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第10話 陰キャと夜ごはん

 僕を囲んだ町の人達は口々に僕を褒め称えてくれる。


「凄いじゃないか坊や、いや英雄の息子!」

「魔銃使いなんて初めて見たぜ!」

「英雄の息子がいてくれるなら、マジノ盗賊団だって怖くないわ!」


 生まれてこの方、輪の中心になるという経験をしたことがない僕。

 当然、いつもの悪い癖で無表情で無口になってしまう。


「なあ英雄の息子さん! 〝ラストマン・スタンディング〟について何か教えてくれよ!」

「ああ聞きたい! 息子さんなら知ってるんだろう?」


 必然、質問が飛んでくるのだけど、答えられるわけもない。

 と、そこへ大きな背中が割って入った。


「あーあー! 悪いねみんな!

 キッドの兄いはここに来るまでにもゴブリンの群れを退治して疲れてんだ。

また後にしてくれないかい」


 そう言って僕から群衆を遠ざけてくれた。

 そして矢継ぎ早に叫ぶ。


「町長! あたいら長旅で疲れてんだ、宿の用意はあるかい?」

「あ、ああ。この酒場の二階の部屋を使うといい」

「じゃあ詳しい話は明日の朝にでも!」


 話をちゃっちゃとまとめてしまう。

 コミュ力凄いなあベルネッタは。僕とは正反対だよ。見た目からして陽キャだし。


「キッドの兄い、今のうちだ。二階に行ってくんな」


 彼女は振り返ると、にっと笑って僕にウインクして見せる。


(か、可愛い……)


 こんな美人に気配りしてもらえるなんて。


『なあ相棒……利用されてる自覚はあるか?』


 そんな僕をスモーキーが呆れたように心配する。

 とにかく、ベルネッタのプロデュースの下、僕は身に覚えのない〝英雄の息子〟というキャラを演じるハメになったのだった。


 ◇


 なにはともあれ、用心棒として僕とベルネッタはこの〝ミラージの町〟に雇われることになった。

 大騒動あった昼が過ぎ、時刻は夜。

 ベルネッタが気遣ってくれた通り、確かに疲れていたので寝てしまっていた。

 そして腹が減って目が覚め、酒場サルーンのテーブル席に座って夕飯を待っていた。

 そう、荒野の酒場というのは食堂や宿屋を兼ねていることが多い。酒が飲めなくても世話になる場所なのだった。

 それにしても用心棒特権で二階の宿も使わせてもらえることになった。

 異世界へやってきて右も左も分からずに野宿生活開始、とはならなかったのは幸いだったかもしれない。


(それにしてもスモーキー、よくこうなるような場所へ僕を召喚できたね?)


 ベルネッタたちと出会い、あれよあれよという間に町の用心棒。

 こうなるのをスモーキーは見越してたんだろうか?


『魔銃になって漠然とだが荒事が起こる場所を嗅ぎ分けるスキルが備わってな』

(ふうんそれでベルネッタたちの幌馬車を見つけたわけだ)

『そんなところだ。ただ……』

(ただ、何?)

『他にも候補は三つ四つあったんだが、どこもむさ苦しい男ばかりの鉄火場でな』


 スモーキーは裏話を語った。


『お前さんのようなタイプを落っことすと殴られるか撃たれるかで即終了しそうだったんで、消去法であそこに落とすことにしたのさ。美人がいればお前さんもやる気が出るだろう?』

(ちょっと馬鹿にしてなあいそれ……?)


 いやベルネッタやアルたちと出会えたのは悪い事じゃないけどさ。

 噂をすれば何とやらで、二階から階段を降りてくる音がした。


「おや、キッドの兄いも夜飯かい」

「ああ」


 ベルネッタだった。

 今は旅衣装のポンチョや脚のチャップスを脱いでいる。

 そして裾を結んでへそ出しにしたカウボーイシャツと、下はホットパンツというラフな姿になっていた。

 もちろん、そんな姿でも腰には拳銃の収まったホルスターがある。


「バーテン、あたいも同じもんを。あといっちゃん安いワイン」


 彼女はバーカウンターでグラスを磨いていたバーテンに注文すると、椅子を荒っぽく引いてどっかと座る。

 座った時の衝撃で胸がぶるんと揺れるのを僕は見逃さなかった。


(おおおお……ラフな姿のベルネッタもカッコイイし可愛いなあ)

『お前こそ馬鹿にしてないか?』


 僕の心の声にスモーキーは若干じゃっかん後悔すら滲ませていた。


(し、失敬な! ちゃんとビシっと言うべきことは言うよ僕だって!)


