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第6話 陰キャ町へ行く

 命からがら谷間を抜けると、そこは開けた平野になっていた。


「ここまで来れば先住民エルフも追ってはこないだろう」


 矢が降ってこなくなった背後を振り返り、マイクのおじさんがそう告げた。

 ようやく馬の足を緩める。

 ここまでバクバクものだった心臓がやっとこさ落ち着き、辺りの景色を見る余裕ができた。

 といっても長身のベルネッタの背後にひっついている僕からは彼女の背中しか見えないので、ひょいと横から顔を覗かせる。

 うお、と無表情の中でも目を見開いて驚いた。


(うわあ~……元の世界じゃそうそう見ない無人の荒野だほんと)


 そこは見渡す限りの赤茶けた土と低い草が茂り、蜃気楼の彼方に山脈がようやく見えるようなだだっ広い場所だった。

 視界が広く、空は青々と高い。

 何か、荒々しくも自由な世界といった気分になる。

 改めて自分が知る世界ではないんだと実感した。


(自由、か……思えば窮屈な日常を送っていたもんだよ)


 見上げればビルに切り取られ、くすんだ青空。

 あれをするなこれをするなの注意看板に怯えて道を歩かなきゃいけない。

 今、そんなものは一切なかった。


『逆を言えば誰も守ってはくれないということだ』

(ああもう! 感傷に水差さないでくれよ)

『なあに、荒野の心構えさ。自由と無法は表裏一体。窮屈じゃない分、過酷なものだ』

(そんな世界に連れてきた張本人がおどかさないでくれよ。ああそうだ……)


 僕はこの声の名前をまだ知らなかった。

 ジェットコースターみたいにここまで来ちゃったもんな。


(僕はインキャ・ザ・キッドの名前になったけど、あんたは何て呼べばいいんだ?)

『そうだな……元の名前もあるにはあったが、今はただの拳銃に過ぎん』


 腰のホルスターをちらりと見てみる。


(たしかこの銃の名前〝スモーキーパレード〟だっけ?)

『ああ』

(じゃあ、スモーキーって呼べばいい?)

『持っていた名前は一つじゃない。好きに呼ぶといい』

(かぁ~意味深なこと言っちゃって)


 強引だし多くを丁寧には説明してくれないスモーキーは、不親切だしぶっきらぼうに思える。

 でも常に悠然としていて動じない性格は、どこか羨ましくもあった。

 そう、まるでそれは……


『英雄のよう、か? 光栄なことだが、俺は英雄じゃあない』

(言ってないよ)


 この自信満々さはスモーキーの性格なのか、はたまた文化の違いなのか。


(あのさ、やっと聞ける暇ができたから聞くけど)

『なんだ?』

(スモーキーは何で僕をこの世界へ連れてきたんだ? どういう目的で?)


 普通――といっていいものか分からないけど、漫画やアニメで見るような、誰かを異世界へ転生させるのは大抵神様だとかそんな存在じゃなかったっけ?

 転生理由も、手違いで死なせてしまったからとか、前世の善行や特別な才能を認めてとか、何かある。

 でも、スモーキーは神様ではない。拳銃が転生させたなんて聞いたことがないし、その理由も謎のままだ。

 僕自身、西部劇が好きでファストドロウが得意という特技以外に、何か持ってるわけでもない。子供の頃のあだなは〝猫型ロボット連れてるメガネのあいつ〟だ。

 大人になっても善行どころか婚活で女に振られ倒してる単なる社会不適合者だ。


『目的は今は知らん方がいい』

(知る権利あるだろ! 僕がいなきゃ何もできないんでしょ? ってことは僕が何もしないとあんたも困るってことだ)


 適当に言い返してみたら、案外それは当たってたのかスモーキーも少し押し黙った。

 ややって妥協したように答える。


『敢えて言うなら、まずはお前がこの世界でどう生きるか、どう生きたいかを見極めさせてもらいたい、といったところだな』

(んな理不尽な。火事の時にも生きたいかどうか聞いてきたけど、ずいぶんと試すようなことを言うんだな)

『あのまま焼け死んであらゆる世界からおさらばするのが、お前の望みだったのか?』

(そうじゃ、ないけど……)


 なんか言いくるめられそうになってくる。


『心配するな。俺のチートは強力だぞ。善きにしろ、悪しきにしろ、な。荒野じゃあ神様より銃の方が信用できる』

(はいはい)


 一応、あの火事から助けてもらった恩はあるっちゃあるのか。ううん。

 自信満々な人間とは話してるだけで精神が削られるのが陰キャだ。話題を変えようと思った。


(それにしても人家なんてまったく見えないけど大丈夫なわけ?)


