まずは我らの目的、王家との接触が先だ。そいつを連れて行っては話が拗れる」
ムルの言うことも尤もだ。まずは自分たちの冤罪を晴らすことを優先しなくてはならない。
「そうだな。バルバル、俺たちは王家の人に会って話をしてくる。その時、お前の釈放も頼んでみるよ」
「もしダメって言われても、後でこっそり助けに来てあげるからね♡」
ニニィが横から顔を出し、バルバルにウインクを飛ばした。
バルバルは少し逡巡する間を見せたが、すぐシマノたちに向き直り、深く深く頭を下げた。
「…………わかった。お前らに頭下げんのは
「ああ、約束だ」
「……かたじけねェ」
こうしてシマノはバルバルを牢から救出すること、ラケルタの森のリザードマンたちを救うことを約束した。
「よっしゃー! 勇者キャン様に任せとけっ!」
ついさっきまで地下牢をあちこちうろうろ探検していたらしいキャンがちょうど話の終わったタイミングで現れ、おいしいところを全て攫って行った。
***
地下牢を通過し、細く暗い階段を上がると、王城のメインホールらしき場所に出ることができた。驚くべきことに、見張りの兵士らしき姿はどこにも見当たらない。
「相変わらず、中に入りさえすればあとはザルなんだな……」
呆れ半分に呟きつつ、シマノは仲間たちとともに王様がいるであろう謁見の間へと向かう。
謁見の間には、シマノとあまり変わらない年齢に見える人物が一人で座っていた。
「えっ……一人?」
「シマノ、気をつけて。姿が見えないだけで周囲に何人も隠れている」
急いでレンズをかけると、ユイの忠告通り、無数のHPバーが広間のあちこちに表示された。臨戦態勢の護衛がいたるところに隠れ潜んでいるということだ。
つまり、護衛たちに囲まれているこの人物こそ、このアルカナの王であると考えて良さそうだ。シマノと同年代にしか見えないが、これで姫様の父親だというのだからエルフ族というのは恐ろしい。
「誰か? 名乗られよ」
王と推定されるその人物が口を開いた。シマノが条件反射的に前に出て返事をする。
「シマノと言います! 凡人です!」
やってしまった。キャンが勢いよく噴き出した。ニニィも俯き、肩を震わせている。
「元気で身の程を弁えた、善い返答だ。して、何ゆえお前たちがここにいる?」
王は特に表情を変えることなく用件を促した。笑わなくてもいいからせめてツッコんでほしい。
しかも、王はツッコむことなくさらに話を続ける。
「お前たちは余の娘にあたる第一王女を
「誤解なんです! 俺たち、いきなり捕まったところを姫様にお助けいただいて……右も左もわからないまま連れていかれて……」
「ほう、即ちお前は王女の憐憫に付け込み脱獄に利用した挙句無断で城外に連れ去った上で無実を訴えたいと、そう申しているのか?」
……何を言っているんだこの人は。シマノは頭を抱えた。確かに王の言う通り、ただ事実だけを辿っていけばそうなってしまうかもしれない。
だが、それらの行動は全て姫本人の意思で行われたものなのだ。それをどうやってわかってもらえばいいのだろう。
「王様、発言をお許しいただけるかしら?」
「良い。申せ」
シマノの様子を見かねたのか、ニニィが前に出て進言する。
「まず、お姫様から直接お話を聞いていただけないかしら? お姫様に聞けば、あたしたちが無理やり連れ去ったんじゃないってお分かりいただけると思うわ」
ニニィはそこで一旦言葉を切り、長い桃色の髪を耳にかけた。そしてふぅと小さく息を吐くと、再び王に語りかける。
「それにね、あたしたちは元々、地底からの正式な橋渡し役としてここに来たのよ。なのに、訳も言わないでいきなり地下牢に閉じ込めるだなんて、あんまりだと思わない?」
「そうか。まずは使者に対する非礼を詫びよう。お前たちがそこまで言うのなら、余から娘に意見を聞いてやらんこともない」
意外にも、ニニィの非難を王はすんなり受け入れた。しかも、姫様から直接話を聞いてくれそうな勢いである。
「して、橋渡し役よ。地底の鉱石は再び採掘出来る状態になったと聞いたが、
王があっという間に話題を変えてきた。なるほど、狙いは鉱石の供給確保か、とシマノは一人感心する。
地底の鉱石についてはムルが返答していく。
「そうだ。だがお前たち王家に使わせるつもりはない。我はそれを伝えに来たのだ」
「お前は地底の民だな。好い、言い分を申してみよ」
ムルの無礼と取られてもおかしくはない返事にも王は寛大であった。いや、寛大というよりは無関心の方が近いかもしれない。
王の様子に薄ら寒いものを感じつつも、シマノは王とムルのやり取りをそっと見守る。
「ティロという者は、お前の息子か?」
「あれは最早王位継承権を有しておらぬ。息子とはいえんな。血縁の有無でいえば息子に相当するが。それが鉱石と関係しているのか?」
「奴の能力だ。我ら地底民を意のままに操る。あの力は、お前たち王家が与えたものか?」
「知らんな。確かに、お前たち地底の民を操る
やはり王家には地底民を操る術が伝わっていた。ティロの術に直接は関係なかったとしても、間接的に何らかのヒントを与えてしまった可能性はありそうだ。
「我らは、奴のような能力を使う者に操られ、主を殺してしまった。もしお前たち王家がそれに関与しているならば、我らは二度と地上に鉱石を送らぬ」
「ほう、言い分は以上か? 鉱石を差し出さぬというなら、王家に対する反逆と見做し全ての地底民を殲滅することとなるが」
「なっ……」
あまりにも一方的すぎる発言にムルが言葉を失っている。シマノもこれには困惑した。本当に、何を言っているんだこの人は。
他の仲間たちもそれぞれ驚き呆れているようだ。
「ハァ!? 何言ってんだよ王様! そっちが先にひでーことしたからムルたちが怒ってるんだろ!?」
「そうよねぇ。いくら王家だからって、ちょっとワガママすぎるんじゃないかしら?」
「お父様! わたくしも納得がいきませんわ!」
なんと、ここにきて姫様の乱入である。予想外の事態にシマノと仲間たちは思わず動きを止め、声のした方を振り返った。
「かつて過ちを犯してしまったのであれば、謙虚に受け止め、再発を防ぐべきではありませんこと?」
姫様のごもっともな発言に、ニニィもキャンも大きく頷いている。
王はそれを見て、何か思うところがあったようだ。
「お前たちは大きな勘違いをしているようだ。良い、かつて何が起きたか、実際にこの目で見てきた余が全て教えてやろう」
なんと、王自らこの