この
「地底の民よ。お前は誰によって創られたか?」
王に名指しで問われ、ムルに皆の視線が集まる。ムルは臆することなく首を横に振った。
「知らぬ」
「では教えよう。余らエルフの一族である」
ムルの瞳に困惑の色が浮かんだ。それを見ていたシマノも思わず王様に問いかける。
「ちょ、ちょっと待ってください。地底民を創った主って、地底に封じられているんじゃないんですか?」
シマノ、と姫様が後ろから焦ったような声をかける。その声でシマノは気づいた。王の許しもなく突然会話に割り込むのは、本来とんでもなく無礼なことなのだ。周囲の護衛が飛び出してきても文句は言えない。やってしまった。
ところが、自らのしくじりに震えるシマノに反し、王は一切気にかける様子もなさそうだ。レンズの効果で表示されている顔マークも、無表情のまま変化がない。安堵の溜息を吐くシマノをよそに、王はゆっくりとアルカナの歴史を語りだした。
「お前たちの認識は半分誤っている。地底の人形たちを創ったのは、エルフの中でも光の一族であり、地底に封じられているのは闇の一族……ダークエルフと呼ばれる者どもだ」
ダークエルフ。いかにもファンタジー世界らしい設定に、シマノは先程のしくじりも一瞬で忘れ、歓喜した。
しかし、この言葉が事実なら姫様やムルから聞いていた話とだいぶ変わってくる。地底民を創ったのは王家だということか?
王のゆったりとした語りがもどかしく、話の続きを促したいところだが、また無礼に当たるかもしれないと考えたシマノはぐっと堪える。
「光のエルフとダークエルフは、元来協力関係にあった。金色の瞳を持ち聖なる術を使う余らと、漆黒の瞳を持ち闇の術に長けた奴らは、長きにわたり同胞として手を取り合ってきたのだ。だが、あの日。奴らは裏切った。人形を操り、余ら光のエルフに襲い掛かったのだ」
「待て。ならば我らの聞く声は何だ。あの声こそが我らを操っていたとでもいうのか」
無礼という概念など持ち合わせていないムルが、容赦なく話の腰を折り王に問い質す。王はこれも気にかけることなく答えた。
「如何にも。お前たちの聞く声は奴らの呪い。人形を再び操り、世界を我が物にしようとする奴らの果て無き欲望である。余は二度と奴らがこの地上を脅かさぬよう、地の底に封じ、お前たちを地底の民として配置し見張らせている」
王の言葉を聞き、俄かには信じがたいといった面持ちでムルは黙り込んでしまった。
「奴らは人の記憶を覗き込み、自由に書き換える力を持つ。その力でお前たち地底民を操作したのだ」
その言葉に今度はニニィが反応する。何か思い当たる節があるようだ。王に発言の許しを請い、ニニィは進言する。
「ゼノの幹部にその力を持つ者がいるわ。書き換えはわからないけど、記憶を覗けるのは間違いないと思う」
「その者こそ、ダークエルフの残党である。奴は今もなおこの世界を支配せんと企て、余ら王家に復讐すべく教団を組織し雌伏しておるのだ」
「王様、あなたはティロに地底民を操る術を教えていないのよね? ということは、ティロがムルを操ったのもダークエルフの力ってこと?」
「然様。そのダークエルフの残党にでも教えを乞うたのだろう」
つまり、王家の言い分はこうだ。元々地底民を作ったのは王たち光のエルフ族であり、ダークエルフは地底民を奪い世界を支配しようとした裏切者である。そこで王はダークエルフを封じ、地底民たちに見張らせていたが、その残党が地上に現れゼノを結成し、ティロに記憶操作の術を伝授し、王家に復讐しようとしている。ということだ。
「何か……姫様たちから聞いてた話とずいぶん違うような……」
「それほど奴らの『記憶操作』は強力なのだよ」
そう言われてしまえば、シマノとしては何も言えない。気になる点はいくつもあるが、話の筋は通っている。王の顔マークも無表情のままで、焦ったり誤魔化したりしているような様子はない。
「さて、ここまでの話を前提とし、改めて問おう。地底の民よ、お前は王家に鉱石を差し出すか?」
「…………」
ムルは黙ったまま俯いている。王の話をそのまま鵜呑みにはできないと考えているのだろうか。
「沈黙は肯定と見做すが、良いか?」
王が容赦なくムルを追い詰める。その言葉に、待ったをかけた者がいた。
「いー加減にしろよ、王様」
救いの一声を発したのはキャンだ。
「さっきから大事な鉱石をよこせよこせって勝手なことばっかり……シマノが無実だって言っても全然信じねーし……それに……ムルに人形人形って……」
そこまで話すとキャンは大きく息を吸い込み、思いきり声を張り上げた。
「失礼なことばっか言ってんじゃねー!! バーーーーカ!!」
