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第46話:これって凡人差別じゃないですか?

「ユイは、この世界のソースコードを見ることができる。けど、触ることはできない。ここまで合ってる?」

「合ってる」

「じゃあ触れるのは俺のデバッグモードだけってことか」


 シマノの言葉にユイは迷わず頷いた。その様子を見ながら、シマノは一人考える。

 外の世界から来た俺がソースコードを操作できるのは、まあわかる。でも、この世界の住民でありながらソースコードを見ることが出来るユイは、いったい何者なんだ? というか、そもそも機械っぽいし明らかにこの世界の者じゃない感じだけど。もしかしたら、俺のデバッグモード並みか、あるいはもっとすごいチート能力を持っているんじゃないか?

 考え込むシマノの横顔をユイが隣で不安そうに見つめている。


「シマノ」

「わっ、ごめん。何?」


 つい考えに没頭していたシマノは慌てて意識を呼び戻した。たとえユイが何者であろうと、考え込むのは後回しだ。今は気になることをどんどん聞いておかなくては。

 そんなシマノの考えなどお見通しなのか、ユイが柔らかく微笑んだ。


「私はこの世界の理の全てを理解できてはいない。けれど、見ることならできる。気になることがあれば、いつでも言って。答えを探し出すから」


 なるほど、つまり検索機能があるということだろうか。それなら試しに、二冊目の黒い本で見た妹について聞いてみよう。

 シマノは、廃村で見た記憶「可愛い妹」についてユイに打ち明け、続けて一冊目に載っていたセーブデータについても問いかけてみる。


「ユイ、一冊目のセーブデータに書かれてた名前、覚えてる?」

「カナミ?」

「そう。あれ、もしかして妹の名前なんじゃないかって」


 そう自分で言っておきながら、シマノは若干気恥ずかしくなってきた。


「俺、ゲームのキャラに自分や家族の名前付けるタイプだったんだなー」


 似合わねーよな、とはにかみながらユイに語りかけると、ユイはそんなシマノの様子など気にも留めず、何かブツブツと呟きながら考え事に耽っているようだった。


「カナミ……」

「どうした、ユイ?」


 シマノの問いかけに、今度はユイがハッと顔を上げる。


「ごめんなさい、シマノ」

「ううん大丈夫。それより、カナミについて何かわかる?」


 シマノに尋ねられたユイは少し目線を落とし、何か考えているようだ。カナミについて検索してくれているのだろうか。

 暫く待っていると、やがてユイはゆっくりとその口を開いた。


「……シマノの推測は正しい。今のこの世界には『カナミ』という語は存在しない。つまり、『カナミ』は外の世界の言葉。状況から考えて、シマノの妹の名前で間違いないと思う」


 予測が見事に的中し、思わずシマノの顔がほころぶ。


「やっぱそうか! でも、なんで俺だけこの世界に来ちゃったんだろう。カナミも一緒ならよかったのに」


 仮に、もしカナミがこの世界に来ていた場合。ユイではなくカナミが機械の身体で一緒に冒険してくれたのだろうか。


「……まあいっか。よーし、とっととクリアしてカナミの待つ家に帰るぞ~!」

「おー」


 真っ直ぐ拳を天に突き上げたシマノに、ユイもあまり意味を理解しないまま合わせてくれた。脱力系の「おー」に苦笑していると、シマノの脳裏にふとある考えが過る。


「ってか、ユイの力があればこの先のストーリー全部わかるんじゃ……?」


 挙げた拳を下ろさぬままユイの方を見ると、ユイも拳を挙げたままグリーンのつぶらな瞳をぱちくりさせながらこちらを見返している。


「やろうと思えば可能」


 やはりそうだった。これで一気にクリアへと近づいたのではなかろうか。

 だが一方で、シマノの中にある考えが沸々と湧き上がる。せっかく記憶を失った状態でゲームの世界に来ることが出来たのだ。どうせならもっと楽しんで帰るべきじゃないか? そのほうが、カナミに色々なお土産話を聞かせてあげることができそうだし。


