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第45話:なんか秘宝もらえた

「世話ンなったのォ、シマノ」


 捕らわれていたリザードマンたちを救出したシマノたちに、再び一族のボスとして返り咲いたバルバルが礼を告げた。

 救出されたリザードマンたちは、向かい合うシマノたちとバルバルを囲むように集まっている。

 ラケルタの森の奥で、シマノとバルバル、そして周囲を取り囲むリザードマンたち。まるで初めてこの世界で目を覚ましたあの時のようだ。

 だが、今のシマノの傍には仲間たちがいる。何より、シマノたちを囲むリザードマンたちは全員跪き深く頭を下げていた。


「俺ァこの森を離れるわけにャいかねェ。ルナーダの野郎が随分好き放題しやがったみてェだからな。暫くは立て直しだ」

「バルバル……」

「だが、ティロとかいう野郎はこの斧で叩ッ斬ってやンねェと気が済まねェ。シマノ、そン時が来たら声かけてくれや」

「ああ、もちろんだ」


 シマノは力強く頷いた。まさかこんなところで屈強な前衛職の協力を得られるようになるとは。無意識ににやける口元をぐっと噛みしめ、何とか威厳を保とうと孤軍奮闘する。ユイの呆れたような視線が痛い。


「あァそうだ、これを受け取ってくれ」


 バルバルから手渡されたのは、野球ボール大の宝珠だった。色は赤く、水晶のように透き通っている。


「これは……?」

「リザードマンの一族に代々伝わる『力の宝珠』だ」


 なんとバルバルは一族の秘宝を譲ってくれるらしい。いくら王都の地下牢から救い出したといっても、そのあとシマノたちはただ後ろをついてきただけだ。さすがにこんなものを受け取るわけには……とシマノは固辞しようとした。が、バルバルは譲ると言って聞かない。

 これがもしゲームの選択肢だとしたら、十回程度「受け取らない」を選択しただろうか。と思えるほどに、同じような会話を幾度も繰り返してようやくシマノは宝珠を受け取ることにした。何度も断ったことでその後の会話の流れが変わった……ということはなさそうだが、バルバルの様子は心なしか苛立ってきたように見える。

 これ以上怒らせるのも気が引ける。宝珠を受け取ったシマノたちはお礼もそこそこにそそくさと森を発ち、本来の目的地「試練の神殿」へと向かうのであった。


 ***


「もう壊れちゃった。早いなぁ」


 ゼノのアジトの一室で、操師あやつりしティロが壁にもたれながら退屈そうに呟く。どうやら、バルバルによってルナーダの操りが解除されたことを感知したようだ。


「結構使えそうなオモチャだったのに」


 やれやれ、とティロが溜息を吐いていると、部屋の扉が外から勢いよく開け放たれた。


「ボクに何の用?」


 扉の方を一瞥もすることなく、ティロはその訪問者に声をかける。


「とぼけないで。シマノたちには手を出さない約束でしょ」


 姿を見せたのはニニィだった。真っ直ぐこちらに向かって歩いてくるその足音を聞きながら、ティロはクスクスと小さく忍び笑いをする。


「ゴメンね、ボクにはやるべきことがあるからさ。なのにシマノたちが邪魔してくるんだもん、戦うしかないよねー?」


 口ではゴメンと言いながらも一切悪びれるそぶりのないティロの様子に、ニニィが眉をひそめている。だがこれ以上の追及は無駄と悟ったのだろう。すぐさま蠱惑的な笑顔に切り替え、高く鼻にかかった声でニニィはティロにある取引を持ち掛けた。


「ねぇ、貴方にお願いしたいことがあるの……」


 ***


「ここが……試練の神殿か……」


 シマノたち一行は今、試練の神殿の入り口前に辿り着いている。

 試練の神殿――王様から聞いた話によれば、ここで試練を克服することによって上級職にジョブチェンジできるらしい。「神殿」という言葉の響きの持つダンジョン感、「上級職」という強化確定演出。そのワクワクが隠しきれず、シマノの表情は先程からずっと緩みっぱなしだ。


