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第82話 869発の重み

【大坂都/大統領官邸】


 ジャニームズ事務所での現場検証と、個々の力量を確かめ、大統領官邸でも力量を試す北南崎大統領。


「さぁ! ソレでブン殴りなさい……ッ!」


 北南崎は大量出血とは言わないが、腕は内出血だらけ、耳や目じり、鼻や口端から流れる血。

 衣服で隠れている部分も、内出血だらけで大差無いだろう。


「人を殺す勢いでバットを振る……。常人には出来ない。ですが大丈夫。バット程度では私は殺せませン……!」


 北南崎は内股の構え、いわゆる三戦さんちん立ちで、息吹いぶきと呼ばれる呼吸を操って体の強化をしている。

 中国拳法の硬気功とよく似ているが、あくまで空手から開発された、本来防御法として使うものでは無いが、空手の基本にして奥義にも匹敵する息吹。

 北南崎もダメージゼロとは行かないが、脇腹だろうが脛だろうが、木刀を折り、バットを曲げ、バンテージの拳に、上段回し蹴りから最近流行のカーフキックまで全て耐えきった。


「コレは決闘の予行演習! さぁ! やりなさいッ!」


「ウワァァァァッ!」


 元甲子園球児のアイドルが、悲痛な悲鳴をあげながら、もし打った物がボールだったら、ホームランになるスイングを披露した。

 しかし、そのバットは北南崎の腹で止められ、869発目の力量判定が行われた。


「オワッ!?」


 アイドルがバットを落とした。


(何だ!? 鉄筋でも殴ったのか!?)


 腕が痺れて握力が無くなったが故の現象だ。

 木刀、鉄パイプ、バットの何れにしろ、長物を持ったものは全員この現象に陥った。


 仇討ち法第四号で剣は剣士が持ってこそ剣であり、素人が持てばただの棒と述べた。

 ただ、アイドルの中には剣道、野球経験者が数多く、剣士ではないが、競技者としての技量、中には一流の技を持ち合わせている者もいたが、それでも869人が一人一撃加えて、北南崎からダウンを奪えなかった。


 素手で挑んだ者も同じだ。

 ボクサー、空手、柔道等、猛者達の修練で磨き上げられた、ストレート、肘、膝、回し蹴り、投げ技を受け続けた。

 とくに拳を選択した者にはバンテージが与えられ、鍛えられた拳+バンテージは正真正銘凶器である。

 人間の骨で一番細かく脆いのが手足の指であるが、バンテージを巻く事で、保護と同時に締め付けによって固められれば、遠慮不要の本気でパンチが打てる。


 ――なのだが、北南崎は言った。


「皆さン、ご苦労様です」


 流血箇所をタオルで拭いながら、『よっこらせ』とパイプ椅子に座り北南崎が不通に喋った。


(『ご苦労様』はこちらのセリフです、大統領!)


 何人かの、いや、大多数のアイドル達は北南崎に心酔した。

 素手の869発でも、いや無抵抗に1発でも殴られるのは嫌なのに、武器あり、バンテージありで殴る蹴るの投げるの暴行を受けて平然としている。

 人間技では無い。


「いや~流石に効きましたよ」


(……本当に? ギャグかな?)


「でもお陰で実力が測れました」


(実力……俺達ってこんなに弱いのか……)


 アイドル達は己の不甲斐なさに打ちひしがれる。


「皆さン期待以上の実力者が多くて安心しました」


「えっ、誰も大統領からダウンすら奪えなかったのに、ですか?」


 アイドル達は『弱いですねぇ』とでも言われると思っただけに、若干生気を取り戻した。


「えぇ。ダウンは私も意地がありますから技を使ってダメージを最小限に抑えましたが、これなら鬼堕皮に一矢報いる事は出来るでしょう」


「!!」


 これは希望の言葉だった。


「ただし、安心してはいけませン。鬼堕皮が私に一撃を入れたら、恐らくダウンを奪っていたでしょう。あの老人は天然で格闘技の天才です。皆さンには90%の勝率を保証しますが、逆を言えば10%の可能性で全滅させられる」


「ッ!!」


 これは絶望の言葉だった。


「もっと言えば、勝つには勝っても生き残れるのは、いったい何人になるか? 869人の10%が倒されたとしても約87人は死にます。生き残っても障害が残るケガをするかもしれませン。顔が命の美貌が台無しにされるかもしれませン。……まぁ仇討ちを挑ンだのに、そンな覚悟をしていない人はいませンよね? 無礼な事を尋ねました。謝罪します」


「……ッ!!」


 アイドル達は心の慢心を突かれた。

 869人もいるのだから、勝つのは当たり前で、何の根拠もなく『俺は大丈夫』と思っていた。

 しかし、869人の攻撃を耐えきった北南崎が、鬼堕皮の攻撃を食らったらダウンすると言う。

 想像がし難いにも程がある光景だが、ここで北南崎がウソを言う理由もない。


「決戦の日程は半年後としましょう。それまで皆さンは健康に気を付け、体を今一度鍛えてください。鬼堕皮さンは当日風邪を引いても決戦の場に引きずり出されますが、皆さンは体調不良だったら棄権しても結構ですよ。そうなっても良いようなハンデバランスを考えますから。連絡を下さい」


 これは暗に自信を失った者に棄権を促しているのだ。

 撤退は恥ではない。

 攻撃を受け続けた大統領も『これは流石に実力差があり過ぎる』と判断したアイドルも居る。


 一番怖いのは、本番に鬼堕皮の実力を肌で感じて恐慌状態に陥る事だ。


 数が多いのに負ける場合は、数が少ない方が異常な何かをやった時、恐怖が簡単に伝播する。

 そうなったらアイドル側に勝ち目はない。

 鬼堕皮に各個撃破されるだけだ。


「これから半年間、皆さンには陸軍への訪問を許可します。私を含めたエキスパート達で、可能な限り鍛えます。アイドルの仕事がある人は収録、ライブ後でも構いませン。軍に来られなくても、トレーニングを怠らない様に。死ぬほど疲れた先に成長があると思ってください。鬼堕皮はそれ程までに強いです。君たちが鬼堕皮と一対一なら話にもなりませンし勝負にもなりませン。ただの虐殺が行われると思ってください」


 北南崎はそう言いながら、アイドル達の顔を見た。

 中継で繋がっているジャニームズ事務所の映像も見た。


(半数残れば御の字ですかねぇ。869人では場合によっては足手まといになる可能性もある。半分の約434人でも多いですかねぇ。私の見込ンだ精鋭が残れば良いのですが……)


 北南崎は希望の光景と、災害の光景の両方を思い、半分以下になったとしても勝つ為のハンデバランスと戦略を考えるのであった――

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