 延々と続く馬のかっぽかっぽと歩く心地よい音。さすがに眠くなりそうだ。

 進んではいるんだろうけど、蜃気楼の先の景色は何も変わらない。不安がよぎる。

 ベルネッタに聞いてみようかと思った矢先――


「なあマイク、本当に町なんてこの先にあるのか?」


 それを代弁したのは意外にもベルネッタだった。


(あれ、彼女ってマイクとアルと同じ町の仲間じゃないんだな……?)


 三人の関係をそういえばまだ詳しく聞いてなかった。

 親子っていう感じじゃないのはなんとなく分かるけど。


「ああ、間違いない。蜃気楼に消えてるがちゃんとあるぜ」


 マイクの口ぶりだと嘘じゃなさそうだ。

 アルも元気に答える。


「僕らの町の名前の由来でもあるんだよ! 〝ミラージ〟の町っていうんだ」

「へぇ、幻みたいなシャレた名前だな」


 ベルネッタが感心すると、マイクがため息をついた。


「幻、か……そうかもしれねえな」


 そして訥々と語り始める。


「蜃気楼の向こうにある山脈で〝魔鉱石〟が発見されてからというもの、一獲千金を夢見る開拓民たちが集まってできた町だ。ほんの短い期間でね。俺も入植してきて毎日一生懸命働いたさ」


 懐かしそうに語るマイクだけど、聞き慣れない単語がまた出た。


(なあスモーキー、魔鉱石って?)


 魔銃の自称相棒に頭の中で尋ねてみる。


『この大陸でよく産出されることが分かった特殊鉱石だ』

(特殊鉱石って、ダイヤモンドみたいなお金になるやつってコト?)

『純度が高いものは宝石にもなるが、昔からどちらかといえば主にポーションなどの魔法薬の原料だった代物だ』

(ポーション……飲むと傷が治ったりするアレかな?)


 ファンタジー世界の話で登場アイテムとしてなら知ってる。


『ああ。ただでさえ医療が未発達なこの世界ではポーションは必要不可欠な上、魔法使いの魔力MP回復にも必須原料だ。他にも使い道は多く需要は莫大。しかも希少性が高いからこいつの鉱床を見つけられたら一獲千金という寸法だ』


 へえ、なるほど。

 黒いダイヤと呼ばれた時代もあった石炭なんかもそうだけど、金になる場所には町ができるわけだ。いわゆるブームタウンというものだ。


「荒野で夢見た新たな故郷、か……」


 マイクの話を聞きながら、ベルネッタはどこか寂し気に呟いた。

 今まで見せたことのない様子に少し気になる。

 でも陰キャの僕じゃ訳を聞けない……


「アルを見てれば良い町だってのは分かるよ」

「へへ」


 そう言われてアルが照れていた。


「ああ。ですがね、豊かになればそれを嗅ぎつけてくる者が現れるのもよくある話だってのに、皆ようやく気付かされたんでさ……」


 故郷の町へ戻るのにマイクの表情はあまり晴れていない。

 なんとなくだけど話は見えてきた。

 そしてとんでもなく嫌な予感がする。


「大丈夫だよ! ベル姐とキッドさんがいてくれたら……!」


 アルは力を込めて言うけど、大人のマイクはベルネッタと僕の顔を見てやっぱり表情は曇ったままだ。


「見えましたぜ」


 そして、ようやく蜃気楼の中から町の姿が現れた。

 おお、と小さく感動を覚える。


(大通りに沿って建物が並んでる典型的な荒野の開拓村って感じだ)


 そこにあったのは小さな町。

 直線の大通りがあり、その両側に木造の平屋か二階建ての建物が並んでいる。石造や煉瓦の凝った作りの建物はほとんどない。

 そんな箱型家屋の屋根の向こうには、これまた木造の風車が回っているのが見えた。

 この風車は中世の農村にある粉挽き用の大きな風車ではなく、井戸水をくみ上げるためのもので少し小型だ。

 通りに面しているのは主に商店。雑貨屋、鍛冶屋、馬具屋に床屋に衣料品店、そして銃砲店も堂々と店を構えてるのは荒野ならではなんだろうな。

 見慣れない店もあるけど、それは異世界特有のアイテムを売ってたりするんだろうか。

 交差点があるのは町の中心の一か所くらいで、そこから十字型に町は構成されてるみたいだ。

 この規模だと人口なんてせいぜい二百人ほどだろう。

 それでもこんな荒野のど真ん中に人間が住んでるのは驚きだった。


(ところでさ、僕の思い過ごしじゃないなら、雰囲気が変じゃない?)

『ああ、余所者だから歓迎されてない』


 すれ違う労働者風の男性や、軒下をホウキで掃除していた主婦などがこちらに気付くが、気持ちよく挨拶してくれたりはしない。

 それどころか、どこか微かに警戒しているような、そんな目を向けてくる。

 妙な緊張感が町を包んでいるような気がした。


酒場サルーンに顔を出そう、大抵誰かしらいる」


 マイクはそう言って馬を進めた。

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