「おーいシマノ、入り口開かねーぞー?」


 何ということだろう。せっかくここまで来たというのに、神殿の入り口は固く閉ざされ、うんともすんとも言わない状態だった。


「やむを得ん。破壊するぞ」


 ムルが早速詠唱を始める。その瞳は楽しそうに煌めいている。


「待って、ムル。ここは私の射出機の方が適任」


 いつの間にかムルに並んで前に出ていたユイが、小型射出機を全機発進させた。それらを一つにまとめ、入り口の扉に集中砲火をお見舞いしようとしているらしい。こちらもそこはかとなく楽しそうだ。


「ストーーーーップ!! 破壊は無し! 穏便に!」


 いきなり目の前で効果力攻撃を放たれては堪ったものではない。とりあえず全力で止めてみたシマノではあったが、かといって扉の開け方が分かるわけではない。ムルたちがしびれを切らす前に、何とか開け方を突き止めなくては。

 とりあえず扉の周辺を見回し、手掛かりになりそうなものを見つけ出す。シマノは何かないかと探しながら、扉の前をウロウロと歩き回った。その爪先が、床面の小さな段差に引っかかった。


「どぅわぁっ!」


 勢いよくつんのめり、もう少しで転びそうになったところをシマノはぐっと踏みとどまった。だが、足元を踏ん張って耐え凌ぐ事に夢中で、シマノの口からは随分と大袈裟な悲鳴が漏れてしまった。それを憐れんだのか、ユイが生暖かい目で見守ろうとしてくる。


 その時、微かな地鳴りとともに地面が震えだす。ふと気がつくと、入り口扉の前の地面が裂け、中から小さな台座がせり上がってきていた。どうやらシマノは床に配置された隠しスイッチに引っかかったらしい。


「すっげー、やるじゃんシマノ!」


 キャンに真っ直ぐ褒められ、シマノは若干の恥ずかしさを覚えた。

 さて、恥ずかしがっている場合ではない。出てきた台座が一体何なのか、この目で確認しなくてはならない。


 シマノたち一行は、出てきた台座の上を覗き込んだ。そこには如何にも宝珠を置いてくださいと言わんばかりの窪みが一つ、開いている。


「シマノ、これって」

「ああ、きっとこういうことだよな」


 ユイに促され、試しに先程バルバルから受け取ったばかりの力の宝珠を置いてみると……ぴったりと填まった。

 またしても地面が揺れる。予測通り、眼前の扉がゆっくりと開き始めた。

 宝珠を窪みにはめて扉を開く。このいかにもゲームらしい動作にシマノは完全にテンションが上がっていた。

 その一方で、ふと考える。これ、もし俺たちが宝珠持ってなかったらどうなってたんだ? 偶々俺たちがバルバルを助けたから宝珠もらえたけど、王様は宝珠のことなんて一言も口にしてなかったよな……。

 ちゃんと言っとけよ……と王に悪態を吐いていると、いつの間にか神殿の入り口は完全に開ききっていた。


「よし、行こう!」


 ここぞとばかりに主人公らしくカッコよく決めようとしたシマノであったが、ムルもキャンも既に神殿の中へと進んでいた。ただ一人残ったユイだけが「おー」と覇気のない掛け声をあげてくれ、何とも言えない気持ちで二人はムルたちの後を追った。


 扉の先は、すぐ下り階段になっていた。薄暗い石造りの壁や天井に、いかにもな「ダンジョン感」を感じ取ったシマノは正直もう興奮が治まらなかった。しかし、またさっきのように何かに躓いては大変だ。もしそれが危険なトラップだったら――逸る気持ちを懸命に抑え、シマノは慎重に階段を下りていった。


 ムルもキャンも随分先まで行ってしまったらしい。下りても下りても一向に二人の後ろ姿が見えてこない。幸いずっと一本道のようなので、途中ではぐれてしまう可能性は低そうだ。まあ気長に追いかけよう、とシマノは思い直し、ふと隣を歩くユイを見た。

 そういえば、ユイと二人きりになれたのって結構久しぶりなんじゃ? もしかして、今こそ気になっていることを色々聞いておくチャンスではなかろうか。


「ユイ、ちょっと聞いてもいい?」

「何?」


 ユイが小さく首を傾げながらこちらを向く。緑色の澄んだ瞳に思わず吸い込まれそうになる。

 気を抜いてはいけない。謎の多いデバッグモードについて、そしてユイの持っている「この世界のデータ」について……他にも挙げればキリはないが、せめて聞けるだけのことは今のうちに聞いておかなくては。


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