目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第41話:娑婆の空気は格別にうまい

 ザル警備の王城メインホールで、キャンがドスドスと足音を大きく立てながら声を荒げていた。


「あの王様ヤロー、ムルのこと人形人形って、すげーヤなやつだったな!」


 なっ! とムルに同意を求めるキャンだったが、ムルの方はあまり気にしてはいないようで涼しい顔をしている。


「我らが創られた存在であることは事実だ。人形という表現も間違ってはいない」

「それは……そうかもだけどさ……」


 期待していた反応が得られず、キャンはしょんぼりと尻尾を垂らす。

 そんなやり取りを横目に、シマノは先程までの対話と今後の方針について話そうと、ユイに小さく声をかけた。


「ユイ、ちょっといいか?」

「何?」

「王様の言ってたこと……ユイはどう思う?」


 シマノの問いかけに、ユイは口元に手を当て少しの間考えるようなそぶりを見せる。


「完全に信用することは困難。王様の言う『記憶操作』がもし本当なら、まず間違いなくニニィの記憶が操作されたはず」

「そう。そうなんだよ。でもニニィには全然怪しいとこないし……」


 ユイの言う通りだ。アジトに行ったニニィが何もされずに帰されたとは考えにくい。だが、シマノから見てニニィの振る舞いや会話内容には特段怪しい点など見当たらないのだった。


「シマノ。王様は、私たちに何かを隠している可能性が高い。姫様やムルから聞いた話も、王様の話も、どちらか一方を完全に信じてしまうのは危険」

「そうだな。ありがとうユイ」


 ユイと話せてよかった。こういう時、的確な意見を聞かせてくれるユイの存在は本当にありがたい。王の話を今一つ信頼できずにいたシマノだが、おかげで少し頭がスッキリした。


 まずは予定通り王からの提案に乗っかるとしよう。シマノたち一行は試練の神殿を目指す。

 だがその前に、バルバルを地下牢から助け出さなくては。そのために、牢を解錠できる指輪が必要だ。要するに、指輪作りの進捗を確かめるべくファブリカへと向かう必要がある。


 そんなことを考えながら歩いていたら、いつの間にか城から外に出ていた。


「やっっっと堂々と街を歩けるな!」


 目いっぱい高く腕を伸ばし、シマノは久々の娑婆の空気を堪能する。


「そうよね~。久しぶりにショッピングでもしたいわぁ♡」

「オレもオレも!」


 ニニィもキャンも目を輝かせて城下町を眺めている。ウィッグ屋にアクセサリー屋、スイーツ屋にレストラン、最新鋭の武器防具店、薬品店、魔道具店……選り取り見取りのショップ街に、シマノもいつの間にか視線も足も吸い寄せられていく。


「三人とも。今はバルバルの救出が最優先。少しの間我慢して」


 ユイにしっかりと釘を刺され、三人は渋々はーいと返事をした。

 まあ、あまりバルバルを待たせすぎるのも後が恐ろしい。とりあえずは寄り道せず、シマノたち一行は真っ直ぐ工業都市ファブリカへと足を運ぶことにする。


 ***


「おう兄ちゃん、久しぶりだな! ピクシーの姉ちゃんから聞いたぜ。大変なことになってたらしいじゃねぇか!」


 ファブリカの工房を訪ねると、例の職人が元気よく出迎えてくれた。初めてこの街を訪れた時よりも溌溂として見える。


「職人さん久しぶり! いやぁ本当困っちゃったよ~!」


 シマノもつい調子を合わせて元気よく答えてしまう。冤罪も晴れ、堂々と街を歩けるようになったのは、やはり気持ちがいい。

 ムルも来ればよかったのに、と思うが、王都に近いこの街では、被差別階級である地底民が出歩くことを快く思わない者も多い。

 橋渡し役としてファブリカでは面が割れているムル自身も、そのことは重々承知しているようだ。住民に無用な嫌悪感を与えることもなかろうと告げ、一人で地底へ帰ってしまった。もちろん、それは王家から受けた鉱石の要求を里に報告するための一時的な帰省ではあるのだが。


