キマった――
キマった、よね?
『不安になるの早いな』
自称相棒の魔銃が呆れている。
「「〝インキャ・ザ・キッド〟だって?」」
ベルネッタとアル、あとマイクっていうおじさんまで異口同音にそうオウム返した。
「………そうだ」
僕は咄嗟に口を突いて出た〝通り名〟に自分で後悔していた。
(陰キャは余計だったかな……?)
西部劇マニアの悪い癖でつい二つ名を付け加えてしまった。
『いや、そうでもないぞ』
声が意外にも褒めてくれる。
「なあマイク、インキャってどういう意味だ?」
「さ、さあ、
「もしかしたら遺跡に書いてある古代語かも」
三人はやっぱり陰キャという言葉の意味は分からないらしく、ひそひそ話し合っている。
『何事も印象に残ることは大事だ。奇抜な名前は悪くない』
(そういうもんかね)
ベルネッタは結論が出ない話を切り上げてこちらを見た。
「とにかく、インキャ・ザ・キッド?」
「……キッドでいい」
「じゃあキッドの
ベルネッタはマイクが引いてきた二頭の馬に目を向ける。
「幸い馬は無事だ。二人乗りして行ける」
そして馬車の残骸の中から鞍を引っ張り出しながら続けた。
「この辺りは見ての通り物騒だ。
あんただってさっき馬車に落っこちてきたのは、ゴブリンに追われてだろう?」
「……そんなところだ」
話を合わせてみる。
異世界から降ってきたとはさすがに想像できないだろうし、馬鹿正直に話してややこしくなっても困ることくらいコミュ症でも分かった。
「じゃあ、まずは町まで急いだ方がいいさね」
彼女は馬に鞍を装着し、鐙にウエスタンブーツの足を掛ける。
ポンチョが翻り、長い脚が風を切る。
軽やかな騎乗だった。
(うおお! カ、カッコイイ!)
内心で拍手喝采を送る。
カウボーイハットから紫がかった桃色の長髪をなびかせ、腰にはガンベルトの巨乳美人。反則過ぎるよ。
「ほら乗りな、キッドの兄い」
彼女が手を差し伸べる。
その姿に断るという選択肢はすっぽり頭から抜け落ちていた。
「……ああ」
僕は彼女の手を握り、颯爽と彼女の背後に飛び乗った――つもりだった。
(うわあ!? そういえば僕乗馬なんてしたことないんだった!)
見よう見まねでそれっぽく飛び乗ったら、勢い余って反対側に転落しそうになる。
咄嗟に掴まるものを、と両手を伸ばした。
むにゅ
そして掴んだのは、えもいわれぬ柔らかな感触。
「ひゃああっ!?」
ハスキーな声の彼女が、その時ばかりは女の子っぽい悲鳴を上げる。
「ちょっ!? どこ掴んでんだてめえ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴られる。
成り行きを見ていたアルも叫んだ。
「な、ななな、なにしてるんだよキッドさん!?」
でもアルは怒ってるというより凝視しまくっている。
そりゃそうだ。
僕の両手は背後からその豊満なる両の胸を抱きしめるような格好になっていたから。
青い年頃の少年にとっては、青天の
それはもう思い切り彼女の豊かな大地が如き胸を鷲掴み状態だ。おかげで落馬せずに済んだ。
(だあああ!? ご、ごめんなさい訴えないでください不可抗力なんですほんとなんです!)
内心で土下座し倒すけど、現実には無表情だった。
しかも、その無表情の下で今度は余計なことに気付く。
(おおおお!? 身長タッパあるからそもそものおっぱいボリュームがでかい!
より揉み心地の良さが増してる!?)
ほとんど感動と言って過言でない感情が頭の中で爆発する。
が、当然、彼女はキレた。
「何してやがるドタマぶち抜かれてえのか!?」
彼女は予想外の事態に馬上で慌てた。
そのせいで手綱を強く引っ張ってしまい、今度は驚いた馬が暴れる。
ヒヒーン!!
「うわっとっと!?」
馬が前足を宙に浮かせてばたつかせる。
その時だった。
鋭い風切りの音がさっきまで彼女がいた空中を貫く。
音は地面に突き刺さり、それが〝矢〟だったことに気付くのに時間はかからない。
「はっ!? 」
ベルネッタは振り返り、崖の上を仰ぎ見た。
「こ、この矢はまさか!」
「ベル姐! あ、あそこ!」
一斉に崖の上を皆が見上げる。
(あ、あれって、まさか……!?)