「ごめんユイ! 今の無し! 全部わかっちゃったら面白くないもんな」


 慌てて手を左右に振りながら撤回するシマノを、ユイは微笑ましげに見つめている。


「シマノなら、そう言うと思った」


 そんなユイの表情を見たシマノは、もう一つ聞かなくてはならないことを思い出した。


「ユイってさ、表情豊かになったよな」


 その言葉を聞いたユイはきょとんとした顔でこちらを見ている。


「……そう? 自分ではよくわからない」

「絶対そうだって! 何ていうか、修理するごとにどんどん……」


 シマノは思わず言葉を止めた。長い階段を下りた先、突如視界が仄明るく開けたのだ。


「おお……!」


 海の中だ。シマノとユイは、四方を海水に囲まれた透明の水槽のような部屋に立っていた。

 魚が泳ぎ、海月が漂い、遥か上方には日の光を煌めかせる水面が、遥か下方にはどこまでも深く暗い水底が広がっている。


「うわー、一気に雰囲気変わったなー」

「不思議な場所」


 シマノもユイも周囲を興味深く見回しながら、海底へと続いている階段を下り進んでいく。その足取りは、先程までと比べると、何故か極端に遅い。


「……何か、うまく歩けないんだけど」

「…………私も」


 気のせいか、ユイが頷くまでにも大分時間がかかった気がする。さすがにこれは海の中だからゆっくり、とかそういう問題を超えている。


「もしかして……処理落ち?」


 どうやらこの空間はグラフィックに力を入れすぎて処理落ちを起こしてしまっているようだ。そこまでゲームらしいリアリティを追求しなくても、などと考えつつ、シマノたちは重たい足で階段を下り続けた。


 階段の行き着いた先。海の底には小さな神殿があった。この場所こそが試練の神殿の本体なのかもしれない。

 処理落ちを拗らせて動けなくなってしまう前に、急いで建物の中に避難しなくては。シマノとユイは無我夢中で海底神殿の中に入っていった。


「扉?」


 中に入ったシマノたちを出迎えたのは、五つの扉だった。どうやらこの向こうに、上級職にランクアップするための試練とやらが待ち構えているらしい。


「キャンたちも扉の向こうにいると推測」


 ユイの言葉にシマノは頷く。扉が五つあるということは、シマノ、ユイ、ムル、キャン、そして今ここにいないニニィの五人分の試練が用意されているとみて間違いなさそうだ。

 であれば、キャンとムルは別々の扉に入った可能性が高い。どちらかを追うよりも、こちらはこちらで別の扉に入り、試練を受けておいた方が効率が良さそうだ。


「じゃあ俺たちも行ってみよう」

「了解」


 五つの扉はそれぞれ固有の色で塗り分けられている。そのうち、赤と青の二つには入ることが出来なかった。恐らくキャンとムルだろう。

 ユイは緑色の扉を選び入っていった。それを見送り、シマノは残る桃色の扉と茶色の扉をじっと見つめる。きっと桃色はニニィだろう。となると、消去法で残ったのは茶色だ。

 茶色の扉に手をかけ、シマノはふと立ち止まった。そもそも凡人に上級職なんてあるのだろうか。急に不安になってきたシマノは先日修得したスキル「ツリー」を使い、自分だけでなくパーティ全員のランクアップ条件を確認してみることにする。


「専用装備?」


 どうやら上級職になるためには各々の「専用装備」が必要なようだ。その専用装備がここで手に入る、ということらしい。

 キャン、ムル、ユイのツリーを確認し、一度深呼吸を挟んだシマノは意を決して自らのツリー画面を開いた。


「……無い」


 そう。凡人に専用装備など無いのだ。ツリーの隅から隅まで、どこを探しても「専用装備」の四文字は確認できなかった。


「えっ……じゃあこの茶色の扉は……」


 凡人の呟きが虚しく海底に響いていった。


 ***


 遡ること数分前。五つの扉が並ぶ海底神殿に、キャンとムルは一足先に辿り着いていた。


「オレ一番~!」


 キャンが猛然と赤い扉にダッシュしていったので、ムルは一番近くにあった青い扉を選び、中に足を踏み入れた。


「っ!」


 ふわり、とムルの身体が宙に浮く。次の瞬間、その身体は深い水の中に落ちてしまった。


(この感じ……まさか……)


 引きずり込まれるかのように、底へ底へと身体が沈んでいく。周囲は深海のように暗い。だが、その暗さはすぐに自らの髪の光によって打ち破られた。

 光の中でムルは確信する。ここは、地底に広がる湖――石の涙の中だ。

 ムルの髪の光は徐々に強さを増していく。それと同時に、石とは異なる聞き覚えのない声が脳内に響いた。


「受け入れよ」


 その声の意図するところが分からず、ムルは瞬きをする。次の瞬間、ムルの髪がいままでになく激しい光を纏った。その強烈な光とともに、味わったことのない痛みがムルの脳内を突き刺した。


「ああああっ!」


 叫び声は水泡となりどこにも届かず消えていく。ムルにとっては呼吸の心配こそないものの、暗く冷たい水の中で、今までに聞いたことのないほどの激しい石の声がとめどなくムルの頭を、胸を、その奥の奥の魂まで掻き乱す。

 全身を蝕む苦痛と脳内に充満する怨嗟に苛まれ、ムルはとうとう意識を手放し、暗く深い石の涙の底へと静かに沈んでいった。


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