(やっぱり何かモヤモヤするな……)


 ムルの不在が心の隅に棘のように引っかかりながらも、シマノは眼前の職人に指輪の進捗を訪ねようと、元気いっぱいに話しかけた。


「で、指輪は!?」


 職人はニッと笑って親指を突き立て、背後の棚を指した。


「見てみな」


 来た。いよいよあの便利な指輪が手に入る。シマノは仲間たちと顔を見合わせ、夢中で棚に向かった。

 棚の真ん中の段に、小さな宝箱が置かれている。そっと手に取り、期待に震える手でゆっくりと蓋を開く。

 中には、一際輝く金色の石を擁した、あの王家の指輪が入っていた。


「すごい……」

「だろ? 光の加護とやらは使えねぇが、瞬間移動だの鍵開けだのにゃ問題ねぇはずだぜ」


 早速装備し、ウインドウを開く。確かにステータスやスキルには変化がなさそうだ。

 マップ画面に遷移すると、これまで訪れた町や採掘所にピンが立っている。ここをタップすることでワープできる仕組みらしい。


「これは助かる~!」


 心の声駄々洩れで喜ぶシマノ。人数に制約があるとはいえ、ワープが出来るのと出来ないのとでは攻略効率が桁違いだ。しかも、王都なら城や地下牢、地底なら里だけでなく採掘所や石の涙など、結構細かくワープ先が設定されている。ピンポイントで行きたいところに行けるのは非常にありがたかった。

 一方で、牢を開ける認証システムの方は、ウインドウからは確認できなかった。こちらは対象に近づいたら自動で発動するものなのかもしれない。


「シマノずりーぞ! オレも指輪欲しい!」


 キャンがキッズ特有の我儘を発動させているが、無視だ。この指輪を使って最初に為すべきことはバルバルの救出である。何よりその前に、職人に報酬を渡さなくては。


「職人さんありがとう! これ、約束の鉱石」


 シマノの手渡した鉱石に職人は目を奪われたようだ。


「こっ、これは……!?」

「北の山岳地帯で採ってきたんだ」


 得意げに語るシマノに、職人は危うく鉱石を取り落としそうになっている。


「北って、魔王がいるって噂のおっかねぇとこじゃねぇか!? そんなとこで……こんな上等な石が掘れるっていうのか……!」

「その通り。あの辺はこっちより良い石が採れるんだ。欲しけりゃもっと掘ってきてやるよ」


 シマノの提案に、職人はより一層目を輝かせブルッと肩を震わせた。


「ああ、是非お願いするぜ……! 噂じゃそろそろまた地底から石が届くようになるらしいからな。そこでこの石がありゃ、他のやつらよりもっと強力な装備が作れるってもんよ」

「任せて。その代わり、この指輪をもっとたくさん作ってほしいんだ」

「おうよ、任しときな。ただ、このことはくれぐれも内緒で頼むぜ。王家の秘宝を偽造したなんて、バレたら即あの世行きだ」


 職人の言うことは尤もだ。ついさっきまで冤罪に苛まれていたシマノも決して他人事ではない。


「もちろん、約束する」

「よし、交渉成立だ」


 職人と固く握手を交わし、シマノたち一行は工房を後にする。改めて街を見渡すと、確かに初めて来たときよりも活気があるように見える。地底からまた鉱石が届くかもしれないという噂がそのまま期待感となり賑わいをもたらしているのだろう。