そこには多数の人影があった。
さっきのゴブリンかと思ったが、違う。
特に、耳のシルエットが。
「我らの土地に何の用だ! ニンゲン!
神聖な谷にゴブリンなぞ招き入れおって!」
崖の上から声が響いてくる。
それを聞いたベルネッタが焦った様子で呟いた。
「ちいっ! 先住民エルフどもか! さっきの銃声で気付いたな」
ベルネッタは確かに言った。
〝エルフ〟と。
さっきもちょっと会話に挟まってたけど、信じたくないから聞き流してた。
でも、やっぱり存在した。
弓をこちらへ構え、その笹の葉のような耳をした先住部族が。
バンダナや羽飾りを装飾に身に着けているのは、ここの部族の特徴だろうか。
「アララララーィ!」
彼らは高い声を上げて合図すると、一斉に矢を放ってきた。
(うわあやっぱりエルフもいるんだ!?)
『いちゃ困るか?』
声は相変わらず突き放してくる。
「装備は最低限だけ持ちな! ズラかるぞ! ハアっ!」
アルとマイクにそう叫び、ベルネッタは馬の腹を蹴った。
馬が走り出し、その足元に追撃とばかりに矢が刺さってくる。
幸い、谷だけあって強い風が吹いているんだろう、こちらに命中する矢はない。
(うう、次から次に、なんだよこれ。
そろそろ中年な身でこんな世界に適応するのはツラいってば)
『そういう後ろ向きな考えは女にモテんぞ』
辛辣そのものだけど、ぐうの音も出ない正論を心に突き刺されながら、馬は走り続ける。
「それにしても、やるじゃないかキッドの兄い!」
(うえ……!? 何が? おっぱい揉んじゃったこと!?)
でも彼女はこちらを振り返って見直したような表情でいる。
どうしてだろう。かなりブチキレてたはずだけど。
「エルフの矢があたいを狙ってるのに気付いたから、咄嗟に避けたんだろう? さっきは」
(えぇ!? いやただの偶然ですけどあれは)
なんか良い方に誤解してくれていた。
すると今度は隣から感心の声が上がる。
「いや確かに凄いですぜ、インキャさん」
マイクのおじさんだった。
「エルフの奇襲はよっぽど手練れなスカウトマンでもなけりゃあ気付けないってのに」
スカウトマンっていうのは、街角で女の子に水商売やらないかって持ち掛ける人ではなく、山岳偵察兵のことだろうか。
マイクの後ろに乗っているアルも目を輝かせている。
「二回もベル姐の命を救うなんて! キッドさんまるで〝
〝
知らない言葉だったけど、ベルネッタも何やら同意した。
「ははは! 違ぇねえ。あたいみたいな拳銃提げたアバズレの乳いきなり揉む男なんざ、大馬鹿のドスケベか英雄くらいなもんだろうよ」
そう言って豪快に笑う。
あらやだ、イケメンだわこのお姉さん……
「ただし今度また同じことやったら鉛弾くれてやるから覚悟しといておくれ」
振り返って言ったその言葉は、目が笑っていなかった。
タッパのあるお姉さんだから見下ろされてる形だ。怖すぎてちびりそうになる。
「こ、心得た」
「よろしい。じゃあ飛ばすぜっ! ハイヨー!」
更に加速する馬から振り落とされないように彼女にしがみつく。
密着する体、そして彼女のビビットピンクの長髪から、ふわりと良い匂いが……
(ふおおおお! 乗馬っていいかも!)
彼女に釘刺されたそばからこれだった。
『大馬鹿のドスケベは当てはまってるな』
(それについては返す言葉もございません)
だがベルネッタに凄まれても無表情のままの僕は、どうも肝が据わったスケベだと思われたらしい。
アルが楽しそうにこんなことを言った。
「ねえ、ベル姐、この人がいてくれたら――」
すると、ベルネッタがはっとする。
「しいっ!」
ベルネッタはアルに黙るようにジェスチャーを送った。
何か勢い余ってアルが口を滑らせたといった様子だ。
「……まだ話が早いさ、それは」
「ご、ごめん」
あれ、これ何か僕、巻き込まれてるっぽい?
引っかかるものを彼らの会話に感じながら、僕は彼女の背中にしがみつくのだった。