キャンの叫びは幾重にもこだまし、謁見の間の隅から隅へと響き渡った。紛うことなきパーフェクト無礼だ。いっそ清々しいな、とシマノは感心した。背後で姫様が白目をむいている。
王は一瞬呆気にとられたように固まっていたが、やがて肩を震わせたかと思うと、声を上げて笑い出した。その様子を見て白目から復活した姫様が素早く前に出て深く深く頭を下げる。
「お父様っ、申し訳ございません! この者たちは庶民の出で、礼儀作法も弁えておらず……どうかご無礼をお許しください!」
王はひとしきり笑うと、ようやく落ち着いたのか今一度シマノたちに向き直った。
「気にせずとも良い。元気な子どもは好ましいものだ。鉱石の件も拙速に過ぎたようだな。地底の民よ、里に持ち帰り検討するが良い」
「……承知した」
どうやらキャンの無礼は不問とされたらしい。ガキ扱いするなと食って掛かろうとするキャンをユイが引き止めているのを横目に、シマノはホッと胸を撫で下ろす。そうだ、今こそ冤罪のことを話すチャンスではなかろうか。
「その、里に持ち帰りってとこなんですけど、俺たち今指名手配中の身なので自由に地底に行けなくて……ちょうど姫様もいらっしゃることですし、俺たちの無実を今ここで証明させてもらえませんか?」
シマノの申し出に王は快諾した。
その後姫様が王に意見してくれたおかげで、シマノたちの冤罪は無事晴れることとなった。詳しく話を聞くと、シマノたちが囚われたのもまたティロにより兵士が操られていたためらしかった。本当に恐ろしい能力だとシマノは背筋を震わせる。
キャンのパーフェクト無礼も許されたことだし、ひょっとすると王は今機嫌がいいのかもしれない。顔マークは先程からずっと変わらず無表情のままだが、ここでしれっとバルバルの釈放もお願いしてみてはどうだろうか、とシマノは企んだ。
「ところで王様、聞いた話によると、地下にリザードマンのボスが捕まっているそうですが、いったい何があったんです?」
シマノの問いかけに、王はその表情を硬くした。やってしまった、とシマノは心の底から後悔する。
「奴はゼノと繋がりがある。故に捕らえた」
「へ、へぇ~、それは怖いですね! どんな繋がりが?」
「それはお前と何か関係があるのか?」
めげずに食い下がったところ、余計に態度を硬化させてしまったようだ。顔マークの方は変化がないのが逆に恐ろしい。
バルバルの話は適当に切り上げ、今度は姫様をパーティに同行させてもいいか聞いてみた。
「それは出来ぬ。だが、その時が来れば必ずそちらに向かわせよう」
ついでに、と王がシマノにある提案を投げかける。
「今のお前たちではダークエルフの力に太刀打ちできまい。南方の『試練の神殿』に赴き、上級職となるが良い」
試練の神殿。上級職。いかにもゲームらしい単語の連続にシマノの目が輝いた。しかも南方であれば、ついでにラケルタの森に寄ることもできそうだ。こっそりバルバルを助け、ラケルタの森へ向かい、そのまま神殿を訪ねて上級職になれたらとても効率がいい。
「行きます!! 試練の神殿!!」
シマノは高らかに宣言し、姫様に冤罪を晴らしてくれた礼を告げる。そして一行は謁見の間を後にした。
***
ゼノのアジト。狭く薄暗い部屋で、木製の粗末な椅子に腰かけ、同じく木製の粗末な机に肘をつき、蜘蛛女セクィは指先に乗せた小蜘蛛から情報を受け取っていた。
「ふぅん、なるほどねぇ」
少しは面白い情報が取れたのか、蜘蛛を乗せたその指先をちょんちょんと揺らしながら含み笑いを浮かべている。
「セクィ」
穏やかに名を呼ぶその声に、セクィはすぐさま椅子から立ち上がり声の主を今か今かと待ちわびる。
「いい情報は取れましたか?」
「エトル様! あいつら、王からあることないこと吹き込まれたみたいですよ」
声の主エトルの登場にセクィは頬を紅潮させ、小蜘蛛から手に入れたばかりの情報を得意げに披露した。
「それはいけませんね。どちらが正しいか、教えて差し上げなくては」
「アタシにお任せください!
躍起になるセクィの肩に、エトルがそっと右手を置いた。
「あまり他人を悪くいうものではありませんよ、セクィ。僕は貴女に期待しているんですから」
「!! エトル様……っ!」
「じきに貴女の力が必要となる時が来ます。その時はどうか、お願いしますね」
そう言い残し、エトルは去り際に優しく微笑むと姿を消した。
「ああ……エトル様……アタシ、アタシ……!」
感動に打ち震えるセクィは、踵を何度も踏み鳴らし、小蜘蛛たちを部屋に集めていく。
「このアタシが、必ずエトル様のお役に立ってみせます……!」
セクィの高笑いはアジト中に響き渡り、やがて全ての小蜘蛛とともにセクィは目的地へと向かった。