 僕はいつもの無表情でテーブルの向かいの彼女を見据えた。

 彼女の切れ長の碧眼が綺麗だ……ってそうじゃない。


「一つ聞くが」

「なんだい?」


 ベルネッタはそもそも最初、僕にこう言ったはずだ――


「……この町には〝礼がしたい〟と聞いて来たはずだが?」


 やや非難めいた物言いになってしまったけど、今は婚活の場じゃないんだからこれでいいか。


「ああそうさ。仕事の斡旋っていうお礼さ」


 しかしベルネッタは全く意に介していない様子で、あっけらかんと答えた。


「どういうことだ?」

「だってキッドの兄い、馬も持ってなけりゃ旅道具もないじゃあないかい」

「それが?」


 ふ、とベルネッタはお見通しだよといった風に笑った。


「この荒野で馬も旅道具もなくほっつき歩く馬鹿はいないさ。野垂れ死に確定だかんな」


 彼女なりに僕の怪しい素性を考えたらしい。

 スモーキーが前に言った通り、荒野を一人で旅するのは過酷で危険だ。

 広大な荒野には人家はほとんどなく、町と町が点として存在する以外にほとんど頼れるものはない。

 馬なし馬車なし、ましてや旅道具もなしに町の外を出歩く人間はいないと言っていい。

 だから僕みたいな手ぶらな人間はそれだけで訳ありとなる。


「あたいらの馬車に降ってきたのだって、おおかた荒事に巻き込まれてたんだろ?

 で、馬も装備も手放して身を投げるしかなかった……違うかい?」


 違います。

 アパート放火されて変な声に導かれたらあそこに落ちたんです。

 でもそんな話するわけにもいかないので、無言でいるしかなかった。

 それを肯定と受け取ったらしいベルネッタは僕に提案する。


「だからここいらでいったん稼いでみたらどうだい?

 キッドの兄いの腕ならきっと稼げるぜ。ならず者4人をぶちのめした昼のあれで確信したさ」


 ずいっと身を乗り出してくる。

 胸の谷間が迫ってくるような感じで僕は無表情に目の保養だと歓喜した。

 が、スモーキーにまた何か言われそうだったので気を取り直して尋ねる。


「それと〝ラストマン・スタンディング〟の息子にされることに何の関係がある?」


 小声で、町の人に聞かれないよう注意しながら聞いた。

 ベルネッタも周囲を軽く見渡す。

 時間も遅いし、マジノ強盗団の件もあってか今は酒場に客はいない。

 バーテンも厨房に下がっているから、今は町の人間は誰も僕らの会話を聞いてない。


「最初にあたいの名も売れてない町って分かっただろう?

 ならキッドの兄いの名も当然売れてない。

 そんな状況で門前払いされたくなけりゃあ、デカいハッタリかますしかないさね」


 彼女は悪気など一切ないといった様子で肩をすくめた。


(え? そんな動機でいいの?)

『荒野の世界はお前さんがいた世界みたいに情報化されてない。

 ハッタリがSNSですぐに検証されてバレるようなことはないからな。

 この世界は検証する立場にある新聞社ですら部数を稼ぐために平気で嘘を書くぞ』


 ああ、なんかそういう話聞いたことがあるな。

 荒野では名を挙げるというのは切実だから、正義の味方もならず者もバンバン話を盛ったって。

 っていうかスモーキーってSNSとかそんな単語知ってるんだ……いやまあ僕みたいなのを別世界から引っ張ってくるんだから当然か。


「お待ちどうさまです」


 そうこうしていると料理がきた。


「お、きたぜキッドの兄い。まあ今日は色々あったし腹ごしらえしてからにしないかい」

「同感だ……」


 確かにしばらく何も食べてないから温かい食事の匂いは食欲をそそる。

 テーブルに運ばれてきたのは、赤い汁の中に豆とひき肉が入ったものと、でかい黒パン。


(へえ……〝チリコンカン〟みたいだ)

『みたいというかそのものだな』


 豆は荒野の長旅で保存が効く上に栄養もあるのでよく食べられる食材だと聞く。

 それに遅い時間の酒場の食事で出すものは、あまり凝ったものは作れないからシンプルな料理になる。

 作り置きしたものをあっためた上で、固いパンをそれに浸して食べるスタイルなんだろうな。

 スプーンですくって食べてみる。


(うん、おいしい!)


 汁が赤いのは香辛料の色だけど、煮込んだ豆がそれを適度に中和するから見た目ほどキツイ辛さはない。


「バリッ!!」


 豪快な音がしたので内心ぎょっとして前を見る。

 ベルネッタがでかい黒パンを食いちぎっていた。


「がふがふがふ!」


 そしてチリコンカンをかきこみ、力強く咀嚼する。

 咀嚼もそこそこに安物ワインをボトルごとひっつかみ、直飲みして胃に流し込む。


「ぐびぐびぐび! ……ぷはぁ」


 料理を味わうというより、空腹な時のカウボーイのドカ食い風景だ。


(生命力に満ちた女のコだなあ……)


 悪く言えば行儀もへったくれもない育ちの悪さが透けて見える食い方。

 でも、ここは荒野。お行儀良いだけじゃ生きていけない。

 その意味で彼女は最高に正しい食いっぷりをしていた。

 なんだか、こっちまでお腹が空いてくる。


「あ……」


 彼女がこちらの視線に気付いた。

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