 ここで、この後の行動について一度仲間たちと共有しておいた方がよさそうだ。


「さて、この後どうするかなんだけど」

「なーなーシマノ、オレ喉乾いた。酒場行こーぜ」

「このキッズめ……」


 つい苛立つシマノをニニィがまぁまぁと宥めてくれた。せっかくだし、話がてらちょっと寄り道していこう。


 ***


 未成年向け飲料で乾杯を済ませると、シマノは改めて今後の行動について仲間に打ち明ける。


「改めて、まずはバルバルを助け出す」

「なら、私が」

「いや、俺が行く。万が一城で何かあっても、ユイなら俺の居場所を探知できるだろ?」


 論理的に考えれば、これが最適解だ。にもかかわらず、ユイはまだ何か言いたげに口ごもっている。


「……シマノ、大丈夫?」


 どうやらシマノの気持ちを案じてくれているようだ。ここで怖くない、と言ってしまえば嘘にはなるが、これ以上ユイに心配をかけるわけにもいかない。


「平気平気。いくらバルバルでも助けてもらうまでは下手なことしてこないって」

「なら、いいけど……」


 ユイはとても納得したとは思えない様子だったが、それでもシマノがバルバルを助けに行くことを了承してくれた。


「じゃ、行ってくる」


 念のため酒場を出ると、シマノは人通りのない路地裏へと移動した。周囲を見渡して誰もいないことを確かめてから、ウインドウでマップを開き、地下牢のピンをタップする。すると、視界が眩い光に包まれ、次の瞬間には地下牢の前に立っていた。


「うォッ!? なッ、何だァ!?」


 光とともに突然目の前に姿を現したシマノに、バルバルが激しく動転している。


「しーっ静かに! 今開けるから、ちょっと待って」


 バルバルを一旦落ち着かせると、シマノはあの時姫様がしていたように、牢の格子戸に手の甲を近づけてみた。すると、シマノの手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がる。その直後、ガチャリと音を立てて格子戸の鍵が開いた。無事認証機能が動作したことにホッと胸を撫で下ろし、シマノは手を差し伸べる。


「さ、早く!」


 その手を、バルバルが躊躇いを見せながらも取った。リザードマンの手の大きさとゴツゴツした鱗に若干の恐怖を抱きつつ、シマノは再びウインドウを開き、バルバルとともにファブリカへと舞い戻る。


 ***


「うおーっコイツがトラのオッチャンが言ってたバルバルかー! すげー! でっけー!」


 獣キッズが大はしゃぎである。バルバルは尻尾を振り回しながら周囲をウロチョロ駆け回る子犬に面食らっているようだ。

 一方シマノはファブリカ住民たちの奇異の視線が気になって仕方なかった。騒ぎになる前にさっさと街を出た方がいいかもしれない。ムルとも合流したいところだ。

 とりあえずファブリカから出ようと考え、シマノは仲間たちとバルバルを連れて街の入口へと足を運んだ。


「ムル、まだ戻ってないみたいね」


 ニニィの言葉通り、街の入口にムルの姿はなかった。厄介な状況かもしれない、とシマノは焦りを覚える。ムルとはここで落ち合う約束をしている。つまりムルが戻ってくるまで出発することが出来ないのだ。


「私が様子見てこようか?」


 ユイの親切に甘え、シマノは指輪を渡すことにした。しかし、それはそれとして二人が戻るまでの間どこかで時間を潰さなくてはならない。日も傾いてきたし、なるべく早く本日の寝床を確保する必要がある。

 探知があるため、こちらがファブリカを離れ多少移動していても構わないというのはせめてもの救いだった。

 指輪でワープするユイを見送り、シマノたちはバルバルを連れて時間を潰せそうな場所を探すことにする。


 すると、ニニィがスッとシマノの隣に立ち、耳かして♡と上目遣いに甘えた声でおねだりしてきた。シマノはそれにまんまと乗せられ、特に何も考えることなくしゃがんで耳を貸す。


「……ねぇねぇシマノ、おねぇさんが教えてあげる♡」


 大人のおねぇさん(自称)の怪しすぎる耳打ちに困惑を隠せないシマノであったが、一先ず話だけでも聞いてみることにした。


「ココよ♡」


 ニニィに案内され辿り着いたその場所は、ファブリカからほんの少し「始まりの街イニ」の方面に歩いた先。林の中にぽっかりと空いた、キャンプにうってつけのちょうどいい空き地だった。


「今日はここでキャンプして、二人の帰りを待ちましょ♡」


 シマノたち一行はニニィの意見に賛同し、いそいそとキャンプの準備を始めるのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?